2025 年 10 月 のアーカイブ

結婚記念日

2025 年 10 月 7 日 火曜日

本日 ちちはは 結婚記念日

でも 母本人も 言われなきゃ 忘れてて

父もおらんし

…でもでも 祝いたい気持ちは ちょみっとあって

二人が結婚してくれたからこそ いまのこの わたくしたちの

のんきに楽しい暮らしがあって(ま いろいろあるとしてもさ)

そりゃ 感謝だわよ!と 

わたくし一人で 息巻いておりました

母の 朝ごはんのとき 

遺影など 前においたり

父の好きな あぐりっとさんの「高蔵寺だいふく」そなえてのち 食べたり(遺影で 父が手に持ってるのが 高蔵寺だいふく)

父の好きだった 肉ものを ばんげにしてみたりした(母は さほど好きじゃないのにね)

何年に結婚したんだっけ?と 母に訊いたら

「忘っしぇだわ」と言ったあと

「昭和50年だったがな?」

…て あんちゃは 昭和39年に 生まれてますけど!?なんて 大笑い

ま そんなこんな とんまぬけだけど

これからも 愉快に 笑っていこうね て 思う

今の暮らしを ありがとう

今年のおにぎりアクション

2025 年 10 月 7 日 火曜日

そういや 今年の おにぎりアクションて いつからだろ?と 

ネット検索したら

ジャスト!本日からでしたよ

おにぎりアクション2025 – おにぎりで世界を変える https://share.google/1VT9i7bVADv5OC5RK

おにぎりの写真 写して

おにぎりアクションのサイトへ 投稿するか

SNS(facebook X ツイッターなど)に

ハッシュタグ…半角シャープ→ # のあとにブランク入れず OnigiriActionの 文字を並べたものを つけて 投稿すると( #OnigiriAction )

食べるのも なかなかうまくいかぬ お子たちに ご飯の支援が届く…いろんな形あり…という もの

支援のお金の出どころは 企業スポンサーさんが おられるのでした

キャンペーンは 写真投稿だけではなく

スポンサーによって コンテストみたいなものもあるので

ぜひ サイトをご覧になってくだされ

本日 新米を炊いたけど

朝のご飯の残り…古古古米に 十六雑穀入れて炊いたやつ…に

あおさごまふりかけ を まぜて

まるっと握って いぶりがっことともに…

新米 蒸らし時間に 食べてしまいそうだ

台所で見送る

2025 年 10 月 7 日 火曜日

あんちゃが でかけるとき

いつも 玄関で見送るのだけど

今朝は 毛のものロック 2箇所かかってしまい

まぁ そんなん いつもあることで

解除して 見送りに出るのに

なんとなく にゃんこらの 調子を思い…てのは 言い訳で

この もふもふぬくぬくを も少し味わっていたい 自分の勝手で

今日は ここで見送るね なんて言ってしまった

ま 玄関見送りとて わたくしの勝手な気持ちだし

あんちゃは むしろ わざわざ見送んなくていいのに とか 若干 うざくも 思ってんだろな 

肩で だーちゃん(避妊済 6歳)が また くしゃみ

パジャマ(父が かつて 用いてたもの)の 肩と背中には

鼻水水玉模様が ついておるであろう 

晴れ間も見えてきた

今日も 穏やかよい日で〜

7daysbookcoverchallengeSpinoff その64

2025 年 10 月 6 日 月曜日

実は 8月末あたりに 受け取り

すぐさま読んだのでしたが

ご丁寧に 送っていただいたものは

送り主様に ちゃんと お返事手紙を 書きたい!と 気張り

気張りすぎて なかなか お手紙 書き出せず

書いて送ってから 投稿を…と思っていたのが

のべのべになっとりました

先日やっとこ お手紙書いて

どうやらそれが 届いたようなので

遅ればせながらの 投稿であります

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

#7daysbookcoverchallenge という流れがあった

コロナ肺炎という 未知のものに 人々 おたおたして

コロナ禍…てな言葉も生まれ

外出の制約やら 自粛始まった 混乱のあたり

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

なるべく楽しく快適に乗り越えようではないか という流れが始まった(言い出しっぺについて わたくし存じ上げませんで)

もともとは 誰かから バトンタッチされて バトンタッチしてゆくもので

7日間

本の表紙のみ紹介だったのは

著作権の問題とかもあったからかな?

