2009 年 10 月 17 日 のアーカイブ

あるいはほんとに 来てるのかもしれない

2009 年 10 月 17 日 土曜日

時折 あんちゃの口から出る「さっきまで ばあちゃん来てた」と。
日誌にも「ぱあちゃんがきて そのあとかあちゃんと交代」など。
以前 もう亡くなったんだよといったら「またまたそんなこといって~。だめだよ、外で頭冷やしてきなよ」と 言われた母。
別の時は 亡くなったことを「うん」て わかった日も あったけど
今日ははが 日誌を 覗いたら「祖母がやって来る」とあったらしい。
目の前に見えたことを 覚えていて後から書く・・・という 機能は今 ちいとばかし 滞っているので、実際に目の当たりにしたことではないのだろうと思う。
でも あんなに ばあちゃん子だったあんちゃ、あんなにあんちゃ大好きだったばあちゃん・・・この非常事態に 呼び合って守りあっているのは ありえぬことではない・・・なんて思う。
完全看護だからって 病院に任せちゃおられん!と 布団持ち込んで泊り込む ばあちゃんがいるような気がする。
心強いな、頼む。

来週 初外出 試み

2009 年 10 月 17 日 土曜日

手術後 機能訓練もかねて 5時間ほど 外出(あんちゃ)予定
あんちゃの好きな 十割そば食べてから 家に戻ってみる。
いつもしていたことを 思い出せるかどうか。
ぴち&うし は どこまで 思い出してなついてくれるか。
ばあちゃんはもう亡くなっていることについて どう受け止めるか。
どきどきわくわく。
一ヵ月半の 不在に慣れかかってきても
「いないことがあたりまえになってたまるか」・・・と、決して 慣れることを許さない気持の動きがある。
だって 今のは 非常事態なだけで、戻ってくるはずなんだもんね。
何か違っているとしても、ここで暮らすのが いつものことなんだもんね。

懐かしい言葉

2009 年 10 月 17 日 土曜日

かっぱ様「ホムペ」で ちょいちょい でてきた「アパシー」
若い頃 この言葉を知った時(そのときは「スチューデントアパシー」て言い方だった)
わたくしのことぢゃんか!と思った。
んで、その後ずっと やる気 出ねえ・・・て時 
頭の中で 「あ ぱ し~~~」
て うらめしや~ みたく この言葉がめぐったっけ。
アパシー=無気力・・・でない時は 出さぬがいいんだ
無理やり出るもんぢゃなし。
頑張らんでも ぐんぐんやる気湧いてくるよな たなからぼたもち的 期待は 今もしちゃうけど
発想の転換、姿勢を変えるだけでも、少し「気」が動く 自分なりのこつがわかってくると
ちょっと 楽になる。
あと そんなこといってる余裕なくなると
やる気なくても やんなくちゃああああ!と じたばたしてるうちに のりのりになったりね。
火事場の馬鹿力信仰・・・みたいなの ありますわたくし。
なんにせよ 得がたき 高校生活青春真っ只中
たのしんでくれたまへ。(かっぱ様は高校生・・・てばればれだわな。ばらしてすまん)

吐く息も白く

2009 年 10 月 17 日 土曜日

朝晩の ひんやり湿った匂いが 好きだ。
田んぼのあちこちで 稲刈りあとの 藁を燃やす 香ばしい匂い。
寂しいとか 物悲しいとか
センチメンタルにならずに
色づく葉や 艶めく木の実 秋の花々に うずうずする。
天高く 午年女 肥ゆる秋ですだ。