2024 年 10 月 28 日 のアーカイブ

ぐずぐず

2024 年 10 月 28 日 月曜日

今年の おにぎりアクションは

10月3日から 11月6日まで

https://onigiri-action.com/

おにぎりの写真を SNSに 投稿する

その際に ハッシュタグ… #onigiriaction と 半角シャープマークのあとに ブランク入れずに おにぎりあくしょんの 文字をいれて(ローマ字でなくてもよいようです)

己の SNSだけでなく

上記の おにぎりアクションサイトへの投稿もあり

期間中 何度でも投稿可能…てことは

一日何回もアップしてよいのかも…

サイト内では コンクールみたいなもの

特定企業協賛の 募集もあり

いろんな企業が スポンサーとなって バックアップしている活動で

ご飯がなかなか食べられないお子たちに 食べ物が届く流れ

己が満ちて 誰かにも 満たすものが届けられるって

素敵なことだ

いくぜ おにぎり!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

淡々と おにぎり写真 アップするだけでいいんすけど

そこは ほれ もりあやこ 

まつわる思い出など 駄々漏らしますのよ

あしからず ご了承くださりませ

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毎年 おにぎりアクションの折に 言ってるけど

父の こさえてくれる 焼きおにぎりは 素晴らしかった

かちっと かりっと 形が整ってて

香ばしくて 

中は ほあほあで

なんで あんなに きれいに美味しくできるんだろ?と 未だに 到達できない

とある方に「渡し網じゃなく フライパンでやると 簡単ですよ」て 教えていただいて

やってみた

フライ返しなど 用いて

簡単に 出来た♪と 思った次の瞬間 

もろり と 崩れた

2面だけ焼くと ハンバーガーバンズみたいに 二手に分かれるのだな

そののちも 何度か もろもろ 崩れ

やり直してみるも

油を含んだ ご飯同士が もう くっつくことをやめて それぞれの道へと 散らばっていく

ちょっとみなさん集まって〜!なんつって

わんぱくわらすこを 取りまとめられない 新人の先生みたいな 物言いになってしまってた

とほほ

結局 うまくいかないのを 片っ端から 食うてしまい

取り敢えず 成形できたやつを 並べて写真撮ったものの

母に どうぞ した次の瞬間

崩壊してしまいました

やれやれ

やはり 渡し網での 精進に 戻るかな

味付けは「ひっぽの元気な味噌」の 味噌たまりを ぬりぬりした

美味しくないわけあるまい

生きる希望

2024 年 10 月 28 日 月曜日

豊穣庵 収穫祭

食べ物の 恵みのありがたさだけでなく

食べ物として 受け渡される形にするための 日々の働きのこと

健やかにあるためには 目の前の ものだけではない

作る手の 健やかさ

健やかにあるための 環境

それを めにみえる こえのきこえる やりとりにしてゆかねばならないことへと 調え働きかけることも 怠りなくいること

それらを 気負わず

声高に 訴えるのではなく

「毎日を 健やかに楽しく暮らしていきたいだけなのよぉ」て 動き続ける

そして それに 共振して 繋がる手が 手を 人を呼ぶ

よっちゃんかっちゃんのあり方は

よりよく生きること 

なにがあってもなくても なんとかやれる と

勇気や希望を 感じさせてくれる

光の存在だ

昨日の かっちゃんは 杖をついたり つかなかったり で

飄々と みんなの話を聞いていた

もっと ハモニカ 聴きたかったな

あちこちの花々を 活けて 更に 楽しんでるのも 相変わらず 素敵だった(屋内の 生け花 うまく撮影できず 何個か前に投稿したもの 再掲)

これからも あれやらこれやら よろしくお願いいたします

ぐにゃけておれぬな

また 踏み出しますとも!

