2016 年 2 月 のアーカイブ

読みたいのに 追いつかない

2016 年 2 月 16 日 火曜日

まだ読んでない本

読みたい本が 

たんとたんと たまって積み重なって

ピサの斜塔的 サグラダファミリア的 有り様に 拍車かかりまくる わたくし周辺

しかし 日々 これはっ!いまこそっ!てな 数々に 出会ってしまうもので

ついつい…

懐の寒風と しかし 心持ちの熱風で

なんつうか んもう ぬおおおぅ!などと 悶絶して

そんな暇あったら はよ 読めや…であります

にやにや 眺めて我を忘れる時間が ほぼ九割

あほう…

戸棚の奥の奥に 仕舞い込んでた マシュマロ

あらまあ 賞味期限が 2年前なのに

黴ることも 溶けることもせず…

味もたいして 変化なし

でも それって むしろ 怖いわな

ちちははの ココアには 入れないことにしたです

自分のも

やっぱり 古マシュマロなしの ココアにしましたる

んで

日向ぼっこ 読書

何かのためでなく ただ 読むこと そのものを味わう

なんて 贅沢なひととき

『かえるふくしま』矢内靖史 著(ポプラ社)

始めっから 201103111446の 出来事に触れているわけではない

美しく のどかで 平和な

それ以前の 写真と やさしい ことばが 並んでいるのに

あの日を越えた 胸のうちから

涙があふれてしまう

「事故をおわらせるための努力が続いている」という ことば

ちゃんと 現場を知っている人の ことば

「わたしたちは、福島で生きていく」という ぢびたに 足を しっかりと 踏みしめてゆく ことばで 締められている

ひたひたと 思いが 胸の奥まで染みてゆく

福島民友新聞の 報道カメラマンの 矢内さん

嘆くばかりでない 

明日へのひかり満ちる

澄んだ 滴のような本を

ありがとうござります(ポプラ社の 大久保さん ご紹介 ありがとうございます~♪)

近づくために

2016 年 2 月 16 日 火曜日

なんだか 湿った心持ちになりかかり

沼辺へ しゃがむ

ため息すべて 吐いてしまえたら…なんて

くよくよめそめそ

空気が動いて 顔をあげたら

鳥たちが ずいずいずいずい と

集まってきてた

目が合う

もうひとため息 ついたら

おめ…そんなん 食えねぇもんしか ねぇんかよ ちぇっ とばかりに

視線をはずされた

おおきいのもちいさいのも

あぁ だめだだめだこいつ てな感じで

気持ちいいくらいに 遠ざかってゆく

駄目だと思われたくないなら

食えるもん 出せってことだよな

美味しいパンは あるんだけれど

そこではない 胸の奥の とある 点 点に

合点がいった

わかったよ

食えるもん…受け取ってもらえるもん 捻り出すよ と

立ち上がった

一羽 白鳥が 振り向く

すまんね ありがとよ と 手を振る

くぽ~ぅ♪なんて

おもちゃの 汽笛みたいに 一鳴きして また 遠ざかった

近づくために

また 遠くへいってみるよ

空をひとかかえ

2016 年 2 月 16 日 火曜日

できることなら

この夕焼け空

両手広げて

一抱えに おっこんで

パフ~ん と 布団の 上掛けにしたいなぁ

ふかふかの 色と 肌触りの

心地よい夢 みられるだろうなぁ

途方もない 思いに 

ふわふわと 空見上げた 

「バーニャのパン」の ひまわりかあさん

2016 年 2 月 16 日 火曜日

ここしばらく おうかがいできなかった

仙台で んまいパンといえば 筆頭に上がってくる

柏木にある バーニャのパン

入るなり「ひまわりかあさん」に

「あら 久しぶり♪」て 声かけていただいた

んふ♪

以前 勝手に「ひまわりかあさん」なんて ブログでご紹介しちゃってたこと

おともだちに「見てみた~い♪」て 言われたことなど お伝えしたらば

「今度 もっと 綺麗にしとくから~♪」て

笑いながら バゲットの はじっこ…とはいえ かなり おおきいパン おまけに くださった

「おいっしぃよぉ♪」て

やっぱり ひかりのようなことばとともに…

パン焼いてらっさる 職人…むすこさまの 

素朴な 雰囲気も 素敵だけど

やっぱり この ひまわりかあさんの 朗らかさが

穀力 みっちりつまったパンを

さらに 香ばしく 元気が出るものに 膨らませてくれてるなぁ と 思う

「力のある フランス小麦粉(ひまわりかあさん談)」を さらに 力隅々まで 発揮させた 元気の出るパン

かつて 森家 入退院祭りの 要所要所で

救いになってくれた思いあるもんで

なんだか 今でも 特別の 思い入れ あるんだ

「ありがとね~♪」の ことばに

こちらこそ ありがとござります~♪て

ついつい ふかぶかと お辞儀してしまう わたくしでした

大きなすごろく アンコール

2016 年 2 月 15 日 月曜日

子育て支援わいわいひろば

諸事情で 本日 年度末 締めとなりましたる(実は 年度末どころか この活動の 母体になっとる委員会も 次年度なし…)

