


清水きよしさんが「東京以外ではこれが最後になるかもしれない」と おっさる
「KAMEN」を 仙台市宮城野区文化センター パトナシアターへ 観に行った
「KAMEN」は 東京で観てから 5年ぶりかなぁ
きよしさんの 作品群の「KAMEN」と「幻の蝶」を あまり 区別して捉えていなかった
あ…あの作品は どっちに属してたっけ?素顔だったから「幻の蝶」か?とか
そんな感じ
失礼千万ですけれど
どちらも きよしさんの作品世界なので さほど 気にもせず
しかし 今回は 受け取るものの違いみたいなものを ぢわり と 感じた
「幻の蝶」は とても 背景風景が見えてきてしまう空間
でも 「KAMEN」は どうやら 背景の部分が 余白というか 闇というか 真空みたいになっているようで
そこに立ちおる 仮面の人が
その人の気持ちばかりが 見えてきてしまうのかもしれない と 思った(もちろんこりゃ個人的感想ですので…)
これまで 観てきて とても 技術!というものを 感じたりしていた
もちろん パントマイムの テクニックといわれる 技術的なことに 着目してしまうのは
わたくしが パントマイムテクニックを学んだから…ということもあるし
そういう点でばかり観るのは つまらないものなのだけど
テクニックに基づいて きよしさんが組み上げてこられた 独特の 技術が
隠そうにも隠しきれない 足場(ビケ!?)みたいな感じに 立ち現れていた気がしてた
でも 今回は 足場を感じなかった
確かなる足場が
引かれていた 線が
それとして 立ち現れず
滲んで溶け込んで
その作品における 物語の思いが 面に封じ込められた 身体から 滲み出す感じというか…
何でしょうねこの感じ?
「面に命を吹き込んでから」とおっしゃるような 一場面は
吹き込むだけじゃなく 吹き込まれてませんか?な やりとり 呼吸が そこに 生まれているみたいで 一番ぞくぞくしてしまうとこ
ホワイエの きよしさん舞台写真展の 端っこの一枚
仮面が きよしさんに乗っ取られたか
きよしさんが 仮面に乗っ取られたか
おんなじ顔ですがな!
んで 最後に ふいっ!と 面を外すと きよしさんも 面も 空間も
あぁ 開放されてよかったね と ホッとするような広がりとか
背景や色が戻るような気がするけれど
その後の 肉声でのご挨拶も終えて
エンドタイトルと 仮面だけが残された舞台を 見ながら
ふと
ただの仮面でははなく
次の時を待っているだけの 息づくものなのかもしれない と 浮かんだりもして
ちょ と どき とする
そんな 余韻さえ残してしまう 時間と空間の周辺
うえの善巳さんの フルートは
そこいら中に満ちて彩り押してくる音楽ではなく
もっとあっても 添うてきてもいいのに と 思いそうなくらい
そっ と 吹き込む感じ
それがまた たまらなく 作品の 余白の空気感に 相似形なのだな
「かもしれない」だけなので
また 仙台にても 更に熟成重ねた 舞台 みせにきてくだされ て 思うのでした
今回の 舞台のお陰で
うれしい再会と出会いを たくさんいただきました
動くことで 出会って 開かれてゆくことの ありがたさも しみじみと…
ありがとうございます〜




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