‘出逢い’ カテゴリーのアーカイブ

金澤怜さん

2026 年 2 月 3 日 火曜日

昨年の選挙での 差別発言 駄々漏らし政党のことやら 
難民 入管問題情報を調べておったあたりで
ネットにて 出会った方 金澤怜さん
東京大学に籍を置き 労働者でもあり
社会問題を 紐解き
現場へと足を運び
ちゃんと 人と会って
歪みなく 人と人とが生きあってゆくことについて 声を上げ 
動き続ける人

観念だけで物を言ってるのではないぞ!

顔本 投稿からの コピー・ペースト シェア

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【22歳大学生が思う。#総選挙 が切り捨て、犠牲にしているもの】
(世の中に出回る若者論にうんざりしているからこそ年齢を強調します。ちょっと長いですが最後まで読んでいただけると…)

公示日1月27日、大義なき解散総選挙の中で、つくられた「#外国人問題」として常に槍玉に挙げられる「#非正規滞在(#不法滞在)」状態の子どもが、自ら記者会見をしました。私も「仮放免高校生奨学金プロジェクト」で伴走支援に関わってきたエマさんです。

在留資格のない「仮放免」高校生 進学費用の寄付を自ら訴え
https://www.kyobun.co.jp/article/2026012705

エマさんのように、非正規滞在状態の友だちが、いまも大学に進学するために頑張っています。

難民 申請が全く認められません。しかし幼少期からずっと日本で育ち、日本で教育を受け、日本語を話します。日本で働いて社会に貢献したいと何度も私に話してくれます。

お金はなく、その日暮らし。もちろん、消費税など税金を納めてはいます。一方で受けられる社会保障は何もありません…。

在留資格が得られない限り、働けず、移動の自由もなく、常に飢えと #強制送還 の恐怖がつきまといます。そして、差別と無理解が急速に広まる中で、高等教育機関から不当な受験拒否に遭い続けています。

母国ではイスラム過激派「ボコ・ハラム」の襲撃が相次ぎ、エマさんの祖父母も命を落とすなど戦闘が激化。ボコ・ハラムによる女子生徒の集団拉致事件も発生。エマさんと家族は国外への避難を余儀なくされました。

しかしエマさん家族のように、難民申請が認められずに非正規状態になってしまう人たちが多い日本。2.2%という難民認定率が生み出す不幸です。

翌1月28日、首相官邸が、#小野田大臣 のゼロプラン説明動画が投稿され。「国民の皆様が感じておられる不安や不公平感に向き合い、外国人による違法行為やルールからの逸脱に対しては厳正に対処する」と…

ナチスや参政党と同じく客観的数値など根拠を示さず「不安や不公平感」と分断感情を煽っています。

小野田大臣は、23年当時の齋藤法相が、一定の条件を満たす仮放免の子どもへの在留資格付与を発表した(それでも不十分だが)際、ほぼ唯一反対表明した議員で、人道上の見地から大きな問題があると思います。

一度も絡みのない私を先行ブロックしながら、SNSで世間の話題を拾っている小野田大臣は、何を拾っているのでしょうか。あなたたちが切り捨てようとしている生命は、エマさん(たち)だということを知っているでしょうか。

何よりも #首相官邸 が、差別・排外主義を利用した「ビジネス」ー選挙中はまさに自民党が票を集めるための投稿を行ったことは衝撃でした。なりふり構っていないと思います。

8月と11月に入管庁等の省庁交渉を行いましたが、入管庁は #ゼロプラン の根拠を示せず、私たち大学生にすら、詰められていました。

警察庁の統計では、2024年に刑法犯として検挙された非正規滞在者は全体のわずか0.25%。凶悪犯罪に至っては、不法滞在者のうちの0.04%にすぎないのです。

犯罪全体の中で非正規滞在者が占める割合はきわめて小さく「国民の安全・安心を脅かす存在」というイメージは統計的にも根拠がありません。

そして参政党は、スウェーデン刑務所に関するデマの拡散で、参政党の排外主義・差別デマの悪質性が浮き彫りになっていますが、参議院選でも同じ方法で議席を伸ばしました。

生活保護デマ、留学生優遇デマ…
全て政府や専門家、現場から、即座に否定されています。

しかしデマは根深く浸透。特に留学生優遇デマは、私たちが訴えてきた高すぎる学費問題と結びつけ、若者の苦境を差別排外主義に利用されました。非常にやるせない思いでした。

