2017 年 10 月 23 日 のアーカイブ

水没道路

2017 年 10 月 23 日 月曜日

母とあんちゃを 先に家に 送って

薬もらうは わたくし一人で

んで 出たついでに 昨夜で 使いきっちまった「ひっぽの元気な味噌」買っておこう と

隣町 丸森 八雄館まで

349号線沿い 阿武隈川増水 すごいことになってて

土手向こうの 畑なんぞは あらかた 水没

土手より 道路が ずいぶんと 低くなってるところ 走りながら

これ 決壊したら 大変なことになるな ありがとう土手よ と

じわじわと ありがたさなど 滲んでくる

んで 買い物終えて 

山沿いの方から 帰ろう と したら

小田地区から 台山方面に 抜ける道路

水没

むうぅ このくらいなら 越えられるか?と

ざざざざざぶぶぶ と ボートみたいな状態で

越えたら

その先は もっと 深そうな カーブあり

いかん方がいいよ ハードルみたいなの 立ててあった

まずいなこりゃ

迂闊に 越えようとして エンジン停止なんてしたら 一騒動お起こしちゃうことになるもんな

…てことで いささか ましであろう 今さっき 越えた ざざざざざぶぶぶ道を 戻りましたる

いやはや

晴れたからとて 迂闊油断は 禁物だね

これから更に 増水する可能性あり 避難せよメール さっきも ぴろりろん 来ました

どうかなるべく被害少なくありますように

森チームで ひとしごと

2017 年 10 月 23 日 月曜日

本日は 母の 2ヶ月に 一度の 診察&薬もらい日

朝の5時前

ぴろりろりろんぴろりろりろんぴろりろりろん!てな 例の 緊急メールで

角田も 台風被害に備えて 高齢者と 障害ある人 避難始めますおしらせ

うちは 水没するような場所ではないものの

この天候で 診察お出掛けは ちょ と 大変かな むむむ と 身構えた

しかし あんちゃが 電車 運休で 仕事出掛けられなさそうなので 送迎助太刀してくれる てことで

むしろ 心強くて るん♪

母としては 介護タクシー頼んで欲しがってたのに

わしらでなんとかするけん まかせろぉ!と 大きなこと言って

ちみっと むんつけさせてしまいました

車椅子から 車への どっこいしょ!移動が 一番の難関

あんちゃも わたくしも 背中 だら濡れになっちまったものの

連係プレーで なんとかなった

雨の日 これ 一人でやるのは やはり きついもんなぁ

診察も そんなに待たされることもなく 終えて

帰る頃には 雨 ほぼ 止んでいた

一番 激しい雨の時 お出掛けしちゃったのね

ま そんなこんな 大したことしたわけでもないのに 一仕事終えた気分なのでした

ふぅ

タイミングを合わせてくださった

2017 年 10 月 23 日 月曜日

ずっと 気になっていたのに タイミングが合わない 舞台が

その舞台映像上映会があった

いつかきっと…と 焦がれる思いだけを

また 横に 積み重ねようとしていたとき

それを聞いた 制作の Kazueさんが

「森さんの 都合のよい日に 開催を試みましょう」と 言ってくださった

たとえ わたくしだけのためになったとしても

「本当に 観たいと思ってくださるかたに 届けたいのです」と

…とはいえ 

ただそのものを 観るためだけに プライベートな 密室で ということではなく

より その映像が 生きる場所

流れを 思い巡らせ

巡り合わせを 繋いで 

仕立ててくださった

小池博史プロデュース パパ・タラフマラ『舟をみる~Ship in a view~』(映像を観ましょうイベントの名前は『海と横丁のある風景』)

ヴァネツィア・ヴィエンナーレでも 上映された この作品のイメージを 更に 色濃く縁取るために

上映会後の イタリア料理屋さんでの 食事会もある

ふとしたきっかけで 気になっていた 詩人についての本を 手に入れようとしていたら

制作の Kazue さんが 手にしていた という本が その詩人のものだった

そして その題名が『タラウマラ』

「パパ・タラフマラ」の 命名に 関係あるのだろうか?

