2011 年 7 月 のアーカイブ

普通の種でいいのに・・・

2011 年 7 月 3 日 日曜日

『奇跡の野菜 永田農法は進化する』永田照喜治 著(東洋経済新報社)読んでいたら
F1種子(ハイブリッド)のことが 書いてあった
これかあ 以前 種の話をしていたとき
「買ってきた種からなった 野菜から 種をとっても ちゃんとならないから 蒔くな」てな ことを 言われた
そういった話に疎いもんで んなばかな・・・程度に 聞き流していたのだけれど
種に関わっていると 結構 そんな話を聞くようになった
アメリカあたりで 特許かなんかを取った種が 幅をきかせて
大手種屋に 金が流れるようなシステムになっているとか
うう やだ
でも 同じ土地で 丁寧に 作り続けていると その土地にあった作物のなり方・種のでき方になっていく・・・と 実践されている方も いらっしゃると聞いて
とりあえず 買った種からなった 人参・サヤエンドウ(二代目)・ほうれん草・アスパラ菜(三代目)などから 採種試み中
偶然 畑に出た葱(EMで 肥料になりきれなかった 葱の根っこから出たのかも)も
大事に ほったらかしておいて 坊主さまになったところから いただいた種
ばら撒いてみたら 鼻毛葱 出現
おおお! やってくれるぢゃん 
まあ 一代目の いいところ 受け継がないことになっている・・・と きいたものの
そんな 人工操作を越えて 
種の 生き物としての底力で 本来の力をよみがえらせてくれたらうれしい・・・と
勝手に 希望を重ねる
たのむぜ 種たち

キャラメル筋肉痛

2011 年 7 月 3 日 日曜日

適当に キャラメルを作ってみた
水あめ 砂糖 練乳 バターを ほぼ同量混ぜて 火にかける・・・で よかったはず
賞味期限切れていた 麦芽糖(水飴状)と 粗目 練乳 バターを 計らずに なんとなく同じかも・・・なくらい 鍋へ
なんとなく 粘ってきたかな くらいで 冷やすために ステンレスの入れ物に
流行の 生キャラメルっぽく・・・なるわけねえっての
ま 気持ち やっこいキャラメルではありますけどね
家族に 生キャラメル風だが どうか と 供したら
「でました 00風」と 警戒の色
たしかに ランチビールなんぞやらかして
いつもよりさらに 適当な やり方に拍車かかっていたしね
しかも 入れ物から はがれなくなって
がすがすっ!と はがしてる様子見たら
危ないもの・・・に見えなくもない
味は「材料に 悪いもん使ってないから うまいけどねえ・・・」でした
うう 気軽に 作ったはずなのに
キャラメルごときで 腕痛くなってしまいましたわよ 
とほほでやんす

あらほんと

2011 年 7 月 3 日 日曜日

先日「蝶の羽は 実はトンボみたいに 透明で 鱗粉ついているだけなんだよ」
ときいて へ~ と 感心した
まあ 失礼なので 実際に 鱗粉落とすようなまねはしませんでしたけれど
そういえば メジロみたいな「オオスカシバ」は 透明の羽だもんな
そんなこと思っていたらば
さきほど 部屋周りを 片付けていて
ブラジル土産の 蝶の飾り物が出てきた
この類のもの 親戚がブラジルにいた関係で もんのすごくたくさん あるのね うちに
・・・なもんで けっこう ぞんざいな扱い すみません
何年もほったらかしにされていたものなのだけれど
その中の ひとつ 美しい蝶の鱗粉が 若干落ちていて
透明になりかかっていた
あら これはこれで美しいもんだわ なんて おいておいたら
「あんだどっからごみだしてきたの」ですと 失礼な!
でも とっておくには こ汚い
お土産の処理は 迷いますな

