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衝撃的な 懐かしさ

2024 年 6 月 20 日 木曜日

本日は 医療生協 月一の いきいきサロンでの

「お楽しみパフォーマンス」だったのでした

前半は 保育所の先生をなさってたことのある方の 

季節の折り紙の飾りづくりと 手を動かす 体操みたいなひととき

わたくし 後半出番なので

よかったら ご一緒に作りませんか?…てことで

折り紙飾りの 作製に 混ぜていただいた

その時 お隣の方が 紙を開くに ちょ と 困った感じだったので

わたくし ここんとこ おさえさせてもらってもいいですか?と 余計なお世話様などしつつ

和やかに お喋り

…てとこで なんとなく 会ったことあるかもしれない方だなぁ と

マスクに 半分隠れた お顔を ちらちら 見てたのだけど

お名前(集いのとき 名前を書いて 服に貼ってる)「尾山」…てことはやはりもしかしてもしかすると…と 駄目で元々 と 思い切って 訊いてみた

あのあの 間違ったら大変失礼なのですけれどもしかしたら小学校の先生をしておられたのではないですか?と…

そしたら

「え?してましたよ」とな

かっかっ角田小学校におられた 尾山ひろ先生ではないですかっ!?

「あら?角田小学校いましたよ」

きゃ〜!!!

担任ではなかったけど 鼓笛隊だか 学年全体合奏だったかでやった『ボギー大佐』の 指導が 何故か いつも尾山先生で

みんなが遅れがちのテンポを

「違うの♪ぽぽっ ぽぽぽぽっぽっぽ〜♪こうですっ!!」て 

腰に手を当てて 指揮しながら

それまで誰からも聴いたことない「ぽぽ」音で 歌って ご指導くださった姿が 忘れられなくて

事あるごとに『ボギー大佐』を歌う 尾山先生の 真似っ子しちゃってましたよ わたくし

あの!その!!わたくしのなかの伝説的人物 尾山先生その人でした

うわ〜ん♪

びっくり うれしすぎて

出番前に はひはひしてしまった

集われた方々 みなさん やさしくゆかいで

パフォーマンスも パントマイムとか とほほマジックとか お喋りタップ『ドレミの歌』とか 手あそびとか

あれもこれもそれも!で 調子に乗って 遊んじゃった

その後の みなさんとの お昼ご飯も お喋りしながら

おかわりまでしちゃって(彩りも味も優しくて美味し)

はじめのうちは あまり覚えてない…という 尾山先生の 角田小学校時代のことも つぎつぎと 思い出したりして 

うれしいうれしい ひととき

いきいきサロン 取りまとめの方によると 尾山先生は お連れ合いをなくされて「元気なくしておられたようだったけど 今日 すごく楽しそうにニコニコしておられてよかったです〜」とのことでした

あぁ 数えてみれば 47年ぶりの 再会だわよ

「こんなことってあるのねぇ ごえんあったらぜひまたお会いできるのをたのしみに〜」と みなさまと ご挨拶して 辞した

素敵な集いだった

ありがとうございます〜♪

やっちゃうか〜

2024 年 6 月 20 日 木曜日

本日は ノーメイクで ぶんぶん的な パフォーマンス

んでもって その場所は

いつも 出張タップ稽古「ぶんぶん倶楽部」で つかわせていただいているところなので

ショーの中に タップの設定 てのは 特別依頼がないと 組み込むことって 殆どないのだけど

今日は お喋りも交えながら…てことで

やっちゃうかな

みなさんに ドレミの歌を歌っていただいて

この間の ダンスブルームさん舞台でやったのを ちと 変えて…てことで

みかんTシャツを着ていこうっと

写真撮ろうとしたら

みみげながながちゃん(避妊済 3歳)が 

どぅっ!と 体当りしてきて

Tシャツが ちと歪んで デコポンのようにも見えるな…

たのしみつつ 楽しんでいただけますように

むしろ眠れんて

2024 年 6 月 17 日 月曜日

昨日は ジャズダンススタジオ グァテマラさんのスタジオで

八月十二日の ステージの 稽古

タップのナンバーとして 4曲(紗世さんと二人のも含む)

