2011 年 6 月 22 日 のアーカイブ

「かわいそう」

2011 年 6 月 22 日 水曜日

「お花がかわいそう」
「お人形や 本が 踏まれて かわいそう」
人に対してだけでなく 感情移入をすることで
想像力 思いやりなどを 育てる
・・・とはいえ
かつて すべてに感情移入して
外を歩く一歩にさえ ううう と ためらいを感じてしまったことのある 過剰反応だった わたくし
「もしかして ばか?」とか「わけわかんない子」と 困らせること多々あったようで
んで そこまではしなくていいんだよ
大体の分別ついたら 自分なりに選んでいっていいんだよ て こともわかってはきたけれど
いつどこでどう・・・と はっきり線引いて伝えられるわけでもないんだ うむむ
だってあのときああいったじゃないか~てな こまいこと覚えている子でしたし
ひっそり培われた「感受」の扉全開にすると
やれ あそこの草が 刈られてかわいそう
木が 去勢されて悲鳴を上げている~とか 今でも 言い出しかねない 
ううう 難儀
ここの草はよくて あっちの花をとっちゃいけないのはどうして?
多いから少ないから人が植えているから・・・いろいろ 時によって 言葉変えながら 煙に巻いている感は 付きまとう
でも 根こそぎ その場の 欲求のままに 踏んだりけったりちぎったりして何の痛みを感じなくなるよりいいからね
あとから 自分がつらくなるほど 感情移入しなくていいからね
ものや ほかの命を大切にしながら 自分を大切にしていってね
自分が人として生きる立場で・・・てなあたりでしょうか?
煙にまいても お茶を濁しても 嘘やごまかしではないつもり・・・とはいえ
それを そのときその状況で その子に うまく伝えられているか 惑いっぱなし
今日なんて「作って~」て 請われた 粘土のワニを 
渡した瞬間に Sくんに ねんどべら ぐさ・・・なんて突き立てられたの見て
とっさに出た言葉は「いでででで」己の感情移入ですやん
ひっど~い なんかかなしいから もう作んない・・・こどもかよ!?45歳
でも わざといたずらして 相手が困っているのを見て面白がる のはわかるけれど
笑いながら破壊するのは 育ってほしくない思いだなあ
その後「だってこれおさかななんだもん」と 言い訳みたいなこといって ざくざくに切り刻んで
「はいおいしいよおいしいよ~」と 別の遊びに発展させたところは面白いんだけど
だったら ワニパパとか ワニママ作って とかいわないで 「魚」っていってよね
マグロ作って マグロ解体ショーしてもらうから
なんて またわけわかんないこといっちまいました
ああもう いまでもばかなこ わたくし

「なぜ働く?」 

2011 年 6 月 22 日 水曜日

アラブ首長国連邦に住む HAJIおぢさんが 真面目に 問うてきた言葉
「仕事しなくち 暮らせないほど 恵まれていないのか?」ということで
「神の恩恵 石油」なんか 湧いてこないし 税金医療費そのた 払わなくちゃいけない国だし
ところかわれば 働くことが 美徳ではなかったりするのだろうかね
でも 後から知った話では HAJIおぢちゃんは パキスタン出身で 
車のディーラーかなんかで 成功して・・・てことは かつて働いたことあるはずの人なのにね
働かなくてもいい という「よい位置」を 目指しただけか? 
働かなくても暮らせるなら わたくしは 働かないのだろうか?
やりたくてやっていることで お金をもらって 暮らせたらいいなあ・・・で いまのあれこれなんで(ちゃんと暮らしたてられているかどうかは ちみっと 別)
やっぱり いまの「働き」の部分は そのままやる・・・のかな?
かつて 舞台にただ出るだけのときは 何も言われなかったのだけれど
お金をいただくようになってから 亡き ばあちゃん 母に言ったそうな
「なんでうちのが かわらこじきみたいなことするのだ」と
芸事習い事が 「お嬢様のおたしなみ」だけでとどまらぬことが 恥と感じる こころもちだったのか?
「かわらこじき」は 人を雇う甲斐性も 雇ってもらう位置も 売るものも待ち合わせていないから 
その身・芸を売るしかなかった 卑しいもの・・・だったのだろうか?
見た人が 驚く 息を呑む 笑う姿を見ることのできる喜びに つきうごかされていたりはしなかったろうか?
でも いただく お金は 評価を 目に見える形にしてくれるから うれしいよね
どうしても なさねばならぬこもごもが山積みの現場で
作業なさる ボランティアさんたちは 
労働賃金が 支払われなくても 
とりあえず 暮らしは確保できているからか?
心意気に 突き動かされて「作業」し続けることができるのだろうかね
脳みそ暑気あたりの宵
うたたねで 河原で踊っている夢を見て
愚にもつかぬ事を ぐだぐだ こねくりまわしてしまった

ぐみ色の夕日

2011 年 6 月 22 日 水曜日

またあしたもね木の実の熟する 一歩前色
一日の うれしいも さびしいも ぷんぷんも とほほも
みんな吸い込んで
おやすみ いい夢を~と 手を振る
きっと甘い夢を見る
夢だけでなくて みんなの日々も
どうか 少しずつでいいから・・・

夏日の おしるし

2011 年 6 月 22 日 水曜日

放熱姿勢暑い日々に 身体が 慣れようと がんばっている途中らしい
てことで まだ ワンテンポ以上 遅れをとっております
暑さに へたれる わたくし
いつものように皮手袋したまま 窓全開で 車運転している右腕に
真っ先に 夏の訪れの おしるし
帰宅したら うっし~が 股全開で 仰向いて寝ていた
ああこれも 夏のおしるし

梅雨入りて 心乱れる

2011 年 6 月 22 日 水曜日

この季節 毎年 大騒ぎしております
愛らしい かえる様たちが ぴょんぴょこぴょんぴょこ 道路にね 
田舎道 特に ううううううう
こういったことが かつて 若いうちに免許とろうとしなかった 理由のひとつ(いやまだ若いつもりだが)
なるべく避けつつ 
でも 後続車 対向車の関係で 避けられぬ事態のときは
すまない~!と 叫びながら 弔いながら 運転続行
以前 どっかで書いたことがあるけれど
運転するとき必ずすること・・・殺めてしまった命に思いと手を合わせること
ほんと 「ごめんなさい」なんて 免じてもらわなくていい
失った命は 戻すことができない 取り返しのつかない 申し訳も何もないこと
いつまでも 弔い続ける
2年ほど前 ふいに 道路に飛び出してきた 子だぬきらしき 小動物様に あててしまったこと
その道を通りながら 忘れまいとする
傷をほじくるような 誰のためにもならない ひとつの習慣