ありがとうございます

勝手に啓蒙活動

2024 年 10 月 28 日 月曜日

昨日の 収穫祭には

勝手に 紹介したくて

「ひっぽの元気な味噌」を もっていこうとしてた

でも 黙ってそんなことして なにかあったら 申し訳ないので 一応 みこちゃんに 伝えたら

「試食用 提供するよ」なんて言ってくれて

勝手な思いつきに 貴重な味噌を 預かってしまった

よっちゃんに ご紹介っつうか ご相談というか…と 味噌の話をしたら

さっそく お振舞餅と 芋煮配りのブースが 若干 落ち着いたから と 場所を作ってくださり

急遽 テントでの お味見コーナー

わたくしが 立ち話的に…しかし だんだん「ひっぽの元気な味噌」ファンとしての 熱い思いを語ってしまってるのを聴いてくださって

「わぁ 早く食べてみたかったです〜♪」なんて 列まで作ってくださった

食べ物を扱うに「完全無農薬」を 謳ってる方々が 殆どで

その大変さも 知っておられるからこその 共感や

美味しいものを日々 探究しながら 商品として作っておられる方々の

「まっすぐに 美味しさが伝わって しかも 味の違いも楽しめて 感動しました〜♪」という 感想や

「ただ買い物に来たけど 美味しい味噌 たべられたわ ありがとう♪」の 笑顔を 受けて

あぁ 受け取ってくださったのだな ちゃんと 届く味だものな と しみじみ思う

興味を示してくださって でも 売り場からそうそう離れられない方には 試食味噌三点セット(100円ショップの 木匙に 乗っけただけだが)と パンフレット携えて お届けに上がった

一通り みなさん 味見し終えた後も

農業を学んでるのかな?若人的な人々が

「これ おにぎりに乗っけちゃう」とか

「わ…この味噌 餅にあう♪」て ずっと ブースのとこで あれこれ試して 食べててくれた

「なんか ずっと食べちゃいますね〜」て

んも ずっと食べてて♪とか うれしくなっちゃう

今 胡瓜は イマイチだけど この味噌 たっぷりつけたくて 味噌のために胡瓜買っちゃうんだよね て 言ったら

周りの方々が「あ〜 わかるわかる そうなっちゃうねぇ この味噌〜」て にこにこしてくれた

「地域おこしで 筆甫行きましたよ〜」て かたや

「あれ…筆甫って もしかして」と なんやら 写真撮って どこかに送信したら その方のお友達が 味噌職人 しげちゃんの知り合いだったとか

なんやらかんやら 御縁もあって

味噌を真ん中にして にこにこの 輪が広がってくれたひととき

自分がこさえたものじゃなくても とても誇らしく嬉しい気持ちにさせてもらっちゃって もう 役得つうかなんつうか

みこちゃんのおかげだよ ありがと〜

よっちゃん曰く「来年も 同じ10月末日曜だから 今度は 売ったらいいさぁ〜 ご本人たちこれないとしても 森さんが売る形とかありでしょ?」て

どんな形にできるかなぁ

勝手任務に わくわく

収穫祭での ライヴ その2 シェアの時間

2024 年 10 月 28 日 月曜日

「まこっちゃん」が ステージ上に よっちゃんを呼んで

「今よっちゃんが 立ち向かっていること すごく大事なことだから みんなにシェアをしてほしくて」といったのは

豊穣庵にほど近いところに 一時的に保管…といって 汚染土が積んであって

それを近々 4号線と 東北自動車道の間に作られたらしい仮置き場に移動するという噂?があって

その話を聞こうとしたら 町からは「それは 非公開です」と言われたと

そのことについての説明は 周辺のみんなに伝えられたのではなく 周囲にある ほんの三軒のみだったとか…

「那須町には 汚染はない」認識から

それぞれの場所で 線量はかなり違っていて だからこそ 代々支えてきた 牛農家を続けることもできなくなってしまったわけで

今まで多くの困難を 変えて越えて頑張ってきた人たちに 軽く「非公開」は ねぇだろがよ…と 思う

原発問題に触れると 反対派 推進派の 過激なぶつかり合いや 騒動が巻き起こるイメージからくる「非公開」なのだろか?

…てことは あちこちの町で 知られていないだけで 執り行われていることって あるのだろうな 

だって 原発動かしてたら 日々 放出されてるわけだし 震災の時の 汚染土だってままならないまんまなのに

ごみ置き場は 永遠に 増やし続けなければならない…て この狭い日本 どうすんだ?

