「マイム関係の女の人って 化粧しない人多いよね なんで?」と訊かれた
以前も聞かれて 軽く答えといたのに
また訊かれた・・・そんなにたいしたことでもないのにな
ほかの人のことはよくわからないけれど
以前 納得がいかない思いを抱えたまま 普段化粧をしていて
本格的に やっぱりやめた と ふんぎったのは
マイムのかたがたに お会いしてから・・・てのは確か
(まあ これは あちこちで何度か 話しているので 聞いたことある方 しつこい とおもったら とばしてくださいね)
1994年のアジアマイムフェスティバル第一回目(その年は 「日韓マイムフェスティバル」)・・・お師匠 はとちゃんまんちゃんと 出会えた年でもある
まだ 化粧ちょちょっとしておりましたわたくしのまま 手伝いにて参加
その頃のわたくし 夏はいつも 落合恵子さんの「クレヨンハウス」主催の 夏期大学・・・泊り込み講習会など みっちり行ったりして
フェミニズムやら 環境のことやら(合成界面活性剤・原発・・・などなど) あれこれ知っていくにしたがって
化粧品に使われている成分が 一個も 人にとってよくないのがわかって
でも わたくしなんで 化粧をしているのでしょう・・・と 悩んでも おった時期でした
「ああ 今日化粧してない」と 不安に思ったりして 依存症気味
さして変わらぬのに 武装する安心感?何に対して武装をしている?などとね
己の顔など 思うほど 誰も まじまじみたりなんかしてないってのにね
で 前述のマイムフェスティバル・・・10日くらい 泊り込みで フェスティバルを作り上げていくものだったのだけれど
同じ宿舎 舞台以外での マイミスとの皆さんの 心身ともに 飾らないありさま
装いで武装しない ありのままの美しさ
それはそれは 素敵だったのですね
見てくれのあれこれってものは 意思とはまた別の部分で
もって生まれて生きて積み重ねて 形作られてしまうのだけれど
そんなこんなも どんなあんなも 「それが自分だもの」と 腹をくくって受け止めるってことに 打たれました
安心感のためだけに 化粧をするでなく ちゃんと 訴えたいことがあるときに 装って化けよう・・・と 納得できた
化粧でいやだった ぐいぐい汗がふけない・時々直さなくちゃいけない・していないと不安を覚える・自分だけでなく他人の服にも気軽に頬寄せられない・毒物異物に絶えずまとわりつかれている・金がかかる・・・という もろもろのことが 一気に解消
まあ やめてしばらく 視線が気になったり
母の嘆きがうるさかったりはしましたけれど
肌は しあわせるるるん てなかんじですもん いいんだもう
まあ 時と場合によっては 舞台以外でも ちょいと 色入れたりはしますけれど
思いとかけ離れることなく 思い描く感じ・・・かな
ちいとばかし 呪術的か?
まあ もともと化粧って そういうもんだったのでしょ
絶えず 装って呪いかける 体力気力 ないわたくし へたれですが
いざというときだけでよいのぢゃ わはは
2011 年 7 月 のアーカイブ
化粧をしないわけ
抜け落ち記憶
ピアスがないことに気づき
部屋を捜索するも 見当たらず
よく使っていたやつと 自分で作った ちょいと はかなげなやつ・・・イシモチ耳石でつくった 石虫螺旋ピアスとか 貝殻やら淡水パール組み合わせた 銀ワイヤ螺旋もの
てことは やはり なにかにまとめていれたんだろうな
震災後 なるべく 心が滞らないように・・・と
「鬼のように」ブログに吐き出したり
忘備録のように 書きとめていたつもりだけれど
詳細 ほぼ 抜け落ちました
今 儚げなものたちをまとめてしまうとしたらどこにどう入れるか・・・と
シュミレーションしてみたものの
暑さもあいまって 一個も思い浮かばぬ
うむむ
結局 ああ ここにこんなもの片付けたんだ~なんて
思いがけない 震災後の行動を いくつか 再発見 てなことに終始
そのうちでてくるべ~なんて あきらめ
おやつ時間に ヱビスビール ぷしっ なんて やっちまい
ほろ酔いのまま あちこち動かして はみ出してきた 浴衣生地で部屋着なんぞ作ってしまいました
脱線したけど なんとなく 実りあった気がして(気のせい)
まあいいや~ なんて 腑抜ける
平和な午後
いつも前を向いている人
リンク集でも ご紹介している アジアジャングルの あゆみさん
6年ぶりに 仙台店をオープンなさるそうです~ 拍手!
