2016 年 9 月 20 日 のアーカイブ

表面だけでなく

2016 年 9 月 20 日 火曜日

表面だけでなくて
いろんなことを拾いながら
一緒に考えてゆかねばならないことがあるとおもう

吉川彰浩さん投稿より

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なんとなく眠れなくて徹夜してしまった今日

お腹が空いて、近くのコンビニへ
我が家からほど近いコンビニは、多くの復興事業者の方々が使うコンビニでもある
 
時間は朝4時、普通なら人かげも車もない時間帯だが、多くの車が国道6号線を北に向かう
コンビニに止まる車に書かれた社名から原発廃炉関係と予想がつく
 
お疲れさま、毎日の早朝からの勤務は大変だと自分も経験から分かる

コンビニに置かれた福島民友の朝刊が目に入る
「社内都合優先 変わらぬ東電」

福島第二原発の敷地境界線に設けられた不審者検知用の警報装置が意図的に外された件について厳しく糾弾する内容だ

福島第二原発も震災に被災し、その後復旧の道を歩んだ
自分もその中にいた
震災前の整然とした構内とは違い、極力お金がかからないよう雑草は伸び放題になっていた
時折、見かねた社員が草刈りをしていた
 
警報が外されたのは、言ってしまえば被災し運転することもなくなった職場のモチベーションをそのまま伝えるものだ
草が生い茂り、誤報が出る、草を刈る手間を惜しみ、避難区域が続いている町に侵入者などなかろうと考えたのだろうか
 
新聞には草を刈ろうと上司に提言したとある
無視されたのはなぜだろうか
警報を切るというのは、おいそれとはできない、個人社員が社にかくしてやったのか、上司の判断を得たのか
それは見えない

いずれにしても、言い出せない社風とまで新聞に書かれ、信頼はまたも失墜した
福島第二原発で起きたことだろうと、一般人から見れば「また東電は!」としかならない

いくら現場の汗を伝え、改善を伝えても、そもそも論で放射性物質の飛散を完全0にできない福島第一原発を東京電力が預かる以上、避難区域が縮小し、廃炉と共存せねばならぬ地域は信頼なきには復興も大きく滞る

言い出せない仕組みはない
その場にいた時分はこうなると良いのではないかと提言することはままあったし、上司に恵まれたのかそれは割と融通がきいていた
大切なのは提言が通る仕組みだ
それが明確なものがあったと聞かれればない、なくても作るとういことはどんな職場でも必要なことだ

巨大な企業病もあるのかと思う、数万人を統制するには社内マニュアルと厳格な法律のように扱われる存在がある
この社内マニュアルを遵守するということが、ご解釈され「マニュアルになければやってはならない」とするならば、良い改善提案もマニュアルに記載がないからと断れる、悪しきものになる
 
いずれにしても、早朝雨の中、現場で働く人達を見たあとに、不始末を糾弾する記事には、いろんな思いに苛まれる

協力企業を統括する会社が社会から信頼を得られるよう努力するのは、もはや義務だ
原子力事故後、より求められる
必要なき糾弾は外部からもそれは間違いと擁護出来るが、今回のケースの場合、見過ごすことは出来ない

このニュースにより一体となって廃炉を支える彼らも社会から否定されるからだ

原子力事業者は声が届かなくても、社会からの信任を得て動かしている自覚をいつも持たなくてはいけない
社会は原子力に何ひとつ権限を持たず、委ねざるをえないからだ

迷った時は、その行動が一般の方に胸をはって言えるかどうかだけだ
とてもシンプルなことを淡々とこなしていく姿に社会はいつしか信を置く
 
原子力事故後、1年と穏やかに暮らせたためしがない

今回の福島民友の報道はまさにこれからの「廃炉と共存社会」に向けて、大きな問題提起として捉えないといけない
 
原子力事故後、尊大と忌避された東電社員はパートナーの協力企業や、地域の住民に頭を下げ続けてきた
それは時に見ているこちらが胸が痛むような姿だった

5年半の月日が流れ、社会の赦しも進み、復興本社を通じた活動では地域との信頼もまた少しずつ回復したように感じる今、それが瓦解するような出来事が起きた

いつまでも糾弾することに社会は疲れた、そして廃炉を進める今は原子力事故と切り離し応援しようとする人達もいる
だが、原子力事故の影響はなくなった分けでも、空白の5年半がなくなったわけでもない
みな前に進むために怒りを押し込め、建設的になろうとしているに過ぎない
 
東電は変わっていない
これが原子力事故後の復興の最中、使われるようになれば
事故当事者は10万人を超える人の人生を狂わせたことの重さをあまりに軽く思っているととられかねない

福島第一原発の廃炉は東電しか出来ない、他に6000人、約1500社をまとめ上げていく企業など存在しない
他に選択肢がない中、事故の責任とも向き合い、厳しい状況は続く

委ねざるをえない廃炉、そして原子力事故への責任

後、20年もすれば代替わりが完全に進み、原子力事故を経験したことがない社員達に変わる
責任の継承はうまくいくのだろうか
 
まだ5年半
緩むにはまだまだ早すぎる
そして緩むことがあってはならない

不測ミルフィーユ

2016 年 9 月 20 日 火曜日

本日「大沢児童館 夏祭り」台風延期の

振替日

通勤ラッシュだから 早めに 出掛けんとす…てな段で

母の起床助太刀時間には ちょいと早いものの

父が 体調いまいちで 起きられぬ様子

んでは わたくし助太刀出動してから 出掛けるか…と

引き返し

わたわたと お着替え

茂庭のあたりで 到着希望時間(早目設定)に 確実に遅れること判明

まぁ ここまでは 予測の 範囲内

到着して ご挨拶を…と 事務所に 行ったら どなたもおられず

…ん?

お忙しいのかな?と どこにかおられるかと

ぐるぐる みたものの

前にやらせていただいた お部屋は ほかの催しの 貼り紙

ややややや

日にちが変わっただけでなく

場所も変わったのだっけ?

そんな情報は 手元にはないけど 忘れたのか?

おんなじ建物の中の 行政窓口みたいなとこにだけ お姉さんがおられたので

えとえと わたくしほんじつこちらでえんきになったおたのしみかいによんでいただいたのですけれどばしょここじゃなかったですかね?

…などと 焦って おうかがいしてみる

「あぁ 児童館の方ですね 事務室に行ってみてください」

と 出てきてくださったものの

「あら?誰もいらっしゃらないわね」と

うあああぁ またやらかしたか しくじりをっ!と 震えそうになったとき

「あっ♪ぶんぶんさん」と 朗らかな声

うひいいぃぃ…

たった 7…8分のことなのに ほっとして へたりそうになった

涙までにじむ

感情の蓋 ゆるゆるですがな!

出だしから 揺れるとは 不測…

ま でも すぐ 気を取り直して 道具並べて お色直しに入る前に

出すもんだしに はばかりへ…

そこで エストロゲンちゃん 爆発

前触れもなかったくせに 今ですかい?

これまた 不測…

ううううぅ なんの準備もしとらんのですよ

でも ここ 児童館には 女の先生たくさんおられるから 月のもんの備え…あるかもなぁ…いやいやまてよ まずは なにかで 対策たてられるか 考えろ!と

お道具 見渡してみる

ガムテープ 手拭い ビニール…なんとかなりそう?

すみませぬ 明け透けな話で…

これ 用いた手拭いとは違いますけんど

ま なんとかなること発見

事なきを得ました

なんつうかまぁ 本日は 不測ミルフィーユの日であったとさ

なんのこっちゃ?