2025 年 10 月 6 日 のアーカイブ

7daysbookcoverchallengeSpinoff その64

2025 年 10 月 6 日 月曜日

実は 8月末あたりに 受け取り

すぐさま読んだのでしたが

ご丁寧に 送っていただいたものは

送り主様に ちゃんと お返事手紙を 書きたい!と 気張り

気張りすぎて なかなか お手紙 書き出せず

書いて送ってから 投稿を…と思っていたのが

のべのべになっとりました

先日やっとこ お手紙書いて

どうやらそれが 届いたようなので

遅ればせながらの 投稿であります

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

#7daysbookcoverchallenge という流れがあった

コロナ肺炎という 未知のものに 人々 おたおたして

コロナ禍…てな言葉も生まれ

外出の制約やら 自粛始まった 混乱のあたり

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

なるべく楽しく快適に乗り越えようではないか という流れが始まった(言い出しっぺについて わたくし存じ上げませんで)

もともとは 誰かから バトンタッチされて バトンタッチしてゆくもので

7日間

本の表紙のみ紹介だったのは

著作権の問題とかもあったからかな?

受け渡してくれた人や 受け渡す人を タグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

#7daysbookcoverchallengeSpinoff と 題して

己の読書 記録的に 続けてる

6年目かな

懲りずにやるよ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その64

『対角線 2号』(同人誌)

以前も どこかで 言ったり 書いたりしてるので

「またかよ」と思った方 おられたら ごめんなさい

同人誌 て 身構えてしまうことが多いのですわ

想い溢れんばかりに 抱えた方々が

これでもかっ!てなほどに 思いを込めて

時には 誰にも書けぬものを書いてやるぜっ!てな 技巧的なものだったり

熱量が半端ないもの多くて

その熱に 焼かれるというか

胸焼け というか

言葉的技巧の暴力 というか…

も もう 勘弁してくださいよおぉ て 泣きたくなったことが 過去に 結構あって

でも たいてい 同人誌てのは 

その熱い熱い人から送られてくるので

「感想待ってますっ!」て 期待されたりもして

なんと応えていいやら と

おどおどしちゃったりもして

お返事の 言葉選びながら 腹立たしくさえなって

もっと さらりと読めたらいいのに

なんでこんなにあれもこれもそれもどれも 読む人を 溺れさそうとするのだ?しかも 編集添削統一性などなくて あっぷあっぷ

…なんてね

でも この『対角線』に関しては そんなことございませんで

それは 送り主 今村さんが

わたくし的には 言葉の恩人のような思いがあったりするし

安心 信頼しておる ということも 大きいかもしれないけれど

書き手さん みなさまの 程よい 距離感 熱量

今村さんの 書かれる詩は

ありのままの情景や そのまんまの聞き書きのようで

ただの羅列ではない

そのものそのまんまだと ただの日記 記録だものね

いかにも そこにあったそのまんまのようにみせかけて

ちゃんと そのときの 心奪われた 情景や 思い

ご自身の感情の色合いを 程よく馴染ませて フレームに収めてある

その時そのまんまよりも より濃く その時を 表している…というか

だからこそ 多くの方が

あぁ そうそう あるある あったあった♪と

自分の肌身にも感じられるような 親しさのようなものまで 湧き上がる

以前 とある人が「詩って 身構えずにありのまま書いていっていいんですってね 自分もそれにならって書いてみたの」と 読まれたのを 聞いたことがあるのだけど

…いや そら ただの日誌記録ですやん!て 

延々と聞かされた時間を 苦痛に思ったことあったのでしたよ

ちがうよそれ!て

詩というものが どうあるべきか なんて 己の中で 今以上に 見えていなかった 四十年近く前?

よくわからんくせに「詩」と 名乗るものに やけに 厳しい眼差しだった 若き日の わたくしです

…ま それはさておき

この『対角線 2号』には

今村さんの エッセイも 載って居るのでしたが

エッセイも そのまんまのようで

むしろ 詩よりも 詩的なの

…なんでしょう?

その決め手を 言葉にできるほど 語彙を持たぬ わたくしですけど

なんでそれを書こうとなさったか の 核になる 感情が 

きっと 明確にあって

まんまあったことを その核になるものの輪郭に沿うように 切り取り つけかえ

気持ち良い形にして ふぁさっ と 被せ直したような感じ

…いやいやいや 語れば語るほど 現物の良さを壊してしまいそうなので もうやめとけ!と 思うけど

読んで心地よい ということの決め手 て なんだろな?て いつも 思わせていただくのでしたよ

ありがとうございます

…あっ そうそう 表紙は もっと スキッと 真っ平らなのですが

ちみっと よれちゃってるのは

うちの 猫らの あれやこれやがあって

…なんか 汚してすみませんです

迷う

2025 年 10 月 6 日 月曜日

出しても出しても

なぜか また 家の中に居る

バッタ一族の だれかさん

同じ個体ではないだろうけど

ついつい

お外にいたほうが 快適でしょうに なんでまた入ってくんのよ などと 声かけてしまう

母から「誰ど しゃべってんのやぃん?」と 訊かれたりもして

…ばった と 言ったら

はてなマーク 頭に 三個ぐらい浮かんだような顔された

でも いくら日中は 汗ばむくらいでも 朝晩冷え込むし

もう 冬季限定…のはずの ラミーも 発売されとるぞ

家の中のほうが 快適だろか?

