2025 年 9 月 18 日 のアーカイブ

7daysbookcoverchallengeSpinoff その57

2025 年 9 月 18 日 木曜日

写真集なので 読んだ…というよりは

観た なのだろうか

でも 読む 観るより もっと 

温かな重みも伴った「感じる」ひとときだったような… 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

#7daysbookcoverchallenge という流れがあった

コロナ肺炎という 未知のものに 人々 おたおたして

コロナ禍…てな言葉も生まれ

外出の制約やら 自粛始まった 混乱のあたり

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

なるべく楽しく快適に乗り越えようではないか という流れが始まった(言い出しっぺについて わたくし存じ上げませんで)

もともとは 誰かから バトンタッチされて バトンタッチしてゆくもので

7日間

本の表紙のみ紹介だったのは

著作権の問題とかもあったからかな?

受け渡してくれた人や 受け渡す人を タグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

#7daysbookcoverchallengeSpinoff と 題して

己の読書 記録的に 続けてる

6年目かな

懲りずにやるよ

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その57

『飯島俊子写真集「ナガリ家物語」』(PHOTO‐CITY BOOKS)

24年前の 出版

こことこ 続けて読んだ

元イスラエル兵士 ダニー・ネフタセイさん  かおるさんに 10年 密着撮影したという

日本リアリズム写真集団所属(今もあるの?)飯島俊子さん

記念写真的なショットもあるけれど

暮らしの中の 

そこいらにあるもののなにかにでも なっていたのではないか?くらいの 

撮影者を感じさせないような「いつもの暮らし」の 一場面 一場面で

ドキュメンタリー映画の フィルムをカットしたようでもあり

あまり 喩えばかり 持ち出すのは 邪魔くさいのだけど

とても いつものそのまんま…を 知らないとしても

たぶん いつものそのまんまの愛に満ちた 瞬間の数々…どれ一つとして「止まっている」感じがしない 写真

そこまで 暮らしに 混ぜてもらって 覗かせてもらっていいんですか?なんてことも思う

たのしいことだけでなく

大変なことも 

どれもこれもすべて

「家族」としての 覚悟と 信頼と 

愛の力で 動いて 織り上げておられるのだな

とても素敵だ

この本では あとがき的なところへ 寄せられたメッセージでも

平和について なんにゃらかの主張や 言及はない(まだ 平和について 戦争についての 講演会など 始めておられぬあたりか?)

でも この 堅実で 愛に満ちた 平和な暮らしは 何より尊い という思いも 現実的重みを持って 強く強く伝わる

ダニーさんの 今の活動の 根っこにあるものが たしかにここにある

しぼんだ感じからの 復活

2025 年 9 月 18 日 木曜日

「『ぐえぇわり(具合悪い)』て 何だったの?」と 方方から きかれたりしてるのですけど

げほ とか いてて とか 具体的症状が でたならまだしも

ぼんやりとしており

なんつうか もぉ わがんねぇげんとも 全部「がおってだ(我折る…なのか?)」感じ

「こえぇ(ko we e…てなかんじの発音)」より

「ずんけねぇ(神気無い…なのか?)」に近かったかな?

このあたり 身のうちまでに ここいらの方言 染みてないと 表現 理解 難しいところなんだけど

とにかく

抵抗力 免疫力 理解力 回復力 体力 気力 視力 聴力…と ありとあらゆる 生命力にまとめられるよな力とか

食欲 睡眠欲 意欲…など あらゆる欲求とか

視覚 聴覚 嗅覚…など 感覚的なものまでも 

しうううぅ〜と 弱まっていった感じ

すべて 弱まってるために

症状を自覚する力も無かったのかもしれないけど

そこに 腰 やらかして

しかし 当初は それでも何とか 力出して 母を 移乗させねば!な 状況だったもんで

僅かな余力も使い果たしたような 腑抜けになっちまったのでしょうか

レーダーチャート の すべての項目が ちっこい ぶにょ とした 丸に近いゆがんだ形になって 真ん中あたりにある…てな 図を 浮かべていただけると わかるかしら?(お借りした 図は フジフィルムさんの グラフのあれこれの種類について わかりやすく説明しておられるとこから お借りしました)

…てことで なんだったかは 素人判断では「全部弱ってました」なのでした

三ヶ月くらい前

いきなり喉の下の方が むずむずむず!てなって ひとしきり げぇほげぇほ!てすると 痒いとこ 掻いたあとみたいに 気持ちよくなって あとしばらくは何でもない んでもって時々 右側の鼻からだけ 鼻水が出る…なんてことがあり

でも 他 なんの症状もなく 元気でおったもんで

ほっといた

うちの にゃんこらの中の だーちゃん(避妊済 6歳)が よく 片方の鼻からだけ 鼻水出してるもんで

やだ だーちゃんの 鼻水移ったか?なんて 笑いながら

しかも そんなん 母と あんちゃにも バトン渡したみたいなことはあって

あとから 同時期に「コロナ」認定もらった方が 身近におられて

「それもコロナだったんじゃない」と言われる始末

今回も どうやら ほど近いあたりで 「コロナ」認定さんが 多発しているらしく

「それもコロナだったんじゃない?」という人も おられる

…ん〜 認定してもらいに行く?

行かなくていい?

今回のは うちの人々 誰も おんなじような症状を 受け取ってはいないようだ

父 置き土産の 真正!?「コロナ肺炎」は 家族三人 仲良く 受け継いでしまって

症状としては 高熱 咳 鼻水 息切れ 味覚障害(息切れと 味覚障害は わたくしのみでした)…ありとあらゆる ひどい風邪の 諸症状あって

その御蔭の 会葬どたばた 笑うしかなかった 怒涛の日々でしたが

こうも

知らんうち 流行ってたり

「症状もいろいろなんだってよ(発熱なしもありとか?)」といわれると

それ全て「コロナ」に 括るもんなの?

検査して 菌の特定ができたら なのかもしれないけど

「コロナ禍」はじめの頃の 緊張感 ないものだね

…いや だからこそ 知らんうち 蔓延しちゃったりもしてるだろけど

「蔓延させて 抵抗力 免疫力できていくのがいい」とか

「コロナはただの風邪」という言い方も 嫌だな

多くの人 死んでるよ?

その犠牲の上に 立たせてもらえただけであって

よかった なんて 軽くいえないよ

ただの風邪とは違うから「コロナ肺炎」て 括ったのだろうし

父が 逝ってしまった 原因の一つでもあったと思っているし

しんどかったし…

などなど いろいろ 巡らせて 頭疲れたりもした

昨日の 保育仕事でも いろいろ お気遣いいただいちゃったけど

まぁ 何事もなく 楽しく 勤務させていただき

しかし 帰宅したら 全身の筋肉痛!

かなり いつも通りに 動ける…には至らない身体を 奮い立たせていたのでしょう

本日は 近日の ものものひとひと 出入りのための 身辺整理(その動線に当たるとこ)に 着手せねばならない

無理なく 壊れぬ程度に 動く

健やかであること

支えていただいていることへの ありがたさ噛み締めて

楽しみながら…だ