‘出逢い’ カテゴリーのアーカイブ

7daysbookcoverchallengeSpinoff2026 その35

2026 年 3 月 17 日 火曜日

読みたい本 携えていたのに

今すぐに読みたいっ!と 南相馬「オムツ外し学会」会場で 買い求めましたる 一冊 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「コロナ禍」と 言われ始めた頃

#7daysbookcoverchallenge は

不要不急の外出 自粛など 

鬱屈 混乱の中で

お家滞在時間を 楽しもう

読書文化復活させよう

…という流れ

どなたが 始めたものか わたくし存じ上げませんが

もともとは 誰かから バトンタッチされて バトンタッチしてゆく タグ付けしたりする 7日間…という やり方でした

本の表紙のみ紹介だったのは

著作権の問題かな?

いろいろ 制約あったのだけど

己の読書記録のために

制約取っ払い

#7daysbookcoverchallengeSpinoff と 題して 続けて

7年目もやります

7daysbookcoverchallengeSpinoff2026

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その35

『介護戦隊 いろ葉レンジャー参上 若者が始めた愛と闘いの宅老所』中迎聡子(円窓社)

オムツ外し学会では

みんながみんな 人間に 命に 対する 尊重とか 愛とか 

迸ったり

満ち満ちていたり

にぢみでていたり…だった

あぁ なんて 芯から 健やかに 全うな 愛ある人々なんだろうか

何度も言うけど 

こういう人たちが 幸せや平和を 間違いなく つくってくれる と 思う

介護という 形 枠を 整えるのではなく

介護を必要としている 一人の人と とことん向き合い付き合いたい という 熱くも 温かい思い

なにより まんなかに その人そのものの存在があるのだな ということを 感じた

来し方 越し方を 尊重し

行く末を 嘆き恐れるばかりではなく

共に 生き合う 延長にある 否定できないことなのだから 

悔いなく 関わりながら 逃げずに立ち向かい合う…という感じ

人としてのあり方の 理想のかたちだ!と 思う

行為の表面ではなく

なぜそういう行為につながったかを 丁寧に紐解いてゆくこと

「50人の中の1人は、50分の1ではなく、1分の1。1人にきちんと向き合う介護」

「内側のチームワークだけではなく、外とのチームワークをしっかりつくっていかなければ」という ことばたち

涙出るくらい うれしく 納得いく

「居場所づくり」のことに 関わりかかっているところで

なにか おさまりがうまいこといってないような

なにかが 足りないような

ふわふわした 感じだったのだけど

そうなんだ そこに 人が見えてこなかったんだ

真ん中が すかすかしてる感じだったのは

実体を

人を

愛を

繋ぎたい手を

しっかりと 見つめて 触れていなかったのだと 合点がいったりもした

たくさんの 勇気と 気づきをいただいた

つないでゆかねばな と 改めて思う

介護界の方が 中迎聡子さんのことを

「憧れ♪」て 名前あげておられるの

そりゃそうだろうよっ と 思う

会場で ご本買った時に サインをくださって

その時 わたくしの ズボン見て

「わっ そのズボン いいですねっ♪」と 弾むように言ってくださり

あ これ 父の形見のズボンに 恐竜ワッペンつけて刺繍したのです〜 て 応えた時

「父の形見」のとこで 一瞬 ふぅっ と 思い巡らせる表情が 掠めたっけな

その 飾らず しなやかな 心の動き

中迎さんの 魅力の一つでもあるよなぁ

わたくしみたいに 介護関係でなく 勝手 おうち介護してるだけのものでも 人として 憧れちゃう

いつかまたお目にかかりたい いろ葉を 訪ねていきたいなぁ(なんと 見学ツアーもあったりするらしい)

 

人として大切なことばかり

2026 年 3 月 16 日 月曜日

昨日の「オムツ外し学会」南相馬

もんのすごく 

濃くて 

熱くて 

温かくて

心の鼻血 出そうでありました

あぁ 人として大切なことばかりだなぁと 思う

統計じゃなくて

効率じゃなくて

人と人とが 出会い 向き合い 

その存在を まるごと 受け取って

その人にとっての良いこととは と 思い巡らせて動いていくこと

全てに通じる

こんな人たちばかりなら 世の中 絶対 しあわせだし 平和になるし と 思う

なのに 何だろね 排斥排除の蔓延たら…

言うほど 容易いことではない

でも よろこびをもって 在り方を 整え続けている方々…

介護保険を使わない宅老所だと!?

