2010 年 2 月 のアーカイブ

刃物

2010 年 2 月 7 日 日曜日

今や 100円ショップでも 彫刻刀売ってて 驚くけれど
切れねえのなんのって。
研げます・・・つうやつも、研いでも ほぼかわらぬ 切れぬ味
金属だからいいってもんぢゃないわな なめんなよ 鋳物を!
うっかり購入してしまったのは 消しゴム彫り専門になっちまいました。
古道具屋で 手に入れた 鑿は
研げば研いだだけ 切れ味も 応えてくれる・・・うっとり。
やっぱ 刃物はいいね なんてつぶやいたら
「今度は 何やらかすんだか」と 不安げな 周辺。
教え込まれたわけぢゃないのに
会ったこともない 母方ひいじいちゃんや 父の趣味であった 石磨きにはまったり
大工道具集めたがったりな わたくし。
こんだ ひいじいちゃんやら じいちゃん、ちちもはまってた 刀剣趣味に走るのでは?との 危惧ですかね?なんとかに刃物?
うちの 刀類は もうどこかへ やっちまったようだが
確かに 鋼のあわせ具合ちうもんに 興味あるかも。

森家 in SANTA FE

2010 年 2 月 7 日 日曜日

先週 うまかった うまかったと 大騒ぎした サンタフェへ さっそく 一家でお出かけ。
先週から 連れて行く!と 宣言はしていたものの
夜更かし続きで 早起きできず
「もしかして 今日は つれてってもらえないかも」と 思っていたらしい。
あと、誘っといて ど~んと 支払い受け持つ余裕が ちいとばかし 不安な懐具合でもあったので よたよた父の様子なんかもうかがいつつ ほんとにみんな 行きたいか確認。
でも 母も「行きたい!ここのとこの あ~たの 懐具合のことはわかってるよ。払う覚悟はしてたから」なんて 言ってもらって
全くふがいないむすめですわねすみませぬわたくしももちろん出しますから・・・など 商談?成立して 愛車・葡萄色ほびおさんにて 出発。
「四人で どっかへ ご飯食べるために出かけるなんて 何十年ぶりだろ?」と 後ろの席で はははしゃぐ。
父「前に 連れて行っただろう」母「もうずっとそんなことありません!」ほのぼのな 言い合いに あんちゃ苦笑い。
明るい店内で みんなにこにこ・・・でも 冗談のつもりで 時折父が かます ひとことふたことに 焦る!
デザート選ぶとき 俺こういうのはあんまり・・・とか ごにょごにょ いったあげく「あんぱん」とかいうの やめてね。こっそりだったからまだしも。
こってり好きのちちには あっさり仕上げの カルボナーラはどうか?のドキドキも
「前に 別のとこで食ったのより 美味い」と ほっ。
シフォンケーキが 美味い・・・というつもりで「もさがん(雁月・がんづき・・・ちう菓子に べたべたしたタイプと、蒸しパンみたいに もさっとしたタイプがあるのだが、どうやらその蒸しパンタイプの雁月をさして「もさがん」といったようだ)みたいで美味い」つうのは 褒め言葉に聞こえませんから お外で言うのは どうか。
うるさくして、失礼なこと言って 申し訳ないと思いつつ
いろいろ気遣ってくださって ありがとうございました
お腹も心も 満ちました。
おみせを後にして、もひとつの 目的 産直市場へ。
取れたて 海の幸 たらの白子や 子持ち蟹 カナガシラ メバル どんこ 楽しいなあ
頭付魚を・・・と 本日は 一本釣りメバルに。
こんなおでかけ ほんとに ひさしぶりであった。
久しぶりの おでかけに 疲れ気味の父、果物買いに ちょいと スーパーへ・・・という時、車でおるすばんしていたいと。
んぢゃまっててね と ははあんちゃわたくし 車のドア閉めようとしたら
「遊ばないで帰って来いよ」だと・・・ぷっ。
なんか 一家団欒な おでかけでした。

まつとしきかば

2010 年 2 月 7 日 日曜日

ねむりうしいまかえりこむ
何とか言う人の 歌の 下の句を書いた紙を
帰ってこない 猫の ご飯茶碗を伏せた下においておくと
帰ってくるというはなし。
こことこ 縄張り争い激しくなってきたのか よく 血を流してたり
なかなか帰ってこない 牛太郎。
こんな寒い日に どこほっつき歩いてんだか
と 心配して つい この歌を 思い出す。
木枯らし吹く日も 外の発泡スチロールの箱で眠っていた 二年前の冬
一歳にもならない ちびの頃の 子牛太郎
吹雪の夜に おそるおそる わたくしのへやの ぴち出入口に たどり着いたのだったな。
寒いのへっちゃらでも こんな夜は 中で眠って欲しいなぁ。
泥足でもいいから 帰ってきなはれ~。