ここ数年は 韓国へ仕入れだけでなく バイヤーセミナーの講師(受講生を 実際韓国へ仕入れに連れて行く 実践的なもの)やら 東京銀座店などなどで 忙しく
仙台の営業は 1~2ヶ月に 5日程度
お得意様に連絡して 予約を 受け付けて マンションの一室にての販売だったのですが
震災を経て「仙台の皆さんにまた いつでも 遊びに来ていただいて、笑顔で元気になれるショップを作りたい」と 思ったのがきっかけだったそうです
仙台で 固定の店をもたれていたときは
たえず 人が尋ねてきていて
買う人 お話しに来る人 留学生・・・とにかくみんな 笑顔で 集っていたっけな
わたくしの 韓国語のほとんどは あゆみさんはじめ AJの周辺で 学ばせてもらったものなのでした
教えてくださっていた先生方 すべて あゆみさんを「大恩人」と 尊敬してましたっけ
敏腕社長として 大忙しの あゆみさん
ずっと仙台店にいられるわけではないようですが
18日のオープンには いらっしゃるようです
仙台広瀬通 フォーラスから 西公園方面に向かうと サーティーワンアイスクリーム・ブルーのカラオケ館・・・とつづき その隣にカラオケマックというのがあり、そのマックビル8階だそうです
カラオケマックに入って カウンター横のエレベーターに乗って 8階のボタンを4回押すそうです
なんか 暗号みたいで わくわくするなあ
韓国の洋服はもちろんネイティブの先生のレッスン・韓国旅行やタレント情報交換ボードも用意しているとのことです
AJ仙台店 青葉区一番町3-10-14 corso sendai8-L
7月18日(海の日)11:00~19:00(通常 月曜定休日)
ぜひぜひ おでかけになって
あゆみさんの 前向き前進パワフルオーラ 浴びてくださいませ
打合せ というよりも
「あ♪のね の会」ネタ 打合せ・・・とはいえ
なんか お楽しみ 女子会みたいだった
わたくしの発する 与太話も ふわん と 笑いながら拾ってくださる むつみさんみかさんに 甘えて
なに 調子こいて 猿酒実践の 話なんかしちゃってっかなぁ
出し物に 一ミリも使えん!
でも そうやって 笑ったり調子に乗ったり脱線したりしているようで
あはは そうそう なんて 気持ちいいところに するん と 物事のあれこれが
収まっていくような 快感
おおお 今回も なんだかんだいって まとめるところはまとまったのね
んでもって 長年 わたくしの お遊びものでしかなかった アジアの民族楽器たちはじめとする あれこれ鳴り物・・・今回 活きそうです
それから わたくしの作った『雨のワルツ』・・・とある お話と 夢のように タイミングあったもので
手回しの ちっこい「オルガニート」用に 編曲したやつも 再び 新しい出会いの光を当ててもらえることになった わ~い♪
これ 原曲で演奏したり歌ったりも 若干はしたことあるのだけれど
かえって オルガニートでの お披露目が多い
10年位前は シャボン玉道化師・あっぷおじさん こと 奥田雅史さんに 拾ってもらって
長野でやった アジアマイムフェスティバルでの舞台「道化師の話」で・・・
韓国で上演した 奥田さん絡みの舞台では この曲を「オーケストレーションにしてつかった」そうなのだけど
「使用料のかわりに 酒おごる&オーケストレーションの音源渡す」て 話 どうなんたんだよ~おくだ~!
・・・はっ・・・すびばせん 大先輩に 呼び捨て
ま そんなこんなは さておき
1たす1たす1が ぷわわんと 3以上に 大きくなる楽しみ
また膨らませたいですわ
六つの魂
今日明日と はじまっていました「東北 六魂祭」
街中 勢いある人々で あふれかえっていた
震災乗り越えて ひとつになろう・・・て 思いですかね
ほとばしってました
で・・・ほとばしりの 勢いで始まったせいか
熱気むんむん
あちこちで 救急車・・・うむむ
明日も 無理なく熱くなってくださいまし
仕事の合間 街中をさくっと横切ることできず
遅刻しちまい とほほ
原始人みたいなのか?