前回の 大きなすごろくが 好評のわりには 参加者少なかった…てことで

アンコール

6組 14名の 親子ちゃんたちと

わたくし(他の方々は サポートしてくださった)

汗だく 笑いっぱなし

はじめ ママと 密着して

ほかの子が ママに 近づくと

きー!て なってた お子が

すこぅしずつ ほぐれてきて

うれしそうに ぴょんぴょんして

笑ってくれて

ハイタッチしてくれて

最後には ずっと おいかけっこみたいな感じになって

うれしいなぁ

「かえりたくないもん ここでまだあそぶんだもん」て 涙浮かべそうだった 男の子

もう 最後だけど

毎月は無理だけど 単発で なんか 楽しいのやろうと思うから そのときは連絡するね と いったら

かあさまたちも「わぁ♪」なんて 目を輝かせて 言ってくださって

う~む

やはり 次年度の わいわいひろば的な なんにゃらか

企画提案書 出してください…の 声に わたくし 応えるしかないかなぁ…なんて

うれしいような 大変に面倒なような

ちみっと 複雑な 思いでおるのでした

でも また あの 開かれゆく こころとまなざし…

会いたいんだよなぁ

猫力

2016 年 2 月 15 日 月曜日

父 イライラで

母 めそめそで

兄 そそくさで

わたくし へとへと…

しかし くじけちゃなるめぇ

おだずもっこの お道化の 本懐

間を繋ぐ…も 撃沈で

ぬおおぉ と 肩を落としたりもして

しかしそんなとこ

安定感ない 母の 車椅子お膝に 無理矢理よじ登り 

「かりかりしてくだたい」と 頭差し出す うっし~

それ見て ぴきぱきしてた 空気が 一瞬にして

もふもふ毛皮の手触りのよに ほぐされる

あぁ 猫力

かなわんのぉ

ありがたいのぉ

わたくしも撫でたら

「おめえは邪魔」と 一瞥くれられた

すんまへん

そんなんも みんなで ふかふか と 笑う

小葱タワー

2016 年 2 月 15 日 月曜日

小葱タワー

あるいはロケット

着々と 伸び

空へと向かう…かも

こうしちゃおれんな

空など 仰ぐ

ファンのためにも(成田亨さんのこと)

2016 年 2 月 14 日 日曜日

ウルトラマン ウルトラセブン好き♪といいながら

お恥ずかしいことに 色々と 知らずにおったこと 多々あり

大手の情報に頼るしかない 田舎町ならなおさら

ご遺族も さぞかし 悔しく もどかしい思いなさっておられたことでしょう

多方面から 情報を得たり 発信することが可能になった今

「ほんとう」を 伝え続けてほしいものです

ウルトラマンに 育てられ

愛し続けている ファンのためにも…

↓↓↓↓↓

【ウルトラマン生誕50年】の今年、様々なプロジェクトが企業間で行われているようです。当方、その一つも打診は元より報告も受けておりませんことは始めに記させていただきます。

2016/2/13の朝日新聞に添付の記事が掲載されていることをFacebookを通じて認知しました。

ウルトラQ〜セブンまで関わったというスクリプター田中敦子さんのインタビュー記事になっております。

私は、亡父(成田亨)からこの方のことを聞いた覚えはありませんが、当時、多くのスタッフの方が関わっていたことでしょうし、それぞれの方が父との記憶をお持ちだとは思いますので、そういった方々の思い出やご記憶があることだろうと理解いたします。そしてこれまで、こういう方のインタビューや発言が、世の中に発信されることは全くありませんでした。

正確に言えば、制作会社と利害関係にある方々が発言する偏った記事だけが世に流布され、制作会社に都合の良い記事だけが、作為的に広く世に広められてきました歴史があります。