自転車速度の帰り道

2010 年 2 月 7 日 日曜日

仙台YWCA三階からのながめ・二月六日どか雪ではなかったけど 日中 温度上がらず
雪道が かりんかりんこりんこりんつるんつるん。
今日は朝から仙台
ピアノ仕事の後 荷物入れ替えに 車停めていた タイムズにいってみたら
フロントグラスが 真白なだけでなく 下はがりごりに 凍ってた。
ちょいと 掃ったり削ったりしてから 転ばぬよう ペンギン歩きで タップへ出動
いつもの 雪駄では大変だろか・・・と 生前ばあちゃんが履いてた てなブーツを
ははが 出してくれたが 重くてつらいううう。
タップ稽古が いつもより つりそうになったり ふくらはぎ痛かったのは
履物のせいらし。
足駄(高下駄)にしてみっかな?もっと危険か。
その後 皆様 アイスバーンに 気をつけつつ のろりのろり車で 帰宅。
いつもは 100キロ近い速度でぶっとばす びゅんびゅんさんもいる 道も
2~30キロくらいで 走る のろのろさんばかり
みんな 事故起こしたくないもんね。
でも 2件ほど 事故見た。
-6℃の こんな夜に つらかろうよ。
そういや タップ稽古に間に合わないかも・・・て 言ってた かめ~い
4月4日・ゆうこさんあに結婚式にて踊る 振付が心配だから・・・て 残り30分あるかないかなのに かけつけてくれた。 
初心者マークの雪道運転 そっちの方が心配ぢゃが
これも経験かなぁ
ぶじでありますよに。

「ディナー」っちう感じの 

2010 年 2 月 5 日 金曜日

本日 ごちそうになりまして・・・恐縮!
自分じゃ 間違っても 足踏み入れないような
仙台SS30ビル 30階の 眺めが一番いいレストランにて・・・予約席ですし・・・わわ。
今もバリバリ現役 19歳舞台デビューなさってから 60年 タップ続けていらっしゃる
菅野伝先生と ご一緒させていただきました。
思えば なんにゃらかんにゃら あって 舞台に立つことさえ もうだめかも・・・なんて
下向きであったころ、
わたくしを慕ってくれて 「タップレッスン復活してください」なんて
声かけてくれた お子たちとともに よろよろ 再び立ち上がって
またなんとか やっていけそうか・・・と よみがえりの時期・TAP SHOTS生まれて間もない頃 「うちの発表会に 一緒に出てもらえませんか」というような 声をかけてくださったのが 伝先生だった。
同じところで 教えを受けたこともあったり 共に教えをしていたこともあったり・・・で 見知ってはいたものの それがご縁で いろいろ つながりができたり 親しくさせていただいている・・・光栄。
あれがあってこその 今だなあ・・・としみじみ 感謝!
そして 変わらず 「善良であるとはこういうことだ!」という お人柄のまま 続けていらっしゃることに 敬服!
こんな 若輩者のわたくしに「通じるところがある」なんていっていただいて 恐縮だけれど、こういう方だからこそ DEN TAP DANCE STUDIOとして 盛況で 60年もの キャリアを積まれているのだなあ・・・と しみじみ。
舞台裏話なんぞも 互いにしつつ くすくす 笑いと共に
おいしいお料理 堪能させていただきました。
仙台の タップの人たちが 門下を越えて 一緒に楽しくやれるような 舞台をやりたい・・・と もう何年も前から おっしゃっていたのも 伝先生。
何とか実現させましょうよっ!
小雪舞い散る 寒い夜、
タップ話 熱く語る 2人でした。

またかよおお

2010 年 2 月 5 日 金曜日

サイトにアクセスしたわけぢゃなく コメントの部分にやってくる
謎の メッセージ(ホームページのアドレス)
以前は バイアグラとか お薬の名前が入っているもんもあったから
特定フレーズ指定で ダウンロードしない設定できたのに
こことこ アルファベット羅列、サイトアドレスのみのやつがくる。
1,2こならば そのブログを「コメント受け付けません設定」にしたけど
さっき 275も来てた いや~!!!!
めんどくせえ。
全部コメント受け付けません設定に どんくらい時間かかるか・・・簡単な方法あんのかもしれないけど、一個ずつ ブログ編集画面よびだして コメント受け付けませんにして 「投稿を更新」てとこを クリックする・・・てことを考えたら なんだか くらくらして
今日は ひたすら 削除だけにした。
なんかもう やんなっちゃうけど こういうもんなのかしらね 電脳世界って。