私は、#入管法改悪 やゼロプランの問題から、「国際法を守ってください」「法の支配を体現してください」「外国人政策ではなくこの国がどうありたいかの問題だ」と、丁寧に訴えてきました。

しかし、もはや一国の首相が、#民主主義、#立憲主義 を軽視していると思います。

高市首相はおっしゃいました。

改憲・皇室典範・国家情報局・#スパイ防止法・防衛産業強化・防衛3文書前倒し改定をしやすくするために、この大雪警報の真冬に855億円の総選挙をやると….。国旗損壊罪も然りですね。

国旗損壊罪 なんて、立法事実はないし、法案自体が憲法違反です。私の知り合いが参政党の国粋主義へのカウンターと、戦後80年を機に今一度天皇制について考え直すという意図を込めて日の丸にバツをしてアピールしました。それを事例に挙げているのですから。思想・良心の自由も表現の自由も損なわれていきます。

私がずっと訴えてきた、#高等教育無償化 も2024年の衆院選と異なり、議論にならず。選択的夫婦別姓・同性婚など人権や尊厳のための本当に必要な法案は廃案になり自民党が過半数を取ればますます遠のき。企業団体献金や万博未払い問題も廃案。物価高対策も置き去りどころか、消費税の増税という話も出ていますね。

「権力欲丸出し」「私利私欲」、確かにそうですが、その結果やろうとしていることは国民の半数から反対されるであろう法案を通すことですよね。その影響を被るのは私たち。権力者に振り回されるのは常に弱い立場の民衆です。

私が #差別、排外主義に反対する理由は簡単。差別、#排外主義 が激化していくと、ヘイトクライムが起こります。ますます人権が軽視され、あらゆる理由で序列をつけられ非人間化。

虐殺や民族の浄化が行われ、戦争を招き、国としての信用を失い、国際社会から見捨てられ、孤立します。差別、排外主義は、#安全保障 を真に損なうと思います。ベネズエラは人道上問題があるから攻撃されて当然だと主張する人は、日本がそうなってもいいのでしょうか。

私は今年度半年ほど愛知の自動車工場を見て回っていましたが、”世界に誇る”日本の自動車工場の請負ラインは、日本語堪能な日系ブラジル人と、日本語に堪能ではない日系ブラジル人のみで回してらっしゃるところも多かったです。

当然ともに働く地域に不可欠な仲間、同僚という認識。学術だって同じ。国籍問わず、皆ともに学ぶ仲間です。

「強く豊かに」と富国強兵を唱え、分断を助長し、弱者を切り捨てる政治を私は支持しません。自民・維新・参政・保守には絶対に票を入れません。みらいも重視するのは手続き論で、ファシズムを用意する極中道だと思います。

自民といえば、そもそも裏金議員も差別議員も大量に公認されており、日本でも韓国でも長年大問題になっている統一教会との大規模かつ長年にわたる癒着も解決されていないことからも、あまりにも危険な政党ですよね。

日本の未来を考えれば、そこに加担しないのは当然の選択です。私は今回は #社民党 を応援するし、小選挙区は共産党に入れるだろうなと思います。皆さんはどうでしょうか。

長く様々な所感を述べましたが、まだ22歳ですから、これから日本がもっと厳しい環境になることを予想できてしまう現状はなかなか苦しいものがあります…
___________________________
<ぜひエマさんへ、ご寄付をお願いします>

必要額 120万円
仮放免高校生工マさんの学費・入学金、進学のための諸経費
口座:みずほ銀行 飯田橋支店 (061) 普通 3056440
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<仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的>

