2019 年 4 月 のアーカイブ

なにか言いたかったはずだけど

2019 年 4 月 24 日 水曜日

なにか 言いたいことがあったのだけど

言葉選んだり

口ごもってるうちに

わざわざ言わなくていいのかも なんて

ため息とともに流してしまって

それでよかったのかな

でも なんとなく 未練がましくて

ぐなぐな 内向きに 捏ね回していた

ふと 目を あげると

水につけといたキャベツ

ふぁ と 花開くみたいになってて

ああ そうか も少し待とう

気持ちにも 水やりをしてからにしよう

きっと もっと やわらかに 伝えられらであろ と と

勝手に合点がいき

また うごきだす

鉢植える

2019 年 4 月 23 日 火曜日

昨年

台風で ぽきぽきに 折れて散らばってた

広瀬川沿いの 柳の枝

お散歩仕事の折りに 拾って

瓶に挿しといたら

根っこにょきにょき

先日は ふもふもと お花 咲いてくれたのでしたが

それを 地植えしてみた

数日後 ふもふもたちが ほろりはらりと 落ちてて

あいや 環境の変化が 辛かったか…と がっかりしかかったら

あとから 新しく ふも…ふもももも と

新芽 出てきましたる♪

新しいところでは 新しく なのだね

んあぁ わかりました 柳枝先生っ♪

…なんつって

春はあけぼの やうやう のんきになりゆく

「最後」て 言われても…

2019 年 4 月 23 日 火曜日

お茶の注ぎかた

よく「最後の一滴まで出してから」なんて 説明がきがあったりするけど

軽く「最後」なんていってくれちゃってるけど

どこで 最後と 見極めていいか迷う

急須の中が 乾燥していないうちは 出るものではないかなぁ と

とことん 待ってみたことがあった

勢いよい 流れが

ちててててて~…てってってってっ てっ てっ てっ

てっ…(まだ ぢわり と 膨らみかかる 水滴が見える)

なんてしてたら 茶が ぬる~くなったったなぁ

茶葉の 水分含有限界とか

気温や お湯の温度や 重力や 急須を傾ける角度やら…

その道の筋の人が 計算したら 割り出せるものなのかねぇ

…なんてなこと思いながら 水滴 見てたら

お茶が ひゃっこくなりました

悪くないけど よくもないな

どこで「最後」の 線を 引くかってのは

その時の 注ぐ人の 気持ち次第でもあるか

こんなことに かまけられる

穏やかな 朝

新芽噴水

2019 年 4 月 22 日 月曜日

胡桃の 新芽噴水

うっかり芽吹き馬鈴薯の 根付き

浮かれて 服を 枝に引っ掻けて ひっちゃぶきつつ

庭 ふらふら

春 遊女(うかれめ)