やりたいことを自分で選んで一緒に育てて食べるデイサービスだと!?

オムツに頼りすぎない子育てだと!?

一人の必要のために あらゆる必要を 自分たちの手で立ち上げてゆくだと!?

楽しく歌いながらみんなで看取るだと!?

…んもうね

何度も泣いたよ

ひれ伏したくなったよ

そして 憧れだった 生身の 三好春樹さんの 筋が通ってて 皆さんの思いをすくい上げて まとめる腕と言ったらよ…

濃いぃ 6時間でありました

介護界の レジェンド的な方々なのだね(そういうことに注目もせずに 合理化機械化してる人たちには 無縁なのかもしれないけど)

これからまた 何度も 振り返って紐解いて 出会いにいきたい人たちばかりだった

お昼休みに 予告なく ライヴ始まったのだけど

そこで「市川コーヘーさんの作ってくれた『途方に暮れたロックンローラー』」と きいて わぁ♪と びっくり

さっそく お写真撮って コーヘーさんに 送っちゃったよ 

今回の 講座を知ったきっかけというのが

1月に 仙台YWCAで ドキュメンタリー映画『生きて、生きて、生きろ。』の 上映と 精神科医 蟻塚亮二さんのトークを 催した時に 岩手から参加してくださった方がおられて

その方が 会 終了後に 蟻塚さんと お話してる時

手に持っておられたチラシが その日の翌日にある 埼玉での 講演会…オムツ外し学会ではなかったかもしれないけど 三好春樹さんの お顔が 載ってて

おぉ!と 嬉しくうらやましくなって お声がけしてしまったのだけれど

そんなこんなで 顔本(facebook)の三好春樹さんの「これから講演に出かける」けど 交通機関が遅れていたかなんか…の 投稿に そこへ向かうという方に 昨日お会いしまして…てな感じのコメントしたらば

三好春樹さん直々に 蟻塚さんと ご一緒する 南相馬での 講演もありますよ…と お返事いただいて  おおよろこびで 参加決めたのでした

んで 会場で その 岩手の方と 再会♪

お声がけいただいて びっくり というよりも もしかして また お目にかかれるかも なんてことも 思っていたのでした

うれしや♪

蟻塚さんは 都合により 登壇かなわなくなったものの

その代打で 登壇なさった 愛媛今治の つどい場「だんだん」のかたと 南相馬で デイサービス立ち上げておられるかたに 出会えたのが うれしかった

かなり 遠いところから 駆けつけてこられた方も 多い というのは

「認知症ケア専門士」の 単位取得ができるシステムというのもあるのかもしれないけど

そういうことに 携わっていない わたくしも

もしかしたら 生きることに ツラさや 迷いがある人にも もんのすごく よく効くのではないか と 思う

ただ 介護の話をするのではなく

携わっていることは 社会的なことにつながっていること

南相馬で この集いをやることへの 思い(原発のこと 政治的なこと)も

それぞれが しっかりと 意識しておられて

とても 勇気づけられた

宮城の 富谷から 来られた 車椅子の 温熱シート開発なさった会社の方(三好春樹さん 大推薦もの)

こりゃぜひ 母がお世話になってる 福祉用具のお店にも 取り扱ってもらいたいっす!と

勝手宣伝営業したくなってるところ

みんなで 芯から 幸せになろうぜ!て 思う

ありがとうございました

一足早く

2026 年 3 月 12 日 木曜日

昨日の保育仕事で

「3月の お誕生日(職員)2人いるから…」と

まりせんせが お祝いに チーズケーキを 焼いてきてくださった

はじめに その案を 伝えてくださった時

うれしくて

キャパオーバーくらい 息吸って

しばし 留めたまんま ふりーず

…なもんで

うわぁ♪じゃなくて

ぶわぁ!なんてな ヤバイ奴的 返事をしてしまってました(いつものことか…)