町に言っても 1ミリも埒が明かない!と 思った よっちゃんは 今 国と やり取りしているとな 

いろんなことを わかりやすく人々に伝えたくて お話をする機会も 設けている

「百姓」として 日々を暮らしていて そんなんに時間かけるほど暇じゃないのに

日々の暮らしを 脅かし ごまかされ続けることを よしとしない

「命続く限り 立ち向かうしかないのさ」て 朗らかに笑う

…わわわ

かっちょよすぎる

これは なんとか 伝えつなげてゆかねばならんな と 思う

よっちゃんの 話す機会 仙台あたりでも…なんて 話ししたら 

まこっちゃんが 応援に「行くっすよ」て 軽〜く おっしゃいましたよ

こりゃ なんとか 結ばねばな と 思う

知ってる 聞いてる だけでなく

みんなどうしたらいいか自分のこととして考えられるように シェアの時間を て まこっちゃんのやり方

とても 素敵だ

昨日の収穫祭の ライヴ その1

2024 年 10 月 28 日 月曜日

昨日の 収穫祭の 続き

素朴に温かだったのに

いろいろ 思いも てんこ盛りでした

いつもながらに ライヴもあって

今回は はじめましてさん…パンオブの ふーちゃんからの 繋がりで

郡山から駆けつけてこられた お二方

名前がちゃんと 聞き取れてなかった ごめんなさい

わたくし世代あたりが あぁ その曲!と 響く あれやらこれやら

途中 出番がないとき さささと 客席で ベジキーマカレー食べたりして

そういう ゆるさが 楽し

一旦出番終えてからも ずっと 歌って 飛び入りヴォーカルさんも交えて 歌ってた(はじめのうち かぶりつき席におったのですが ちょいとした勝手任務で 遠くから 風に乗ってくるお歌に 吹かれていた感じ)

自作曲が ポップでお馴染み…てなかんじ

こんなライヴに もってこい♪だわぁ

そして「まこっちゃん」

到着したとき よっちゃんかっちゃんが「うわあぁ」と 歓声あげてた

山口から飛んできた とな!

歌う前に 話を…というのが

震災前に 那須町におられて 豊穣庵の かつて牛農家だった頃 手伝ったりしておられたのか?

震災で 放射能問題で 牛たち まるっとだめになり

しかし 当初 那須町は「放射能被害はない」設定にされてたので 保障やらなんやら 対象外

それをなんとかしていかねば のあたりに 動き

麻農家へのシフトのきっかけのあたりに おられたのが まこっちゃんらしい

有能補聴器オーティコンアジャイルプロライトミニさんの 不具合のせいだけではない 間抜け聞き取り…漠然としてて申し訳ない

でも よっちゃんかっちゃんにとっても 大切な存在であることは わかった

今は 山口の 祝島におられ…てことは 以前 豊穣庵でも 上映会やった 東条雅之監督の ドキュメンタリー映画『祝福の海(いのりのうみ)』にも関わっておられるのだな

原発建設問題で 島の中が 二分されてしまっている状況

その問題勃発の拠点になっているような 神社があって そこの鈴緒が たまたま切れたのをきっかけに

しめ縄と 麻とを 自分たちで 縒りあげて作ることによって 分断が少しでも 寄り合えないか…なんてなことを 思い立ち

よっちゃんかっちゃんに 精麻を頼んだ…とか

いやはや 言葉で並べる以上に 熱く 深く すごい動き 働きかけをし続けておられるお方でした

歌われた歌 震災の翌年くらいに 作られたオリジナルの曲は

言葉がしみた

思いをそのまま 乗せた

今も実感として 思っているからこそ の 「気づけてよかった 遅くはないんだ」というフレーズが 染みた

自分で歌うだけではなく 今 よっちゃんが 立ち向かっていることをぜひみんなにシェアして欲しいから…て 舞台に よっちゃんを呼び寄せたのが また たまげるような話題(後半に続く)