ありがとうございます

2019 年 4 月 21 日 日曜日

ありがとう 支えてくださったひとたち

ありがとう 舞台を 作り上げる ものもの

ありがとう からだ

ありがとう これまでの日々

なくならない飴玉みたいに

胸のうちで

あまく やさしく

ころがる

かけがえのない ひととき

これからの いきるちからに うまれかわってゆく

ありがとうありがとう

バラシに みとれる

毎度のこと

仕込みも みとれたいけど

スペシャル邪魔になるから

我慢して離れてる

その道の プロフェッショナルさんたちが 組み上げたもの

携わらせてもらえるところだけ

ちょ と お手伝う バラシ

プロフェッショナルさんたちを うっとり見つめ過ぎて しくじらないように

チラ見 盗み撮りしつつ

手を動かす

丁寧に 扱われている ものたちに

後々の バラシやすさを考えて とめられた テープやらに

携わる手の やさしさを 思う

首の不具合 忘れて タワーの上で 立ち働く スタッフさん 見上げて

惚れ惚れ…ののち いででで!などと…なったり

若手を育てよう という 厳しくも 温かい思いの ゆきかいなども 感じられて 涙にじんだり…

好きだ♪

今年は 大分 控えめに撮った バラシ写真

また 眺めて にやにや

「やまいだれ」だな だいぶ

泣くしかない ありがたさ

2019 年 4 月 21 日 日曜日

公演 一日目が終わり

明日もよろしくお願いします解散…の ご挨拶の後

照明の 亜希さんから「ちょっと 提案が…」と 呼び掛けていただいた

それは パントマイム作品『傷』についてだった

わたくしの 演目の 二つ目として やらせていただいたのだけれど

一つ目が ちょいと シュール寄りの『恋占い』

ふざけた感じで 笑っていただいたりもした…ということもあるからか

『傷』は かなり抽象化してはいたけれど

己の 抱えてきたものを 重ねた かなり 重たい内容なのに

わたくし 登場しただけで また なんかやらかしてくれるか?と いった感じで

シリアスな場面でも 笑いが起きた

まぁ そういうこともあるよね…と

わたくしの中では 人それぞれ反応違うよなぁ くらいの感想でいたけど

「普段 お客様が 何をどう受け取ろうと それは自由なのだから 何も言わない でも 本当にそこにあるものを見て 受け取って 反応したのではなくて 愉快な あやこさんのイメージだけで 笑いが起きて 悔しかった…もっと 深くて すごいことが そこで起こっているのに 届けきれなかったもどかしさ…明日は どうしてもそこを ちゃんと伝えたいから 照明プランを もっと 重たく暗いものから移り変わって行くものに 変えさせてほしいんです」というような ことだった

「そんなこともあるよね…なんて 諦めたくないんです」とまで 言ってくださる

音響の本儀せんせいも

舞台監督こうさんも

テーマの 核を しっかりと 感じてくださっていて

より 重く 厚みを加えてゆくことを もっと 思いきりやった方がよい と 口々に 言ってくださった

実は そのあたり 躊躇っていたことでもあった

舞台に乗りながら

舞台にのせて良かったのだろうか…なんて

今更何をいう!?な 話なのだけど

光に繋げたい とか言っといて

でも 己の重たさを こんなとこで ぐだぐだやらかしても…なんてね

でも 闇であった部分の重さから逃げたら

光への 展開の 道筋さえ 軽々しくなってゆきはしないか?

伝えたかったものは 光だけでなく

闇から光へと 抜けてゆけるよ と

道のりも まるごとの ものがたりではないか?

逃げ腰になっちゃいかん

生み出した作品 隅々まで いきいきと 息づかせんで どうする!?

今までをすべて味方につけて注ぎ込む思い 忘れたか!?

猛反省と同時に

そこまで 思い 汲み取って掬い上げて ともに そこを生きようとしてくださることに 震えるほど 心強く うれしかった

過去の自分まで 遡って 救われたような思い

なんて しあわせものなんだかっ♪

帰りの 車で ふっ と そのうれしさが よみがえり

前が見えぬほど どわっ と 涙が 溢れたりもして

あぶねぇっ!と

途中で 停車して 平常心取り戻してから また 帰路に ついた

改めて 作品を ちゃんと 生きよう と 噛み締めた

そして 翌日

少し早めに 着いたところで

亜希さんから 変更プランの説明

本儀せんせいが 舞台で わたくしの 概ねの動きを してくださり

あかりが 注がれる

こうさんが 厚みについて アドバイスを くださる

あぁ

なんて あたたかいんだ このかたたちはっ!

