2009 年 10 月 のアーカイブ

冬支度

2009 年 10 月 16 日 金曜日

応接間の 夏バージョン敷物を仕舞って
ホットカーペットに変えたり ストーブ出したり。
いつもは 大抵 わたくし不在の時に ちちははあんちゃでやっていた作業。
応接間には ピアノの下にある楽譜、本棚前まであふれている本は そのままでもいいとしても
その他の わたくしの 石関係物(石・石細工用工具・その他工具&工作用もろもろ)が ごっちゃりあるので 移動が大変。
いつもすまねえ・・・と今日は あんちゃのぶんも張り切って・・・なんつったら
あっというまに 腰ヤバし。
ああもううう。
いまあんたが だめになったら 何かと大変なんだから やめてくないん!
という母も ぎっくり腰一歩手前で へっぴり腰。
父は父で 足元ふらつきつつ はかはか息あげて 掃除機かけては休みやすみ
歳やら体調考えて 少しペースダウンしないか?森家。
わたくし以外は「あんたみたいなこといってると いつおわるかわかんない」てな 真面目さんだもんな。

はなせばおともだち

2009 年 10 月 16 日 金曜日

一歩引いた目で 見ると
わからないまま 憶測が先走ったりして 誤解したまま感情的になってしまいがち。
わたくしも 気をつけねば・・・と 思ってたもんで(特に病院に対してね)
発想の転換。
ちっ と 思っても、それに対抗するでなく
そうじゃなくなるには・・・と こちらの出方や 相手へのアプローチの仕方を変えてみたりする・・・なんか 舞台での作品作りとおんなじなんだけどさ。
ゆっくり 仲良くしたいなあ て気持で 話す。
忙しい中 立ち止まってくださる みんなの顔は優しい。

「混乱」してても

2009 年 10 月 16 日 金曜日

味覚は 元のままだったりするね。
ちちも、抗がん剤で 味覚がいまいちだったときも
あんまり好きじゃない味には「まずい」・・・て 反応だったもんね。
今日の 病院昼ごはんに出た「もずく酢」
酸っぱみに 強くないあんちゃも 忘れて 食べるかと思いきや「あやちゃんにあげるよ」と。
色々考えられてるメニューなんだから ちゃんとたべなよ
・・・で やっとこ 一口「だってすっぱいんだもん」・・・もろに 酢・・・な味は苦手なままですた。
結局 よいことではないのだが わたくし 残りをいただきました。
パイナップルも一切れ くれるので、あんちゃこれ好きでしょに・・・と 言ったら
「いや、なんか君が 気の毒でね」ですと。なんで?
未だ混乱残るも、一つ一つ 確実に再生してるよね。

飛び散る!

2009 年 10 月 16 日 金曜日

一日以上水に浸した 大豆をミキサーにかけ
煮立たせ・・・そう、朝もはよから また 大好きな おから炒り作成。
年季の入った 布巾に 煮立たせた呉汁を入れて
気合入れて ぐううっと 絞りますれば・・・
どびゃあああああっ!と 布巾裂けて あたりにおからジェット噴射!
ひいいい
おかげで 台所北東部 おから掃除と 相成りました。
重曹やらクエン酸みたく すんごい効果あれば
わたくしも 「松居棒」考えたひとのように 話題になったり 特許とったり できっか?
なんて 甘いこと考えたけんど、
そううまいこといくわけ ありゃしませんでした。
かす 残りまくり。
皆さんも、小さな綻びを あなどっちゃいけませんぜ。
あと、たんぱく質が 布をもろくしたりしますけんね。
きちんと洗っておきゃ よかったんだけど、ま おからうまくいったし
濃厚豆乳もできたので(「豆腐」という視点で見ると すんげ出来損ないなので)いいとしよう。

みっちり病院内

2009 年 10 月 15 日 木曜日

あんちゃの 入院生活に 部分的に 密着。
昼ちょい前から 他愛ないようなお喋りしながら
ご飯→昼下がり読書→リハビリ→シャワーから戻る15:50まで。
GYROのかたからの お手紙を読んだあと 自分の編集した 会報誌にダメだしをしていた。
木曜なら東京に行くはずじゃないの?・・・と 習慣にしていたことは(わたくしのことでも) 覚えている様子。
さっき〇〇さんに会ったよ・・・てのは 大抵 脳内構築物語であるらしい。
そんなこんなを ちまちまメモとりつつ 時々 アラビア語宿題したり うたたねしたり。
そんな格好で (宿題)やってると よくないから テーブル使ったら?なんて 心配される。
あと、何度か口にした 「自分がわかってないことが ぼんやりとわかる」というのは ものすごく進歩したんだなあと しみじみ思う。
何か買ってこようか?に とりたてて 希望を 述べなかったのが
「チョコレートでも買ってもらうか」なんて ニヤリと笑ったりして、ふざけ具合も いい感じだ。
リハビリ室へ ちみっと 心許なそうだけど 自分の判断で到着できたし、
パソが使えるかどうか・・・も 見事だったし。
あとは「文章を見ながら キーを打っている時はわかってるけど、それが頭に残っていないなあと なんとなくわかる」・・・て。
その先へ・・・いつの日かわからないけど 行けるよね。 
まあ なにがあっても そうか今はそういうことか・・・と 受け止める。

心配電話 from U.A.E.