代表的な例を挙げるならば「円谷英二が生んだウルトラマン」「ウルトラマンの生みの親、円谷英二」などです。

円谷英二氏は、株式会社円谷特技プロダクション(当時)の「代表取締役」でありウルトラマンにおいては「監修」した方であり、その役職においての責務はされたのかもしれません。しかしながら「ウルトラマンの生みの親」という記述が正確であるとは、少なくともウルトラマンのデザイン、造形、意匠世界観を構築した成田亨本人や遺族の立場としましては大きな疑問であり「はいそうですか」と認めることは難しいところです。

この点、その後の円谷プロダクションの監修するあらゆる媒体において余すことなく「デザイン成田亨」などの表記がなされているのであれば、成田亨本人また遺族の心情も多少は違ったかもしれませんが、残念ながらこの50年、特にこの45年はそういった約束が守られずに継続されているのが現状です。これには生前の父も怒っておりましたし、遺族としても父を足蹴にされ続けているという不愉快さは募り続けております。

また映像作品としてのストーリーの世界観を構築されたのは当時の円谷特技プロダクション文芸部に籍を置いておりました金城哲夫氏と父から聞いておりましたが、最近になって金城さんのお名前が多少なりとも散見できる様になりましたことは嬉しく思っております。とはいえ、金城氏のことに関しましての成否はここでは避けさせていただきます。

添付の記述に戻ります。

成田亨遺族としてこの記事を読ませていただき先ず驚きます。

「ウルトラマンをデザインした成田亨だ。成田はウルトラマンだけではなく、怪獣や科学特捜隊の隊員服など、さまざまなデザインを担当していた」

この様な表現を、成田亨本人や遺族に依頼が来た取材や掲載記事以外で見るのは印象としては初めてのことです。ある種の専門雑誌などで小さく一行程度書かれた文章は読んだことも無くは無かったですが、この記事では冒頭から成田亨に触れており、これはこれまで50年近く無かったことです。やっと事実を新聞記事に掲載するまできた。成田亨を無視できなくなってきた。遺族として、父の作品展示などを継続してきて良かったと感じております。

とはいえ、ウルトラマンに関して細かく言わせていただくならば「さまざまなデザイン」ではなく「すべてのデザイン」が正確なのだろうと思いますが。

また「バルタン星人やスペシウム光線を生み出した飯島敏宏」

という記載は間違っています。

この世界に詳しい方なら既存のことかと思われますが、バルタン星人のデザインの元はウルトラQのセミ人間であり、セミ人間は成田亨がデザインし生み出したものです。ウルトラマンの監督の1人であった飯島氏が「(成田亨の生み出した)セミ人間にハサミを持たせて欲しい」という発想部分においての注文があったことは父からも聞いておりますが、その注文を快く思わなかった父は、単なるハサミを持たせることはせず、ハサミに見えないこともない不思議な形状をバランス感覚を踏まえた上で巨大化させてバルタン星人の手としてデザインし、それに合わせて頭部、胴体のデザインも成田亨のセンスと美学で新たにデザインして生み出したのです。そしてバルタン星人の造形を監修したのも成田亨本人です。

想像してみて欲しいです、セミ人間が通常のハサミを手に持っている姿を。

バルタン星人の回の監督をしたことから、またバルタン星人の人気が絶大であり続けていることから「生み出した」と思いたいお気持ちは察しますが「生み出す」という作業には苦悩と美学とセンスが必要不可欠であり、その意匠的才能を持っていたのは他ならない成田亨であったことは遺族としましても強く訂正させていただきたく思います。映像効果や演出部分においては別ですが。

この度の朝日新聞の記事を偶然にもFacebookで拝見し、事実と間違いが混在している記事には承服しかねますが、会社社長の円谷英二氏を必要以上に持ち上げる記事になっていないこと、成田亨や金城哲夫氏の名前を最低限でも出していることには、一定の評価ができるのかもしれません。
これまでの酷い歴史改ざんに比べれば…ですが。

