時折 あんちゃの口から出る「さっきまで ばあちゃん来てた」と。
日誌にも「ぱあちゃんがきて そのあとかあちゃんと交代」など。
以前 もう亡くなったんだよといったら「またまたそんなこといって~。だめだよ、外で頭冷やしてきなよ」と 言われた母。
別の時は 亡くなったことを「うん」て わかった日も あったけど
今日ははが 日誌を 覗いたら「祖母がやって来る」とあったらしい。
目の前に見えたことを 覚えていて後から書く・・・という 機能は今 ちいとばかし 滞っているので、実際に目の当たりにしたことではないのだろうと思う。
でも あんなに ばあちゃん子だったあんちゃ、あんなにあんちゃ大好きだったばあちゃん・・・この非常事態に 呼び合って守りあっているのは ありえぬことではない・・・なんて思う。
完全看護だからって 病院に任せちゃおられん!と 布団持ち込んで泊り込む ばあちゃんがいるような気がする。
心強いな、頼む。
2009 年 10 月 17 日 のアーカイブ
あるいはほんとに 来てるのかもしれない
来週 初外出 試み
手術後 機能訓練もかねて 5時間ほど 外出(あんちゃ)予定
あんちゃの好きな 十割そば食べてから 家に戻ってみる。
いつもしていたことを 思い出せるかどうか。
ぴち&うし は どこまで 思い出してなついてくれるか。
ばあちゃんはもう亡くなっていることについて どう受け止めるか。
どきどきわくわく。
一ヵ月半の 不在に慣れかかってきても
「いないことがあたりまえになってたまるか」・・・と、決して 慣れることを許さない気持の動きがある。
だって 今のは 非常事態なだけで、戻ってくるはずなんだもんね。
何か違っているとしても、ここで暮らすのが いつものことなんだもんね。
懐かしい言葉
かっぱ様「ホムペ」で ちょいちょい でてきた「アパシー」
若い頃 この言葉を知った時(そのときは「スチューデントアパシー」て言い方だった)
わたくしのことぢゃんか!と思った。
んで、その後ずっと やる気 出ねえ・・・て時
頭の中で 「あ ぱ し~~~」
て うらめしや~ みたく この言葉がめぐったっけ。
アパシー=無気力・・・でない時は 出さぬがいいんだ
無理やり出るもんぢゃなし。
頑張らんでも ぐんぐんやる気湧いてくるよな たなからぼたもち的 期待は 今もしちゃうけど
発想の転換、姿勢を変えるだけでも、少し「気」が動く 自分なりのこつがわかってくると
ちょっと 楽になる。
あと そんなこといってる余裕なくなると
やる気なくても やんなくちゃああああ!と じたばたしてるうちに のりのりになったりね。
火事場の馬鹿力信仰・・・みたいなの ありますわたくし。
なんにせよ 得がたき 高校生活青春真っ只中
たのしんでくれたまへ。(かっぱ様は高校生・・・てばればれだわな。ばらしてすまん)
吐く息も白く
朝晩の ひんやり湿った匂いが 好きだ。
田んぼのあちこちで 稲刈りあとの 藁を燃やす 香ばしい匂い。
寂しいとか 物悲しいとか
センチメンタルにならずに
色づく葉や 艶めく木の実 秋の花々に うずうずする。
天高く 午年女 肥ゆる秋ですだ。
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