友人 ともっちょと会う
どのくらいぶりだろ~?なんて 笑いながら
いつもは 久しぶりの角田 里帰り中に お子達あずけて 夜ちょこっと 呑みながら・・・てな パターンばかりだったことを考えると
昼下がり アルコールなしで会うのなんて もんのすごく久しぶりなのでは?
つっても ノリが 変わるわけではないのだが
気になってて なかなか入れずにいた フォーラム(映画館)横の
cafe bijouへ
はじめに出していただいた 水・・・美味い
うっとりじっくり 素材の味を立ち上がらせた 焼き菓子 うう 美味い
美味いね~とか
おかしいね~なんて
小中高・・・そしてその後それぞれの道に行ってから あって話していることとさほど変わらぬ
でも ともっちょ たら
震災後 単身赴任だったダンナ君社宅に 急遽 避難してきて
やはり急遽 避難で同居になった お舅さん お姑さんとも なんとかやっていて
いつ戻れるかわからぬ 「フクシマ」でなく 仙台の学校に お子達手続きして 入れたり・・・
足が地ついた生活をまわしているんだなあ・・・と なんだか まぶしかったぞ
2011 年 4 月 のアーカイブ
他愛ない話も 他愛ある話も
草笛吹いて
昔は そこここで見た 「すずめのてっぽう」
最近あまり見ない
・・・てなことを 去年あたりも ブログに 書いたかな
んで 庭に 種飛んできたのか 芝生の間から ひょんひょん 出てきたのを
後生大事に 植木鉢に植え替えて 存続させようと がんばったのだけれど
どうも うまくいかなかったようす がっくし
まあ 植木鉢で 育ったとしたら
もったいなくて 草笛にするために 摘んだり出来ないだろうな
そんなことを思ってあきらめていた
今日 仙台の 北四番丁歩いていたら ビルの前の植え込みに
発見! 「すずめのてっぽう」・・・こんなところにいたのねあんたっ! 一本いただいていいっすか!?
一人で歩いていたので 全部は 音声にしなかったものの
「くぉんなとこ・・・」まで 口に出しちゃいました
早速 摘んで ぴす・・・いや このままぢゃ 聴こえぬな と
有能補聴器 オーティコンアジャイルプロさん 装着
んが しかし 勢いよく吹きすぎて ぶび と 裂けてしまいました
あああ 残念 無念
すまん
また 寄っていいですかね? と
まだ 何本か 生えている様子確かめて
あまり長居すると 往来で 怪しすぎるので そそくさと 辞す
いや でも まだまだ 絶滅ってわけじゃないんだな
今回 鳴らせなかったけど
気持ちの中では ぴー♪ て 鳴った
嬉し♪
ひと汗ふた汗
本日 浮かれ桜遊女(うかれめ)・・・みたいに
あちこち桜物を身につけて 仙台へ
朝 少し寒かったもんで
首周りも 桜の柄の 和服端切れを スカーフのように仕立てたものを巻いて
ちょいと 雅な気分
つってても 一発目の仕事が 託児所での リトミックだったもんで
ブルースハープ咥えたまんま ぴょんぴょこ飛び跳ねて 汗だく
優雅さの かけらも無く よれよれに・・・
その後 バーニャのパンまで てくてくして パン買って 若干 汗ばむ
タイラックタイまで てくてくして 海老チャーハン&フォーのセット食べて うまくて 再び 汗だく
汗引っ込まそう と 公園のベンチで ジャケット脱いで 本読んでたら
風は冷たくて くしゃみ&鼻水
桜の元で 風邪引くなんていかんいかん と また ジャケット羽織る
過ごしやすい季節になった~て 浮かれて 風邪ひいたりするので
皆様も ご注意なされませ
開通
先週の土曜朝まで 通ることの出来なかった
北角田中学校前の道路
午後には 通れるようになっていた
着々ですわ
どこから手をつけていいかわからない・・・というところもあれば
少しずつ 立て直しが進んでいるところもある
さほど 変化が無いと 後回しにされがちだったりもするし
一言で 被災後・・・なんて まとめた言い方は出来ないけれど
みんな それぞれの足で 手で
時には 誰かの足と 手を貸してもらって 進んで行くのだ
たくさんのものがつながりますように
ちょっと冷えたので
朝方 ぴちこさん
のさりと 布団の上へ
しばらく胸の上にとどまって 頭掻いて けろだっち・・・と
ぐしぐしと 頭を手にすりつけてきた
かりかりかりかりかりかりかりかり・・・
延々と 果てしなく続くような
疲れてはきても 延々と続いてもそれはそれで いいなあ なんて
とろとろ まどろみつつ 思う
でも まどろみつつ・・・の半端な態度に もうよいっ!とばかりに あむっとされ
尻尾で 横面はたくようにして 行っちまった
まあ 早いけど 起きっかな・・・と もさもさしていたら
再び ぴっち 戻ってきて 布団の中に入れろっち・・・とな
しょうがねえなあ ふふふ なんつって 二度寝
肌寒いのに ぬくぬくでした
少し いぢわる編集?