しかし プログラムの関係で 半分は タップボード敷けず

ある意味 ソフトシュータップ的になる

諸事情重なり ジャズブーツで…てことになったので

ジャズブーツで タップ的ステップ踏んで 稽古した

タップシューズじゃないもので タップのステップ稽古するってのは

その前後に よっぽど しっかりと メンテナンスしとかんと

足 攣っちゃうのだけど

時間的な問題だけでなく 己の油断で やらかしました

帰路につかんとす 車に乗り込もうとした瞬間に 第一陣

夜寝ようとして 第二陣…これがかなりの 強面な感じ

突っ張って 足の親指が 変な方向に 引き連れて ききゅきゅきゅきゅうぅ〜!と 動いていくの 明らか

そんなところへ 母から しっこ助太刀要請電話…あんちゃ シャワー中らし

電話3回目ののち やっとこ おさまりかかり

よろりと 出動した

そののちも かなりの ききゅきゅきゅきゅうぅ!!が 2〜3回きて

ぐぬぬぬうぅ!と 唸りつつ

深呼吸したり

足腰の不具合のときにやる 個人的人体実験 鬱血緩和療法など 試み

落ち着いてから 動いて水分やら 摂った

疲れて眠いのに 眠れなくなり

音楽聴こうとしたら

どこかでそんな様子見られてるわけでもないのに

YouTubeが「すぐに眠れる音楽」など おすすめしてきたので

聴いてみる

なんとかHz…だのなんだの あとからあとからどんどん出てきたけど

普段 そんなもの聴かなくても眠れてるので

むしろ 眠れなくなるな と

聴くのやめた

そんなのより

こことこ 中毒にかかったように ほぼ毎日聴いている Lewis Capaldiさんや Conor Maynardさんの 歌声のほうが 効く

そののち 眠れたから 良しとする

画像は グァテマラさん 稽古場近くの 仙台ガス局の 植え込みの どんぐりの木の虚に

ここ一ヶ月 ずっと 変わらずに ある パチンコの玉

ちょ と 離れた並びに パチンコ屋さん あるとしても

どういう経緯で ここに 収まることになったのだろうか と

通るたびに あれこれ 想像してみたりしてる

…ま どうでもいいんですけどね

今朝は 左の 外側頭あたりに 若干 突っ張り感が 残っとる

出張タップ稽古 ぶんぶん倶楽部まで

用達しあれこれで 出かけるのやめて

ゆるりと ほぐして準備せねばな

来週もあるんだった!

2024 年 6 月 14 日 金曜日

だいぶ前

さなおばから「ちょっと空いてる?」な感じで 

軽く 日程をおさえられ(はじめに 内容伝えず日程だけおさえるの やめてくれ)

蓋開けてみたらば

ちょ とした 集まりのとこで パフォーマンスしてくれろ…てなはなしだったのだけど

「も少し近くなったらね」の言葉に

連絡待とう と

ついつい こちらから 前もって 確認せずおったら

「集まり」を 取りまとめておられる方から

「いよいよ来週なのですけど 何もお伺いしてなくてすみません」との 連絡あり

電話受けて 最初 なに?と 思い当たるまでに 一瞬空白になったくらい 失念しかかってた

あっぶねぇ!

何でもやるからつなぐから!の おば自身が 「トイレも行けないくらいひっきりなしに電話きて」超絶忙しくなってるために

その後なんの連絡もしてなくて パフォーマンスの 内容も ぼんやりとしか 伝わってなかった様子

…というか こちらも 先方の 大枠聞くまで どのくらいの時間で何をするか 全く 考えてもいなかったのではあるけれど…

でも まあまあ 予測の範囲内だったので

すっきり明瞭解決 おっけですわ

おばが フジコ・ヘミングさんとの 合作絵本自費出版(フジコ・ヘミングさんにとっては 遺作ということになるか)について 新聞に載っけていただいたのが 先週なので

少しは落ち着いてきたかな?

トイレぐらいは ちゃんと行ってくれろ と 願う

スケジュール帳を 新しいものに ちゃんと書き写してない わたくしの 怠惰をも反省つつおる

今日は また かなりの 猛暑日になるとか

ワークショップ内の 託児未満領域への 助太刀で出動だ

どんなことになるやら 

たのしみ

るん♪

歪んだ 新作

2024 年 6 月 3 日 月曜日

昨日は

結局 庭木剪定には 出動せず

うだりうだり と 休息なんだか

単なる だらけまくりなんだか 

ま そんな日も大事 と 思い直して

そのまんま 寝てしまおうと思ったものの

なんとなく なにか…と いう 気持ちも名残るので

久しぶりに Tシャツに 好きなものを描く…を やってみた

そのシリーズ(自分の中だけな)

蛙 みどりこさん(ナミアゲハ幼虫) 〆鯖 ねじばな ダイサギ…ときて

今回は 代掻きトラクター

あの フォルムが好きでたまらんのでね

トミカ見ながらでもよかったのだけど

より 本物を…と ネットで画像検索したのだが

あれこれの情報を まぜこぜにしたので

歪んでて 嘘くさくて

残念感…

でもまぁ 今 水鏡みたいに 美しくなってる 田んぼにおられる 米づくりさんたちに

ありがと〜 てな気持ちも 込めて 

舞台を 振り返る

2024 年 5 月 27 日 月曜日

ダンスブルームさんの 舞台に のっけさせていただくようになって 15年になるのだろか?

