2011 年 3 月 20 日 のアーカイブ

ユニットバス

2011 年 3 月 20 日 日曜日

本日 森家に ユニットバス登場
つ~か まあ ポータブルトイレを 風呂場に置いたまんま
どかすのめんどくさい てんで そのまんま 風呂にお湯溜めたのでした
わたくし ちみっと パソにかじりついて 心乱れて
茶の間で ぐにゃ・・・てなってたもんで
痺れを切らした 母が 雨水全部 表の側溝に捨てて(排水溝に流さなければOKとのことでした)きれいにして 10日ぶりの風呂準備してくれちゃってました
ちちははあんちゃ 顔 上気させて
口々に 「久しぶりの入浴は 気持ちいい」の
「なんか運動したみたいに疲れた」の
「排水溝に流さないで バケツに洗い水溜めとくの大変」の と 嬉しそうに喋っていた
うっかり いつものように 最後風呂桶洗って 栓抜いてしまわぬようにしなくちゃ
ふええ~ なんか 贅沢しちゃう気分だな
「湯水のように使う」て 言葉が今 本来使われていた意味と だいぶ ずれを生じているので
「砂漠における 湯水のように使う」もしくは
「災害時の 湯水のように使う」・・・かな

うろたえたって うろたえなくたって

2011 年 3 月 20 日 日曜日

どうあろうと なんか変わるわけじゃないけど
どきどきして うまく 息が吸えていない感じで
避難所名簿・・・ならまだしも
遺体安置所やら 身元不明・未確認者 名簿など みたりして
いませんように いませんように
そこに載っておられる方々の 名前を かきわけるように進む
避難所の名簿は うまく表示できず
途中で断念
後日電話が繋がるかもしれないから と
いったん サイトのページを閉じた
比べることではないけれど
これの何倍も 重く強く 痛い思いで 名簿を 瓦礫を かき分けている方が おられるのだ
ちょっと息吸わなかったくらい なんだってんだ

喉元過ぎたな

2011 年 3 月 20 日 日曜日

地震直後 父の湯飲みに お茶を入れようとして
冷えたお茶が 残っているのに気付くと
「ああ 残ってたか ごめん」なんて しおらしく 飲んでくれたのに
今や「なんだ ひゃっこい・・・」と ぶ~たれ
地震以前に 逆戻り
あの 大切に 水を分け合った日々を 忘れましたね
いや 忘れていないのだろうけれど
ささやかな贅沢できるなら それをさせてくれってか?
むうう
水は出るようになったみたいだけどさ
流せないんだからね またいつでなくなるかわかんないんだからね
でも 排水はしちゃいけないけど 溜めたまんまで 風呂に入ったりしていいらしいってんで 本日 風呂桶に お湯張りたいと
・・・んが しかし 先日の雨の日 トイレ用に・・・と風呂桶に がんがんがんばって 溜めた 雨水 
結局 それを トイレに流しちゃいかんと 聴いたもんで 
無駄なまま 溜めっぱなしになってて
そのまんま 流すことも出来ず 
乾燥し続けたら 畑にでも撒く・・・ていってたら 明日あたり 雨 とか いってるし
うっすら わたくしのやった ことどもが 余計なお世話様として 迷惑がられておったりして
ちぇっなんて ふてくされて 非常時であること 忘れているのは 
わたくしだったりもする

にっちもさっちもいかないわけじゃないから

2011 年 3 月 20 日 日曜日

地震後 洗い物できなくて 大変だし
ご飯炊かずに済ませよう というので
嬉嬉として パンケーキや 飲茶風 中華蒸しもの作ったけれど
概ね 不評のまま終る
しかも 保存できるように・・・と 思っていたのに
ぶ~ぶ~言う割には そのひのうちに 平らげやがる
まあ お彼岸てこともあるし
もちくさ(蓬の若芽)生えてきてるし 彼岸団子でもつくっか~と 言ったら
「おはぎいただいたし やんなくていいから」と
わたくしの 野草料理復活を 恐れている様子
団子で問題あったことないぢゃんか~
そりゃ 何年か前に 春先サルモネラ陽性反応 一瞬ありましたけど(再検査では 陰性)
あれは たぶん 獣道の草草を ろくすっぽ洗わないで 食べたのが 原因だっただろうだけだし
・・・といっても 家の者達 ぷんてして きいてくれませんで
「本当に 全く食べ物なくなって にっちもさっちもいかなくなったら お世話になるから」
というわけで 道草摘んで 楽しい団子つくり 
わたくし1人だけで 楽しもうかな・・・と
もちろん 大変なことにならぬよう きっちり 熱通しますわよ