ひなたは 猫のもの

2010 年 2 月 5 日 金曜日

過不足のない昼下がり縁側で 新聞広げると
ぴっちっちっが のさっと 新聞の上へ
かりかり 掻いてさしあげつつ 
ちょうど 尻の下にある 読みたい記事が 見えるように 移動してもらおうとして
大抵失敗・・・あむっ!とされる。
あきらめた振りして 新聞に背を向けて ひなたぼっこ
すると ぐるりと回りこみ 背中掻きの続きやらんかい・・・と
目の前に どす!と 横たわる。
かりかり 気の済むまでやって お許しもらうまで
下僕な わたくし

めるとだうん

2010 年 2 月 4 日 木曜日

パソ打ってる途中 るら・・・と 眠気。
頬杖着いたまま なんだか 幸せにとろけていくような感じで
夢とうつつの境界線を いったりきたりしてたら
あんちゃから 「ちゃんと寝たら・・・」といわれた。
ああずっと前と 同じ口調だ
昨日 久しぶりに来てくれた 従弟も言ってたけど
「寛ちゃんなんも前と変わんないみたいだね」て。
そうなんだ、まえとおんなじこと言われたくて わざと いわれそうな態度のままいたりして 変わらなさを確認したりして 喜んでみる。
うれしいなあ・・・なんてぼんやりおもって また とろける。
しょうがないなあ なんてな あんちゃの 表情の輪郭が にじんで 幸せな転寝夢みた

春をさがして

2010 年 2 月 4 日 木曜日

お日さまが 顔を出しても
水溜りの 薄氷はまだ ぱりぱりのまま。
おおきいさん ちいさいさん 混ざりっこで 手を繋いで散歩。
低く飛ぶとんびに わああ~と 歓声(わたくしがね)あげて
梅の花が 早めに咲いていた 庭先で 鼻をすんすん。
いい匂いだね~と 言ったら 前を歩いていた Yちゃんに 
「せんせ よかったね いいにおいで」・・・なんて 言われた。
うん そうだね、素直に言うよ よかった~こういう散歩できるなんてさ。
また わくわく見つけにいこうね

夜更かし

2010 年 2 月 4 日 木曜日

いかん!長丁場仕事の前の晩だってのに・・・いやいや 日付かわっちまい 今日だよもう。
先日 新聞にも取り上げられていた 故・桂 三木助師匠のお姉さまの ブログ「生きてみよ、ツマラナイと思うけど」の 存在知って 
ネット接続し放題契約変更完了になった 気の緩みもあって 読んでしまってました。
三木助さんとは 15,6年前のNHK『小朝がまいりました』宮城ロケの時、お会いしたことがある
・・・ていっても わたくしの役回りは ロケ地 大和町の隣 色麻町のキャラクター・かっぱの かっぺい君のぬいぐるみの中に入る・・・いわゆる かぶりもんで
町紹介コーナーで ふらふら出て行って 適当に身振りて振りして
それに 小朝師匠が絡んでコメントして、また適当に受け答えするよな身振りして・・・ほんと、適当な感じの部分でした。
分厚い台本いただいて 出番ほんの 2,3行
「かっぱ 上手より登場 楽しげに」・・・こんだけですもん。
朝の 入り時間が 早くて 待ち時間ばかり長くて ちみっと 腐りかかり。
やることなくて 舞台袖で ストレッチしたり ごろごろしながら 舞台のリハーサルを覗いてた。
セッティングが 大方終って 大喜利みたいな部分の リハーサル始まると
本番さながらの緊迫感に。
若手さんたちが 頭ひねる答えに 小朝師匠の 容赦ないダメ出しが飛ぶ・・・ひい。
苦笑いしたり 苦しげにうろうろする皆様。
そんな中 三木助師匠が わたくしの 傍らに いらっさり
「わ~、かっぱさん こんな 誰もみてないとこでもがんばってるんだ~。ぼくもがんばんなくちゃあ!」て ものすごく 優しく素敵な 糖度120%な笑顔で 声をかけてくださった。
なんかね、正座しちゃったよ。
腐りかかってすんません・・・みたく 反省までしちゃってさ。
あの笑顔が 忘れられなかった
テレビでて いっけんちゃらちゃらっと(失礼!)してそうで、ぜんぜんそうぢゃなくて
真剣に 芸に立ち向かっている皆さんに 最敬礼したっけな。
そんな 思い出とともに、お姉さま・小林茂子さんの 越えて来られた
数々の 出来事・・・苦しかったり 可笑しかったり の数々
生き続けて 綴ってくださったこと 
読ませてもらうことが出来て 嬉しい。
こういう 夜更かしは きっと大丈夫だ!よね。