2026 年 1 月 のアーカイブ

ふざけてみた

2026 年 1 月 27 日 火曜日

昨日

出張タップ稽古「ぶんぶん倶楽部」から 帰って

コロッケに入れる玉葱を ちょいと 炒めておこうかな と 準備始めたあたり

母 デイケアから いつもより 若干早めの帰宅

これは また 頻繁に 呼ばられそうな感じもあったので

「いちいち 作業を中断させられる」気分になって

んもおぉ! とか 苛っ! とか ならんように

なるべく こまめに わたくしの 身勝手ペースで

肩マッサージに行ってみた

保育仕事で 以前よく歌ってた『おおかみなんかこわくないよ』(題名違うか?)の

♪もりのこみち さんぽにいこう おおかみなんかこわくないよ おおかみなんかこわくないよ「おおかみさ〜ん おおかみさ〜ん!」…「いま〇〇をしてるところ」(ぷんちゃかちゃっちゃっちゃっ ぷっ)♪を

ツーコーラス分 歌いながら マッサージしたら離れる…というパターンでやってみた

ふざけてるけどな

おおかみさんの 台詞「いま〇〇をしてるところ」てとこに

はじめのうちは おおかみさんの 様子を入れてたけど

だんだん

いま 玉ねぎを炒めてるところ とか

いま コロッケの形 つくってるところ なんて

現状報告にしたらば

「なぬやぃん?」と 母も 問いかけてくれたりして

わはははは

それでも さっき マッサージしてから 5分も経ってないうち 呼ばられたりもしたけど

はいはいはいはい♪と 歌いながら

なるべく そんな感じで やれたらいい

難しいけどな

今日は 何の歌にしようかな?

…あ そうそう 

本日は ダスキン創業記念日でもあって

ダスキンが 携わる ミスタードーナツで 買い物すると ダスキン愛の輪基金に 支援のお金が ゆく ドーナツの日

普段わざわざ買いに行かない ドーナツだけど

隣町まで 買いに行こう

お寒うございます

2026 年 1 月 26 日 月曜日

台所で 鍋を火にかけたら

室内温度は 1℃には なった

久しぶりに 母に お出かけマントを出した

デイケアお迎え来るまで

ポリエチレン湯湯婆 ばあちゃん編み編み&わたくし補修袋入りで 指先 温めてもらった

今年も ストーブなしで やり越そうとしてる(茶の間の炬燵は 時々 稼働するけどね)…今のとこ

これ以上の寒波 来ないことを祈る

蕪も よい♪

2026 年 1 月 26 日 月曜日

昨日 仕込んだ おでん

大根がなくて 聖護院蕪

下拵え 全くせず

皮も剥かず ただ 切っただけのもの

既に 味付けちゃった あつあつの出汁に いれちゃったけど

美味しく 煮えてくれまして

蕪も よいね♪

うっかり 賞味期限3日ばかり過ぎてた 茹で蛸も こっそり 入れてみたけど

かつて 蛸食べない(イボが気持ち悪い)と言ってた 母だけど

なんの問題もなく 食べてくれましたる

今回 蒟蒻もなくて

物足りないか と 思ったけど

なんとかなるもんだな

懐深いぜ おでん!

鰹節最後問題と ワンオペ課題

2026 年 1 月 25 日 日曜日

鰹節の 最後の最後…てのは

普通どうするものなのだろう と ずっとずっと 思い巡らせながらも

まぁ 己が よい と 思えるような 最後にたどり着けばいいかな

でもな

やはり 今回も 手の皮を 削りましたよ

もりあやこ出汁が 効くであろう 今夜の おでん

うっかり 蒟蒻と 大根がなくて

聖護院かぶを 入れてみるっつうね

…なんか まぁ なんとか なるでしょうかね?