受け渡してくれた人や 受け渡す人を タグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

#7daysbookcoverchallengeSpinoff と 題して

己の読書 記録的に 続けてる

6年目かな

懲りずにやるよ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その64

『対角線 2号』(同人誌)

以前も どこかで 言ったり 書いたりしてるので

「またかよ」と思った方 おられたら ごめんなさい

同人誌 て 身構えてしまうことが多いのですわ

想い溢れんばかりに 抱えた方々が

これでもかっ!てなほどに 思いを込めて

時には 誰にも書けぬものを書いてやるぜっ!てな 技巧的なものだったり

熱量が半端ないもの多くて

その熱に 焼かれるというか

胸焼け というか

言葉的技巧の暴力 というか…

も もう 勘弁してくださいよおぉ て 泣きたくなったことが 過去に 結構あって

でも たいてい 同人誌てのは 

その熱い熱い人から送られてくるので

「感想待ってますっ!」て 期待されたりもして

なんと応えていいやら と

おどおどしちゃったりもして

お返事の 言葉選びながら 腹立たしくさえなって

もっと さらりと読めたらいいのに

なんでこんなにあれもこれもそれもどれも 読む人を 溺れさそうとするのだ?しかも 編集添削統一性などなくて あっぷあっぷ

…なんてね

でも この『対角線』に関しては そんなことございませんで

それは 送り主 今村さんが

わたくし的には 言葉の恩人のような思いがあったりするし

安心 信頼しておる ということも 大きいかもしれないけれど

書き手さん みなさまの 程よい 距離感 熱量

今村さんの 書かれる詩は

ありのままの情景や そのまんまの聞き書きのようで

ただの羅列ではない

そのものそのまんまだと ただの日記 記録だものね

いかにも そこにあったそのまんまのようにみせかけて

ちゃんと そのときの 心奪われた 情景や 思い

ご自身の感情の色合いを 程よく馴染ませて フレームに収めてある

その時そのまんまよりも より濃く その時を 表している…というか

だからこそ 多くの方が

あぁ そうそう あるある あったあった♪と

自分の肌身にも感じられるような 親しさのようなものまで 湧き上がる

以前 とある人が「詩って 身構えずにありのまま書いていっていいんですってね 自分もそれにならって書いてみたの」と 読まれたのを 聞いたことがあるのだけど

…いや そら ただの日誌記録ですやん!て 

延々と聞かされた時間を 苦痛に思ったことあったのでしたよ

ちがうよそれ!て

詩というものが どうあるべきか なんて 己の中で 今以上に 見えていなかった 四十年近く前?

よくわからんくせに「詩」と 名乗るものに やけに 厳しい眼差しだった 若き日の わたくしです

…ま それはさておき

この『対角線 2号』には

今村さんの エッセイも 載って居るのでしたが

エッセイも そのまんまのようで

むしろ 詩よりも 詩的なの

…なんでしょう?

その決め手を 言葉にできるほど 語彙を持たぬ わたくしですけど

なんでそれを書こうとなさったか の 核になる 感情が 

きっと 明確にあって

まんまあったことを その核になるものの輪郭に沿うように 切り取り つけかえ

気持ち良い形にして ふぁさっ と 被せ直したような感じ

…いやいやいや 語れば語るほど 現物の良さを壊してしまいそうなので もうやめとけ!と 思うけど

読んで心地よい ということの決め手 て なんだろな?て いつも 思わせていただくのでしたよ

ありがとうございます

…あっ そうそう 表紙は もっと スキッと 真っ平らなのですが

ちみっと よれちゃってるのは

うちの 猫らの あれやこれやがあって

…なんか 汚してすみませんです

迷う

2025 年 10 月 6 日 月曜日

出しても出しても

なぜか また 家の中に居る

バッタ一族の だれかさん

同じ個体ではないだろうけど

ついつい

お外にいたほうが 快適でしょうに なんでまた入ってくんのよ などと 声かけてしまう

母から「誰ど しゃべってんのやぃん?」と 訊かれたりもして

…ばった と 言ったら

はてなマーク 頭に 三個ぐらい浮かんだような顔された

でも いくら日中は 汗ばむくらいでも 朝晩冷え込むし

もう 冬季限定…のはずの ラミーも 発売されとるぞ

家の中のほうが 快適だろか?