きっかけは ウイメンズパフォーマンスでの 再会(その十数年前に カルチャーセンターの ステージダンス科で 舞台ご一緒したことがあった)

「近々舞台があるの よかったら観に来て」の 言葉に

多賀城文化センターに 行ったのだったな

そして アンケート用紙の 裏表 みっちりと 感想書いちゃって

「こんな風に思ってくれるのならよかったら一緒にやりませんか?」の お誘いへと 転じたのでした

はじめのうち ダンスの舞台だから…と お着替え時間のために 合間を埋める役割のような気持ちで 小ネタ的なことを やらせていただいたものの

ある時 己のパントマイム作品を やらせてもらってもいいのか…てことになり

それまでに 生み出した作品を のっけ

いつしか 持ちネタがなくなり

その都度 新しい作品を 生み出すことにしていった

これがあるからこそ 生まれた 作品のほうが 多くなってきたかもしれない

わたくしなんか 泣きたいくらい 何にもなくて 空っぽで…という「わたしなんか病」に 絡め取られそうになりながらも

生み出すことへ なんとか つなぎ結ばせていただく きっかけにもなっていて

ある意味 いのちの

気持ちの 恩人でもあるのだわ と しみじみと思う

歳を重ねて

より しなやか やわらかに ひろびろ 気持ちの良い 抜け感さえ醸し出しておられる ゆきこさんに 感謝とともに

ご迷惑にならぬよう

また 気持ちよく幸せなひととき ご一緒できることを 先々の 楽しみ希望の光として

日々を重ねてゆこう と 思うのでした

…つって 日々の暮らしの大事なとこ ぬけぬけなんだけどな

まぁ 明日には ちみっとでも 洗濯とか 植木の剪定とかに 動き出す予定

作品振り返り その4『I would have danced all life』

2024 年 5 月 27 日 月曜日

今回の 舞台に のせさせていただいた 作品を 己のためにも 振り返る

舞台写真は ゲネプロのとき 本儀せんせいが 撮ってくださったのを 用いさせていただいてます

その4『I would have danced all life』

ミュージカル『マイ・フェア・レディ』のなかの『踊り明かそう』とか『一晩踊れたら』という訳で 有名な『I could have danced all night』用いさせてもらいました

しかしあれって「踊り足りないわ 踊りたいのよ〜」みたいな 訳詞で 歌ったことあるけど

もともとの歌詞って そういうことじゃなくて

反発心さえあった ヒギンズ教授と 踊ったら 身も心も軽やかうきうきになって 一晩中でも 踊っていられるような気がしたわよ♪てなことだよね?

