
今 町中で 馬鹿護岸工事もされていない
こんな無防備な川 なかなか 出会えない
決して澄んだ水ではないのだけれど
草や花が ひらはらと 沈んで
やがて澱となって
次の 何物かを 育む…
そんなさまが 見える…うつくしいなぁ

墓参りに持っていく菓子類…
酒のつまみのナッツやら
ココアにいれるための マシュマロしかないや…と 袋につめるも
これじゃあんまりか…と
取り急ぎ 草焼き餅なんぞ 作ってみる
この間 たいといた 餡子なかに入れて
なかなか いい体裁じゃないの…と 思いきや
固い…
ま じいちゃんばあちゃん 餡子好きだったしね
いいよね…などと
ぶつぶついいつつ 出動

今回は 親戚の 墓参りは ごめんなさいして
うちのだけ 一人参り
からすさん対策で
供え物は 置きっぱなしにしないでね…てな お達しがあって
それ以来 供養になるから…と その場で みんなで 食べるようになったのですが
ぼんにゃりのんびり 墓の横っちょに座って
供えた 草餅やらナッツやらマシュマロを 食べていたら
ほかの皆さん み~んな お供え もりもりに おいたまんま お帰りになってらっさる
一人で 墓に 座って おやつタイム…の なんと異質なこと
通るひとの視線感じるのは 気のせいだよね…なんて 振り払いつつも
なんとはなしに 噛み砕く速度が 速くなる
いやまてよ そんな様子の方が 怪しい感じ?
昔 お墓のお供え専門に 食べて暮らしてる…てな 「たまごや」さんて 呼んでた人がいたっけ
その人の分も考えて お供え持っていってたおばなんかもいて
あぁ 共生であったことよのぉ と思う
からすにも なにか あげたい気持ちあるんだけどさ…とかいいつつ
気づいたら 完食
ははは すまぬ からす
いろんなこと山積み過ぎて
単純な「あれれ?」てなこと
横においておかれたり
うやむや知らんぷりされたり…
煙に巻かれぬようにしなくちゃ
吉川さんの お話を うかがいつつ
いつも そんなことを思います
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明日というか、もはや今日だけど
福島県双葉郡浪江町津島に行ってきます。
ここは現時点では宿泊はできませんが、立ち入りの制限はありません。
いつ行ってもいいし、いつ帰ってきてもいい。
検問所もないので、普通の格好で誰でも入れちゃう区域です。
なんで行ってくるかというと、4月より帰還困難区域とされる為、自由に出入り出来なくなるから・・・
ちょうどお彼岸ですし、お墓参りも兼ねて家の大掃除に行きます。
千葉に避難している嫁の両親も一緒です。
今までは、ちょくちょくと何時でもこれたので、帰れなくなった感は薄れていました。
しかし、4月からはバリケードが張られ、指定した日に防護服を着ないと入れません。
区域の扱いは双葉町や大熊町の高線量区域と同じになります。
もう帰れないかもしれない・・・・口には出さないけど両親も感じています。
それに今まで幾度となく出入りしていたのに・・・安全ではなかったということかと
またも裏切られた気持ちになっています。
納得がいかないのですよ。帰れるような雰囲気を出していて・・・・結局後4年は絶対解除しない。
それでもって今日も含め気軽に入れるようにしておいて、今後は入れないようにする。
私も両親も何回も行っています。一度もスクリーニングをしていません。
当然どれだけ被ばくしたかも分かりません。
そこの責任は何処にあるの?自己責任ってやつですか
簡単にまとめると
明日行く津島は双葉大熊の高線量区域と一緒ですが3月中は誰でも入れます。
スクリーニングはやりません。てかありません。
私の住んでいた1Fから数キロのアパートは低線量区域ですが決められた日にしか入ることはできません。スクリーニングも受けます。
これは同じ浪江町内の話です。
4月からは
津島地区は決められた日しか入れません。スクリーニングをやります。
私のアパートの地区は何時でも入れます。スクリーニングをやります。
ほぼ逆転の現象が起きます。
このやり方は誰でも「おかしい」と思いませんか?
震災から2年経った今のお話です。
被災者の受難は続きます。これは私の例ですが、津島地区の何千人の方が同じ思いをされています。
原発避難の問題はまだまだ現在進行中です。
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