のぞみせんせと わたくし 3月生まれ

お祝いケーキは せんせたちみんなで シェア

揃って はぴばーすでー とか 言うわけではなく

お子たち お昼寝時間に こそっと

わぁ とか 

ひゃあ おいし♪て 

それぞれで 食べたのでした

まりせんせの ケーキは 

さらっとした 甘味で

でも 存在感がしっかりあって

すごく好き

反対ケーキ(タルトタタン)とか

見えないケーキ(インビジブル)とか

今まで知らなかった楽しい美味しいケーキを 作ってきてくれたこともあったっけな

さらり と みんながよろこぶお菓子を作れるって すごいなぁ

己が生み出すものが そうではないものばかりなもんで

憧れちゃう

…ま ケーキ以外で なんにゃらかは 生み出せてる…かな?だ…よね?なんて

ちょ と もぞもぞ 己を振り返ったりもしてみる

それぞれの 人の 魅力が 発揮される職場の素敵さを 

そういうところで 働かせていただく 有難さを 噛み締めたりする

みんなが それぞれらしさを どんどん 活かされていくといいと思う

芯から喜びや 誇りを持って 成したものが

誰かの 嬉しいに繋がってゆくことって

本人も

周辺も

本当に しあわせになる

大事なことだなぁ と 思う

改めて ありがとうございます!と 深々と頭を下げおる 心持ち

本とちょこれいと

2026 年 3 月 7 日 土曜日

先日 仙台YWCAでの ドキュメンタリー映画『生きて、生きて、生きろ。』上映と 蟻塚亮二さんのトークの企画に来てくださって

わたくしが 読んだ本を勝手に置いておく 森文庫コーナーの 蟻塚さんの ご著書を 

「ぜひ読みたいけれど…」と なかなか ご本を買いに行けそうもない…という方に

貸し出し用というわけでもないのだけれど いつの日か 返してくださるなら と

お貸ししたのでしたが

そうそう 気軽に ここまで来ることもできなさそうだし

もしかしたら 返ってこないこともありうるかも…なんて

「必ずまた来ます」と 言っていただいたのに

心の何処かで そんな 失礼な諦めも 可能性の一つとして おいておいた

…のでしたが

なんと 先日 わざわざ ご本 返却のために 会館に 訪ねてきてくださったとのこと

しかも 素敵な メッセージカードと ちょこれいとを 添えて…

諦めようとしたりした 申し訳なさと 

ありがたさ ぢわん と 滲み出て

むねのうち 温かくなった

「蟻塚さんの大ファンになりました」て

そうですよねそうですよねわかりますわかりますわかりますっ!て

無駄に 2〜3回 繰り返して 握手したくなった

いや 実際 みえないけど その方の思いと きゅきゅきゅうっ と 握手したり ハグしたりしたような感覚

震災後に ボランティアにゆかれたお話しなども

上映後の 短い時間の中で 涙まで浮かべて 語り伝えてくださった あのひととき

己の 「観たい!」の思いから 上映に漕ぎ着けて

一人空回りしてしまったりしないかな…の どきどきはらはらも

やってよかったのだよ!て 改めて 思わせていただいた

ありがとうこざいます

また どこかでなにかで おめにかかれたらうれしいな

1周年

2026 年 3 月 1 日 日曜日

今日は 杜の都のサーカススタジオの 1周年記念 発表会と 

サーカスに 魅入られて五十年あまり…数々の サーカスについての ご著書もあり 杜の都のサーカス学校の 特別顧問もなさっておられる 大島幹雄さんの 貴重な映像とともに お話しをしてくださる時間がある…てんで

駆けつけてしまいました(地区の寄り合い…欠席 ごめんなさい)

お子たちの やりたくてしょうがない感じ

出番 寸前まで わちゃわちゃしたり

なごんでいたり…

きっと いつもの空気感なんだろな

身体に こなれた 技の数々

ひとりひとりの 演技に 思わず 

ぬおぉ!やら

うごぉ すげぇ!なんてな 怪しい声が出ちゃったぞ(周りの方にとって うるさかったかも…ごめんなさい)