ま それはさておき

はじめは まるっと 

踊る作品として やるつもりだった

出会ってきた あのダンス このダンス…まぁ 主に タップなのだけど…

でも 日増しに

関節の不具合の 酷さが 増し増してきて

たかだか 2分51秒なのだけど

まるっと 踊り続けるのは 辛いかも…と 躊躇いが 生まれた

んで その 2分51秒のなかに

憧れの タップシューズに 出会ったときから ステージイメージの ステッキ踊り 経て

傷めて 踊れなくなる辺り

今より先の もしかしたら…までを 詰め込んで

途中 もう 座っちゃって

杖突いちゃって…になっちゃったのでした

短時間に 詰め込み凝縮し過ぎたね

ほぼ タップじゃない と言われそうなものとなりましたね またもや

でも いいの

どんなふうでもきっと あたしゃ踊っていくんだろうな

踊っていただろな てなかんじ

ほら 車椅子でも 指先だけでも 踊り続けてた 大野一雄さんみたいにさ て

烏滸がましいけど

こうじゃなきゃいけない じゃなくて

もりあやこじゃなきゃできない なんだものね と

開き直ってみたりしてるわけだ

踊り最中より

ハケて行くときに 笑いと拍手が たくさんいただけてたなこりゃ て 思いながら

もりあやこばあちゃん 袖に 引っ込んだのだわよ

作品振り返り その3『A Rebellion Seed』

2024 年 5 月 27 日 月曜日

今回の 舞台に のせさせていただいた 作品を 己のためにも 振り返る

舞台写真は ゲネプロのとき 本儀せんせいが 撮ってくださったのを 用いさせていただいてます

その3『A Rebellion Seed』

種 好きで

草 好きで

日々の 出会うものや 出来事から 湧き出てきた

怒りやいらだちや申し訳無さやらが 混ざりあって 生まれた

いい気になって 破壊ばっかりしてんぢゃねぇよ人間どもがよぉ…てな 思い

ちょ と 伝わりづらいこともあるかな?と 思いながらも

『AKIRA IFUKUBE BEST OF GODZILA』の 音楽に 助けてもらった

もちろん ゴジラを知らない人にも あの音楽の力は 何かしら ざわつくものを 呼び起こしてくれたであろうし

よく知ってる方々には

「…てことは あの場面は そういうことだったのね」と その先への思いを 橋渡してくれたであろうし

…と 音楽に頼ってしまってた

では 音が届いていない人にとってみたら 伝わることなのだろうか? なんてことも

すこぅし 気になるとこではありました

そして そこまで 考えると

ではでは 観ることができない方へは どうやって届ける?という課題も 生まれていたりして

色々もう できないやぁ と 己の空っぽさに うなだれたりしてる割には

あれこれと 欲張ってるよね なんて思ったりもしてるとこ

ちょ と前に 観た シネマ・チュプキ・タバタの ドキュメンタリー映画『心の通訳者たち』の おかげでもあるかな…

先々の 宿題も 思いながら

作品振り返り その2『ドレミの歌』

2024 年 5 月 27 日 月曜日

今回の 舞台に のせさせていただいた 作品を 己のためにも 振り返る

舞台写真は ゲネプロのとき 本儀せんせいが 撮ってくださったのを 用いさせていただいてます

その2『ドレミの歌』

サウンド・オブ・ミュージックの中の曲 というよりも

概ね 幼稚園か 小学校で 出会うであろう ペギー葉山さん作詞で あまりにも有名な 曲

ヴァイオリンの 克之さんとの コラボで なにか と 言われたとき

初めは『私のお気に入り(My Favorite Things)』やりたい といったのでしたが

既に ゆきこさんと コラボするプログラムに 決まってるから と言われ

では 同じ サウンド・オブ・ミュージックの中から てことで 選んだ

克之さんが 演奏用に と 探し出してくださったのは 3分ほどのもの

この曲の後 ゆきこさんの 出番で 素敵お衣装替えが どうも 3分では ぎりぎり…とのことで

曲始める前に 何かで時間を…となったとき

物事のはじめ ABC とか

いろは とかみたいに使われることもある

ドレミ なわけだし

タップの ドレミ 的なことを 紹介させてもらおう と

靴のこと

基本ステップを いくつか みなさんにも 踏んでいただいたり

こじつけドレミステップ→ド…んなタップスタジオでも大抵出会える シムシャムステップ…とか

お喋りさせてもらった

観るつもりで来たのに 喋り 聞かされ 動かされ

浮いちゃうかな…と 不安はあったものの

思った以上に お客様によろこんでいただけて

「知らなかったわ なんか すごくうれしかったわ 見ててわかると楽しくなるものねぇ」と 年輩の方に 後ほど 声かけていただいて こちらこそ すんごく嬉しかった

せっかく「ドはドーナツのド」で 知られてるのだから

最後のフレーズのとこでは ドレミファソラシの 言葉のものを出すでぇ と 張り切って あれこれ ブツを引っ張り出してみたり 小道具作ったりしたの…これなのでした

違う素材をかけ合わせて 思ったようにうまくいかなくて 四苦八苦…でも 思いがけない 組み合わせの妙で うまくいったこともあり…

ド→うちの 外れてしまった トイレの ドアノブ

レ→レインコート(着て踊ったら そりゃもう サウナスーツ張りの 蒸し暑さ…キツかった)

ミ→Tシャツに ミカンの絵 描きました

ファ→ファイル(にゃんこらの 手術のときの書類 入れたまんまで 滑り落ちそうで 焦った)

ソ→父の そろばん

ラ→ラジオ(震災のとき 母が引っ張り出して使ってたやつ これが 何度やっても 間に合わなくて 最後のとこで ラ…間に合わなかった〜!と 出して終わるという 事態に…とほほ)

シ→獅子舞(かつて つちびと可南さんの つちびとパネルをいれるために 拵えて 東京まで 背負っていった 袋の一部の 赤い布だけでこさえようとしたら うまくいかなくて泣きそうになり ふらふらと 気分転換に さがしものしてたら ふと目の前に落ちてきた 段ボールを芯にして なんとか 形になった 父の靴下で 鼻と目と耳 歯は 父の下着…という ミクストメディア!?あんちゃから「鼻と目の距離短くない?」て 言われた…たしかにそう思う 鼻支えに こっそり ちび獅子舞)