いや・・・でも 装う気持ちの原点・・・てだけで
取り立てて騒ぐ話ではないのだ
素敵な 杉の枝を拾って
外皮を ちいとばかし 剥いて
磨いて
ちょこっとけずったやつ
頭に挿していたら
母から「あんだ・・・」と 苦笑いとともに いろいろいわれましたもんで
アクセサリー ちうもんは もともと 自然のものの力を いただくとか そんなあたりからきたわけで 極めてまっとうな お飾りである
なんて いっても
「あ~はいはい 原始の巫女さんわかったよ」とな
もともと 森・・・てな 苗字の根っこは
守る とか 杜・・・ 高いところから降りてくる 神の言葉を 伝えたり まもっていったりする 巫女さん的役割のものたちに 授けられたとか聞いた気がするから
といってみたが 無視
「いまだれも そんなんやってないから」といわれりゃ そうですけど
すると あんちゃ「まあこのひとは 『昔の人』」だからしょうがないよ」などいう
あんちゃよりか 年下なんですけど
本日も 阿呆な会話 森家
まいどどうも
震災をきっかけに
取り壊されて 更地になったところ あちこち
んでもって すばやく 芽吹く 種たち
ずっとそこで待っていたのか
素早くそこに降り立ったのか・・・と 考えていたら
そのどちらでもあるらしい
「埋土(まいど)」という機能みたいなものがあって
すぐに 芽吹く環境でなくても
土の中で じっと待っていることができる力を 種たちの多くは 持っているそうだ
おおお 待ち望んでいたのね と
ひとんちの 大変さや苦労をさておきにして
くさぐさの 生を 喜ぶ
そういや 気軽な空き地って いま あまりないものなあ
秋冬まで このままでいてくれるなら
ちょいと種もらいたいんだけどどうなんだろうなあ
なんて 空き地の周りをぐるぐる回って
へくそかずらや
昨年種もらって蒔いたものの 芽吹き失敗した
からす瓜をみつけて
も少しこのままでいてもらいたい思いに駆られる
校歌を歌う
本日 久しぶりの コールきんもくせい(角田女子高OG合唱団)の 練習に参加した
八月にやる 同窓会で 歌う曲の 練習中心
現在 男女合併して 角田高校になっているので その校歌
角田女子高等学校の校歌(「成教書院の」・・・という 旧校歌でなく「くれないにおう かすみのそらに」のほう)
角田高校 男子校時代の 校歌 の 三曲と『浜辺の歌』
今回のパートは なつかしのメゾ
角女の 声楽部(合唱)でも メゾだったよなあ・・・と
ちょこっとうたったら メゾの 懐かしい 安定感 思い出した
しばらく休んでいたのに「忙しいから ちょこっと休んでいただけの いつもの仲間」扱いしてくださって ありがたし
歌いながら ちみっと 涙滲んだ
恐縮しつつ
兵庫県にて 喫茶店をなさっておられて 現代詩人で 将棋の指導もなさっていて 言葉とともに歩まれていて・・・なんか 変な言葉でご紹介するのは いつも 申し訳なく足りない思い・・・リンク集でもご紹介しておる akaruさん
今回の 震災においては さすが 阪神淡路大震災を経て 今日までこられたお方
今まで以上に かたちあるもの ないもの こもごもを いただいて
本当に このかたを こっそり 心の支えにしていたなあ と しみじみ思いました
んで 親戚の 新澤酒造の 究極の食中酒・伯楽星のことも http://akaru.mo-blog.jp/akarublog/2011/07/post_2ea3.html紹介してくださいました
わたくしの こちたない字も でちゃっているのは まあ 目を瞑ってくださいな
力作と その 力題名
母 新緑とか 春っぽいとか 清流あたりをちぎり絵にしたいなあ
・・・と つぶやいたかして
教えを受けている生徒さんだったかが
わざわざ山へ行って それっぽい写真を 撮ってきてくださったのだと
んで 結構プレッシャー一杯で仕上げたそうです
結局 春っぽくて 新緑とか流れとか~ と 
イメージと 実際できたものをあわせてみて考えて
題名付けは ぐだぐだもめて
「萌えいづる春」と
「清流の初夏」てな 題名になりました
たぶん
色紙大の 小さめ作品ですわ
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