池尾さんから寄贈されました。伴走支援に関わってきた子どもたちの話が取り上げられています。

花に華やぐ

2026 年 1 月 27 日 火曜日

何かの記念日 ということでもないのだけど

先日 久しぶりに お会いできた方から

ガーベラ6輪の 花束を頂いた

いつも 小粋で 

お茶目だけれど

ていねいに 人に向き合っておられる 

大好きな方

より 若返った?ようにも見えたもんで

若けりゃいい ということでもないけど

うまい言葉が見つからなくて

なんで 若返ってるんすか?なんて 間抜けなこと言っちゃったけど

お話し伺って

やはり やりがいのある 人と向き合うお仕事に 注がれる日々というもので

覇気とか 豊かな思いに 満ちておられる てことなのだろうな

いつも 閉じていない人 という 印象ではあったけれど

開かれている その心が

きっと 目の前の人を 照らし続けていくのだろう

頂いたお花を 挿してみる

花に 華やぐ気持ちになる

それは 生きてゆくことの 真ん中あたりを 開いて見せてもらえるからなのかな

開いて 生きてゆこう と 思ったりもして

あぁ うれしいな

まこせんせ

ありがとうございます

よき集いとなりまして

2026 年 1 月 25 日 日曜日

昨日の ドキュメンタリー映画『生きて、生きて、生きろ。』上映&蟻塚亮二さんトークat 仙台YWCA

もんのすごく たくさんの人数未満ではありましたが

とてもとても よき集いとなりました

映画の中では 原発反対!と 声高に訴えているものではないのだけれど

原発事故がなければ こんな苦しい思いをしてはいなかった…と

いまも 苦しむ人たちの姿

震災に於いての 直接死よりも 関連死のほうが 格段に多いということ

そもそも 原発が 僻地に作られることになったからくりは

アメリカのトップシークレット文書で

被爆国日本は 核反対の感情を持っているので そこの不安を薄めるために 原発を安全なもの と刷り込んで 輸出して やがて 核兵器への不安も緩和してゆくことが 大切…てなことを 言い始まり

たくさん人がいても どんどん発展するような経済のあり方でもだめで(反対する人が増えてきたり 原発以外が儲かるのは いただけない…とかいう理由)

僻地で 原発依存するしかないようなところ…という 条件も踏まえて 建てられていったこと

敗戦後の 引き揚げ者たちを 受け入れる器もない 政府が

まるで 棄民のように「使えねぇ土地」に 送り出したこと…

そんな 植民地的根っこがあったことも おさえておられた

形に見える 建物修復 土ほっくりかえして移動しただけ…なんてなことは 復興とはいえなくて

今も苦しみ続けるひとたちが おられる限り

終わりではない

そして もしかしたら この先 PTSDを 発症してしまうかもしれないひとたち…それに伴って起きてゆく負の連鎖

沖縄の診療所での たくさんの人たちとの 出会いで 沖縄戦の 遅発性PTSDを 発見なさった 蟻塚亮二さんが 懸念する

福島原発事故後の これからのこと

再稼働言ってる場合ではない

核武装なんて とんでもない

救いは この映画に出て来られる方々が いわきなごみクリニックの方々と 出会ったことによって 救われてゆく姿だ

添い続ける 蟻塚さんはじめ 精神医療に携わる方々が おられるという 希望の光だ

有能補聴器フィッティング中だというのに

映画の始まりのあたりの 言葉(被災なさって のち 息子さんが 自死なさったという方)が聴き取れず

ぐいぐい 耳に押し込んだりしていたのでしたが(空調の音などが ごーごーはいっちゃって やはり よくわからず)

その方が 映画の後半に どんどん 聴き取れるようになっていった

それは その方ご自身が 何も信じられなくなって生きていく気力もなくて

問いかけに やっとこ応えてはいるけれど

誰かに何かを伝えようという威力もなかった状態だったのが

そうか 生きていこうか と 顔を上げて

思いを 伝えようと言葉を用いるようになっていったということなのだろう

蟻塚さんの トークは

はじめ あれれ?マイクのスイッチ入ってない?なんて 確認に行ってしまうほど やわらかで

そしたらば「あぁ 精神科医ってのは 声が小さいんですよ 大きな声張り上げると 患者さんが 萎縮しちゃいますからね」と 柔らかな笑いから はじまり

お話ししようと思われたことを「コンビニのレシート裏に 書いたんだけどね」と お茶目にわらいながら 伝えてくださった

のちに 感想 質問を 発言してくださった方々の ことば ひとつひとつにも

ていねいに 応えておられた

蟻塚さんが 書かれた『悲しむことは生きること』というご本もあるけれど(YWCAに置いといたら 映画の後「ぜひ読みたい」と言ってくださった方がおられて 初めてお会いし方だけれど 貸し出しましたる…震災後 相馬の方で 写真修復などのボランティアもなさっていた…とのことを 涙ながらに お伝えくださりました)

かなしい と 伝えること 人に気持ちを開くことは 人を信用していこうという証で 生きていくという力になること…というようなことを 改めて 生の蟻塚さんの言葉で 伝えてくださった

