2012 年 10 月 のアーカイブ

この手に

2012 年 10 月 24 日 水曜日

Catch the rainbow ♪

座布団お役目

2012 年 10 月 23 日 火曜日

朝だけでなく
今も こんな風に 腹に乗り上げられ
片付けどころじゃないなんつって
しっこにいくのもがまんしてて
いろんな面で問題だな
なにやってんだか…

「やどかり」だってば

2012 年 10 月 23 日 火曜日

庭にある オブジェ!?
中学の美術の時間に 彫った やつ
「やどかり」て 言ったのに
先生から「森がしおらしくやどかりなんかつくるわけなかろう…ほんとはなんのつもりだったか言ってみろ」と 迫られた
やどかりのつもりだったんだよ
でも わたくし 普段から うんこの話ばかりしておったので
みんな やどかりなんて思わないだろうな…てことも 見越して つくったのよ
螺旋が彫りたかった…てのもありますけど

手ぬぐい整理整頓

2012 年 10 月 23 日 火曜日

手拭い整理中
約300枚(あれ…手拭いって一本二本…て数えるのですけ?)
ともすれば お気に入りばかり 使っちまうので
年に 1,2回 はじっこから 順番に 使って いくことにしている
戻すとわからなくなるもんで
洗濯したもんを 積みっぱ…
あぁ これ わたくし生まれる前のものだわ…とか
じいちゃんばあちやん由来のものなど 広げてみたりして
舞台の時や 何かの 重要な時は そんな 思い入れのあるものなど 持っていくんだ
…なんつって こんな些細な 作業さえ はかどらないったら ないぞ
手拭い整理に 何時間かけておるのだか…

しっかりしてきた感じ

2012 年 10 月 23 日 火曜日

今朝の みどりこさんは こちら
色濃く しっかりとした感じに なってます
そろそろ 蘭の鉢 室内 お引っ越し予定なのですが
この鉢を どう扱ったらいいもんか…といってたら
ちちははから 「それより鉢を入れるスペースがなくなっとる…早く応接間にあるおまえの本どもを片付けろ~」と 叱咤
家の中 ほとんどの部屋に おまえのコーナーがあるのが困る…と 言われており
片付けせにゃ…とは 思ってるのですよ

クロメンガタスズメちゃんも 蛹になったか?

2012 年 10 月 23 日 火曜日

日曜の朝まではいた
トマトジャングルの クロメンガタスズメ幼ちゃん
上半身 よじよじ~ が 激しかったので
もしかしたら めたもるふぉぜ 始まってたのかも
どこで 蛹になったやら
間近に その姿見せてもらえて 楽しかった~
達者で~

末っ子 みどりっち

2012 年 10 月 23 日 火曜日

昨日 祈っていた ミドリーヌは
どこぞかへ 旅立ってゆきました
柚子には いま 末っ子
みどりっちだけになりました
おまいさんも がんばれ…と なでたら
臭角 みゅん!!と 出された
おおお 結構 気の強い…さすが 末っ子

動けん

2012 年 10 月 23 日 火曜日

茶の間から部屋に引き上げようとしたら
このような 毛のものが ぽさっと 膝に
うわ 動けん

クリスからの写真

2012 年 10 月 23 日 火曜日

リハーサル

助さんの投稿から(石巻編)

2012 年 10 月 22 日 月曜日

新「奥の細道」(67-1)
9月10日(月曜日)午前11時過ぎ 石巻・上品(じょうぼん)の郷

 カエルの人形や風船などわくわくグッズ満載の森文子さん(道化師)の車。
 今朝は自転車ごとボクも乗せてもらい、
 仙台手前の岩沼から石巻郊外の「道の駅・上品の郷」まで一気に運んでもらいました。

 というのも、森さんの大道芸人仲間に石川明さんという被災された方がおり、
 この一年半の奮闘話を伺うことになっていたからです。

 石川さんにはパニック障碍の症状があり、発作が出ることがあります。
 色々と状況を考え、今日、
 よく知っている森さんも含めての席がいいだろうということになったのです。

 石川明さんは、オルガン大道芸人です。
 手回しオルガンと足踏みオルガンの双方を演奏します。

 お母さんと二人暮らしだったという石川さん。その最愛の母を失ったのは昨年の1月22日でした。お母さんの頭を撫でながら、歌を歌ってあげ、見送りました、と石川さんは言います。

 その大きな悲しみから抜け出せないまま、3月11日に被災。住む場所も失い、今は仮設住宅で暮らしながら、道の駅でオルガンを弾き、投げ銭を糧に暮らしています。
  食事は道の駅から一食だけ提供され、あとは何とか凌いでいるというところ。

 あの日、石川さんは車を運転中でした。長く続いた揺れのあとで石巻の家に戻ってみれば、ブロック塀が崩れた状態。近所の迷惑にならないようにとブロックを片付けているうちにどんどん水が上がってきて、ついには1メーター50センチぐらいになったそうです。石川さんはオルガンと手回しオルガンだけを車に積み、北上川の土手に避難しました。

 水が引くまで4日間、石川さんは土手の上に居続け、何も食べずに耐えました。 そして日赤病院へ。しかしそこはまさに野戦病院さながら。保険証を失った精神疾患の患者は相手にしてもらえる状態ではなかったそうです。

 その後、市内の中学校に避難するのですが、パニック症候群の石川さんにとって、人がひしめき合っている環境は厳しいものがあったようです。

  水が引いた後、石川さんは家に戻り、濡れた布団や畳などを処分しました。そして物置で暮らすようになりました。というのも、家はお兄さんの所有ということになったからだそうです。お兄さんもまた家族を抱え、津波で家を失ってしまいました。石川さんが音楽大学へ進学する際、たくさんの費用を家族が我慢して出してくれたことなどを踏まえ、家をお兄さんに譲る、自分は物置へ、そして仮設住宅へ向かうということに関して、何の迷いも不平もなかったと石川さんは言います。