海沿い 被災地に
消毒をする風景が ニュースで流れた
肩掛けバズーカみたいな白い煙幕出るやつ(正式名称知らず)
幼い頃(土壁の 借家住まいのとき) あれが時折やってきて
ぶおおおおおお~ という 爆音とともに 漂う消毒臭
怖い思い半分
あの匂いが好きだったために
非日常の わくわくも感じていた(だめ・・・といわれていたのに あの煙が充満する家の中に こっそり入ったりした)
被災地の皆さん そんな 感傷的な思いなんて 湧いてこないでしょうけれど
懐かしさとともに たっくさんいた うれしくない虫たちのことも思い出して
ああ 大変だけど 乗り切れますように と 願う
何十年もたった今でも ああいうのが 有効なんだね
2011 年 6 月 のアーカイブ
消毒砲?
役立たず
震災後にしばしば さいなまれた思い
わしなんぞ何の役にも立たぬ・・・などね
でも しばらくそんなこんな思い巡らせて 気づいた
今までだって そんなに すばらしく 役立ってたわけでもないのに
なんで あせって 何か成し遂げようとするかな・・・と
でも 多くの人が こんな状況で 何か少しでも役に立ちたい!と せきたてられるような思いになったことも 確かなんだねどうも
なんなんだろう やさしいね みんな
まあ 今は あせらず 自分の身の丈の できることをやることにして
それは 役立つかどうかは また別なんだけど
もともと 自分の 与太みたいな 行いの数々
実用的ではないけれど
誰かが 実用に立ち向かっていく 一歩手前の
気持ちの立ち上がり部分に ちょこっと 緩みとか 潤いとか
そんなささいな 部分に そよ と 動く 空気の移動程度のもんでもいいから
いやな気分が ちょこっと 薄まればいいかな くらいの気持ち
たやすく へこむ へなちょこですけんど
そんな 身の丈を 時々取り出して眺めて
うん そうだったね自分 と 確かめる
11日 「ピースウォーク」と 「反原発デモ」の間で 踊ることになるであろうわたくし(それらの団体さんとは 知り合いだけど 関係ない イベントで踊る)
いかにも 身の丈だのお
いや 主催者さんや ほかの出演者 ともに踊る仲間 来てくださるかたがたは
わたくしと比べ物にならぬくらい いろいろ成し遂げている人たちなんで
わたくし個人に限っていってます・・・卑下でなく
むしろ 誇りなのかも
夏近し
わたくしの むんつけ パソ
勝手 強制終了頻繁にやり始まりまして
昨年の夏もそうでして
ああもう 寿命近いかなあ
げりげりげりげり とか 妙な音鳴らしたり
ディスクドライブに 入れ物すると む”~! とか うなるし
・・・と 思っていたものの
秋冬には 落ち着いたのだった
・・・が ここ最近また 蒸し暑い日々
あっつ~!やってらんねえ ぷん てな感じで 切れまくり
保冷剤を 左っかわに当てながらやると 結構保つこと判明
「絶対それ だめなやり方だと思う」と 言われても
水が垂れ込まないようにしてるから 今のところ大丈夫
なんか 時折 機械じゃなくて 人格みたいなもん感じるのよ この子
失念しすぎ
とある映画の話になって
あんちゃから「君 観たって言ったよね」といわれ
え~観てないよお~ といって後 ん?観たっけ?など 記憶の残骸の奥から ぼやんと なにか 浮上しかかった
・・・あ 観たかも
「君が観そうじゃない映画なのに・・・て 驚いたのを 覚えているんだよ」といわれて 呆れられた
観たくて観たくて 思い募ってみた映画
なんかのついでに観た映画
観る ことに凝っていた頃に見た映画
覚えている度合いが違うにしても 「ひどすぎる」と言われた
むうう
かつて 東京に パントマイム稽古のため 通い始めたばかりの頃
東京でしか観られない!と 情報誌で 映画の時間を調べまくり
箱根細工のように 緻密に時間組んで
多いときでは 4~5本観たりしたっけね
そのほかに 舞台なんかも観ちゃったらこれ 覚えてるわけないっつ~の
『バスキア』『心の顔』『死んでしまったら誰も私のことなんて話さない』『ナッシングパーソネル』『秋刀魚の味』・・・だめだこりゃ
あの頃のパワーはもうないので
一本一本 大切に見たいもんです
・・・が わざわざ出かける気力もなくなってきている気がする とほほ
つまむ
ちっこい希望は
つかみ損ねた なんて 嘆かずに
欲張らないで
ちょいと つまんでみるのさ
ちっこい一粒から
そりゃもう わっさわさの 希望が 芽を出すぞ
そんなことを お子の指先から 教えられる
男心 鷲摑み
おしゃまなHちゃん「せんせ髪 なが~い」と うらやましそうな声色で言った
え~?Hちゃんのかみも すてきなおかっぱさらさら~ なんて 女子会話してたら
傍で聞いていた Sくん 今 まだ わけもわからず よさそうなものは まねっこしたい盛り
「Sだって ながいもん」
「長くないよ 短いよ それだったら 私のほうが ながいよ」
自分より幼い 短髪のSくんに 何言ってんの的 一瞥
ちぇっ・・・てな感じで うなだれた Sくんに
「でも Sくんの かみ みじかいのとってもかっこいいよ」だと
「え?かっこいい?」
「うん かっこいいよ」
ふたりでにこにこ
三歳四歳で ここまで言えてしまうとは
すんごい Hちゃんの 今の言葉 優しいね~ 男心 鷲摑みぢゃ
なんて よくわからないこといったら
「Hね ハートが あるから」
・・・え? 今なんと?