それにつられて?というか 

所帯もとう とまで言ってた 外国のひとから 異国の町中で「じゃあまたね」と言っておいてかれて そのことについて 涙も出なくて 何でもないふりをして 気持ちに蓋をしたら 突然 横断歩道の真ん中で 遠くから 波がやってくるような感覚に呑まれて しゃがみこんでしまったことがあり 2年くらい経って その人と関わりある人から 話しかけられて 初めて それについて口に出した瞬間に ぶわっ!と 号泣して それから憑き物が落ちたみたいに 風通しが良いような気持ちにたどり着けた

…なんてな 誰も望んでない 今やネタになってる 置き去り失恋事件を 開示してしまうという

大迷惑な 司会者 わたくしでした

あ 笑っていただいて おっけな話ですから…

お客様の中に すんごく 心配そうに 見ておられた方も あったもんで

なんか 申し訳なかったす

そして アイドルとのツーショット♪な感じで

蟻塚さんと お写真撮っていただいたり

久しぶりに お会いできた方々も あって

気持ち 満ち満ちました

ざんねん

2026 年 1 月 5 日 月曜日

昨日 買い物に行ったら

ドラッグヤマザワ角田店が 2月22日で 閉店する とな

ショック…

ここでしか見かけない イデシギョーの 箱ちり紙

母に用いている おしりふきや デイケアに持っていってもらってる シャボン玉石鹸の シャンプー&リンス

期間限定だったかもしれないけど 他ではなかなか取り扱わなくなってる「ピーナッツ太郎」…おかしの 独自の棚が 楽しみだった

スーパーマーケットのヤマザワより 若干 安い タレからし付いていない ヤマザワブランドサンコー食品の 納豆

時々パートで入る 同級生 とすこちゃんの とびっきりの おもてなし 笑顔…よく気遣ってくれて 試供品 クリームやらなんやら そっと 渡してくれたっけな

父の介護の時は お襁褓やら ほとんど ここで買ってたっけな

初売りの時に 発表があったのかもしれない

昨日 既に 棚の品物が かなり 少なくなってた

残念だけど

たくさんたくさん お世話になったこと 

ありがとうございます

あと一ヶ月だけど その前に 売り切ってしまいそうだけど

また 何かしら もとめに ゆこうと思う

よこゆれたてゆれ

2025 年 12 月 25 日 木曜日

朝 

そんなに早く起きなくても…な時間に 目覚めてしまい

にゃんこら みんなおるか 確認して ほっとして

母デイケア 送り出したあと

日が昇ってるはずなのに もやもやん で 見通しが いまいちの 角田から

海方面へ トンネル抜けたら

あら そんなに 靄 かかっておらぬ

うきうき久しぶりの ランチ会(あんちゃから「相手は まだしも 君に『ランチ』ということばは 似合わないよね」と にやにやされた…ちっ) 

ああぁ なんか いつまでも 喋り倒していた 10代を思い出すなぁ なんてな うれしいたのしい時間は 矢のように過ぎ

帰り道 さくらした珈琲さんとこ 寄って

中浅煎りの パナマゲイシャの豆を買おうとしたら

「あっ…これの お値段 そっちに書いてあるけど大丈夫ですか?」と 確認された

…はっ

確かに わたくしが これを と 指し示したとこは 一杯淹れたらば の お値段のとこで

豆だと うひゃ!な お値段になる

一瞬怯んだけど

うれしいたのしい余韻の 後押しもあって

だっ…だいじょぶです…と 狼狽え 振り切る 漫画の人みたいに 応えてしまった

帰宅後 牛太郎(うしたろう 去勢済 17歳)が よたよたり と 出てきたものの

また 水場で 飲むともなく 佇んでいて

昨日 若干 ちゅーる的なのを舐めたし 安心したはずなのに

普段 ほとんど鳴かない うっし〜のくせに

にゃっ と 短く何度か鳴いたりしたもんで

あわわわわ!と 変に焦ってしまい なになに?なんなの?のみたいたべたいのにたべられないてことなの?と 問いかけてみたりして

んでもってそんなとこ 母デイケアから 帰宅して

肩もんでくれ…らしい「おねが〜い!」の 呼ばり声が 分刻みくらいに やってきて

いちいちいらいらしない の 目標立ててたのに

ごっつり 苛々してしまい

今 うしの 食べ物どうすっか なやんでるんだでばっ!とか 声を荒げてしまい

ばかだよもぉ

泣きたくなったりもして

父の 経管栄養投薬の時の シリンジなど 引っ張り出してきて

こんだぁ 強制給餌したほうがいいのか!?なんて 血迷って 早まって?