母が まっすぐ 座っていられなくて

長めの お昼寝中

もう夕方だが…

んでもって 急遽の あんちゃ お出かけとなり

迷った挙句

介護問題で てことで 

今宵の Zoom研修を 欠席させていただくのでした

ほらほら 母の呼ばり声が 響いてきたぞ

今度は も少し 立ち方&立ち姿勢 保ってくれるであろか…

尻もち厳禁だっ!!!

よき集いとなりまして

2026 年 1 月 25 日 日曜日

昨日の ドキュメンタリー映画『生きて、生きて、生きろ。』上映&蟻塚亮二さんトークat 仙台YWCA

もんのすごく たくさんの人数未満ではありましたが

とてもとても よき集いとなりました

映画の中では 原発反対!と 声高に訴えているものではないのだけれど

原発事故がなければ こんな苦しい思いをしてはいなかった…と

いまも 苦しむ人たちの姿

震災に於いての 直接死よりも 関連死のほうが 格段に多いということ

そもそも 原発が 僻地に作られることになったからくりは

アメリカのトップシークレット文書で

被爆国日本は 核反対の感情を持っているので そこの不安を薄めるために 原発を安全なもの と刷り込んで 輸出して やがて 核兵器への不安も緩和してゆくことが 大切…てなことを 言い始まり

たくさん人がいても どんどん発展するような経済のあり方でもだめで(反対する人が増えてきたり 原発以外が儲かるのは いただけない…とかいう理由)

僻地で 原発依存するしかないようなところ…という 条件も踏まえて 建てられていったこと

敗戦後の 引き揚げ者たちを 受け入れる器もない 政府が

まるで 棄民のように「使えねぇ土地」に 送り出したこと…

そんな 植民地的根っこがあったことも おさえておられた

形に見える 建物修復 土ほっくりかえして移動しただけ…なんてなことは 復興とはいえなくて

今も苦しみ続けるひとたちが おられる限り

終わりではない

そして もしかしたら この先 PTSDを 発症してしまうかもしれないひとたち…それに伴って起きてゆく負の連鎖

沖縄の診療所での たくさんの人たちとの 出会いで 沖縄戦の 遅発性PTSDを 発見なさった 蟻塚亮二さんが 懸念する

福島原発事故後の これからのこと

再稼働言ってる場合ではない

核武装なんて とんでもない

救いは この映画に出て来られる方々が いわきなごみクリニックの方々と 出会ったことによって 救われてゆく姿だ

添い続ける 蟻塚さんはじめ 精神医療に携わる方々が おられるという 希望の光だ

有能補聴器フィッティング中だというのに

映画の始まりのあたりの 言葉(被災なさって のち 息子さんが 自死なさったという方)が聴き取れず

ぐいぐい 耳に押し込んだりしていたのでしたが(空調の音などが ごーごーはいっちゃって やはり よくわからず)

その方が 映画の後半に どんどん 聴き取れるようになっていった

それは その方ご自身が 何も信じられなくなって生きていく気力もなくて

問いかけに やっとこ応えてはいるけれど

誰かに何かを伝えようという威力もなかった状態だったのが

そうか 生きていこうか と 顔を上げて

思いを 伝えようと言葉を用いるようになっていったということなのだろう

蟻塚さんの トークは

はじめ あれれ?マイクのスイッチ入ってない?なんて 確認に行ってしまうほど やわらかで

そしたらば「あぁ 精神科医ってのは 声が小さいんですよ 大きな声張り上げると 患者さんが 萎縮しちゃいますからね」と 柔らかな笑いから はじまり

お話ししようと思われたことを「コンビニのレシート裏に 書いたんだけどね」と お茶目にわらいながら 伝えてくださった

のちに 感想 質問を 発言してくださった方々の ことば ひとつひとつにも

ていねいに 応えておられた

蟻塚さんが 書かれた『悲しむことは生きること』というご本もあるけれど(YWCAに置いといたら 映画の後「ぜひ読みたい」と言ってくださった方がおられて 初めてお会いし方だけれど 貸し出しましたる…震災後 相馬の方で 写真修復などのボランティアもなさっていた…とのことを 涙ながらに お伝えくださりました)