迷う

秋深し 十五夜

7daysbookcoverchallengeSpinoff その63

2025 年 10 月 6 日 月曜日

電脳界では

アクセスした サイトの傾向や 用いた言葉を 拾い上げ

「こいつこんな感じのものに心惹かれるらしいぜ」てな 分析したりもして

宣伝 情報を 流してよこすのであろ

この本も そんな 見透かされの挙げ句に 広告が流れてきて

まんまと 買っちまった 一冊

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

#7daysbookcoverchallenge という流れがあった

コロナ肺炎という 未知のものに 人々 おたおたして

コロナ禍…てな言葉も生まれ

外出の制約やら 自粛始まった 混乱のあたり

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

なるべく楽しく快適に乗り越えようではないか という流れが始まった(言い出しっぺについて わたくし存じ上げませんで)

もともとは 誰かから バトンタッチされて バトンタッチしてゆくもので

7日間

本の表紙のみ紹介だったのは

著作権の問題とかもあったからかな?

受け渡してくれた人や 受け渡す人を タグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

#7daysbookcoverchallengeSpinoff と 題して

己の読書 記録的に 続けてる

6年目かな

懲りずにやるよ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その63

『ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか』西方ちひろ(ホーム社発行 集英社発売)

息を呑む

息を詰まらせる

知らずにいてごめんなさい と 思ったり

知ったからには なにかを!と 燃え上がったり…

心揺さぶられた

ミャンマーにて 仕事をしつつ 

現地の方々と しっかりと 信頼を築きながら 暮らしておられたからこそ ここまで 書き伝えてくださることができたのであろ

情報分析整理だけではない

日々あること

そこに生まれる感情

生まれる動き

俯瞰と 実感…すごいルポルタージュだ

既得権益のための 横暴

軍に 政をさせてはいけないものだ と 思う

民主化闘争への 思い

あくまでも 平和的に

ユーモアさえ忘れることなく 耐えて

しかし 抗ってきた やさしきひとたち

サイレントデモ

国連は 戦争が とんでもない破壊しか生み出さないから 仲良くやっていくために…と 戦後に生まれたはずなのに

何故にここまで ミャンマーを救えずにいるんだろか

様子見 とか

当事者たちにまかせる とか

日本の政府の発言が

ただ単に そこを応援すると バックについてる 中国アメリカロシアあたりを 怒らせちゃうかもしれないから 余計なこと言わずに黙っとこ…てなかんじにしかおもえなかったりして

なんか 小狡い というか

恥ずかしくなる

そして いつも 争いごとの根っこあたりに かつての 植民地主義の影というか 置き土産というか 置きうんこみたいなものを 感じる

ウクライナは支援してもらえるのに ミャンマーは 声を上げても 取り上げてもらえず「国際社会は助けてくれない」から

あくまでも平和的 抗いに徹していたけれど

もう自分たちでなんとかするしかない…と 思わせてしまった

その声に応えなかった責任は わたくしの中にも 確実にあるのだ

声を上げる届ける術の ネットさえ 使えなくさせられても

人として 人らしく生きてゆくこと

言いたいことを 言う…という 

今わたくしたちが 何の苦も無くできていることが叶わぬその地で

諦めることなく たたかう その姿

まさに「伝えるべき 出すべき本」だ

三十年ほど前に 角田ふるさと夏祭り アジアバザール部門で

ミャンマーから 留学してきてた おにいちゃんに インタビューしたり お国紹介してもらったりしたっけな

留学生会館の一室で ごちそうになった「ミャンマーで飲むのと同じような味になる」紅茶

リプトンのティーバッグに 

うぎゃ!くらい お砂糖入れて サービスしてくださったっけな

あのおにいちゃんは どうしているだろう

あの頃「ビルマ」から「ミャンマー」という 呼び名に変えられて さほど経っていなかったんだよな

今以上に 何も知らなかったんだよな

でも こうして わずかな 点 点を 受け取ったのだから

きっと も少し何か 繋げていけるはずだよな と 思う

みんながなるべく 思いを 伝え合えるようにしていけたらいいな

おかえり!

2025 年 10 月 5 日 日曜日

そこそこ早起きしたものの

起きてると だーちゃん(避妊済 6歳)の 不在で 悶々としちゃいそうで

あちこちうろうろ探しても 大抵 それで見つけられる てのは ないもので

やはり どこぞかに閉じ込められて 週明け 帰宅のパターンかな と 

一旦 心配うろうろな気持ちに 蓋をして

でも 二度寝して さらに 思考遮断しようか と 布団に戻った

すぐ眠れる感じでもなく

漫然と 動画など観ていたら

あんちゃが「だーちゃんかえってきたよっ!」と 声かけてくれて

うおぉ!と 飛び起きた

2日ぶりの おかえり!だ

どこか怪我したようでもなく

そこそこ 腹ペコのようで

がっつがっつと 食べたのち

いつもの 肩のぼり シロイワヤギ状態に…

毛に 鼻埋めて ふがふがしてみると

野外の草っぽい匂いはなく

機械油臭くもなく(かつて 週末帰宅せず 週明けて 帰ってきた時は だいたい 機械油っぽい臭いになってたっけな)

さほど 埃っぽくはない 倉庫っぽいにおい

どこかのお家の 倉庫に 入り込んじゃったのかな?

