2019 年 5 月 のアーカイブ

河の童(かわのわっぱ)

2019 年 5 月 22 日 水曜日

『河の童(かわのわっぱ)』のこと

感想は後程 と 約束しといて はや幾年

いや 大袈裟ですけど

ほっとくと もうどこかへいってしまう

それならそれでいのだけど

誰ももう待ってなくても

己の言葉への責任をとる(無責任のくせに時々殊勝なこと言うてみる 今日はそんな日)

18日(日)「デフパペットシアターひとみ」さんの『河の童(かわのわっぱ)』を観に 行った

かずえさんが 制作をしていたから…が 観にゆくきっかけ

かずえさんは

はじめ アクティブスーパーニート(なんだそれ!?) レンジさんを 通じて その 思いに丁寧な活動っぷりを 知って

ひそかに 憧れていた人だった

そんな 流れで 名前だけは聞いていた 何の前知識もない「デフパペットシアターひとみ」さんの 舞台

劇団員のかたは 健聴のかた 難聴のかた 様々であるとか

はじめ プロローグは 何をも持たずに 立つひとたち

マイムのようでもあり

ダンスのようでもあり

音楽そのもののようでもあり

字幕もあり…

音だけを きっかけにできぬことからか

互いに それぞれ 離れて立っていても

それぞれの 醸す空気のようなものに 触れ合いながら そこに 立ち 動いているような 緊密感

風景だった人が

人になり

ひとがたを 操る人になる

しかし 文楽のように 己の表情を消すわけでもなく

登場するものとしての 表情満々

ひとがたが ぼたりのさり と おきあがりこぼしのようなテイで

動きに乏しいものだから

ついつい 操る人を見てしまう…はずだった

しかし いつの間にか 人だけではない

ひとがたと共に 醸し出されてくる なんにゃらかが そこに 膨らんでいるような気がして

どちらを見るでもなく

そこにある世界を見ていることに気づく

操る人が ひとがたを置くと

表情がない…と 思い込んでいた ひとがたの 生気が 消える感

動いていたのは あなただったのか!?

どう頑張っても めんこくねぇ…と 思ってしまう 大人の ひとがたが

案の定の 役回りで こんちくしょう てめぇら!と 憎たらしくなってくる

…はずなのに その 動きに 不自由で めんこくねぇ ふてぶてしく 憎々しい「おとな」が

むしろ 凝り固まって 重々しい形に縛られながら

なにかにすがるしかなかった よわよわしくも あわれなる いぢらしさに すりかわってゆく

河童としての 造形より

河童風 魑魅魍魎 樹の精のような 土や水の精の 不定形なる形の

なんとも 自由に のびやかに 表情豊かなことか

もしや 供されていった わらすこのいのちは

あの のびやかな いきものに 生まれゆくのだろうか?

そんな 希望の光さえ 見いだしたくなる

決して 予定調和ハッピーエンドではないけれど

重苦しいだけでもない

それぞれに どうぞ と 託されるような

不定形の しなやかさ

最後の台詞が よく聴きとれず

手話もわからぬ 狭間のものとしては

もやっ と した気持ちになったものの

ことば 手話 どちらかに寄りかからず

そこからだけ汲み上げなくても

そこに立ち上がった世界を まるっと 受け取って

水底に沈めておこう いつか 泡沫のごとくに 浮き上がってくる 思いを 待とう なんてことも 思ったり 思わなかったり

公演後の 交流会では

劇団の方も交えて 思いをやり取りし合えた

和やかなひととき

大好きな 仙台mirokUさんの 河童マフィンを

「いくつでも食べられそう🎵」なんて

みんな にこにこ 更に仲良しになった感

受付のところにおった 緑河童指人形に 一目惚れ

どこかへ行ってしまう前に!と

舞台を観る前に 急いで 買った

劇中に 出てきたわけでもなんでもないのだけど

めんこくて ずっと「いつも鞄」で 連れ歩いてる

オレンジレンジ河童との 密談写真は

撮影者 桐島レンジさんから いただきました

まぁ そんなこんな

とりまとまらぬまんまですけど

急いで答えを出すことでもないので よしとしよう(投げてる!?)