かなしい と 伝えること 人に気持ちを開くことは 人を信用していこうという証で 生きていくという力になること…というようなことを 改めて 生の蟻塚さんの言葉で 伝えてくださった

それにつられて?というか 

所帯もとう とまで言ってた 外国のひとから 異国の町中で「じゃあまたね」と言っておいてかれて そのことについて 涙も出なくて 何でもないふりをして 気持ちに蓋をしたら 突然 横断歩道の真ん中で 遠くから 波がやってくるような感覚に呑まれて しゃがみこんでしまったことがあり 2年くらい経って その人と関わりある人から 話しかけられて 初めて それについて口に出した瞬間に ぶわっ!と 号泣して それから憑き物が落ちたみたいに 風通しが良いような気持ちにたどり着けた

…なんてな 誰も望んでない 今やネタになってる 置き去り失恋事件を 開示してしまうという

大迷惑な 司会者 わたくしでした

あ 笑っていただいて おっけな話ですから…

お客様の中に すんごく 心配そうに 見ておられた方も あったもんで

なんか 申し訳なかったす

そして アイドルとのツーショット♪な感じで

蟻塚さんと お写真撮っていただいたり

久しぶりに お会いできた方々も あって

気持ち 満ち満ちました

一皮剥けた感

2026 年 1 月 24 日 土曜日

そうそう 大事なこと

先日 お久しぶりの 河北診療所耳鼻咽喉科補聴器センターに 参って

最新式 有能補聴器…今度も オーティコンさんものからの フィッティング 始めましたる

その名は Real1

パフォーマンス舞台やらで 大汗かいたあと 不具合生じてた てな 話を伝えてたら

そうならば 充電式のほうが 防水効果は 高い とのこと

以前音質が いまいち 肌に合わない というか 耳に合わなくて 選ばなかった フォナックさんの ある機種が「世界最強」の 防水補聴器なのですて

「水に30分 浸けておいても 問題ない」

…て わたくし 30分も 潜水できませんたら!

わたくしが 出会った 補聴器たち…といっても もう 15〜6年 経って

かなり 進化変化しているそうで

キツイ音質 と 思っていたところのが 柔らかになったり

充電式が 主流になりつつあったり

愛用させていただいてた オーティコンさんものは「より力強い音」に なってるのだそう

そういうの ひとつひとつ 把握しておられる 言語聴覚士 本田さん

いつもながら お目にかかると 和んでうれしくなって あれこれ喋ってしまうぞ

わたくしみたいに 10年以上 同じ補聴器 使い続けるって ほとんどないそうで

「よくも もったね」と 言われがち

でも やはり 劣化はしていたので

だいぶ 聴こえなくなってた

今回 わたくし用の 波長デザイン入力した 最新補聴器 装着したらば

ぎゃぎゃぎゃ!てなくらい 音が 身近に来た

初めてつけた時の 衝撃…遠くの木の上にとまって鳴いてるカラスが「肩にとまって鳴いてる!?」な感じ

蘇った

渡りたい 交差点の信号お知らせ音 鳴ってる…けど まだまだ遠くにある!とか

なかなかに 音世界が 一皮剥けて 明快になった感じだよ

全く 補聴器つけずにいたのは 2週間

しかし もう1年くらいは お借りしてた 間に合せの 片耳(左)だけ

その前は 不具合ありありだったわけで

なんとなく また あれこれ聴こえてしまう音世界 お久しぶりです だ

とはいえ 聴こえたからって わたくしの 理解力が 変わるわけでもないので 相変わらず ぼけぼけよね 

なもんで 聴こえてるからって なんでもわかるわけでもないのでした

昨日の 保育夕方シフトで

アンパンマン救急車が「うん(休符的) ぽぽぽ うん ぽぽぽ」て感じに聴こえていたのが

実は「ぴ〜 ぽおぉ ぴ〜 ぽおぉ」という 音であったことを知る

「ぴ〜」のとこ 高い波長だもんね

わたくし 苦手なとこだし 劣化補聴器では 捉えられてなかったのね

しかし「ぽ〜」を 成り立たせるのに

一つの音を伸ばすという 長音ではなくて 音を繋げてあったのか?

