2011 年 6 月 のアーカイブ

面白いことが始まるぞ・・・な顔

2011 年 6 月 21 日 火曜日

本日は 丸森にて打ち合わせ
空き店舗利用して 街を活性化していこう~と やる気満々の
丸森街中で 知らぬ人はいないらしい「斎嘉薬局」の斉藤様・NPO法人 M.M.M.事務長さんの お宅へ
じいちゃんの実家が 丸森の小斎(まちなかからみれば「ざい」ですが)・ひいじいちゃんが むかし 町長をしていたまち 丸森は
わたくしにとって もうひとつのふるさと(母までしか 住んでいなかったとはいえ、小学生まで わたくしの本籍 丸森でしたもの)
ここを盛り上げていくぞ~と いう心持が 大好きだし
もう 打ち合わせ前から また 丸森で何かできる~ と 浮き足立っておりました
味のあるお話なども たっぷり聞かせていただき(結構 お声 届いていたもんで 補聴器最初からつけず 時折しまった・・・と 感じて 後でこそっと つけた)
7月9日 オープン予定の すんばらしい お店の 建設仕上げ現場にも お邪魔させていただいた
そこで 以前 角田の町おこしの 相談に乗っていただいていた 建築コーディネーター?だか おおたけさんにも 再会
つい「その節はお世話になったのに 角田ぐずぐずですみません~」なんて いらんこといっちまい
いやしかし 丸森の 地場産品で 盛り上げよう!の 意気込みと その実現のさせ方・・・うまいわ
角田・・・がんばってるんだけどね あは
ま それはさておき 話をうかがっていたら 斉藤さんの奥様(若々しくてはつらつとしててかわいらしい方)と うちの ははいとこ「智恵子さん」のいえ 親戚関係になるのだ・・・と
んじゃ わたくしとも うっすら つながっている・・・て ことですわね うれしい
9日の オープニングでのパフォーマンス やるまえから わくわくしちゃってます
打ち合わせ 下見終了後 斎理屋敷にて 労働中の 同級生 とんこちゃんの顔見に(昨年の 8月 斎理幻夜の記事に 顔あります)
相変わらず 元気だわ~ ほがらかさんだわ~ しっかりさんだわ~と ほれぼれ
そういや 震災後 初めて会うのだったわね なんて 後から気づく
その日は お客様避難させに おおわらわだったことや
すぐに 炊き出し始めたとか 
施設の修理に 7~8千万かかりそうだとか
でもまずはよかった~とか 店先で立ち話
この人いれば ここいらへん 大丈夫だわ と しみじみ
ふがいない自分に こんなすんばらしい友人いるのって ちいとばかし 自慢かも
とにかく お時間ある方 7月9日(土)10:00~ 丸森街中に来てくたされ~

かってに思い巡らす 人の日々

2011 年 6 月 21 日 火曜日

昔 電車の窓から見えた 人の家の窓の明かりのなか
わたくしの知らない団欒や 日常があるんだろうなあ
そこにめぐる 一人一人の思いやら 出来事に思い巡らせたら
あずかり知らぬのに そこにもここにも そんな時間が思いが満ち満ちている
世界は 自分の手に負えないほど 途方もない奥行きがある!・・・などと 
なぜか めまいを感じたことがあった
なんだったんだ?あれは
今はあまりそんな瞬間もなくなったけれど
ふと ひとんちの茶の間を みて
そこに生活していたとしたら・・・なんてな 想像に 一瞬もって行かれそうになることはある
今日 かつて よくお会いしたことのある方が 道を行くのを 見かけた
とあるお店をやっていた方なのだけれど
いろいろ事情あって そのお店をやめられた後 偶然に 道でお会いしたら
ちょっと くたびれた感じ・・・失礼だけれど
以前とあるコンサートの招待状を差し上げたことがあったのだが
そのとき「また招待状くださいね」といわれたっけ
以前は「楽しいことあったら教えてくださいね」て 感じだったのに なんか 悲しくなった
で 今日は 言葉を交わすことはなかったのだけれど
なんとなく しゃんと 背筋伸ばして前を向いて ぎゅんぎゅん自転車をこいでいたもので
ああ 震災後 あれこれあったけれど きっと かえって たてなおってきたんだろうな
またなにやら やりはじめたのかもしれないな・・・なんて その来し方行く末を しばし 思い巡らせた
なんつっても ほんの 赤信号停車の間だけでしたけれど
運転中 気をつけないと 思考 もっていかれちゃいますもんね