迷う

秋深し 十五夜

7daysbookcoverchallengeSpinoff その63

2025 年 10 月 6 日 月曜日

電脳界では

アクセスした サイトの傾向や 用いた言葉を 拾い上げ

「こいつこんな感じのものに心惹かれるらしいぜ」てな 分析したりもして

宣伝 情報を 流してよこすのであろ

この本も そんな 見透かされの挙げ句に 広告が流れてきて

まんまと 買っちまった 一冊

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#7daysbookcoverchallenge という流れがあった

コロナ肺炎という 未知のものに 人々 おたおたして

コロナ禍…てな言葉も生まれ

外出の制約やら 自粛始まった 混乱のあたり

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

なるべく楽しく快適に乗り越えようではないか という流れが始まった(言い出しっぺについて わたくし存じ上げませんで)

もともとは 誰かから バトンタッチされて バトンタッチしてゆくもので

7日間

本の表紙のみ紹介だったのは

著作権の問題とかもあったからかな?

受け渡してくれた人や 受け渡す人を タグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

#7daysbookcoverchallengeSpinoff と 題して

己の読書 記録的に 続けてる

6年目かな

懲りずにやるよ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その63

『ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか』西方ちひろ(ホーム社発行 集英社発売)

息を呑む

息を詰まらせる

知らずにいてごめんなさい と 思ったり

知ったからには なにかを!と 燃え上がったり…

心揺さぶられた

ミャンマーにて 仕事をしつつ 

現地の方々と しっかりと 信頼を築きながら 暮らしておられたからこそ ここまで 書き伝えてくださることができたのであろ

情報分析整理だけではない

日々あること

そこに生まれる感情

生まれる動き

俯瞰と 実感…すごいルポルタージュだ

既得権益のための 横暴

軍に 政をさせてはいけないものだ と 思う

民主化闘争への 思い

あくまでも 平和的に

ユーモアさえ忘れることなく 耐えて

しかし 抗ってきた やさしきひとたち

サイレントデモ

国連は 戦争が とんでもない破壊しか生み出さないから 仲良くやっていくために…と 戦後に生まれたはずなのに

何故にここまで ミャンマーを救えずにいるんだろか

様子見 とか

当事者たちにまかせる とか

日本の政府の発言が

ただ単に そこを応援すると バックについてる 中国アメリカロシアあたりを 怒らせちゃうかもしれないから 余計なこと言わずに黙っとこ…てなかんじにしかおもえなかったりして

なんか 小狡い というか

恥ずかしくなる

そして いつも 争いごとの根っこあたりに かつての 植民地主義の影というか 置き土産というか 置きうんこみたいなものを 感じる

ウクライナは支援してもらえるのに ミャンマーは 声を上げても 取り上げてもらえず「国際社会は助けてくれない」から

あくまでも平和的 抗いに徹していたけれど

もう自分たちでなんとかするしかない…と 思わせてしまった

その声に応えなかった責任は わたくしの中にも 確実にあるのだ

声を上げる届ける術の ネットさえ 使えなくさせられても

人として 人らしく生きてゆくこと

言いたいことを 言う…という 

今わたくしたちが 何の苦も無くできていることが叶わぬその地で

諦めることなく たたかう その姿

まさに「伝えるべき 出すべき本」だ

三十年ほど前に 角田ふるさと夏祭り アジアバザール部門で

ミャンマーから 留学してきてた おにいちゃんに インタビューしたり お国紹介してもらったりしたっけな

留学生会館の一室で ごちそうになった「ミャンマーで飲むのと同じような味になる」紅茶

リプトンのティーバッグに 

うぎゃ!くらい お砂糖入れて サービスしてくださったっけな

あのおにいちゃんは どうしているだろう

あの頃「ビルマ」から「ミャンマー」という 呼び名に変えられて さほど経っていなかったんだよな

今以上に 何も知らなかったんだよな

でも こうして わずかな 点 点を 受け取ったのだから

きっと も少し何か 繋げていけるはずだよな と 思う

みんながなるべく 思いを 伝え合えるようにしていけたらいいな