まぁ そこは 専門家に訊いてみたいものだ

ま それはさておき

本日の ドキュメンタリー映画会

字幕無し物でも きっと 聴こえてくれるであろ

蟻塚亮二さんの トークも 漏らさず聴けるであろ

聴こえすぎてたり 耳穴にいれる時の感じが まだ 収まりが良くないことあるので

まだ もぞもぞしちゃうけど

うれしい

はりきる♪(張り切りすぎて すっ転ばないように 注意!?)

明日は 蟻塚亮二さんに お目にかかれるんだぞっ!

2026 年 1 月 23 日 金曜日

いよいよ明日ですの

また 改めてお知らせさせてくださりませ なの!

明日 1月24日(土)は 万障繰り合わせの上 仙台YWCAに 来てくだされ!

〜原発事故は終わっていない〜

ドキュメンタリー映画『生きて、生きて、生きろ。』(制作 監督 撮影 島田陽磨)の 上映と

映画の中に登場なさる 精神科医の 蟻塚亮二さんのトークがあります

震災と 原発事故から 生き抜いたものの

十数年経って 福島で 心の病が多発していること 広く知られているようで 知られていない

さも 収束したように

復興終えたように 

オリンピックだの

原発再稼働だの

有事に備えて 核武装だと!?

とんでもない!!

まだまだまだまだ 光を見いだせずに 喪失と絶望を抱えている方々が おられるのだ

そしてそこへ 諦めることなく 添い

ともに生き続ける 医療従事者の方々が おられるのだ

その中でも 

80年経って後にも「戦争PTSD」の 発症がある(晩年発症性PTSD)と 世界の あちこちの学会にて 発表なさった 蟻塚亮二さん

数々の 素晴らしき ご本も 書き表し続け

今日 福島におられるかと思いきや

その日のうちに 沖縄へゆかれ

またすぐ 北海道だの 仙台だの 青森だの…と 

崩折れそうな人がいれば

お話することを求められれば どこへでも 飛んでいってしまう 東奔西走天駆ける馬!?なる蟻塚さんが

仙台へも 飛んできてくださる光栄♪

これは 一昨年 この映画を 観たくて観たくて…でも 観ることが 叶わなくて

ならば 自分が 上映企画しちゃえばいいんぢゃ!と 鼻息荒く

しかし 仙台YWCAとしての 企画で 了承いただき

わ〜い やったぁ と 浮かれて 顔本(facebook)に 投稿したらば

蟻塚さん 自らが「トークにいけますよ〜♪」と 軽やかに コメントをくださっての実現という

…んもう うれしくて ありがたくて 楽しみすぎて 

泣きました

心臓ばくばくしてしまってます

恋する乙女かよ!?て感じです

1回目は 上映が 10:00〜12:00

トークは 12:10〜13:00

2回目は 上映が 14:00〜16:00

トークは 16:10〜17:00

参加費 一般 1200円  学生 700円

定員35名なので

ご予約をおすすめします

…が もう ギリギリ土壇場なので もりあやこへのごれんらくでも おっけです

お電話 022−222−9714(火木金 10:00〜17:00)の 仙台YWCAまで

ぜひぜひぜひ 来てくだされっ

わたくし的に 大スターに お目にかかれる的 どきどきばくばくそわそわで ちょ と 取り乱しそうなところでありました

落ち着け!

