



百合の 花の 付け根のところが
なんか すけてるなぁ…と 寄ってみたら
あらまぁ めんこい
こあおはなむぐりちゃんたち
触れると すぐ
あわ…なんて 手を離して(手じゃないけどな)
ころり 落っこちる
一緒に 潜り込んで
花のなかで うっとりしたり
あわ… なんて 切羽詰まってないみたいに 呑気な 呟き漏らして
草の布団の上に ぽて と
落ちてみたい
いつもそんなこと言ってるなぁ


日付かわって
昨日の 火曜日
久しぶりに 夕方 うちでのピアノ仕事まで 用件なかったもんで
とことん うちの 敷地内から 出ないぞ の日にしてみた
…というか うだうだしとったら
そうなっただけですけんど
買い物も いくつかあった方がよいなあ てなもんはあったけど
無くてもなんとかならぁ てな 程度だったもんで
買い物もしない日にした
あ…いや まてよ 西瓜売りの おぢちゃん呼び止めて
一個買いましたっけ
そのとき うちの敷地から 二歩くらい 出たっけな
父 お泊まりなので
ばんげは ありもので
メインのおかずが よくわからん感じの もやっとした お惣菜系で 済ましたりして
仕事終えてからも
牛太郎と おんなじような格好で
茶の間で うだうだ 転がりつつ
宿直も のろりと 出動したりして
なんか やってないようでやっていて
やってるようで そうたいしたこともやってなくて
「やったぞ」という 手応えは
心の向きによるものなのだろうなぁ
心が どこかへ向かうぞ!という 勢いがなかったからかな?
あれれ?という間に 日付変更線 越えてた
なんてなことを ぼんやり浮かべて
なんてことない顔して いってしまった 一日の 背中を 見送る

うちの 一階の トイレ
掃除を怠りておりまして
んも こりゃ まずいぜ臭
公衆便所…なんて 言葉を思うのでした
ひどいね
母が ずっと担当してくれてたもんで
倒れてから ほぼ きちんとした掃除はしていない
いや まてよ 倒れる前の 骨折のあたりもだな
遡れば 水洗トイレ 流しちゃいかん お達しが しばらくの間あった 震災のあとあたりもだぞ…
てなわけで 昨日 ふっ と 思い立って
ピアノ仕事始まる ちょいと前に
ちょちょいと 洗剤使って タイルもすべて 束子で ごっしごし!など
衝動的に やらかしたわけですが
ふと気づくと
排水溝が ただの 描き割りのように
機能しておらず
どんどんたまるのね 汚水的なものが
あが~!
雑巾で 吸い取り 盥に 溜めて なげる…てな作業も 加わってしまい
ピアノ仕事ギリギリまで
汗だく ほっかむりマスクおばちゃんでした
排水溝の つまりを解消する という 薬剤 注入して 様子見…
いやまぁなんというか
なれないことすると 必ず イベント的 大騒ぎ かますのな おまえ…てな
家族らの 呆れ顔
でも あんまり 笑うと
わたくしが がるるるる ぢゃてめぇらでやれや!とか 吠えそうだと 思ったか
「綺麗になったような気がするよ」なんて
くす と 笑いながら 労ってくれたりして
ほんと 普段から まめにやりなされよ と 思う

いつもなら 保育仕事の 水曜ですが
本日は 母の 真夜中 おしっこ助太刀宿直?明け
昨夜の母は 真夜中前後 一時間おきになったものの
あとは 三時間は 眠れたようなので
きつい思いはなかったものの
わたくしが 勝手に 呼ばれたような気がして がば!など 起きてしまい
ちと 寝不足感
以前 おんなじパターンで 仕事いったときの 己の状態
こことこの 心身の事情など 考えて
シフト入れず お休みにさせていただいて よかった
仕事は やった方が 懐具合とか 助かるのだけど
心身 いろいろと 多方面に渡って 駄目な感じになるのです
急遽 来てもらうことになった 植木屋さんの 対応もあるけんど
やっぱり のへ~ん と 家で 緩める一日があると
たてなおせるもんです
お泊まりから帰ってきた父と 母と
植木屋さんの来訪で うろたえていったり来たりする 牛太郎と
お茶などのんで
平和な 茶の間


昨日 父からの 頼まれ事で
キャノン仙台サービスセンターへ
父に 言われた場所には 無くて
調べたら 2年前に トラストタワー15階に 移転してたとな
…あの わたくしの人生に 関わることなどないのであろうな…なんてな 一泊 十なん万もする ウエスティンホテルもある おハイソな マンションもある
なんとなく 全体的に わたくしを 怖じ気づかせる あの 建物ではないですか
大層な雨で じんわり濡れた わたくし
オフィスエリアに 足を踏み入れると
考え抜かれた 手触り足触り
常温常湿 滑らぬ足元
雨など 無縁のように
ぴしっ と 直線的
あわわ…
貼りそべぐった(うまくできなかった…みたいな意味)壁紙みたいな気持ちになって
わかりやすく びびりました
んでも なんとか 目的地に たどり着き
優しい 窓口の おにいさんに 慰められる気持ちにもなり
過剰に 卑下するような気持ちになってたのだな自分 と
ちみっと 恥じ入る
こういうところにかかわらず
きちんと自分を 活かして 働くということが 自信とか 誇りを 芽生えさせるものなのだろうけど
やっぱり 高いところからの 眺めって
胸を張るような心持ち 芽生えやすいのではないだろうか…などと 思ったりしながら
記念に?15階の トイレに 己の 用足しなどして
それなりに 胸など やんわり張って
雨の中 雪駄で 歩き出した