よきひとときを ありがとうございますた

うずたかき ほんのやまやま

2019 年 5 月 22 日 水曜日

積まれおる 読み待ちの本たち

うずたかきやまやま

次はこれを読もう…を

近くへ 引き出す

…のところに また これも あっそれならば これも…と

小山ができ

山並みとなり

どれがどれやらになり

また まとめて 退けて

あぁ これを読みたいなぁ と

引き出し 置き

重ね

堆く 積もりゆく…

寄せては返す波のごとし

もう本は買わない買えない と 締め切った 心のシャッター

…の はずが

天下の回りものを受け取った瞬間に つい 新しき本を求むる(おかずを一品減らそう…などと ぶつぶつ算段もしながら)

病だな

せっちゃんを 偲ぶ

2019 年 5 月 21 日 火曜日

ここしばらく「偲ぶ」という 言葉が続く

要するに その人を 思うということ

その 共にあった ひとときを

その ひととなりを

あたたかに

愛しく 思い浮かべて

肌身のように

撫でゆくこと

せっちゃん こと 種沢節鴻さんの ジュエリー教室 作品展「Swing~スイング スイング~種澤節鴻先生を偲んで」にいってきた

あぁ また 更に 自由に 奔放に 解き放たれ 広がり行く世界へと 飛翔なさっていたのだなぁ

繊細さと たおやかさと 共存する 大胆さと いたずらっこみたいな 弾む心…

すべて せっちゃん色だ

その お人柄を 見知っているから 余計に 感じ入るのかな

でも この 両極が 共存するような作品は

そうそう 出会えるものではない

大好きだ!と 思う

涙が出てしまう

「難病」と いわれているものを得て

手が 動かせなくなる ギリギリまで 作品に取りかかっておられたこと

朗らか楽天的な気持ちを 持ち続けておられたということ

かいつまんで 息子さんからは うかがっていたものの

会場で お弟子さんに そんなこんな お話をうかがいながら

やはり 泣いてしまった

10年以上前?メディアテークで

せっちゃんの ジュウリー教室の生徒さんたちとともに

アクセサリーワークショップ&自分の作品を身につけて ファッションショーをする…という イベントで

TAP SHOTSでのパフォーマンスと

参加者みなさんの ウォーキング指導など させていただいたことがある

それを覚えていてくださった生徒さんもおられたけど

せっちゃんが タップをしていたことを 知らなかった!と 驚かれる生徒さんも おられた

みなさん 同じように「種澤節鴻先生」のことが 大好きでおられるのが しみじみと伝わってくる

「先生がお亡くなりになったときいたとき あまりにも驚いて しばらく具合悪くなって立ち直れなかった」と おっしゃるかたさえ おられた

ふと 見ると 会場内に

一昨年の 作品展で せっちゃんの ジュウリーを 身につけて 二人でポーズをとった スナップが 貼られていた

また 号泣…

「せ ん せっ♪」と ぽわん と まあるい空気を含んで 弾むように 呼び掛けてくださる声

忘れられない

ふんわり やさしげだけれど

辛辣な まなざし

審美眼

どきりとする 素敵なバランスだった

「桜の精のような」なんて 光栄すぎるメッセージと共に いただいた 誕生日プレゼント

今日 つけていった

ここぞ!という 大切なときにしか 出さずにおったけど

もっと 活躍してもらわにゃなぁ

その人を 思い続ける

あたたかなおもいにみたされる

いってしまってから だけではなく

いま 近くにいてくれる人たちへも

悔いることが なるべくないように

撫でるように

思いながら

いけたらいいな

そんなことさえ思う

出逢えたことが 宝物の人に 気づかせてもらう

今も かけがえのない きらめく日々なのだということ

最敬礼

育つよろこび

2019 年 5 月 21 日 火曜日

以前いただいた 日向夏

種が ご立派なもんで

埋めてみたら

芽吹いた

おおぉ♪うれしい

そういえば 小学生の頃

朝顔や へちまとか

観察のために 埋めたものではない 種の喜びは

夏蜜柑と 枇杷に いただいたのだったなだったな

実りを目指すわけではなくても

育つ喜び いただく

ありがと~♪

キャベツを 一玉!