「ちょっと 緊張しました」という 年頃の お子もおられたけど

それは よりよく見せたい という 芽生えでもあるのだよね

その調子〜♪と 声援を送りたい

大島さんの 紹介してくださった 貴重な ボリショイサーカスの映像

サーカスに 魅入られて 追いかけ続け

調べ掘り下げながら わくわくな気持ちを ずっとずっと 持ち続けておられるのだろうなぁ

貴重なフィルムが うれしくてしょうがない マニアな 至福の表情を 垣間見せていただいちゃったぞ

出版されてる ご本に まとめきれていない あちこちの 文や

まだまだ 書ききれていない 論考を まとめてゆきたい ということで

今年明けてすぐに『CIRCUS ZINE VOL.1』を出されたとのこと

さっそく 購入いたしましたる

盛り上がっていくといいなぁ

たくさん わくわく 膨らませてほしいなぁ

…あ そうそう 惜しくも 廃園となってしまった 母園…角田幼稚園の 閉じる前にあたって 親しまれていた絵本の数々を  より喜んでくださるところへと 受け渡す 伝書鳩業務

ここしばらく お休みしてた感じでしたが

今日こそ この一冊は 杜の都のサーカススタジオへ 受け取ってもらいたい!と 思い出して

お祝いに 古本て どうなの?と 思いつつも

引っ張り出して お届けしましたる

受け取っていただけて

ご本も うれしかろう

そこで 活きてね て 願う

きらきらな 気持ち

あたたかなひととき

ありがとうございました〜♪

出遅れたけど

2026 年 3 月 1 日 日曜日

本日 抜かりなく 早起きするために

昨夜 早めに寝たら

3時頃 目覚めてしまい

さすがに 早いだろ と 寝直し

も一度目覚めたら 5時19分!!!

ぎゃあぁ!と 慌てて

普段みていないテレビの 前に積み重なる 箱やら衣服やら 退けて

コンセントを探して 繋いだはいいが

チャンネルが 父に見てもらってた頃のまんま?NHK総合(今 違う名称か?)

蟻塚亮二さんが お出になる『こころの時代』は Eテレで 5時から

チャンネル変えるための リモコンが見当たらぬ

本体にも チャンネル変えるための なんにゃらかは あるはず…と 思ったけど

ものものにさえぎられてる?

茶の間のテレビも 同じような形のもののはずだから リモコン使えるかも?と

小走りで 取りに行き

なんとか 解決♪(父 見送ってから 3年ほったらかし積み重なる己の荷物などで もぢゃぐぢゃ…見苦しい写真で すんまへん)

にゃんこらの 起きたならご飯くれろ〜!の みゃがみゃが 始まっても

母がしっこ助太刀 叫び始めても

あんちゃにまかせて

有能フィッティング補聴器 装着して(慌てたあまり 右左反対にしちゃったりも経て)

視聴に 向かった

番組で取り上げられていることは

今まで 顔本(facebook)投稿で

ご著書で

先日の『生きて、生きて、生きろ。』上映とトークで 伺ったことと 概ね 同じような 内容だったけれど

投稿や ご著書は これまで診療なさったことや PTSDを取り巻く 状況 それらを引き起こす よろしからぬ 政のあり方についての 蟻塚さんの思いが 語られていて

映画は PTSDに 今も苦しむ方々に 寄り添い続けるお姿が 映し出されていたけれど

今回の 番組では 蟻塚さん そのものに クローズアップしていて

ご自身の かあさまのことも 語られていて

更に 肌身に 手のひらの上に 蟻塚さんの お人柄そのものを やさしく 乗せていただいたような思いになった

お目にかかれた時に 感じた 温かく お茶目な感じ そのまんまで うれしくかった♪

「福島の方々を取材して まだ二年目なんですが」という NHKの方が

蟻塚さんへ 問いかけて 応えを待っている時の 表情が

その方ご自身が 蟻塚さんを 信頼して 開かれていて 切実に 求めているようにも見えて

そうなる感じ わかるわかる なんて

勝手に 共感してました

蟻塚さんがおられるということ自体が んもう 希望の光だ

「引退することを やめました」て ありがたいだ

超人的大忙しの日々 お身体大切にしつつ 光灯し続けていただきたいだっ!

