2024 年 3 月 のアーカイブ

7daysbookcoverchallengeSpinoff「2024」その47

2024 年 3 月 26 日 火曜日

晴耕雨読…ならぬ 晴耕雪読

名残雪の今日

挫いた足も 安静にしたかったとか 洗濯さぼりたかったとか…ごにょごにょ 言い訳しつつ読書

コロナ禍 騒がれ始めた2020年はじめ頃

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

#7daysbookcoverchallenge という流れが始まって

7日間

本の表紙のみ紹介だとか

誰かに 繋いでタグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

そこから 勝手に 派生させた

#7daysbookcoverchallengeSpinoff

飽きずに やっとります

2024年 その47

『狙われた羊』中村敦夫(講談社文庫)

30年前に 出版された作品

一昨年 緊急文庫化されたのですと

きっかけは 安倍元首相が 撃たれた 例の事件

よろしからぬ新興宗教団体であることは 明白なのに 政治活動のまもりや 資金源にもなることから 癒着しておった せかいきりすときょうとういつしんれいきょうかい(由緒正しい キリスト教の人々からは 本当のキリスト教ではない と 常々 注意喚起されていた)絡みのやつがあったから…

これを30年前に 出されたとは!

カルトについては 注目している人は あったものの

オウム真理教事件が起きて のち より 一般にも認知されたのではなかったかな

オウム真理教の 数々の 悪行より前だよ

中村敦夫さんが こちらを 書かれるきっかけは

かの 団体の集団結婚について テレビでコメントしたことから 団体から訴えられた…とか そんなあたりからだそうだ

それから 文献やら関係者にあたって 書き記されたという この 筆力たるや!

サスペンス小説のようでもあり

なんとなく この空気感に 覚えがあって 

まるで かつての 思い出ビデオでも 見せられているような気持ちにもなった

わたくし 学生時代…40年程前は カルトが 盛んに活動をしておった時期

たまたま 素敵♪と 思い始めた 筑紫哲也さんが 編集長を努めていたのだったか?の 朝日ジャーナルが 好きで

カルトについて 聞きかじり読みかじりし始めてた頃

路上アンケートにも よく呼び止められていた

同級生が まんまと ビデオ見せられっこに 誘われた

東北学院大学の 浅見定雄さんの 著作や

かの団体関係の文献なども 入手して 

なんとか 友人を思いとどまらせようと あれこれ 説得を試みた

暖簾に腕押し的

…しかし あっけなく スリーデイズ(洗脳合宿)に 参加する寸前で「やめる」と言い出した

あんなに 人の話など関係ない!な態度が急変した理由を聞いたら

好き♪と 思う先輩から「それやめときなよ」と 一言言われ

デートすることになったから…とか

膝カックン!気分でありましたが

地方から 出てきて ちょっと心細くて…のところにつけこまれていたわけで

その 心細さに 新興宗教団体の あれこれが 注ぎ込まれる前に

好き♪の はっぴ〜気分が やってきてくれたのだな

ほっ

中村敦夫さんの ひとり語り朗読劇『線量計が鳴る』…は わたくしの 手前勝手な「ただいま」の場所の一つ 那須町 豊穣庵で 目撃できたのだけれど

日本ペンクラブ繋がりで オープニングに 助さん(ドリアン助川さん)が 語ることになっており

その際の 照明スイッチを 操作する係を仰せつかり 

たったひとつ パチン と やりゃ良いものを

確か タイミングよりか 早めに 切っちまったのだった

ほぼ皆さん気づいてなかったようだけど

しばらく くよくよしてました わたくし

しかし 中村敦夫さんは おおらかに やさしくて

幸運にも 前乗り 宴の席で 次なる作品の野望も うかがったりできて(政治的な寓話)