異変なさそうだけど

飯台に飛び乗ろうとして 躊躇ったり

一度試みて 失敗するなど

いつもの 俊敏さが すこぅし 弱まってる

やれやれ

猫に振り回り一喜一憂…てのも

へとへとしちゃうけど

無事となれば 喜びでしかない

よかったよかった

帰ってきてくれて ありがとよぅ

7daysbookcoverchallengeSpinoff その62

2025 年 10 月 5 日 日曜日

もしかしたら 10年くらい前に 買って

読むの楽しみ〜♪て 眺めたまんま

積読 眺読してた本

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

#7daysbookcoverchallenge という流れがあった

コロナ肺炎という 未知のものに 人々 おたおたして

コロナ禍…てな言葉も生まれ

外出の制約やら 自粛始まった 混乱のあたり

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

なるべく楽しく快適に乗り越えようではないか という流れが始まった(言い出しっぺについて わたくし存じ上げませんで)

もともとは 誰かから バトンタッチされて バトンタッチしてゆくもので

7日間

本の表紙のみ紹介だったのは

著作権の問題とかもあったからかな?

受け渡してくれた人や 受け渡す人を タグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

#7daysbookcoverchallengeSpinoff と 題して

己の読書 記録的に 続けてる

6年目かな

懲りずにやるよ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そのの62

河北選書『みやぎ地名の旅』宮城県地名研究会会長 太宰幸子(河北新報出版センター)

なぜその名前がつけられたのか を 紐解いてゆく

かつての出来事

地形

そこに住まうた かつての人々の 職業

災害 地質

蝦夷と呼ばれた人々が用いたであろう アイヌ語由来

信仰

行政

人名

古語

…言葉に 込められ 籠められたであろう 思いに触れて

かつて 境界争いなどもあったとしても 

あったことを伝え残していこう よりよく生きていけるようにしよう という

人の優しさを 思う

「日本人は賢く頓知に秀でているので」ということば

今に当てはめられるだろうか?なんて ちょっと立ち止まる思いにもなったりする

震災の ひと月前に 発行されたものなので

今では その場所 景観が 失われてしまったものもあるだろな

切ないけも

このシリーズ あと 2冊 手元にある

読むのが楽しみ

紛らそうとして

2025 年 10 月 4 日 土曜日

だーちゃん(避妊済 6歳)が 昨日の朝 以来

姿を見せなくて

いつでも ずっと家の中に居る感じではないので

考えすぎないように と 思うものの

みみげながながちゃん(享年3歳)のこともあるし…と

またもや あれこれそれこれ 考えちゃって

ちゃんと帰ってこおぉ なんて 泣きそうになったり

胸が ばくばくしちゃったりする

この頃 鼻水鼻提灯になることあって

元気で食欲あるとはいえ 病院行ったほうがいいかなぁ なんて 話しかけたりしてたから

やべぇ…て 思ったかな?

以前もちょくちょく 週末帰ってこなくて 週明けに 腹ぺっこぺこで 帰ってきて

がっつがっつ食べた…なんてな

どこぞか 会社の倉庫に閉じ込められ事件的なやつ?とか

なんか 落ち着かない気持ちになっちゃうので

紛らそうとして

庭で 紫蘇摘み

…したらば そのまんま 背高泡立草抜き(200本は超えたか?)

汗だくへろへろになり

紫蘇洗って ひと休み

ちゃんと帰って こおぉ(先週も同じようなこと言ってたかも…わはは)

言い訳 蜘蛛の巣

2025 年 10 月 4 日 土曜日

本日は 新米到着のため

普段は 猫らと わたくし以外 ほとんど 通行しない領域の 動線確保

草木を 束ねたり

少し引き抜いたり

ちょ と 蜘蛛の巣にひっかかって

ぬぁ すまぬすまぬ と 謝ったり…

うちの中にも 蜘蛛の巣がいっぱいある

用済みのものは 除けることはあるけれど

現役のものは そっとしておきたい

天井や廊下の すまっこ

あまり 掃除しないのは

現役蜘蛛の巣が 結構あってを 壊したくないからでもあるのよ

…なんつって 言い訳もにじませつつ 言ってみた

蜘蛛 愛しや