また 泣いた

この作品 という 一点のことなのだけど

そこへ 注いでくださる思いが

じわじわっと 同心円にひろがり

生きてきたことまですべて まあるく 撫でていただいたような 全肯定感

誰もそこまで肯定してねぇって!と 自分を 茶化して 笑おうとしたけど

やっぱり笑いながら 涙が止まらなかった

本儀せんせいの 演技が素晴らしくてっ♪なんて ふざけながら 鼻水まで 出ちゃって あぁもぉ みっともないったら!…ま それはいつものことだが

そんなこんな またもや 心の恩人の方々に 巡り会えた 幸せなど おしいただきつつ

一日目とは 大分違う 重みと 実感をもって やらせていただいたのでした

ありがたい

おかげさまで…という思い

わたくしの「傷」のことは

母も 責任を感じながら 長年抱えてきたものがあって

最近 傷の原因になった…といえなくもない お医者の 今のことに触れて

母のなかでも 少し 変化したことがあって

改めてまた ことばにもして行こうとは思っていたのだけれど

長い時間かかったとしても 救いの光はあるはずだよ てこと

諦めずにいたい

いてほしい

そんなことも 改めて 思うのでした

ずっと 愛せなかった「傷」の お陰で 得られたことは 大きい

それも おかげさまで て 思ってる

それあってこその 今なんだもん

人生 遡ってまで 救われたような思いにさえ なったのでした

最敬礼

にわとこをいただく

2019 年 4 月 21 日 日曜日

先日 とあるところで お喋りしていたら

「あぁ なんだか 森さんに『にわとこ』あげたくなっちゃいました…いただきものなんですけど持って帰ってくださいます?」と言っていただいた

すーん♪と 伸びやかなる 一本

「にわとこ」て いつか どこかで 何度も発音したはずなのに

それがなんだか思い出せなくて

初めて 見るようでもあり

でも 初めてではないはずで

もどかしいような 懐かしいような気持ち

けれど うれしくて

遠慮なく いただいて

助手席に乗せた

なんだか どきどきして

いつも以上に 安全運転などいたしましたる

んで よくよく 思い返したら

10何年か前に

仙台で 韓国ものの輸入のお店を開いてた方と 仲良しになって

そのご縁で とある 小学校で 韓国の昔話を 劇にするにあたって

韓国の わらべうたや 風習や 演技に役立つパントマイム的な ワークショップを頼まれて 行ったことがあり

その昔話のなかに「にわとこ」が出てきて

にわとこを 調べて

きれいだね~

あかいね~

のびのびのびてるね~

なんて 感想をいいあって

んじゃ にわとこになってみようか~♪なんて

お子たちと からだで表現したことがあったのだった

いやはや

昨年 とあるパフォーマンスで招かれた 蔵王自然の家の 駐車場から 玄関までも

あぁ これ にわとこだろなぁ て みあげてたっけな

おひさま原っぱ保育園の お散歩コース途中にも あったっけな

赤い実がないと 結び付かぬものだな

実のとき 以外も ちゃんと みてないからだな

懐かしくなったり

反省したり…

根付くかどうかわからないけど

たのしみ また 増えたり

いろんな思い

あらためて みたり 見返したりできましたる

ありがとうございます

健やか美味しいもの

2019 年 4 月 21 日 日曜日

先週 訪ねてきてくれた イラストレーター念佛明要さん

出逢いのきっかけは 朝市センター保育園の存続をめぐる クラウドファウンディングにて

これはぜひ応援したい!と

無償で 日々 イラストを描き続けておられた方だったこと

誰もが 笑顔になってしまう 温かな絵だった

それをご縁に やりとりがはじまり

斎理屋敷での 廬原可南さんの「つちびとパネル展」クロージングパフォーマンスにて パントマイムさせていただいたところに 来てくださった

生身で お目にかかって

温かな絵柄に裏打ちされた 繊細さ

戸惑いをともないながらも まっすぐあろうとする 誠実さ

なんとも 清い人であることか!?という 感触だった

一緒に来てくださった お連れ合いの 育恵さんも

清々しく ふんわり 日向みたいな方

あぁ お二方の空気 いいなぁ と ほっこり気分に させてもらったのでした

その 念佛さん ご夫婦

昨年 青根に 事務所を設けられたのですが

諸事情 ご縁あって 香川の 育恵さんの ご親族の果樹園を 引き受けることとなったそうな…

青根を 引き払うわけではなく

こちらでの繋がりもいかして やりとり 行き来して

ゆくゆくは 完全無農薬の 橙と檸檬を 販売開拓してゆくのだ…とのことでした

大変そうだけど

むしろ だからこそのひろがりもひらけるであろうな

たのしみだな

そんなこんな どたばたおおいそがしのところ

うちにも 無農薬序章…の 減農薬 橙と 檸檬

持ってきてくださりました

「イラストの仕事もありますし あまり無理して それだけになってキツい思いしないように…と思ってますけど でも橙も檸檬も生き物ですから それなりの覚悟と決意みたいなものは ちゃんと持って 向き合っていきたいと思ってるんです…」と

念佛さんらしい やわらかだけど 芯のとこ すん!と真っ直ぐに 通ってる感じの ことば

やっぱり 清清しい

いただいた 橙は さっそく 搾って醤油と合わせて

炙った あぶらーげにかけて 味わいましたる

たのしみだね

応援してるね

むりなくたのしくみんなもたのしませてね♪

胸のうち まさに 橙色の 光が満ちるような 思い

ありがとう♪

パイナップル2号

2019 年 4 月 21 日 日曜日

先週の 舞台周辺写真

まだまだ追い付いてないのですが

閑話休題

うちのパイナップル二号に 根っこ お目見え!

葉先に 水が行き届かなくて

こりゃだめかと 諦め半分だったとこ

そういや 一号も そんなだったもんな

これから新しくやり直す 始まりの兆し

よっしゃあ♪

三号(八重山ピーチパイン)も がんばれ

わたくしもがむばる

瀬上チーム

2019 年 4 月 21 日 日曜日

先週の ダンスブルームさん 舞台だけでなく

「あ♪のねの会」でも ご一緒させていただいている

瀬上むつみさん 克之さん

お二人の やりとり

時に ぞんざいのようでいて

夫婦漫才のようなおかしみを含み

しかし すべてが互いの 信頼感と尊敬に満ちてもいる

素敵な ご夫婦

なんだか はじめてのデートみたいな 初々しい瞬間だったもんで

連続写真撮っちゃった♪