薬混ぜ ちゅ~るを いやがるうしに やっちまった

…もすこし 様子見てからのほうがよかったかな

ごめんよごめんよぅ

また 泣く

なんか 気持ちが うきうきしたり 落ち込んだり まよったり 

縦揺れ横揺れ〜の いちにち

せめて このあとは ご機嫌でいよう と 思って

楽しきランチのひとときのこととか 思い出して にこにこしたりもするものの

また 小刻みに 呼ばられて

ぐぉあ!とか いちいち 唸ってしまう

いかん

呼ばられる前に(やってることを中断されたくない思いなのならば) こっちから 行って 肩背中 マッサージしちゃるわっ!と

思ったりもする(うまくいかないけど…)

あとは 寝不足かもしれないな

今夜は 早く寝よう

とすこさん 生誕記念日

2025 年 12 月 23 日 火曜日

本日は おらいのばあちゃん…とすこさん(森トシ)の 生誕記念日

存命ならば 108歳

煩悩数までも 生きてて欲しかったなぁ

まぁ 年重ね

あれれ?てな 認知の問題が 発生したあたり

いや その少し前からの ややや?な ことは

いろいろ 大変だったとしても(警察沙汰とか 今となっては 笑い話だし)

幼い頃から ばあちゃんに 育ててもらった 愉快な 宝物の日々があるし

あぁ その様に 変化というものがあるのだね と

見せてもらえたことも 宝物だ

昨日の朝 冬至南瓜に 甘くしない小豆を いくつか散らしたけど

そのほかは

ばあちゃんの 大好きな あんこ…もちろん 己が好きで そうしたのだけど…

仏壇に 供えたりもしてみる

なにやっても「あんだ じょんたごだぁ(じょうずだこと)」と 褒めてくれた声が いつも 蘇る

面白がりの根っこは ばあちゃんのおかげであることが 大きい

自分が 情けなくて へろへろ と しゃがみ込みたくなる時

受け継いだことなど 思い出して また 立ち上がれる

ありがとね て 思う

夕焼けから 唐突に

2025 年 12 月 20 日 土曜日

今日は

用達し 終えて 

暮れ色を みながら

美しねぇ なんて 呟きながらの 帰り道

この言い回しを もちいるときは

あがりえおっちゃんを 思い出す…というか

おっちゃんと お散歩して 交わしたことばを 思い出すために もちいているんだよなぁ

たましひ とか あの世 とか

そういう 信心は いまいち 希薄だとしても

かつて 身に やってきた 感覚で

肉体に 囚われていたものが 解き放たれて そこいらに 満ちてきた というようなことや

思い出す時に 周波数を合わせた ラジオみたいに

その思い出す脳細胞の部分に 何かが ひぅっ と 注ぎ込まれるような感覚が

そのブツとしての存在に帯びていた たましひ的なものなのかもしれない

…なんてことを つれづれなるままに 浮かべて沈めて

うん いてくれてるね 

あのひともこのひともひとだけでなくたいせつなそんざいたち

改めてそう思いながら

胸いっぱいに 暮れ色 吸い込んで

生きていく

やさしいひととき

2025 年 12 月 19 日 金曜日

児童館の お楽しみ会での「あ♪のねの会」クリスマスコンサート

季節柄 体調不良さん 多め てことでしたが

参加してくださった 小さいさんたち

なんと 9割!?かわゆいサンタさん扮装だったのですけど

ドレスコードでもあったのすか?

のびのびしてて あちこちめぐったり

一緒に ぴょんぴょこしてくれたり(Tapの時  同じリズムで コール&レスポンスみたいに 踏んでくれてるお子がおった!!!)