ふやかしてあまやかして

2011 年 6 月 20 日 月曜日

打ち合わせ後 
夕方仕事までまだ間があったので 地図をきちんと見ずに ナビもつけずに
てれてれと 車 走らせ 
ふと気づくと むむ?この道は このままいくと
富谷 湯ったり苑に 続く道に出るのではないか?なんて
まるで 月曜日のお約束のように 行っちまいました
昼の日中から 風呂に
んでも 最後の ポイントカード(このシステム もう なくなるのですわ)いっぱいになっていたし 無料入浴できるからよいよね? などと
だれにともなく 言い訳
ぼこぼこ風呂にはいり 露天に入り ぬる湯に入り 水風呂に入り サウナに入り・・・
リラックスルームにて ちょいとお昼寝
何かに備えるとか
何かのためになる的な 時間でもないよなあ と 思えど
毎時毎時 ぎちぎちに 実らんでよかろうなど
思考停止して ふにゃける至福

仰ぎ見る

2011 年 6 月 20 日 月曜日

でかいってすごい夏のイベントの可能性を 打ち合わせに 仙台大観音・・・で名の知れた 大観密寺へ
行くなり はっきり用件を名乗らなかった わたくしのせいですが
取り次いでくださった方の 後から出てこられた方が あれれ?てな表情
携帯番号を聞かれて「ああ その番号の方は 今日ではないはず・・・日にちが すれ違ったようですが」なんてな話になり
「待っていただければ 2時間後くらいには・・・」といわれ うむむ できなくはないが
でも 電話でお話してくださった 鈴木さんによると・・・と 言いかけたら
「え!?鑑定 ご祈祷の申し込みの方ではなかったのですか 失礼いたしました~」
ほっ 
しかし そういう こともなさっているのねここ 
何か求めているような顔をしておりましたかしら?・・・と しみじみしてしまいました
かち合ってしまった・・・との 勘違いで あれこれやりとりすることになってしまって お待たせしてしまった 鑑定ご祈祷のお客様 すみませんでした
・・・ま そんなこんな 取り違えが わかった後 
ぼにゃ と 待合室に 飾られた ありがた~い 仏画なんぞ見ておったらば
奥から 「NARUTO」Tシャツきた 汗だくの お坊さま登場
その方が こちらの法務・渉外担当 院代 画僧(ありがたい仏画を描かれた方)鈴木興相さまでした
とてもきさくなかたで 面白いことをやりたがっていらっしゃって
ついつい こちらも 開いちゃって のっちゃって 
15~6年前に イベントで こちらにお邪魔した際に きんさんぎんさんをガードする役だったこともあったんですよ~なんて あれこれ おしゃべりさせていただいちまった
「仏教を楽しんでほしいと 思ってるんですよ。難しい 仏教の学問の部分は 私らに任せてくれればいいからねえ」・・・なんて にこにこなさる
ああ たのしいなあ こういうお坊様 好きだ~
・・・なんか 失礼な言い回しばかりで申し訳ありませんが
8月のが今回実現してもしなくても 
こんご 何かの形で ご一緒できたらうれしゅうございます~なんて 出逢いのありがたさ いただきつつ
大観音様を 見あげてみた
大きいって事は しらず 息を呑む

勘違いであったのだろう・・・か?