2009 年 10 月 15 日 木曜日

HAJIおぢさんから 多分心配している・・・てなかんじの 留守番電話入ってた。
ちゃんとリスニングできないから 「多分」なんだが。
たまたま ちちの手術のときに電話きたときは、片言アラビア単語 羅列で「ちち・肝臓・ガン・手術・病院のなか・忙しい」と 言ったもんで、しばらくして ちちはどうか?というような電話 再びくださった。
今回は、アラビア語の先生(シリア人 ZAHR先生の添削済み文章中心)の手紙であんちゃのことを伝えたから 多分そのことについて 言ってらっさるのだろうな。
なんか ありがたさに 気持安らぐ。
U.A.E.の方角にも ありがとうございます と頭下げてみた・・・どのあたりかわかんないので ぐるっとまわって。

声を 荒げる

2009 年 10 月 15 日 木曜日

朝っぱらから いかんね。
ちちもさあ、味噌汁に卵の殻入ってたくらいで(落とし卵)「ぜんぶまずくなる」とか むんつけんなや。
母に対して言ったので、わたくしにむかって 言ったわけぢゃ無いけど、
その後 何とか和まそう・・・なんて 余裕もあったはずなののだけど、 
他の事にも ちみっと ひっかかってたもんで、
わたくしの調理したキク芋の根っこ炒めを
やれ「トリカブトじゃないのか」「おまえのとってきたもんは危なくてしょうがない」とか
ははまで「一家三人で中毒死したらシャレになんない」
なんて 畳み掛けられたら
「じゃあもう食べなくていいよ、あたしが1人で食べて一人で死にゃあよかろう」
・・・なんてな。そういう問題ぢゃありませんね。
言いたくない言葉を 口にすると、その毒気がまわって 中毒症状出るがね おぇ。
反省。
三人互いに まずい・・・てな雰囲気になり
茶を飲んで バカ話して少し和む。
学習せんかい!てな 大人三人であった。

あんちゃの仕上げた仕事

2009 年 10 月 15 日 木曜日

手術前にした 取材編集 鴨川リゾートクラブ会報誌『GYRO』no.31が 届いていた。
あんちゃの 手がけている仕事が わからないまま 部屋を調べて 
二件ほど 当たりをつけて 連絡した際に
すぐ返事を下さったのが GYRO関係の方々だった。
心配してくださって気遣ってくださっている お手紙に 涙・・・
こんなにも 心根の優しい方々と 仕事できてたこと
うれしゅうございます。
きっときっとまた ご一緒できたらと 祈る思い。
文字が にじんで 冷静に 読めないや。
ちいと 頭冷やすか。 

オン ザ 眉毛

2009 年 10 月 14 日 水曜日

朝パタパタしてるところで うっかり 髪を 切っちまい。
幾分か 濡れてる髪をね
乾いたら あらやだ オン ザ 眉毛!
中学のころ 「前髪は 眉上一センチ」なんつー バカみたいな 規則 ありましたが
上手く切れなくて あーでもないこーでもない やってるうちに 眉上3センチくらいになっちまい
丁度その頃 校内暴力が流行りだして 「聖子ちゃんカット」とか
校則違反パーマかける人とか・・・とにかく ツッパリ対策に 四苦八苦きゅーきゅーして
先生たちも 気持にあまり余裕無く、やたら校則違反髪チェック厳しかった
・・・のに、わたくしの 前髪見て とある教師が「おまえやりすぎなんだよまったく」
などと 笑った。くそ
その後 「森は 規則きっちり守りすぎるくらいにして 勉強もある程度抑えつつ 突込みどころなくしといて反抗する、かえって癖悪いやつ」扱いになったことがあったっけ。
ちいともそんなつもりなかったのに、ちみっと 食って掛かったことがあったもんだからな
・・・ああ 懐かしいこと。
前髪1つで タイムトリップな朝でした。

「ホムペ」を 見る

2009 年 10 月 14 日 水曜日

以前 仙台YWCAピアノ教室に きてくれてた ち・ちゃんが
「ホムペ」作ったから見てください・・・とメールあり。
ホームページのことですな。
とりあえず 携帯から見てみた。
おおお 若衆はこげなことしちょるんか。
友達同士コミュニケーションとる メールより少し拡散した感じか?
無料で作れるんですと。
カラフルでかいらし。
んでもって こういうの ちょこちょこのぞくと、若もん言葉も 覚えられるってもんですな。
・・・いや ま、わたくしは 使わんけどね。