「君みたいな パフォーマンスしてるって人に 読んでもらいたいねぇ」と 言ってくださったこと

呑んでみなさん いい勢いだった てこともあるものの

助さんから「ここまで言ってもらったんだから やる気あるなら ちゃんと 自分から コンタクトとるがいい」とまで 言ってもらって

…しかし 事務所の住所調べたのち 何もせず 数年経っちまいました

ぐうたら…

まぁ でも 役者 中村敦夫さんという 印象よりも

社会派作家 中村敦夫さん という 印象が色濃くなってゆく

他の著作も 読みたくなってしまうではないかっ!と

拳を握る 雪の午後

マッサージしちゃいかん

2024 年 3 月 26 日 火曜日

昨日 会葬分け分けの お支払いへ 歩いて行った 帰り道

つんのめったこと

ちら と 書きましたが

アスファルトが 地震かなんかで 異様に盛り上がったとこに 気づかず

右足が づ!と その隆起に ぶつかり

にょんっ!と 身体が 一瞬浮いて 

左の雪駄が そのはずみで 脱げて シンデレラ的に 後方に 置き去りになった 

あらやだ わたくしったら シンデレラみたいなことになってる と

口に出したほうが恥ずかしいことを 周りに誰もいないと踏んで ごにょごにょ 体勢立て直した…という 

うっすらと 恥ずかしいやつな 有様

なんてことなかったのですわ その直後は

不都合もなく 歩いて帰り

ばんげの支度の時も 普通に 歩いており

母の トイレ助太刀のとき こことこ ちょっと 立ち上がりが 難有りになってる母姫… いつも以上に 踏ん張り 持ち上げ 支えていなければならず

その時 ちょっと 違和感あるなぁ…くらい

足の裏あたりが 突っ張るようなとこ

ストレッチしたり マッサージしたら 治るかなぁ と

やってみた

…したらば その後 今まで鳴りを潜めていた 違和感が 痛みとして目覚めて

どんどん 声高に 不満を主張してくる感じになって 焦った

声の出どころは 足首の中の方から 踝にかかったあたり

そして そこに連なる 足裏やら 右側面

足根管とか 長趾伸筋とかなのか?

足つくのも辛くなり

遅帰りの あんちゃの ご飯の整え 口頭で伝えただけで とっとと 横にならせてもらうことにした

足を高くしてみる?と 足首下に 丸めた布団入れてみるも もっと痛い 

上向いて下向いて横向いて…どんな向きでも 痛い

おまけに にゃんこら 布団に乗ろうかな…で 踏まれて 痛い

…ううぅ

落ち着きかかった 牛太郎(去勢済 15歳)なのに

わたくしの むずむずもぞもぞで

こりゃあぶねぇや と 思ったか

移動していった

とほほ

そして 母は 相変わらず うまく立てなくて

あんちゃと 二人がかりで トイレ助太刀せねばならなくて

うぎぎぎぎぃ〜 などいいながら 未明 一時半頃の 助太刀までは わたくしも 出動した

これは 病院ものかな?

車運転できるかな?

水曜 保育仕事に 支障をきたすよなぁ

金曜は 仙台YWCA 学習支援子どもスクール春休みの会で パントマイムやらせてもらうんだでば…しかも 結構な動きのやつ…

ううぅ

なんで今こんな事やってるんかな?いや いつだってこんな事やらかしちゃいけないのにな…と

涙目

でも 足のどこも 腫れていない

気休め湿布などして

比較的 休んでいられる 火曜日一日で どんなことになるか 様子見だな

…と ごにょごにょ 思い巡らせて 眠れない…と思いきや

ぐっすり

そして朝 

少し違和感はあるものの

立てる!

立つだけならば さほど痛くない!!

痛み 違和感が 発生源より そこに連なる 腱的なものを 辿って 少しのぼっておる

お馴染みの 股関節の不具合や 坐骨周辺や 腰の不具合と 結びついて大きく成長しないよう

気をつけて しずしずと 過ごさねば

…てことで ご飯時でも お構いなしに 肩に乗りたがる だーちゃん(避妊済 4歳)に

本日は ご飯中は 肩に乗らないでもらうことにする

…のはずが 結局肩乗られた状態で 朝ご飯でした

ま それで どっか傷めたりはせずにおれたで よしとする

捻挫的なものは マッサージとか ストレッチしちゃいかん てこと

身を持って 痛感いたしましたる よき朝

今日も一日 ご機嫌でいこう

7daysbookcoverchallengeSpinoff「2024」その46

2024 年 3 月 25 日 月曜日

道で ちょいと 躓いて

まぁ なんてことなかったのですが

のちのち 違和感ある 右足首あたり

ちょっと マッサージしてみたら かえって 痛みだしてしまった

そんな中での 読了

…ううぅ なにやってんだ〜の 夜…

コロナ禍 騒がれ始めた2020年はじめ頃

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

#7daysbookcoverchallenge という流れが始まって

7日間

本の表紙のみ紹介だとか

誰かに 繋いでタグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

そこから 勝手に 派生させた

#7daysbookcoverchallengeSpinoff

飽きずに やっとります

2024年 その46

『動物哲学物語 確かなリスの不確かさ』ドリアン助川(集英社インターナショナル)

21の 掌編

動物の生態に 

哲学者と言われているひとたちの 問いかけ続けてきたことを 重ね 込めてる…のか?