2019 年 5 月 20 日 月曜日

本日 朝のうち ばんげの 鶏の唐揚げを こさえといた

付け合わせのキャベツは 千切りか 茹でものにしてね…と 書き置き

しかし

先日 わたくし 不在のときに 焼売の 付け合わせに キャベツを 茹でて添えてくれろ…と 書き置きしたとき

あんちゃ ひと玉 茹でてくれちゃいまして

ぬうぅ!あと数日使うつもりだったのに と 落胆したことがあったもんで

本日は あらかじめ 千切りしておくことにした

ビタミン的には よろしくないのだろうけど

節約のためぢゃ

みみっちくてすまん

台湾で 思い出してくださったことがうれしい

2019 年 5 月 20 日 月曜日

けろオカリナ

いただいた

うれしひ

そのものもうれしいのだけれど

しばらくお目にかかれずにおって

ご無沙汰だったのに

台湾に行かれたとき「蛙グッヅみて 森さんを 思いまして…」と

その お気持ちが すごくすごくうれしい

帰宅して早速 吹いてみる

ぴろふろひ~♪

なんとも ゆかいな軽やかさ

夜笛を吹くと 蛇が来るよ…て 昔 ばあちゃんが言ってたっけな

また あさ吹こうっと

金次郎くんを 見習え

2019 年 5 月 20 日 月曜日

二宮金次郎くんを みならえ ということだな

最近勤勉でない 己を 猛省してみるが

なにせ いろんなことを忘れるので

これじゃいかん!と 何を反省したか 見失う

命に別状はねぇ と てばなしすぎているもの 多々あり

ああぁ

そんなこんな

相変わらずでありました

風に吹かれて 次の現場へ

豊穣庵 点景 その12

2019 年 5 月 19 日 日曜日

豊穣庵 点景 その12

もう二週間もたってるのに

まだ 鮮やかな 手触りの ひととき

かっちゃん よっちゃん ご夫婦のもとに あつまり つながり ひろがる あたたかなひとたち

みんなのよりどころ

純子さんも お友達と共に たどり着いて楽しんでくれてありがと~♪

「次は 収穫祭だね」なんて いってたけど

棟梁むっちゃんの お仕事現場覗きに行く口実で

また ひょっこり ただいま したくなる

みずみずしく鮮やかな思いをいただく 大好きな場所を思って

今度の 定禅寺通り2×3では

昨年の収穫祭に 纏わって生れた「収穫祭 奉納舞~謡い『ちのうた』つき」

やろうかと思いまする

感謝を込めて

結びを願って

豊穣庵 点景 その11

2019 年 5 月 19 日 日曜日

豊穣庵 点景 その11

やちむん

沖縄の 宮城三成さんというおかたの 焼き物に 惚れてしまったかたのブースで

惚れ惚れの 思いに 感染してしまい

これにしようか それとも こっちか…と

迷いに迷った 二点とも

連れ帰ってしまった(画像一枚目は 迷いに迷って 人の話が聞こえなくなってる状態のわたくしが写っとる)

窯の中で 重ねられ 焼かれる 器

てっぺんで焼かれる 釉薬の 途切れ目無しのやつ

ご飯を 掲げ 捧げるような 思いさえ 生まれる

いつも以上に おいしく感じる

あぁ 痩せられないや

…それはまた 別の問題か

ご馳走後押し

ありがとうございます

豊穣庵 点景 その10(9はどこいった!?)

2019 年 5 月 19 日 日曜日

豊穣庵 点景 その10

ライヴ…千葉から来てくださった プロフェッショナルの 方々

まほさんと あと なにさんでしたか!?

そこんとこ きこえなくてごめんなさい

歌い手さんだとはしらず

共に 杵つき つきたて餅を

あちちち

んまあぁ♪なんて

和気藹々と ちぎったりつまみ食いしたりしてました

えっ!?あの素敵な人たちが歌ってくれるの!?と

ライヴ始まる前 わかって

齧り付き切り株席げっと

『LGBTの壁を越えて』での あたたかくて 力強いメッセージ

のっけから じわっ と 滲む

かっちゃんからのリクエスト『川の流れのように』も

ご自身の思いが じんわりと重なり染み入る 歌い込み

深く 熱い

棟梁むっちゃんの 大盥ベースも 加わったりして 愉快なエンディング

すてきなかたたちだったなぁ

またどこかで 会えたらいいなぁ