途中 アドリブ的 演奏のとこで

己も アドリブで 調子に乗って 

最後のフレーズに ピッタリ合わず

どさくさして ちゃんと観てもらえる出し方ではなかったな と 悔やみ ありあり

でも あのどさくさしたとこが「愉快だわねぇあなた」とか

またもや 見知らぬ方に よろこんでいただいたらしく

いや もちろん それに 甘えるばかりではいかんけど

ちゃんと 狙い定められる凄さとか

タップの技とか

そういうことを観ていただきたくて 組んだものではなくて

ただひたすらに 自分が面白がれること

誰かも 面白く驚いてくださるであろうことを 目指していたなぁ て 思う

さんざん「あなたって なんか タップじゃないよね」とか

「あんまりタップ踏んでないよね」とか 言われたりしたけど

それって タップを かじった とか

自分は タップを習って 結構踏めてる自負のある人 とか

タップとは!と タップ道を 追究してる人 とか 

その人の中の あるべきタップというものを基準にして みたときに 発する言葉で

それもわかるけど ここでは それを求めてないのですわたくしは てことで よしとする

この時のズボンも 父の 形見みたいなものでした

ほんとは ラのとこで 小学校の時使ってたランドセルを 引っ張り出したかったのだけど

ある と 思ったとこに無くて(そこにたどり着くまでに かなりの ものものをどけねばならなくて)

もんのすごくがっかりしたのだけど

まぁ そのかわりに てなかんじで あれこれと 別のものから引っ張り出して

別の ものものの 思い出にも 支えられた

今回用いた タップボードは

いつもの 木の板ではなくて

ベークライト的なやつ

何かと お世話になった

今は亡き 仙南初女性市議会議員議長も つとめられた 古積恭子さん(同級生 けんちゃぶの ははうえ)に いただいたものを 久しぶりに 引っ張り出しました

そんなこんなも含め

ここまでの道のりとか 思い返して ありがとう 色んな人たちものたち と 感謝でいっぱいの気持ちだったのでした

ま そんなこと 1ミリも 感じないような どっさくさどたばたな見てくれでしたけどね

作品振り返り その1『蜘蛛の糸』

2024 年 5 月 27 日 月曜日

今回の 舞台に のせさせていただいた 作品を 己のためにも 振り返る

舞台写真は ゲネプロのとき 本儀せんせいが 撮ってくださったのを 用いさせていただいてます

その1『蜘蛛の糸』

「言わずと知れた」と言ってもいいですかね 芥川龍之介のやつ

正直 あまり好きな話ではなかった

用いられ方のせいかな?

教育童話みたいで

救いがなくて…

んで 勝手に 途中から 光に向かいたくなった

もしかして お釈迦様が「こいつだめだわ」て 手を放したとしても

もしかしたら かつて救われた 蜘蛛としては

いやいやまってまっても少し チャンスやりましょうや とか 願ったかもしれないじゃない?とかね…

畏れ多くも お釈迦様になってみたり

かんだたに なってみたり…

あまり 役の 成り分けしないのだけど

やってみました

お客様に「そのままやるかと思ったら なんとも斬新で!よかったわぁ」と お声がけいただいて

もとの話 あまり好きじゃなかったもんで…なんて言ってしまった 

己の 生み出したものとて もしかしたら 人によっては 教育童話的 とか 思われるかもしれないけど

芥川さん ごめんよぅ

そして 劇中音楽として 用いさせていただいたのは

のこぎり演奏界の 重鎮 稲山訓央さんの

「Sawful Decade」から

『殪噎』(えいえつ…稲山さんによる 新造語…倒れ 伏し 咽び泣くというような意味合いの言葉かけあわせ)

たしか とうさまを 見送られたときに 作られた曲だったとか

込められた思いと また違ったものに用いる 申し訳無さもありましたが…

初めて のこぎり演奏に 触れたとき

その つゆゆゆゆ〜ん てな 艶々な響きに

揺すられて 強張りがほどけるような心地がした

鋸を 弓で弾く音は 純音で

難聴の人にも とらえやすいのだとか

いつか この音の中で ゆやゆやしたいなぁ てな思い

助さん(ドリアン助川さん)きっかけに つながってから 10数年?

作品生み出しで ぐにゃぐにゃしていたときに

ふいに 

あ そういえば 稲山さんの曲!と 思い出して まとめに 導かれるような思いもあったのでした

ありがたや