ネット配信も あるそうで

見逃した方は そちらを

もしくは 再放送 来週かな?の 土曜日の 午後1時〜

ぜひぜひご覧くだされ

しのぶからしんじへ

2026 年 2 月 23 日 月曜日

本日は 初めましての 福島 信夫教会へ

朗読紙芝居劇『ごめんなさい、ずっと嘘をついてきました。』を 福島で上映&トーク実現への第一歩へ いっちょかみ 顔合わせ てことでした

よいかたちで 結べたらいいなぁ

はじめましてさんたちを つなぐ立ち位置…のはずが

なんか どうでもいいような与太話 挟み込みすぎて すみませんでした

でも みなさま にこにこ 懐広く 受け取ってくださって ありがたや

とりあえず 締めののち

『ごめんなさい…』の 朗読劇 脚本の 和田恵秀さんの アトリエおうち「心滋館」へ

顔本にて 繋がってから ずっと 行きたいなぁ と 思ってて やっとこ 10年目くらい?で 叶いましたる

もと 蔵だったところを 宮大工さんに リノベーションしてもらって…の 喫茶(かつて)&ギャラリー(アトリエでもある)

味わい深くて 

情報量多くて

ちょ と ふわふらり となりそうで 

うれしさもあいまって なんだか はしゃいでしまう わたくしでした

仏様の切り絵

ひめゆりの塔にまつわる方々の肖像画

焼き場に立つ少年の 模写

作成中の 曼荼羅の下絵

なんとも 祈りを込めた というか

思いを受け継ぎ 受け渡し 浄化へ向かおうとするものものであろうか…

作品たちには むしろ はしゃいだ気持ちを 凪に おさめていただいたような 気持ちになりましたる

そして もひとつ

かつて マイカップ方式で 喫茶をやっておられたまんまの 名前の添えてある 珈琲カップたち 200超え?の 並びを見ていたら

かつての 自分で何者なのだ?と 己の中の まよいもやもやうろうろから ふいに 自分が 何か…ではなく もりあやこなだけである ということに 気づかせてもらえた きっかけの コーヒーチケットのいきさつ

を思い出して

ちょっと 泣きそうにもなった

…とはいえ 

外が暗くなるまで あんなはなしこんなはなしそんなはなし 愉快に 過ごさせていただいて 

いやはや 楽しかった〜

ぜひ またっ♪

しのぶ から しんじへの 満ち足りたひととき 

ありがとうございました〜♪

お写真タイムもあり

2026 年 2 月 14 日 土曜日

昨日の 仙台YWCAでの 東北弁落語会 六華亭遊花の世界の お写真

始まる前の めくり写したのだけだったのだ

遅ればせながら…

遊花さん 掛け声のもと

「まくら」のあたりでの お写真おっけタイムに

わたくしも 乗っからせていただきましたる

おはなしは『天狗裁き』と『藪入り』の 二席

お話しの あたたかさ たしかさは もう 言うまでもなく

機械の不具合で 出囃子が でなかったことさえも まくらのネタにしてくださり

YWCAの 宣伝やら なんやらまで 

わたくしが 伝えるよりか ずっとずっとずっとずっと 興味津々になる 愉快さに 絡めて 伝えてくださるという

更に お慕いせずにいらりょか!ですわ

んでもって 来てくださった お客様が みんなみんな やさしくてあたたかくて

お帰りの際に もんのすごく素敵な笑顔で

「遊花さんの落語会してくださってありがとうございますぅ」て 声かけてくださり

泣きそうになった!