「あとがきに代えて」の終章で ちょ とだけ 紐解かれていたりもするけれど

哲学と言われるものを かじった割には 何一つ知識として蓄積できてない自分は 

あぁ そうか…なんて 腑に落ちたり うまい具合に 言い表せないけど

ま でも 哲学って おえらいさんがこう言ってたんだと ということを 覚えることではなくて

なんだべ?と 思う ことを 考え 対話などで 考え深めていくことだ ともいうし

言い表さなくてもいいや とも思う

愉快に朗らかな話ではないけれど

愉快に朗らかなだけではないけれど生きてゆく ということの中に 見つけ出してゆくこと…

それは 望みの光に いつか 届く

哲学的に 考え続け

より手のひらにのせやすい 届きやすい言葉に と 言葉をめぐる旅路を続けておられる 作者が

お道化ながらも

どストレートに 真っ直ぐ伝えたい思いなのだろう

作者自身…助さんの声で 聴こえてきてしまう

語り口のおかげだろか?

擬人化ではなく

擬獣化…だな と 思う

『クジラのお母さん』の中の

「ミョンを思わせる少年」のような 存在を知っている

誰とも 話したがらない と言われていたのに そっと 呟いてくれたのは

わたくしの中にある「お腹を伝わってくる」感じと 似た匂いを 嗅ぎ分けてくれたからなのだろうな と 

ちょっと 懐かしい気持ちにさえなった

作者 助さん

今年は この本を 元に 朗読の旅に あちこちゆかれる とのこと

そのひとときをきっかけに

それぞれの中の 生きることへの 腑に落ちる思い

なにかに ではなく 今の自分の 足の裏への信頼が しみじみと 生まれますように と 願う

今の所 異常なし

2024 年 3 月 25 日 月曜日

冷蔵庫「あやこのひきだし」と言われているところ

何をどうするのが一番いいかわからない 抽斗状のとこ

わたくししか 用いない 食材 調味料など 入れてるのだけど

うっかり 勿体ぶりすぎた フカヒレスープのもとが 奥から出てきた(どんだけ奥深いんか!?)

10年前が 賞味期限のようだけど

頼んでもいないのに 冷凍庫みたいになる 抽斗なもんで

これも 凍っておった

もしかしたら 大丈夫かも?と

調理してみた

タイだか ベトナムのビーフン…これも 賞味期限は ちょこっと切れておる…と共に

…あら 美味しい

変異は 感じられなくて

ビーフンが 若干 冷蔵庫臭いぐらい

そして いまのところ 身体に 変調はない

以前5年前くらいに 賞味期限が切れてた ココアを飲んだ時は 胃もたれとともに

気持ちまで もたれたっけな

いろいろ 勿体ぶり過ぎないで 

新鮮なうちに 召し上がれ…だよな

このまま何事もありませんように

てくてく 折返し

2024 年 3 月 25 日 月曜日

父の 会葬費用 分け分けしていただいてるやつの お支払いに

てくてく 歩いていってみた

片道 28分くらいかな?

もんやり 曇ってても

そのくらい歩くと 汗ばんだ

やっとこ お支払い 折り返し地点

も少し頑張れ だ(その後に 待って頂いてる お寺さんへ…だよ 道のり長いよ)