留守電機能

2011 年 3 月 20 日 日曜日

災害時の 音声案内ではなく
「ただいま電話に出ることが出来ません」という 携帯電話の 本体の音声なのだったら
電話が復活しているということなのだろうか
留守番電話サービスに登録していない方だから
もしかして どこかの避難所で なかなか充電も出来ないのかもとか
いいほうに考えたり
あまり期待ばかり膨らまさず
でも よからぬことを考えぬようにして
いったん切る
どうか どうか・・・
その先の言葉は どこにかつなげられるのか?
その人の中にあった「かみさま」に 話しかける言葉を?
もう 見守っていてくださることができぬのなら
守らずに ただ 見ていてください
大切なお母様をなくされたそのかたから これ以上 なにか奪い続けることが いいことなのかどうか
手を こまねいて 見ていればよろしい
暴言の罰を あてるにしても その人ではなく 
わたくしの身だけにしてください 
それだけは たのんでもよいでしょう?
ああ 縁起でもないこと 思っちまった ちっ
ちょっとクールダウン

お気に召すまま気の向くままに

2011 年 3 月 20 日 日曜日

いろいろ選べます昨日は「おから配合」タイプ
さっき 買出しにて
ヒノキチップタイプ パルプタイプ シリカゲルタイプ・・・など数種類 購入
やっぱりこんな贅沢は・・・と の話も出ていたけれど
もう少し 続けてみる
猫砂トイレ大作戦
もう「うっかり」なんて 言わさないよう
ものものしいけど 100円ショップ購入テープトイレに「立ち入り禁止」テープ張ってみた
父 オレに対するあてつけか・・・と ちみっと ぷんむくれ顔
いやいや わしも行っちまうかもしれないしね
・・・ということにしといた
ほんと こういう事態続いていても 
ついうっかり水道ひねろうとしたり
「いつもの」なにかを やろうとしてしまう
考え無しの 身体の動き「習慣」
念には念を入れてみました

お座り!

2011 年 3 月 20 日 日曜日

自分の肝に銘じる
浮き足だつな! そこに座っとれ!と
ず~っとまえに 仙台の イベント仕事やらなんかで 
すれ違ったことのある「サンドウイッチマン」のお二人
気仙沼のロケ仕事の最中に 震災に遭って
なんとか 山方面に非難して 難を逃れた・・・と
新聞で知って その後 初めて ブログもみて
ああ! いろいろ やってくれているぞ と 心強く思った
こういうときに「芸人」としてできること
ある程度の 力を得た今 
いろいろな メディア 伝を最大限に利用して 呼びかけていること
現場で見聞きして 逃れることが出来て
つなぐことの出来た命と 共感を 強みとして
日向へ 向かっていくような 朗らかに温かい言葉で
復興への 確かな歩を 踏み出す 底力を発揮している
やれるぞわしら と 勇気付けられる
ぐにゃけていられめえ

つまらぬことも日々のツマ

2011 年 3 月 20 日 日曜日

「いざという時のために これは開けないでおこうね」といっていた
ポンジュースの 1リットルペットボトル
昨夜 あんちゃ お気軽さんに 開封したらしい
んで 母 それ気付いて なんだもう開けちゃって~ じゃ あたしも と
つづいて 飲んだようで
「だってあいてたんだもん」
「人のせいにばかりするのはどうかとおもうけど」
ふふふ なんて 笑って あんたら・・・
まあ いま 切迫した状態じゃないしね
つまんねえことに 引っかかる自分が つまらんやつ・・・と 省みる
ご立派なこと言っても 自分の家族に 苛ついたり 笑えなくなるのって もっともっとつまんねえ
ま、いまが「いざ」てことで いいかぁ~と ポンジュースを飲む
「あんだこそ なんだい 人さ言って 負げんと飲むの」
「いざ」ぢゃからのお なんて 呆けたこと 言ってみる 
ふはは あまずっぱ