石原「天罰」発言
最初から最後まで 全部聴くことが出来たわけじゃなかった
はじめは 新聞で
停電回復してから 発言の一部を 報道番組で
被災地ゆかりの タレントさんたちも
被災地が ほとんど停電していた時期の発言だったから まだみんな 怒り狂うことは無かったけれど
直接 まのあたりにしたら もっと 涙と怒り渦巻いて ただでは済まなかったはずだ・・・との意見がほとんどだった
で さっき も少し前後も 含めた「発言」を 見たらば
ん?若干だけれど 論点は違うようだね
被災地の人たちに 直接天罰が下った・・・てな言い方ではない
「被災地の人たち かわいそうですよ」てことは ほかの者達の我欲の天罰を こうむった・・・てな感じか?
新聞や テレビの編集の仕方は 「また 石原が かましやがったよ」てな 煽りが あったのか?
悪意未満 いぢわる近似値な 見出しとか 編集だったのかも・・・と思う
鵜呑みしたかな すまん
でも 嫌いなのは 変わらないのだけど すまん×2
自分のこと棚に上げとくけど
ここで その比喩どうよ!?てなことを 新聞もかましてくれるしね
そういや 被災直後「地獄絵図」とか「まるで映画」と 喩えていたのに 驚いたっけな
現場の方々が そう 感想漏らしているのはまだしも・・・と 思えたのに なんでだ?
・・・と 考えるに 公平 冷静を うたう 新聞が やはり記者個人の感情が 丸ごと表出した生々しさに 驚いたのかも
安易に 物事を結びつける 喩えに ちょっと 震えた
かといって「ありのままをつたえなければ」とかいって
「髪にリボンを結んだ幼いこの頭が 泥に突っ伏している」とか そのまま「天声人語」に載っていたのにも 戸惑いましたが
どうするのがいいのかは はっきりわからん
言葉狩りになっちゃいかんが
こんなことごちゃごちゃ 思う奴がいるから
たくさんの人が いろんな受けとめ方をする 媒体の表現のあり方って 大変なのね
前髪復活
根性無しな 髪質なもんで
スタイリングやら あらゆること・・・とうの昔に あきらめてしまっていた
頭に 傷があるってことも 大きいが
とにかく 手間かからず 傷見えず
舞台でも 何とかしやすい 長さ・・・てのだけ おさえている
ぶんぶんパフォーマンスでは 小学校のときにやっていたような 2つに結ぶタイプ(女の子女の子した 衣装のときは ヘアーピースくっつけた帽子かぶるってのもあるが)
マイムやタップのときは シニヨンに結って 髪糊で こてぴしゃに固めていた
でも 普段 いまいち 納得できる 髪形でいられなかった
スプレーで固めるのも苦手だし
へろへろふにゃふにゃで かわいらしくない乱れ髪
ここ二年くらい 前髪たらさず 結える長さにしていたけれど
ふと 前髪欲しいかも・・・と 思い立ち
昨日朝 衝動的に切ってみた
ほとんど きちんと確認せぬまま 切ったので
その後 ふっと 鏡のあるところを 通りかかって
己の顔が映ったの見て 驚いた
おりゃ!?わしかいな・・・みたいな感じ
自分が思うほど 他人にゃ 違いはわかるめぇ と 思っていたら
かねてより でこ出し反対派の母が「あんたやっぱり 顔でかいんだから 前髪下ろしたほうがいいよ」・・・て またも 褒めているようで褒めていない がっかり発言
ま しょうがないけどね
なんとなく懐かしい気分にもなったし よしとしよう
お疲れ 安寿さん
ポータブルトイレの名前
改めて よく見たら
サイドに 小ポケットもついてましたのね
後半は ここに 溜める・・・でなく
もっぱら ここに 座って
小袋セットして・・・の サポート椅子 てな感じの 使い方になってました
いやいやほんとに ありがとう
またあう日は あるかね?
まず ゆっくり 日向ぼっこしてもらってから
お住まい(倉庫) もどっていただくよ
ちょっと揚げ足とってみた
久しぶりの 東電社長会見
良かれと思ってやってきたことの数々だったでしょうが
どうにも 明らかに だめな結果に結びついてしまって
さぞ 長として 心労も深かったでしょう
「深くお詫び申し上げたいと思います」
・・・て 「おわびもうしあげます」では だめなのか?
「申し上げたいと思う」・・・ということは まだ 申し上げて無くはないか?
会見的 言葉の選び方なのか?
感情的に 言ってはいけない場なのか?
これだけの犠牲を 目の当たりにして これから何を目指す?
変わらぬ電力供給 会社存続 社員の安全 結果 殺してしまった人たちへの お詫び?
目がどこを見ているか
心がどこに向かっているのか
虚ろな感じ
不憫さを 感じたりもするけど
ああ なんか こりゃだめだ と ニュース見て 虚無感
入日薄れたころに
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