その事については まだなんの 情報もない

そして 昨日観た 映画『ニーゼと光のアトリエ』の中で 

映画のモデルになった 精神科医ニーゼが「アルトーのことばで…」と 

その 気になっていた詩人の名前を口にしていた

お友だちの ご縁で

効率よりも

より 確実に 手のひらに 受け渡すように…と

ていねいに ていねいに 撫でるように 整えておられる Kazue さんの 仕業を 知ったとき

このかたに お会いしたい と 密かに 憧れていた 

作品そのものを 知らぬままに

出会いが整えられていることを 感じる

まるで セミオーダーの イベントではあるけれど

扉は開かれているのです

時間と 気持ちの タイミングの合うかた

ぜひ いらしてくださりませ

きっと 何かが 腑に落ちる と 思うのです

より そのものにとってよい…と 整えられた 極上を

ご一緒に 辿りましょう♪

https://www.facebook.com/events/289013298269166/

↓↓↓↓↓

「私は故郷からの逃亡者である」

パフォーミング・アート・カンパニー
パパ・タラフマラの演出家 小池博史氏が
自身の1997年の作品
「船をみる~Ship in a view」の紹介文の冒頭に
書いた言葉

故郷には
「中途半端さ、ある種の官僚システム、人間は去るものとの感覚、向上と欠落、差別と無関心、非統一感、関心と無関心、すべてがあった」

逃れる場所であって、
帰る場所でも、
目を向ける場所でもないと思ってきた
故郷から遠い場所へと導く憧憬船として、
船を見た

ところが、
その故郷に包まれるような気持ちになって今、
ここに、いる

この企画では、
「船を見る~Ship in a view」の舞台の記録映像を、メディアテーク内スタジオシアターで鑑賞します。映画館のような空間でみる舞台芸術をお楽しみ頂いたあとは、
小さなイタリア料理店でお食事を頂きます。
(事前予約の方のみ)
ベネチア・ビエンナーレでも上演されたこの作品を、ほんのすこし食で感じながら、
作品の余韻を味わいたいと思います。

場所:せんだいメディアテーク スタジオシアター
時間:18:30~21:30
  (スタジオシアターでの鑑賞終了後、お店に
  移動します)
参加費:2500円(作品鑑賞とお食事で)
   上映会のみのご参加の方は無料

お問い合わせ・お申し込み
 viba.ganba@ezweb.ne.jp  佐藤

愛也さん追悼公演(ままやさん 投稿より)

2017 年 10 月 23 日 月曜日

本多愛也さんの追悼公演に行ってきた。

最後になってしまったカニカマに行けなかったこと。
次に行ければいいやと思ってたら次がないとか…。
嘘だろ?って、いくら思ってもどうしようもないからなあ。

きっとそんな思いの人々がいっぱい集まってるだろう。
どうしても会いたい人もいるし。

久しぶりに足を踏み入れる劇場の入口。
エレベーター降りると、目の前にはとりさんが!
きゃーん!お久しぶりーっていきなりはぐはぐ。
何年もご挨拶もせず不義理してしまってる私に、まったくまったくまったくずーーーーっと変わらぬ暖かい対応。
ああ、はとさんはとさん、すいませんほんっとすいません!

はとさんの前に来ると自分の立ち位置がよくわからなくなる。
私がはとさんのとこでマイムを習っていたのはもうずいぶん前だし
当時から体はさっぱり動かずセンスはグダグダ、発表会にも参加せず早々にドロップアウト。そのくせ調子よく先輩たちにくっついて飲み会にばっかり参加してた。
そしてすっかり現場を離れた後も一ファンとしてたまに舞台を見せていただいては、またちゃっかり打ち上げに潜り込み…なんてことを繰り返しながら、さらにパフォーマンスの世界からは遠ざかってしまった。

私が幸運にもちょっぴり覗かせてもらったパフォーマンスの世界で
愛也さんはピカイチの花形スターだった。
客席から見てるだけでどっぷり満足できて、いつも中途半端なポジションでふわふわ業界周辺をうろついていた自分も完全に観客に徹することができた。

