2011 年 4 月 9 日 のアーカイブ

もう誰かは 提案してるかもしれんが

2011 年 4 月 9 日 土曜日

実際 動き出しているとしたら 不勉強でごめんなさい
お隣 山元町や 亘理町の 被害の甚大さ 胸痛いですが
ヘドロと砂と塩にまみれて あと 数年は 作付けできんかも・・・なんてさ ううう
んで 角田の休耕田や 開いてる土地を
畑や田んぼに貸し出しって 出来ないもんなんですかね?
土の 性格やらいろいろ違うだろうけど
何か決まりごとやなんかあって そう簡単にいかないのかもしれないけど
借りたい人がいて 貸してもいい気持ちがあるなら
いろんな制約 とっぱらって やってもらえたらいいのになあ
農家の方に 農業の長に言えばいいのか?
わからんので またもや 困ったときの 角田市ホームページ内 市長へのメール 出してみた
被災した海沿いの田んぼや畑ほど 広い土地は 無いにしても
ちょこっと 支えあえたら いいなあ

地くらげ?

2011 年 4 月 9 日 土曜日

磯のような 生臭さもありきのこの一種 木耳(きくらげ)って ありますけど
いつも気になっていたもの・・・
砂地や 草っ原の 草の間の土のところに できる
雨上がりには べろべろと わかめみたいなもの
日照り続くと けりけりけりっと 乾燥わかめみたいに 黒くめくれあがるもの
うちの庭の 洗濯物干すあたりにも たんとあります
・・・あれって 苔の一種かな?
古本屋で 「苔の本」入手したものの わからん
地面に あるから 地くらげ・・・なんちゃって
食べられるのかな?
でもちょっと 臭い
まあ そこまで 食べ物に困ってませんが
家族の警戒しまくった顔 ふはは 
食わせませんから 安心しろ

この香りは・・・

2011 年 4 月 9 日 土曜日

ずっとふがふがしていたいあ 沈丁花
お 岩南天(ヒイラギ南天)もう咲いてる?
わたくし まっすぐ歩くのが難しい季節なのであった
雨が降っているというのに
気づけば ひとんちの庭先なのに
鼻突っ込んで ふがふがしてしまい
はっ として その場を離れる早く帰らなくちゃならないのに足止め
いや むしろ 堂々としていたほうが 怪しくないのかもしれないけれど
梅の花が 盛りを過ぎていくときに
バトンタッチをしていく 香る花々
あっちこっち
いろいろあっても
なんてことなく 咲いている
この足で 立っていることができる身なのだから
なんてことなく 歩いていく

ネットで野菜

2011 年 4 月 9 日 土曜日

ネットを利用できる農家さん
出荷制限されても ネットで呼びかけして
多くの人たちが 支援したい
購入したい と 集まってきて
一部で話題になっていると
放射能汚染に 敏感になっている人にはお勧めできないけれど
生産をあきらめて 悲観的になっている人たちには 朗報
保障の話をしっかりしてから 出荷制限なり 調査結果を発表すればよかったのだろうけれど
順番ちょっと違っただけで 失われた 作物や 人の命
どうにか 多くの人がニコニコできる道 探しとかないとね

その後にそれぞれ

2011 年 4 月 9 日 土曜日

震災後 久しぶりに再会した人たち
変わらずに いる人
さらに 楽天的になった人
更に かたくなになった人
一時期ヒステリックになったものの 越えて 柔らかになった人
なにやら 心の視野が 狭まった人
反対にひろくなった人
急に 叫び声をあげるようになった お子
赤ちゃん帰りした お子
うまく息がすえなくなった お子
甘えっ子になった お子
よそよそしくなった お子
きっとなにかしら その人の 心に必要な 動きなのかな?
どうか 暮らしやすい 心持に なれますように
以前 「天下の」新聞に 災害など 大きな命の危機にさらされた後は 人は やわらかい人は更にやわらかく 固い人は 更に固くなる・・・なんてなことを 書いていた人を見たけれど
そんな 二元論なわけねえだろ・・・と ちょいと むっとした
大まかに 分けりゃ 二種類になる?
雑把すぎるぞ

わからなくてもわかっていても

2011 年 4 月 9 日 土曜日

みんな 放射能を浴びたいわけじゃないんだよね
放射能がでても 快適な暮らしのためには 経済のためには しょうがない・・・て人
危ないことがわかっているのに 使用するのは いやだ・・・て人
だめだって言うなら ほかのもの考えてから言え・・・とか
そんなことしていたら 手遅れになってしまう・・・とか
いろいろな 話が飛び交うのを 見ながら
そうだね ふむふむ と あちこちにうなづきつつ
自分の思いを掬う
30年位前に 反対署名やら 熱くなっている人たちの近くにいて
でも 何か するごとに 
そういった思想に偏るということは・・・とか
未成年で すべての責任が取れないくせに・・・とか
政治団体・宗教寄りの活動に絡めて 批判されたり 説得されたり
思い自体の 意味を問われるのではなく
その周辺まで含めての 大きなものまで問われ あっぷあっぷしてしまった
ひとつの思い ことば 動きが
いろいろなものにつながって ひとつでは 済まなくなるのはわかる
では それで ひとつのことを あきらめてしまってもいいのだろうか?
反対運動 署名運動・・・大きな動きにならないと 動かせないのか?
今あるものは なくしてしまえないのか?
今ある 動きのすべてに うなづいたり イコールにできないでいる
でも ぼやぼやしていられない気もしている
かつては 子孫を 残すための身体 ということをふくめて 思いが生まれていた
今は その可能性も 自分そのものについても 比較的 頓着はしなくなった
思い切り 光を浴びて 風に胸を開きながら思う
でも 未来とか 社会とか 大きくなると 抱えきれないけれど
身の回りの 触れ合える 美しい命が 困ったことになるのは いやだなあ
その子達を 守れたらいいなあ
それだけは わかる
ほんと その程度
それで 自分の手に負えることを する  

おおよそ500グラム

2011 年 4 月 9 日 土曜日

おはよす・・・そう 母に 朝の挨拶ことば かけたら
小袋もって おなか ぱぱぱぱん!と たたきながら
「大体 500グラム どん!」と言って
ニコニコしながら 外の 特別燃えるごみ袋のところに 出て行った
こんな 朝のご挨拶ってどうよ・・・など
ひねた言い方するのは
わたくし 昨日から 「お出まし」ないからなのですわ
出すもん出さんと 機嫌悪くなったりする 単純なわたくし
ちっ 今日は 流してもいい ウォシュレットあるところで 仕事だから スカッとしてくるわい!
「おまえら うんこのはなしだと うんと盛り上がんのな」失笑する 父
非常時に 平気で 流すなって言われてるところに うんこするやつにゃあ 言われたかねぇや
すんごい暴言吐く わたくし
「あんたにいわれたくない」て 指摘されていることから目を逸らすだけの 言い逃れだから わたくしの中で 禁止事項にしてるのですけれど
だしてしまいました
ま 冗談で 怒ったふりしてると思って 笑ってくれているので
とりあえず 暴言垂れ流し
朝から 莫迦者で すんまへん