おんなじような流れ

2026 年 1 月 23 日 金曜日

先週の金曜

午前中から 三本 財団会議おえて

富谷の 極楽湯で 遅めの昼食(鯖味噌定食)&露天風呂で のる〜ん と 空見上げて 温まって

その後 保育仕事夕方シフト入って

そのあと 仙台YWCA 居場所プロジェクト夜カフェ 試みの回で トマトのパンチ効いた カレーをいただいた(遅く帰宅してからも あんちゃのこさえたご飯を食べたのだが…)

んで 本日も 午前中 財団理事会

終えてから やはり 富谷の 極楽湯で 遅めの昼食(春菊天麩羅とえび塩うどん)&露天風呂で のる〜ん

その後 保育仕事夕方シフト

帰宅後 あんちゃ作製の カレーを食べまして

相似形 

…とか まぁ どうでもいいことを 思い出して

くふくふ 笑ったりしてる

明日に備えて 風呂入って寝るかぁ

動くのは人なんだ

2026 年 1 月 23 日 金曜日

今朝

財団会議へ向かう途中

とある 工事現場の 幟旗

「散水者」とあった 

「散水車」ではない

…まぁ 機械から 水が出てくるのかもしれないけれど

動いて 水をまけるようにするのは 人なのだな

なんかいいな

きょうだいごはんおでかけ

2026 年 1 月 22 日 木曜日

本日 お久しぶりの 河北診療所耳鼻咽喉科補聴器センターに参る

お出かけまで ゆっくり休んでよう と 思ってたら

あんちゃが「ご飯何処かに食べに行く?」と 言ってきた

それは 普段 自力で行けないようなところに 車で行こうよ…てことなのだよな

家に ご飯あるのに…と 思ったものの

本日の 補聴器センター予約取りにあたって

仕事でも「なるべく早めに」てことで

早めなのが 本日 午後から てのしかなかったもんで

あんちゃに 仕事を休んでもらうことになっちまったし

これは やはり あんちゃがよろこびそうなとこに お連れするのが筋でしょう

前から行きたかった 丸森の「チェンマイキッチン」

タイ料理好き あんちゃも きっと 気に入るであろう と

行ってみた

「ほほえみの国」なんて 呼び名もあるくらいの タイ国(ご本人たちが このキャッチフレーズを どう思っておられるのか ちょっと わからないのだけれど)

笑顔てものには いつも癒されるけれど

こちらも とびきりの やわらか素敵な笑顔で 迎えていただきましたる

あんちゃは 豚ひき肉乗っかり 屋台の定番ごはん

わたくしは ナンプラー香るタイのオムレツごはん(正式名称を失念する奴ら ばかきょうだい)

ボリューム ど〜ん!

しっかり味のついた 海老入り玉子焼き乗っけごはん…てなかんじ

シンプルに 美味しかった

タイは 一度だけ

バンコクパントマイムフェスティバルに参加する パントマイムお師匠 はとちゃんまんちゃんに くっついて 行かせてもらっただけだけれど

たくさんの 通じ合うことと 違うこととが 混ざり合って

でも とても 優しく肌に馴染む体験を させていただいた

…とはいえ 個人的なこもごもによる不具合が ぎゅうぎゅうに身に詰まりまくって 消化しきれず

迷惑もたくさんかけてしまって

いっぱいいっぱいになったのだった

そんなわたくしを なだめるため…なんてことも含めた 観光の日を 最後に設定していただいてしまい(何度も来てる人たちなのに こてこての 観光地 ワット・ポーへ…とかね)

寝仏を見て 号泣して ぐだぐだになって めんどくせぇったらありゃしない…という

恥ずかしいことを もりもりに思い出して

ちょっと 気持ち 丸まりそうになりました

でも まぁ 過ぎたる若い日のこと(ほんの少しだけだけど)は 糧にして

これから 良き日々を重ねましょう とか 

殊勝なこと浮かべてみたりして

お腹いっぱい 

げふ〜

しばし 食休み