2011 年 6 月 19 日 日曜日

いつも スーパーの前のベンチに たむろしている おんちゃん じいちゃんたち
その中に 確か わたくしの 同級生Kくんの父が よくいた
その お方は わたくしの父の5つくらい上で
角田の町で ぶいぶいいわしていた「よたこう(与太公)」だったけれど
なぜか うちの父(裏番かよ!?)には 弱かったらしく
会えば必ず へこへこ状態だったようなのだ
K君も 地元じゃ 有名な よたこう・・・でも 心根は優しくて
小学六年の頃は よく一緒に遊んだっけな
角田で初めて 大手の 暴走族に入ったとか 麻薬に手を出したとか やくざやさんに 正式に入会したとか 轢き逃げたとか・・・とかとか あらゆるものに 携わっちまった君でした
んで 本日 母と買い物に行って
いつもの おぢちゃんたちもいて
野菜売り場の前あたりで 「おう!どうも」と 声かけられた
ああ Kくん父は 母に対して いつもご挨拶かけてくださるし・・・と わたくしも 一緒にご挨拶した
夕食時 Kくんの とうちゃんさあ・・・と 話したら ちちはは「?」顔
ほら 今日も 野菜売り場あたりで 声かけてくれたぢゃんか つったら
「あんたなにいってんの?今日 誰からも声なんてかけらんなかったっしょ。それに Kさん 亡くなったばっかりだよ」と 母
は?だって さっきさ・・・
「そろそろ四十九日あたりかな?」なんていわれた
あれれ?だって あん時 にこにこわらってたよ 違う人かなあ?
「どっちにしても 誰とも話してないよ おかさんは」
うむむ 
お~いKや 今どこで何しちょるかね?
あれこれやらかしたろうが 
20年位前に 地元の祭りで久しぶりに会ったとき
全身白尽くめのペアルックで 結婚相手らしき女の人と 肩車していた女の子・・・
ちゃんと 一緒に 楽しく暮らしていてくれたらいいなあ
おめえさんも いい父ちゃんであってくれよ~
亡き 父ちゃんが よかったよかった って 笑ってくれているんならいいんだけどさ
霊感なんかない・・・と 思っているけど
しばらく会っていない同級生や その父親に ふと 思い巡らせることになっちまった 父の日

我慢強い子さん

2011 年 6 月 19 日 日曜日

素手で触ったほうが いい気持ち(虫にゃ迷惑)いつの間にやら 葉っぱがほとんどなくなった苗から
お隣へ
葉っぱの芯まで 身体ゆすりながら がしゅがしゅがしゅがしゅ と 食らう
虫けらものの たくましさよ・・・など
室生犀星おぢちゃんを 思いながら
むしけらさまを 尊び なでさせていただく

さほど特別でもない父の日スペシャル

2011 年 6 月 19 日 日曜日

焼入れ前父の好きな「おふかす(赤飯)」買っときました
今朝 早起きして ぱんぱかぱ~ん!てな具合に
「父の日」スペシャルの発表をしようと ぼんやりおもっていたのに
不覚にも 寝坊
起きたときには ちちははの朝ごはん 終わる頃でした とほほ
でも 昨夜のうちに 赤飯のことは ご飯を炊く分量の関係上
母に伝えてあったので 朝ごはんで 食べてもらえたのがせめてもの救い
いつもなら お手紙とともに なにがしかの物を渡すのに
今回は すべて前後しちまいました
以前は好まなかった 入浴剤を 「気持ちよかった」というようになってきたので
ちょこっと 入浴剤 買いたして
餡子炊いて(なかなかの出来でしたぢゃ) 「ナンミックス」(震災中 再開したばかりの薬屋で売っていた粉・・・簡単かと思いきや 自分で パン作ったときと同じくらい時間も手間もかかるので 使わずに置いといた)の皮で包んで アンパンならぬ「アンナン」おやつ
スペインワイン(いただきもの)あけて いろいろチーズ&震災中に剥いといた かぼちゃの種のつまみ
もちろんすべて お相伴してしまう わたくし
今年は どうも あんちゃの中から ははのひちちのひを祝う想いが ちみっと ぬけおちたらしいとか まあ そういうこまごまなことは おいといて
なんとなく いつもの一日の感じでしたけど
そんな 一日を 過ごせることの「稀有」を かみしめながら
暮れていく 暮らしの幸せ
毎日毎日を ひたすら働くことで 築いてくれた 父の元で
はびこり放題の野の草みたいに いられる 申し訳なさと幸せを 
改めて 感謝する日