どこでそんな こと覚えて すらすら言えるようになるんでしょ?
学ばなくっちゃ・・・て もう遅いっすか
きっと このあたりで できあがっているものなのかもしれないね
泣き所
わかりやすい理由が見当たらないけれど
突如 お子が 泣く
なんだなんだと 理由を さがす
テーブルに 貼ってもらったばかりの お名前のよこのアンパンマンシールに 味噌汁が こぼれてしまったのだった
あああ 泣かなくても大丈夫!台布巾ちゃん出動~!アンパンマンだって大丈夫 なにかあったら 台布巾ちゃんに 頼んでね
・・・など ちょっと はしゃいだこといっちゃいましたけれど
Mちゃん すぐ にこにこふっかつして ご飯食べてくれました
泣かずにいえればよいのだけれど いえなくて泣いてしまうんだね
アンパンマンを心配してくれたんだね
なんだか いじらしい心をおもって
こっちが 泣きそうになる
お子達の 泣き所・泣いた理由を探すのって
時に 宝探しみたいなもんだな
山の端
入り日色
暮れ色
柿色
やはり 譬えたり
そのものの名前が 色の名前になってしまう
でも 本来 そういうものなのかな
なにものに当てはめて良いかわからぬ あわいの色に出会って
色の名前が 生まれた瞬間に
思いをはせる
気持ちの台本
以前 パントマイム稽古場 試演会の 作品煮詰め稽古にて
お師匠 はとちゃんに「台本みたいなものあるなら 見せて」といわれ 出した ネタ帖
ぱらりとめくって ひとこと「段取りじゃなく 気持ちの台本は?」と
右行って 左行って・・・とかじゃなく どういった気持ちの動きでその動きになるのか・・・というのが まったくもって 欠けていましたっけ
覚えの悪い わたくし
ダンスの振り付けを いただく立場だったとき
身体で覚える・・・のが 年々時間かかるようになり
必死になって メモがき 右足りーぷ 左ステップホップ・・・なんて 書くようになったもんで
動きや段取りばかり書く癖がついてしまっていたのでした
で 思いを伝える 作品のはずが そりゃないよな と やっとこ気づいて
それからは 気持ちの台本を 心がけ・・・たれば
ダンスにて「むこうのみなさんこんにちわ くるっとまわってえっへんいばる」など書いて
「すみません カウントとか ステップの名前で書いてもらえます?」など やんわりクレーム
いや 人に見せるつもりではなかったのですけどね
だんすだんす!な人の中には 時に 感情的なもの 差し挟みたくない人もいたりするのね
ダンスやったことないさんに 急遽振付けねばならなくなったときは こういった表現のほうが わかってもらえること 多いですが(うちの母に 急遽助っ人頼んだときは 右足つってるのに 左出しちゃうような混乱ぶりでしたし)
かえって 気持ち入らぬ動きは 納得いかぬ と 演じる心持っている人には
「ここ どんな気持ちで 動けば良いですかね?」などきいてくれて
気持ちのト書き 見たいなもの伝えたりして 楽しい
あれもだんすこれもだんす
今回は いつも以上に ト書きあり・・・な感じです
今度の土曜日 定禅寺通りで やれますように(小雨決行・・・?)
思いも伝わりますように
「今はまだ わらっていられるけど」
ここいらも もっと 放射線量 量ったら
とんでもない数値になっているところも多いだろうね・・・と あちこちで 心配の声やら
聞こえてくる
それで 対策立てている人 立てていない人 さまざま
・・・で うちは?
夏以降 もし計画避難の話なんぞ出てきたらどうすっかね?と 父に問うたら
「そん時は 計画しないとな」何をだか
計画避難だの 自主退避などいわれても 頑として動きたがらず 説得に訪れた人を退ける方々の話なんかもあるしねえ なんていっていたら
母「おかさんも がんとして いるつもり」と
ああ わたくしもそうなるだろよ
これ以上 かかえきれない物を作らぬように・・・との思い
微力ながら 行動する思いは あるけれど
目の前のあるものに対する 今までどおり 付き合っていく腹くくりもある
「笑っていられるの 今のうちだよ」て いわれても
ずっと笑っているだろうな
いつものように 庭の草 食いながら
どうなっていくか 見ていてくださいな なんて 誰にともなく言ってみる ははは
最近のコメント