間違いみたいに

2011 年 3 月 20 日 日曜日

昨日 買い物中
花屋の ご主人が ちいとばかし 興奮気味に
「水道出だどごあんだっつってだっけよ(水道が出たところがあるのだと 言っていたよ)」と 教えてくれた
ひねってみたら 出たよ おお 夢のようぢゃね
なんかの間違いじゃないよね?
が そんなことになると 「下水ダメだから 排水するな」・・・て いくらいったって
絶対 嬉しくて 髪洗ったり 風呂入ったり 水洗トイレ流しちゃったりする人 続出するだろうな
上水復旧して水道だけ出た 隣町 あちこち やはり ばんばん流す人続出して
下水溢れて大変な事態になっちまってるって話聞いた
うちだけなら大丈夫・・・て思っちゃだめだ
いい子ぶるとか なんとかでなく
今後の 臭~い環境 衛生面 考えると たまらんし・・・今くらい 我慢だ
むか~しむかしの お仏蘭西 パリ~の街は 花の都どころか 
こぎれいな格好してる人たちが 二階窓からでも 平気で 排泄物を 道に捨てていたってな話
出しちゃえば 自分ところになくなるのだから 無いとおんなじ・・・なんて
すんごく くっさい町で
そんなこんなもあって 香水の技術も文化も 発展したとか しないとか
それも1つの 道だけど
やはり あたしゃ にっぽんの「ひとところに集めて みんなで協力して 部落を守る」心意気が 好きだもんね
排水溝の 向こう側を見ることは ほとんどないので
穴の向こうは 無いもの 
なくなって安心 と 思いがち
でもその先に 川や海がある
かつて 直接川に流して 汚くしてしまって公害が出て来て こりゃ大変!と
技術を 駆使して 下水の仕組みを作り上げて
ちょっとずつ きれいな川や海を 取り戻してきたはず
「きれい」のための 技術が
たくさんの 手間を 省いてくれて
身の回りの「きれい」しか 見なくて済むもんだから
その先のことまで 考える時間まで 省いてしまった
いかんよいかんよ
わしらにゃ いままで この狭い国の中で 築きあげてきた この国ならではの 知恵と工夫があるはず
できるはずだよね
・・・いやいまさら戻りたくない って 面倒がってしまう人 やっぱりいるだろうな
できるかな なんて 心許なく思っていたら
母同級生のSさん うちに 野菜を持ってきてくださりながら ついさっき 井戸端会議での話を 教えてくれた
「もとクリーニング屋の奥さん 水道でたもんだから『嬉しくて 風呂に思いっきり浸かった~(それを思いっきり排水した) やっぱり水道あるって 幸せだ~』なんつうがら オレ『あんだみでな人 いっから 下水ダメになんだ!』て ごっしゃいでけだんだ(怒ってやったんだ)!」と
余計なお世話オバちゃん とか 小うるさい・・・とか 思われがちな Sさんだけれど
こういう ただしいおばちゃんこそ この困難を 乗り越える鍵を握っているぞ・・・と
心強く思って 
大丈夫だ と また 思いなおす

何か

2011 年 3 月 20 日 日曜日

ありますように・・・と 目を凝らしたり
何もありませんように・・・と 逸らしたり
ふと気付くと
今 いったい 何をどうしたかったのか
何をしていたのだったか 見失う
こんな大切な時にさえ・・・だからこそ?
呆けたようになって しまう
緩めていたつもりが
緩んでいなかったところがあるのか
身体を揺すって 確かめる
気持ちを揺すって 目を閉じる
うろたえて 
言葉で解き放とうと
言葉で押さえ込もうとする やわなわたくしの
垂れ流れる ぶつぶつ言いに おつきあいくださって
ありがとう
みているよ・・・という
みなさんの まなざしにささえられて
ゆうきづけられて
踏みなおす 足裏の感触が よみがえる
大丈夫だ 
いま 確かに