大人の方々も ずっと 盛り上げ続けてくださって

うれしくてたのしくて しあわせだった

普段から ここは 安心できる楽しい場所…として ととのえておられるのだなぁ てなことを

しみじみと 感じさせていただいた

あたたかなひととき

「あ♪のねの会」としては ひっさしぶりの コンサートだったけど

いつも ご一緒させていただく 頼もしさうれしさ安心感で ぢわぢわする

ありがとうございました〜

きっとまた♪

眠かったんだけど

2025 年 12 月 13 日 土曜日

仙台YWCAクリスマス礼拝&祝会

温かだった

たのしかった

びっくり箱みたいな

宝物の 箱を開けたみたいな 

彩り豊かなひとときだった

写真がうまく撮れてなかった

のちほど 事務局の方々のお写真とか 用いて良いものあれば 投稿させてもらおうかな…

んで

わたくしも 後半の 祝会の 司会と パフォーマンスさせていただいたのだけど

なんか うれしくたのしくなっちゃって

はしゃいで 汗だくになって

帰り道の 運転で 眠気 ど〜ん!ときて

危なかった

空に映る「ハロ」みつけて

「はろはろー」なんてな 駄洒落みたいなこといっても 眠気 いなくならなかったので

途中 買い物して めざまし…のはずが

ぼやん て しながら 買い物したら

財布の中身が すっきりと綺麗になっとった!ぎゃあぁ!!!

…そりゃ お金払ったからなんだけど

こんなに綺麗に 使い切るなんて

懐江戸っ子&懐綱渡り芸人の 本領発揮ですわ

とほほでやんす

ま それはさておき 帰宅してすぐ ばんげの支度して

食べてる途中で 動画を見るという

お行儀わるいこさん わたくし

なんつうても キャラメルフェザーさんたちの 夢への第一歩 応援…EMERGENZA JAPAN 第一回予選だったで(配信視聴&投票)

外せなかったのね(イヤホンをさ)

餃子 焦がす とか

母からの 歯磨きセット出してくれろ の 要望に応えない とか

母&あんちゃ すまぬ…

でもねでもね キャラメルフェザーさんたち

予選通過でしたっ

おめでと〜

来年の春からの 準決勝やら 勝ち抜くと

ドイツ公演ですて

すごいな

夢へ また 一本 近づいていく

素敵だね

これからも「世界の人を喜ばせたい!」の思い胸に

ゆけゆけ〜

おかえりなさい はみるとんさん

2025 年 12 月 12 日 金曜日

だいぶ前に 愛用しておる 機械式腕時計 はみるとんさんが いまいちな調子になり

角田の 毛利時計店さんに 託したのだけれど

以前も メーカーさんでの 生産終了で 部品がなくて

毛利さんとこの 手持ちのゼンマイで なんとかしてくださった過去あり

メーカーにての オーバーホールとかも のぞめないのかもな と 諦めかけてたけれど

なんと 毛利さん…時計職人であるおとうちゃんが なんとか 調整してくださったと!

ううううぅ 職人さま ばんざい

つぎ 不具合あったら もう ちょっと 無理かも…てことなので

様子見ながら 大事大事に また 身につけようと思います

ありがとうございます〜

ベルトは もう何度も 言っちゃってますけど

もともとの はみるとんさんものが ぼろぼろになっちまったのちではなくて 

結構 人気のある 革や 銀細工や ネイティブアメリカンもののお店で 購入した 時計本体よりが高いかも!?な やつ(たまたま 泡銭的なものが 手元にあったときね) ベースなのだけど

ベルトの部分が 壊れて 修理してもらおうとしたら

「できません ちょうど同じ型のあるので そちら買ったらいかが」てなことを 軽く いわれて

おいいいぃ!と 心のなかで突っ込んだっけな

商品に対する誇りあるとは思ったけど

そのものを 大切に用いていくという気持ちに 届いていなかったのかな

そういうお店って あるのわかってるけど

自社製品を 修理できないって?とか

物の言い方 も少しないんかね? てなあたりに 引っかかり感じて

二度と来ねぇわ!て 思っちゃったんだよなぁ

んで 意地になって 革細工やったこともないのに

革端切れ 寄せ集めて 血塗れに!?なって 己修繕ツギハギしたのでした

不格好で 更に ごつい感じになっちまったけど

以前 時計の修理に 毛利時計店さんに おうかがいしたとき

時計職人毛利さんが

「自分も 職人として 手をかけて 修理したり 作ったり(オリジナル時計のすんばらしいのあり)するから これ…手作りでしょ?わかるよ 大事に使い続けるって 大切だね」て すぐに 気づいて 言ってくださったのだった

そういうひとに お願いしたい

「俺もなかなか目が見えなくなってきてるからね」なんてなことを 以前言っておられたけれど

どうか これからも ものを 技術を 思いを 大事になさる その珠玉の存在で

ご活躍くださりませ