ご本を読む

2011 年 6 月 19 日 日曜日

血迷って(金銭的にそんなことしてる場合じゃないのに) 本購入
まあ 支払いモラトリアムですが
『仙台 本のはなし 24人でつくりました』(仙台文学館ゼミナール2009-2010 本つくりワークショップ)1200円
・・・仙台ゆかりの101人が 選んだ わが人生の一冊 とか(親戚の 新澤巖夫さん・・・究極の食中酒・伯楽星つくったひと、以前ご一緒にタップした ジュウリーデザイナー 種澤節鴻さんなど 顔見知りさんもいっぱいでうれしい)
気になる90歳の前衛芸術家 ダダカンこと糸井貫二さんへのインタビューとか
素通りできず うう わくわく
『イネ科ハンドブック』木場英久・茨木靖・勝山輝男 共著(文一総合出版)1600+税
・・・『イモムシハンドブック』でおなじみ 文一総合出版
とにかく「雑草」なんて 大雑把な放り方すんな!と 思う わたくしですが
反面 後から後から生えてくる この子達の一味に 辟易して よくみもせず むしり倒している方々の気持ちも わからなくはない
昔から イネ科の子達が 結構 好きだったのですが 植物図鑑に ちゃんと 載っていないことが もどかしかった
でもね この本 そんなもやもやを解消してくれた
それぞれちょいとずつちがって それぞれに子孫をつなげていくたくましさや その それぞれを見分けて分類して こんな美しい本にしてくださった著者の方に 拍手~!
『平凡倶楽部』こうの史代 著(平凡社)1200+税
・・・昨年出版されたものだし 戦中戦後の呉市を描いた『この世界の片隅に』で 文化庁メディア芸術祭の優秀賞を受賞したことで 見知った方もいらっしゃるかと 思いますが
あんちゃともども この方の本が好きで ほかの著作『街角花だより』『夕凪の町 桜の国』『長い道』『ぴっぴら帳』『こっこさん』『さんさん録』 全部うちにあるぞ
流行の絵柄とは ちょっと遠いところにあるけれど その温かな作風・視点が たまらなく好きですが
この本は 「初エッセイ集」とうたっていて 彼女の繊細さや 面白がり方のセンス てんこ盛りですわ 
「WEB平凡」(http://webheibon.jp/)に連載されていたものとのこと やるなあ 平凡社
『街の木のキモチ 樹木医のおもしろ路上診断』岩谷美苗 著(山と渓谷社)1400+税
・・・つい買ってしまった感じ
でも 赤瀬川源平さんあたりの路上観察もの好き+木も好きつったら=買っちゃう・・・だわね
久しぶりの 読む意欲 ゆるり楽しもうっと

衣替え

2011 年 6 月 19 日 日曜日

一昨日(金曜日)お脱ぎになったらしい今頃の季節
重い上着脱いで
かろやかに
さわやかに 
まぶしい
あのここのこ 
うちのにわでも ぴかぴかしてました

それでもここで

2011 年 6 月 17 日 金曜日

今日 おひさま原っぱ保育園で ちばせんせいから近々 はくびしんもきちゃうでしょうか
「角田って 宮城県で一番 放射線量高いっていってたもんねえ」などと
震災後 四方山話の中で さらりと言われ
あらら そうでしたか など 間抜けな受け答え
日によって 場所によって 前後してはいるみたいだけどね
帰宅したらば 市からの お知らせ「測定結果」やら今後の 教育現場でのことなどが あれこれ書いてある 紙が 配られていた
これからまめに 測定して 市のホームページや 「市からのお知らせ」(震災後 この わら半紙みたいな情報紙に 助けられた)で 情報提供してくれると
三ヶ月前に もう あれこれおっぱじまっていたのに 
教えてもらえなかったんだもん 
市としては」 隠すつもりも何もなかったわけだから 
今更・・・と お叱りの声あったとしても
こころ痛めつつ 
新しい 放射線測定器を 購入する予定もある・・・てえことで
やれることを やれるだけ これから がんばってくださることでしょう
気をつける人 いらだつ人 旅立つ人 さまざま
そういうこもごも 思い巡らせながら
それでもこれからもここで 飲み食いして生きていくだ と
庭の色づく枇杷を みながら 
心は 安らかだったりする