いずれにしても、ヒーローの大前提にあるのは「正義」(正しい義)ではないでしょうか。

この点を忘れ、商売第一のキャラクター商品としてのみ捉える商業姿勢の為に、歴史を改ざんし虚偽を真実にすり替えることは義に悖ります。

【ウルトラマン生みの親】の遺族として、今後も見据えて行きたく思います。

んまいものたち

2016 年 2 月 14 日 日曜日

本日 昼食は 

白石温麺 餡掛けにしたものの

昨日から 残っておる ご飯を

お握ってみた

1つは 梅若芽ふりかけ混ぜた 海苔お握り

1つは ホープすずかけさんの 味噌ジャム混ぜた お握り

「ジャム」て ことば 聞いたら

基本からはみ出さないのが好きな父

「ご飯にジャムなんて!」と むんつけるであろから

黙ってた

食べ終わったとこ見計らって

んまかろ?と 問うたら

「なんだ また 種明かしでもあんのかっ!?」など 警戒心 丸出し

ちっ

んなもんないよぅ と 言っといた

ふははは

んまいから いいんだも~ん♪

早朝

母から おしっこ助太刀たのむ電話で 起こされ

も少し 寝ていたいなぁ…と ぐなぐな思いつつも

あっ♪ゆがふさんの パンあるんだった♪などと

飛び起きた

目覚まし時計よりか

パンをぶら下げておこうかな…などと 思った

寝ながら かぶりついて

牛になるのが 落ちかもしれんけどね

蕪の皮

削り節と 炒めて ふりかけっぽくしよう と

胡麻油に 生姜すりおろしてから 熱して(ゆっくり熱した方が 生姜の 温め成分 増えるとか)

蕪皮入れて

そののち 大量にいただいた 削り節投入

焦げ付かんよう ここで 酒と味醂 入れて後 出汁醤油入れるのだが

勿体無いばあさんわたくし 

「そーびぢ(塩びき…荒巻鮭)」の 塩抜きで 浸しとった 酒味醂 用いてみた

…らば あらやだ 生臭っ!

これは 家族らの 不平不満顰蹙噴出可能性大…

むうううぅ

なじょんすっぺ…

そこで 思い付いたは ホープすずかけさんの 味噌とゆめジャム 用いてみるか♪てなこと

これ パンに合うものの

そうそう 毎日 パンというわけでもないもんで

ジャム劣化するほど とっておいてしまうこともあるからな

焦げ付かんよう ちみっと 水で溶いて

フライパンに 回しいれてみた

おおお♪

生臭み 雨散霧消

なかなかやるぢゃ♪

ちょいと 荒々しい雑味のある 削り節も

ゆめジャム(練乳みたいな ミルクジャム)の まあるさに 包まれて

いいとこだけ 発揮してる感じ

瓢箪から駒的実験劇場

成功の巻

家族らが どういうかは

あとでのおたのしみだけどね 

お苦しみ…に なりませんように

味噌とゆめジャム

もう一品 可能性の扉を こじ開けてみましたる

芋サラダの 隠し味

練乳を入れる人もいるっていうし

そう すっとんだ 冒険でもなかろ

ちいと 甘味が 多目に感じたので

納豆に おまけでついてくる カラシ

ちみっといれてみました

なかなか 素敵な感じだ♪

もともとが ちゃんと美味しいのに

純子さん すんまへん

愛と平和と

2016 年 2 月 14 日 日曜日

聖ウァレンチヌスさんに 縁もゆかりもないものの

なんとなく チョコレート業界の 策略に乗せられて

差し上げたりいただいたり…

でもなぁ なんだか 楽しんだり 喜んでもらったり…よりも 形骸化してしまってる感が 色濃くなってしまったので(わたくしの 個人的な話)

母から 頼まれた うちの分と いつも チョコレートくださる親戚んちの分 4個

あとは 好例 仏壇に一個…これは 後ほど 家族で分けることになるやつ

ピープルツリーの フェアトレードチョコを…と 思ってたのに

あれ 季節もので「あぐりっと」にあったものは 売り切れ

気になってて 通りすぎてばかりの スイーツアトリエLてとこにいってみましたる

しっかりした素材用いて 美味しくて 心踊るお菓子を作りたいのです♪てな

素敵な おねえさんおにいさんが 立ち働く お店

仙台の柳生(ずっと 「やぎゅう」と 読んでおったけど 「やなぎう」ですてよ!)にあります

チョコレートパウンドと ハートがたのチョコレートクッキーと バターサブレの 詰め合わせにしてもらいました

美しいんで

父と あんちゃに 渡したあと

現物の 写真撮らせてもらおう と 思いきや

瞬殺的完食

味わって食えや~!

なんとも ぐだぐだ

んで…

賃金をきちんと払わぬ 児童労働に 関わるチョコレートメーカーの中に

あの 有名な ごでば も 上げられてて(会社としての 実態調査は 事実を認めずとも 否定できてないらしい)

まぁ わたくしとて 真実を この身を呈して調査したわけではないから

無責任なこと 言えないのですけんど

そのあたり 事実なら

儲けてんだから 体裁ばっかり整えてねぇで ちゃんと そういう 人の道も 整えろよ こんにゃろめ などと

怒りなども ふつり…と 煮えたりするのでした

愛と平和を 説いていたらしい 聖ウァレンチヌスさんの 思い

継いでゆければよいのにね