人気復活

2011 年 7 月 3 日 日曜日

鉢の 柚子苗林(一鉢に6本くらい)
細身なのだけれど
先日 丸ごとってくらい 鳥糞幼ちゃんに 食われちまったのに
葉っぱ復活してて お見事!
それを待っていたかのように
なみあげは母さん ばんばか 卵産みつけたもんで
一本に 6匹も ついてて わしわし お食事
おっきい 柚子木に引越しさせないほうがいいのかなあ
以前 それやって どうも ヒヨドリあたりに めをつけられたもんで
ちょいと 様子見
しかし あまりにも美味そうに 食ってらっさるので
つい 食べてみたくなっちまうのよね じゅる・・・

力尽きたか

2011 年 7 月 3 日 日曜日

パソも 若干 夏バテ気味ですが
携帯電話のカメラで撮った写真を パソに たったかた~と 移してくれていた
すぐれものの カードリーダーさんも どうやら お疲れのようで
・・・まあ 正規の扱い方を 次第にしなくなっていった わたくしのせいですけれど
もう 接触良好な状態に「なりたくない」そうで
なだめてもすかしても・・・やだ てさ
うう 酷使したもんね すまぬ
ま たいした写真はないんだけどさ
悪あがいてみたが うんともすんともいわなくなっちまいました
名残惜しいが・・・
お疲れ様でした 

名ばかり評議委員

2011 年 7 月 2 日 土曜日

午前中 角田幼稚園(学校法人 宮城あけぼの学園)の評議委員会でした
評議・・・てなことができるほどの頭が どうも働かないけれど
母校(母園)・角田幼稚園が 学校法人になって以来
評議委員としても 関わらせていただいている
うむむ 数字が並ぶと よけいに なんだかどうだかどうすりゃこりゃこりゃ・・・と
踊ってごまかしたくなっちゃうのですが
ただひとつわかるのは 
だしぬいてやれもうけてやれごまかしてやれ なんてなことがいっさいなくて
ここに関わっていらっしゃる人々は みなさん 善意だ ということ
大変な中 どうやったらお子たちのためによりよくやっていけるか ということを 考えていらっしゃるかということだ
震災による 修繕・補強工事への 義援金のようなものを
角田教会から「教会予算が0になってもかまわない」と 申し出があったとか
それこそが 教会員としての 務めです と まっすぐな眼で おっしゃる 元 園長先生でもあった 小林牧師さま
ううう こんな素敵な方々に支えられて 続いてきているのね と
卒園生として 誇らしい(なんもしてねえくせに すんまへん)

ほんのちょっと

2011 年 7 月 2 日 土曜日

夜中 携帯に ふとしたメール
途中 うつらうつらもあったけれど
やり取りしているうちに 明け方に
昼頃「つきあわせちゃってごめんねありがと」返事が
そういえば昔
まだ 携帯電話も持たない頃
「すんごく仲良しさん」というわけではないけれど
「この時間に起きてるの あんたぐらいだからさ」なんて 真夜中に電話来たことがあった
電車に乗り遅れちゃった よっぱらいさん
困りごとを持つ 友人(別に わたくしに 答えをもとめているわけではない)
仕事が終わらず ちょいと息抜きしたいさん
ただ単に 呑んだ勢いさん・・・
相当暇に見られていましたかね
付き合えないときは そうそうに切る方向に持っていったものの
そういうことがあまりうまくできないもんで
自分の用事を済ませながら 電話して上の空になっちゃったり
子機・・・なんてな 気のきいたものがなかった 黒電話の頃は
線ばかり 伊達に長くしてもらっていたので
顔の横に挟みながら しずしず 髪さえ洗ったこともある
そのときはちょうど お悩みさんの電話だったもんで 
無碍に切れないでも明日朝早いし髪くらい洗っておきたい・・・てな状態だったか
途中 泣いていた相手が ちょろちょろジャブジャブ音に気づいて
「なにしてんの?」と 訊かれ
ああすまん 髪洗ってた・・・と 言ったら
「やだ ひどい・・・」と 言った後 笑い出したっけ
かえって 真剣に聞くより 効いたみたい
いつもそういうわけにはいかないのどろうけれど
大抵みんな わたくしの 役にも立たない 受け答えのあれこれが必要なわけでなく
ほんのちょっとのつながる安心が ほしいんだろうなあ なんて思う
そんな ほんのちょっと・・・にでも なれるって うれしいや

