2025 年 3 月 30 日 のアーカイブ

江﨑満さんに 会ってきた

2025 年 3 月 30 日 日曜日

投稿時系列 前後しちゃいましたが

一昨日 28日(金)

母の ケアマネージャーさんとの 面談の後

えいやっ!と 南下したのは

那須塩原市 ギャラリーバーンにて 開催中の「能登を生きる 江﨑満の世界〜木版画と陶芸〜」のためでした

助さん(ドリアン助川さん)御縁で 10年くらい前?鎌倉での 個展に 辿り着いて

その 力強い作品に ばばん!と うたれ

即刻 好きだっ!と 思い

いつか 江﨑さんの 焼かれた ガマガエルの骨壺を 手に入れて そこに入りたい なんてな 野望もあったのでしたが

関西での個展がほとんどの中

「巡りめぐるご縁があり」那須での個展が実現したとのこと(結んでくださった ちーちゃん むっちゃん ありがとうありがとう!)

江﨑さんの 素晴らしい作品を ぜひ多くの方に見ていただきたい!の「ちーちゃん」「むっちゃん」の 思い 溢れんばかりの チラシが 素敵すぎた

「自分を生きる江﨑さん」まさに その言葉!と 拳握りましたよぅ♪

能登半島地震の時

江﨑さんの 顔本(facebook)投稿にて ご無事を知り

しかし 家も仕事場も薪窯も 大変なことになっておられて

しかししかし 与呂見村のひとたちと 力を合わせて なんとかかんとか たちなおしつくりあげていくようす

はらはらぢりぢりと みさせていただくばかりでありました(龍昌寺?だったか 与呂見のお寺がまとめてくださる という 支援には なんもなんねぇくらいのほんのちょっぴりを一回だけという…)

今回の個展も 支援というか 応援グッヅあり…的な 話は聞いたものの

支援とか 復興とか そういう色合いは 打ち出さず

すべてを 受け止めて

今の全てで 生きていく

脈々と続く いのちのいとなみ

森羅万象そのものの一員として そこにあり あらわす…といった

江﨑さんならではの いのちの いろどり 

ちからづよさ

とにかく 気持ちよく 太く 脈打つものに 満ち満ちていたのでした

うあぁ もおおぉ こりゃ うれしい!

ギャラリーバーンさんの すんばらしい空間…その天井まで 飛び上がりたくなった

懐綱渡り芸人のくせに 作品をお迎えたい!なる気持ちになって

言わんでもいいようなこと(懐のはなし)駄々漏らしてしまい

しかし それから 命を閉じるのに なんでそんなかねかかんのや!?な 納得いかない話…江﨑さんは そこ ちゃんと 役所に伝えたり 行動に起こして かあさまを 送ったはなし…などなど

ギャラリーの 御主人 清野さんも 加わっての 興味深い話など やりとりできて うれしや

しかも 分け分け支払いおっけだけど 「カード会社を介すると 手数料がもったいないでしょ」なんてお気遣いまで いただいて

蛙好きな話から

テーブルにあった ギャラリーの備品?蛙(企業さんからもらったピーターラビットキャラクター)まで いただいてしまうという…

うれしすぎて 泣きそうになりましたる

はしゃいで 江﨑さんと おむかえた作品と お写真撮っていただいたら

全部 コマ漫画みたいになっとった

(最後の三枚は 「ちーちゃん」から あとから送っていただいたものでした)

これは 写真を撮るにあたっての 笑顔の不自然さ 気持ち悪さについて お喋りしていたとこかな?

あ それから

作品見始めてすぐに

もしかして 額装?と思ったのが

フクラスズメ蛾ちゃんで

お外に出してあげてもよいですか?と いうのを口実に 触らせてもらった…かわゆ♪

そして もひとつ

入口の 名前記入を 見かけた方から 声かけられた

かつて宮城に住んでいたことのある 森さん ですて…愉快♪

また ここに来たいな ここでなにかやりたいな なんて思いまでうまれ

ここでなんかやるとして お客様呼べるのかよ!?てのは まぁ また後で考えるとして

絶対また来るもんね と 強く思った

うきうき うれしく膨らんだ 思い 抱えて 帰路

ふと 気づくと 早朝 ご飯食べたきり…の 夕方時間

急に 腹減りましたる〜!の お腹の叫びに

泉崎の 豚肉専門 Novelさんで

コロッケ買いまして

とろり温かな かにクリームコロッケは 

運転しながら食うてはいけません…とも思った

うんまかったけどね

過ぎたる程の よきいちにちとなりましたる

しみじみしながら 次へ

2025 年 3 月 30 日 日曜日

昨日の 土曜保育仕事

登園の お子たち 2人しかおらぬので

出勤職員 2名

いつもより 早朝お出かけせねばならなかった(いつもは のんびり 10時〜)

ふと みると いつも 車停めさせていただいてる 駐車場の 向かいにある アパートの部屋の 多くが

空っぽになってた 

あちこち 引越屋さんのトラックが 道路脇に停められて ゆるく渋滞する

季節だなぁ…

そして

園長先生という立場の 千恵子先生と わたくしが 保育仕事場で ご一緒するのが 最後の日であった

締めに 何かを と 思いながら

個人的には 何も 用意してゆかず

あまり気張ると 泣いちゃいそうなので

つとめて「いつも」の 1日でいよう と してた

宝物いっぱいの 環境で のんびり ゆったり のびのびと 保育できたらいいねぇ という 命の健やかさを真ん中に

この保育園を立ち上げる話し合いの場にも 居合わせさせていただいた

リトミックをやりに…とか

ちょっとしたパフォーマンスで…とか

幼児教育 保育施設などなど 

あちこちに ちょこちょこと 関わっていたものの

保育士という立場ではなく 過ごしていたわたくしに

「ぜひに」と 声をかけて 保育士立場にさせていただいたのは ここ「おひさま原っぱ保育園」だったのだ

パントマイムやら タップやら 音楽やらの パフォーマンスしたり 講師したりしてることを

あれこれ とりとめなく…ではなくて

「豊かな」経験として 受け取ってくださって

聴こえに難有りなことも 知った上で

それを 払拭できないとしても それ以外の 観察力やら 感受性をも 認めてくださって

保育仕事仲間に 加えてくださった

それがあったからこそ たくわえられた たくさんのこと

感謝してもしきれないってのに

「いつも」の 1日かよ!?と 胸の内で 突っ込んでましたけどね

園長先生という立場は 辞しても

法人の理事さん立場で まだまだ 関わっていってくださるようなので

では また来週よろしくお願いいたしますっ♪なんて

やっぱりいつものように 退勤した

帰路 美しい 暮色眺めてたら 切ないような気持ち せり上がってきて ちみっと 滲みそうにもなったけど

そんなこんなの日々を肥やして また これからも ひとつひとつ♪と 思うのでした

昨日の おひさま原っぱニュース(3月29日)は 

↓↓↓↓↓

https://ohisama-harappa.com/news

若干 もりあやこ臭 いつもより 濃い…申し訳ないけれど

感謝の花束みたいな気持ちで…(逆に 千恵子先生が受け取った花束の お裾分け頂いてきちまったよ まったくよぉ…だ)