韓国の クリスチャンのかたが
ネットに蔓延する 誹謗中傷 負のスパイラルを 憂いて
もっと 明るい方へ いきましょうよ…てなことで 始めたらしい「感謝のバトン」
とにかく 5日間 感謝を述べる
最後に 3人のかたに バトンタッチする…ということで
エルパークなどでも お世話になった 素敵女子 粥川さんから「是非森さんの感謝を聞かせてくだされ」との ご指名でしたもんで
うれしい…とはいえ
宿題も まともに提出できん「廊下にたってなさい」状態の 生徒みたいなんでよければ…と
のろりのろり 受け取らせていただいたのでした
その2回目です
誰も 覚えてないかもしれぬけど…長々と のろのろと いくぜ
その2「傷…その周辺」
一歳半の頃
小高い 押し入れから 落ちた
病院で診てもらったら
なんでもない…と 帰され
ほっとした 家族ら
その後 しばらくして なんとなく ぐったりして 再び診てもらったものの
風邪ですね…とのことで 風邪薬だか 解熱剤だか 処方され 帰宅
しかし またしばらくして 痙攣
大学病院に 運ばれたらば
あらま 大変 こりゃ 硬膜下血腫でっかくなってて まず助からないでしょう…と
落ちた…てなとき 毛細血管の 先っちょの あるかなしかの 出血
見過ごされて 硬膜の 下にて でっかく育ってたということでした
九割がた 助からんでしょう 諦めてくだされ手術を 引き受けてくださった 故 岩渕先生の お陰で 一命を取りとめたものの
この先 まともに 育つとは 思わないでくださいとか
かなり 脅され
今から半世紀近く前の 医療看護環境の中
今死んじゃうかもしれん 弱々あかんぼわたくしを
自分のせいで 死なせてしまうことになるのか…そうなったら 自分も死のう なんて
死に場所の あたりまでつけて
ギリギリの思いで 30分おきの 検温など やりつづけたという 母(こちらリンクアドレス https://shingetsu-usagi.com/?p=4898 以前 ブログで触れた 検温記録写真などです)
働き盛りだというのに 連日 輸血に駆けつけてくれた 父友人B型の人々(その頃の輸血の条件て 緩かったみたいですね)
わたくしを 笑わせようと 肩車しながら 大学病院廊下を 兵隊ラッパ吹きながら 踊るように いったりきたりしたという じいちゃん(多大なる迷惑!)
まぁ そんなこんな おおごとを 乗り越えて 生還したわけですが
ある年齢まで 脳波検査を 年に何回かしてました
突飛な行動をとるわたくしを
「あの子 昔 頭切ったから」なんて 落としどころに 納める人も だいぶいたようですし
なによりも その手術跡が 頭右半分に 三日月状に ありまして
それを 幼い がきんちょら男子らは「はげ」と 笑ったりしてくれやがったのですね
髪を長く伸ばして 見えないように 結ってもらってたものの
なんかしら 頭は 歪だし
人と違う感じ…てな 匂いに 敏感な 子らは
嗅ぎ分けるもので
からかわれて 泣いて帰ると
じいちゃんたら「九死に一生を得た 勲章でもある素晴らしい傷なんだ ほいづば 笑う やろめらは 俺が ぶったぎって助る」など すんごい剣幕で
あわわ…そりゃまずい と
味方がいてくれるのは 心強い反面
家では からかわれた話など 軽々しくも言えぬな…なんて
あまり 言えなくなったりもして
ちみっと 鬱屈
しかし わたくしに 傷にまつわる 渾名など つけて
隠そうとするものを 裏返しにして 逆手にとるような 面白がりながら 誇りに思え…と 向けてくれた じいちゃんの心持ち
お年頃の頃は 恥ずかしかった
だいぶ育つまで「はげ」ということばを 発音できなかった
高校生になって あまり傷について こだわらずにいられるかな…というあたり
思いがけない場面で わたくしの傷について 心優しいお友だちが
「あの子 傷あって 可哀想なんだから 見ないでやって」と 言ってくれたのを聞いて
うわ…わたくし 可哀想とか 思われてたんだ なんてことが ちみっと ショックだったりもして
なんだかいつも そこに 引き戻されるものだなぁ と 思ったりもした
考え方の 癖で
今気づかれてないとしても どうせわたくし 傷物だし…みたいな 心向き あったんだ
しかし そんなこんな あったからこそ
見えてはいなくても 人は なにかしら抱えているかもしれない とか
人を 思いやるときの ことばによっては 余計に 傷ついちゃったりすることもあるのだな とか
傷は 勲章に変えて よきことにつなげてゆけ とか
たまたま わたくしは 頭の ハゲ傷ではありますが
どんな傷でも それあってこその 今なのだ と
胸はって 生きてゆけたらいいなと
傷の いきさつに
そしてそれを支え なだめすかしてくれた じいちゃんはじめ 周りの人々に
最敬礼…なのでした
最近のコメント