サボり半分 

2011 年 7 月 1 日 金曜日

仕事がなくなったので
合唱練習に顔出す・・・と 昨日まで思っていたものの
朝起きたら のんびりやすもう と 思ってしまいまして
結果 休日に しちゃいました
隣町の さなおばが うちにくる予定で お昼寝姉妹
電車に乗ろうと駅に行ったら 財布忘れて・・・なんてな さすが「母の妹」なことを やらかした連絡はいり
お迎えにあがったりして
震災後の 与太話などで 大笑い
相手の話に 触発されて 次々 話が転がっていくので
しゃべるしゃべる人たち
脳みそ洗浄中 て感じ
やせるとか言っていたはずが
「こんな風に美味しいもの食べて笑って・・・太ったっていいさね」と 笑い飛ばす おば
平和ぢゃ

種を植えるなら

2011 年 7 月 1 日 金曜日

今朝方 もう会いたくないかも と 思っていた人に
忘れかけてた言語を 必死に 駆使して 
何か伝えようとしていた夢をみた
目覚めて ぐったり
なんだったんだ?
寝る前に ふとした出来事の一部分を ある人に 教えていて
その出来事が ちょいと 切ないことごとの中のものだった・・・からかな?
「一部分」自体は 単に笑い話になるようなものなのになあ
もっと かろがろと笑い飛ばせるもんに 芽吹いてほしいもんだわ
なんて ことを ぼんやり考えていたら
先日 道端で入手して そのままになっていた クマツヅラの種のことを 思い出した
どうせ植えるなら みんな わぁ♪ て 顔ほころばせるような 種がいいなあ
脈絡もなく 強く思った  

郷愁の味

2011 年 7 月 1 日 金曜日

ひさしぶりに ウイスキーなんぞ口にしたら
わわわ なんか 学生時代のあれこれ 切ないような甘いような苦いような思いが ざわざわざくざく 滲むように しみてきた
酒を 堂々と飲めるようになったうれしさに
めちるでもえちるでも・・・てな勢いで 莫迦みたいに飲みましたっけね あの頃
ビール→ウイスキー→日本酒 最悪の ちゃんぽんパターン
「コンパ」なんて 色気づいちゃって(大抵 合唱のサークル同士の それほど「カップル作ってやるぞー」的 ノリとはまた違ったものではありましたが)
初めの頃は それがきっかけで よからぬ男に引っかかるのではないか・・・などいう
夢のような話を 心配していたらしい 父も
しだいに あまりの 莫迦呑みのみ・・・の わたくしに あきれ果て
「おんなのこはなあ ちょっと口にしたら『もう飲めない』くらい言って頬染めてるほうが 可愛げあるんだばか者!」なんて きつく言ったこと ありました
悔しいんで 親戚の飲み会(法事)で そこそこ飲んで「もう飲めませぬ~」とかいったあと ばんばんぐいぐい飲んで べろべろになり
「嫁さも 行かねえで 親さ 心配かけでよ おめえは」との おじ(父の兄)の突っ込みに
「ほんだごど あんだいの息子 なんとかかたづげでがら ずってくないん(そんなこと あなたのうちの息子 なんとか かたづけてから~結婚させてから~ いってください)」など 暴言吐きましたっけ 
ひ~ ごめんなさい(このノリと突っ込み・・・なんどか このおじと 交わしたことあるのですけど)
ま それはさておき
学生時代のコンパで 「酔っ払うと 水割りに パセリつっこむ奴」と評判立てられ
一回二回 やっただけなのに 「このひとさー」とか「うわさでは パセリ突っ込むらしいじゃん」「うわやめてねやめてね」なんて周りが 必要以上に騒ぐから
お誘い・・・と 受け取って ご要望にお答えして わざと やって差し上げたりしていました
愛情表現もあったけど 今ではわかる・・・そんなんじゃ 伝わらねえってことをよ
あれこれ思い出しつつ ちみっと よっぱ