だから、実は愛也さんとまともに話をしたことはほとんどない。
ただ、ご本人や回りの方々の気さくな雰囲気に後押しされて、一度だけ馴れ馴れしく話しかけてしまったことがある。
今回の公演でも、愛也さんとの笑!撃の出会いをブルースに乗せて語り歌った素晴らしい出し物を見せていただいたが、まさにあんな感じのファン心理。私の場合はそんな気の利いたことも言えず、もちろんその感動をパフォーマンスに昇華するなどという高尚なことも出来ず、ひたすらストレートに「愛也さん!愛也さん!もう今日すっごいよかったです!感動しちゃった!もう、マジ惚れました!みたいなことをお酒の力を借りて口走ったのだったと思う。
たしか、あの名作「白球」を観た時だっただろうか?
愛也さんはちょっと面食らったような、あの照れたような笑顔で、
「あ、ども」みたいなかんじで答えてくれたが、以前から無意味に周辺に出没してまるで常連のような態度で飲み席に居座っている女が何者かも名乗らずいきなりこんなことを言ってきてどう思っただろう?モテることには慣れていただろうけど、もうちょっとマシな接触の仕方はなかっただろうかと我ながら思う。
そして、その次の公演で顔を合わせた時、愛也さんの方から気が付いて、「あ、ども」って感じで、ちょっと頭を前に傾けて、やっぱりあのシャイな笑顔で目くばせしてくれたのだった。あ、私のこと覚えててくれたんだ。ってうれしかった。
本当に、会話らしい会話すらなく、愛也さんと個人的にほんのちょっぴり話したのはその2回だけ。

いい追悼公演だったなあ。
湿っぽくならず、いや、どうしても泣いちゃうとこはあったけど、あたたかく楽しくバカバカしく、それは愛也さんが見せてくれたパフォーマンスそのものだ。
愛也さんとの出会い、ゆかりのあった人々がいっしょにすごした時間、それぞれの思いが柔らかく投げかけられ、受け止められ、手渡され、黒子姿のはとりさんが操るバレーボールの球のように客席にまで優しく届く。
「追悼」の意味をこれほどしっくりと胸に届けられた公演があっただろうか?

そして天才マイミスト本多愛也が残した映像の数々。
目玉となった「トム」は生で観たことのある作品だ。だがあらためて、ラストシーンに流れた、Simon & Garfunkelの「The Only Living Boy In New York」はもう、彼の身体が都会の孤独そのものと化したあの飛翔のパフォーマンスを思い返すことなしには聴けないだろう。

実は今回ちゃんと予約して観に行くことを躊躇する気持ちはあった。私自身、いろいろな事情からめっきり疲れがたまってしまって、ここ数年の出来事を時系列を追って思い出すことができないほどに記憶が混乱している。
目の前の必要をこなすのにアップアップしていろんな大切な方へのご挨拶を後回しにしたため、すっかり付き合いが途絶えてしまったしまった人々は多く、こんな精神的病み上がりのような状態でうまく顔を合わせる自信がなかった。
それでも、はじめのはとりさんとのハグでずいぶん気持ちがやわらいで、静かに席に着く。
やっぱり引きで観ようと陣取った後方座席のすぐそばには音響ブースにまきちゃんの姿が…。開演直前だったので、飛びついたりはせず(笑)手を振って挨拶しただけだったが変わらぬ笑顔にほっこり。
そしてぶんぶんさんこと 森 文子 (森文子)さんとのうれしいうれしい再会。かねてより約束のブツを手渡しホッとする。

他にも思いがけずまた会えた懐かしい人や、お世話になったあの方この方。やっぱり行ってよかった。
ただ、打ち上げまでは参加しないで帰ってしまったので、話し足りなかった人もいた。
小島屋さんにもあがりえさんにも、もっとちゃんとご挨拶するべきだった。
そして、今回もしかしたら来てるかも?と思っていた数人とは会えずじまい。だったら事前に連絡しときゃーいいのに、なんだかんだとうだうだして偶然に任せてしまう。ダメなダメなほんとにダメないつまでたってもダメなワタシ…。
けど、みんなそれぞれの時間の中で生きているから。
今回会えなかった人たちとも、できたら、近いうちに、なるべく自然に、流れのままに、だけど手遅れにならないうちに!またぜひ会いたいと思う。きっと。

出演者並びに関係者のみなさま、おつかれさまでした。
いつも大事なタイミングをはずしまくっているこんなトロイわたしにまで、しっかり届いております。
心に染みる時間をありがとうございます。
そして、数々の素晴らしいパフォーマンスとともに素敵な出会いをもたらし繋いでくれた本多愛也さん、本当に本当にありがとうございました!