また 絶対 来ていただくもんね

今回来れなかった方々は ぜひ次の機会に 駆けつけてほしいもんね

極上のひとときを ありがとうございました〜

昨日食べたの

2026 年 2 月 12 日 木曜日

「昨日の夜何食べたの?」て

他意なく 真っ直ぐ 訊いてくるのって

平和だなぁ て 幸せな気持ちになったりする

…まぁ 訊いて 参考にして ばんげのこと考える労力 減らしたい とか あることもあるようだけど…

昨夜は パントマイムお師匠 はとちゃんまんちゃんちで ご馳走になったのが はじまりの「池波正太郎鍋」の スペシャルバージョン

池波正太郎の 食のエッセイが 好き と言ってた はとちゃんまんちゃんが

その中に出てきた と言ったのだったか

小説の方に出てきたのだったか 忘れてしまったけど

うわわ〜うまっ♪て 感動したこと

その時 まんちゃんが しみじみと「油揚げって 天才だよな」て 言ったこと

「本来 大根と油揚げだけみたいだけど スペシャルで 水菜とか 豚コマとか いれると更に うまいよ」て 別バージョンもいただいたこと

今 なかなか お江戸に行けず 

毎週木曜 パントマイム稽古のために 上京していたのが 夢のようだなぁ なんて思いながら

しみじみと 旨味噛み締めつつ

今年は 稽古に たどり着けなくても 会いに行くっ!と 

ここ数年 心に誓いながら 叶えられずにおったことを

まだまだ 諦めずに 思ったりしていたのでした

電熱器 まだまだ 現役だぜ

カウンターで 泣くとか…

2026 年 2 月 11 日 水曜日

本日

昼ごはんを 近場に食べに行くか という あんちゃの提案

親戚の「割烹 遊膳」は 予約のみの日だったようで

「味亭すけろく」さんに ゆくことになった

団体さんが 到着せんとす てな まだ「準備中」札の どたばたのところ

「あっ どうぞどうぞ〜」と 開けて 迎えていただいた

んもう わたくしは 何年ぶりでしょか?くらい

先代が 父と 同級生だった 仲良しさん

その方が 亡くなった後も

父が 車でなく 電車通勤などもしていた頃

真っ直ぐ 帰らずに

すけろくさんに 寄ってから 帰る…なんてこともあり

飲みすぎて れろれろして うちに電話よこして 迎えに行きがてら お相伴にあずかる とか

「おかあさん」に うちまで 送っていただくなんてこともあったっけな

でも それよりも 震災直後

すけろくの「おかあさん」が だし巻き玉子を

「とってたって 駄目にするばっかりだから みんなに食べてもらいたくて」と

「回覧板回すあたりの人たち」に 配り回ってくださったんだ

翌日は つてのところから 牛乳を 受け取ってきて

「鍋かなんか持ってきて〜」て 呼びかけて

分けてくださった

あの日々のこと ありがたくて あちこちで 喋りまくって

そして 喋るたびに ありがたさや 心意気のあたたかさに 泣いてしまう

「おかあさん」ご本人に 何度か お伝えしたこと あったものの

本日 カウンター越しに 厨房におられる姿に 頭下げたらば

出てきてくださったので 

またもや そのお話 してしまった

話してるうち 

あの日の 牛乳は 舘山から 譲り受けたもので ごしゃめしゃになった 狭い道を ドキドキしながら車で行った とか

お店に 出入りしてる方の車は 流されて 会社のトラックで 帰ってきた とか

震災の日に 四千枚の 海苔届く筈だったけど 東京に戻ってしまって 後日 四千枚に だいぶ上乗せして 白石営業所まで(震災後 しばらく 個別宅配できなくて 営業所止まりになってた)取りに行って 避難所に 差し入れした とか

新たな エピソードなども 聞かせていただいて 

多くの方々が「すけろくさんに 足向けて寝られない」て 言っておられたっけな なんて話して

ついつい「おかあさん」と 二人して 泣いてしまった

ちょうど そこについていた テレビで 震災後十五年 とかいう 文字が見えてて

「あれから十五年…て 十五歳年取っちゃったってこと?もう 83よぉ」と おっしゃる

いや 歳って数字じゃないわ とか 改めて思う

あの日のそんなこんながあったからこその 今

ひとの 思いに 励まされ続けるということを

きっとこれからも 忘れない

味亭ちらし丼 美味しうございました(あんちゃは 天麩羅定食)

これからも みんなの胸のうちに灯る あたたかな光の存在でいてくだされ