遠くに雪の蔵王

足元に ほころぶ花々

ちょいと 霜焼けしたような 白木蓮も やがて咲きそうだ

なんだとて 

どうにか動いていくものだ

動いていくぞ

動かしていくぞ

緩急に富む日

2024 年 3 月 24 日 日曜日

夕方まで 敷きっぱなしの布団(にゃんこらが寝てたから…という言い訳あり)に 腹這うたり

茶など飲んで 本読んで のろり〜ん としており

さぁて ばんげの支度でもすっかなぁ と 動き出したところ

玄関に どなたか

あんちゃが 対応してくれたのだが

お隣さんが うちの やりたい方大のびのび貝塚伊吹が 物置の雨樋にかぶさっていて 困っていた…という話だったそうな

ありゃま こりゃなんとかせねばね

昨年 気になったところは ちょいと 切ってたのだけど

ちょいと…じゃとてもとても なんの問題解決にもなっていなかった様子

説明受けた場所を わたくしに伝えるのみの あんちゃ

こういうことは 君でしょう…的な…

そうでしょうけど

くくく

味噌汁仕込み仕掛けの コンロの火を消して

ほっかむり&マスクして

鋸と 植木鋏持って 出動した

案の定 にゃんこらが

なになになになに!?てなかんじで 飛び出してきて

お隣さんの 物置の屋根から わたくしを見下ろして 時に 頭なんぞに ちぇいちぇいちぇいっ!と ちょっかいかけてきて あぶないったらありゃしない

それでもなんとか 枝引き寄せ 挽いたり切ったり折ったり

汗だく… 

素人仕事なので 美しくはないが

おっ被さってた分は よけられたかな 

ああぁ

混沌密林にしてしまっても それが 内側だけで済んでりゃ 愉快だけど

外へと 波及して行っちゃったりするものね

それが迷惑になるのは 本意ではない

内側からだけ見てると わからんもんだね

これからまだまだ のびのびするあれこれにも 気をつけねば

ひたすら根詰めたもんで 多分 酸欠にもなったのでしょう

ぎぼぢわるい…てな感じになってしまい

とりあえず 切り上げた

ちくちくの葉っぱやら 朽木屑やらにまみれて

ふらふらと 家に入ったら

あんちゃから「うわ なんか 顔 すごいよ 鏡見たほうがいいよ 笑われるよ」と 言われた

汚くなったのくらいわかっとるわい!シャワー浴びてくるわっ!と 不機嫌に 返してしまった

いかんな

苛々虫も シャワーで 流して 

梅ジュース炭酸割りで 水分補給したら

だいぶ「ぎぼぢわるい」 も おさまった

仕切り直しだ

なんて 緩急に富む日だでばよ

7daysbookcoverchallengeSpinoff「2024」その45

2024 年 3 月 24 日 日曜日

急ぐ用事もなく

後ろめたさを感じず のろりん と 本読み日和の 本日

コロナ禍 騒がれ始めた2020年はじめ頃

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

#7daysbookcoverchallenge という流れが始まって

7日間

本の表紙のみ紹介だとか

誰かに 繋いでタグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

そこから 勝手に 派生させた

#7daysbookcoverchallengeSpinoff

飽きずに やっとります

2024年 その45

『曇る眼鏡を拭きながら』くぼたのぞみ 斎藤真理子(集英社)

翻訳家の お二人の 往復書簡集

きっかけは 韓国のフェミニズムに関する本から知ったのだったかな?

さほど 中身について 知っていて の 入手ではなかったのだけれど

読み始めてすぐに わわわわわぁ!と うれしい狼狽えに 見舞われた

外国語を知っているから 訳せるわけではないのだな

言葉そのもの…その意味も 生まれた背景も 出来事も 歴史の脈絡も 

そして 感情の源に 目を凝らす 感受性や 繊細さがなければ

言葉を選ぶセンスがなければ 携わってはいけない世界なのかもしれない とさえ 思った

比喩一つとっても なんと 豊かであることか

うつくしい 泉を 浮かべてしまったよ

書かなければ流れてしまう しかし 書くことによって 書かなかったことが 背景に流れてしまう…なんて

たまんねぇ!(わたくしの語彙不足を 嗤ってくだされ)

そしてまた どんどんざくざくと 読みたい本が ここからまろびでてくる感じ

森崎和江さんやら 藤本和子さんやらも ものすごく出てくる なんなの?

無批判に読んでしまっていることも

また 別の視点のものを 読むことで

わずかに 見晴らしが 開ける感じ

そして すぐまた 曇ってしまうであろうけれども

自分の眼鏡の 曇りを 拭きながら

本と 出会っていきたいな と 改めて思う

みつけたる!

2024 年 3 月 24 日 日曜日

昨日 帰宅したらば

あんちゃ「鍋の蓋 壊れちゃった」とな

一昨日 こさえてくれてたカレーの 鍋蓋

すんごく丈夫な 耐熱硝子に ステンレスの把手を 螺子で固定させているタイプ

時折 螺子ゆるんでることがあって

その都度 ゆるく締めていたので

多分 壊れたというより 螺子が ほろけたのであろ

どこで「壊れた?」と訊いたら

「コンロのとこ」と言うので

多分 カレーの中に おいてるんじゃないかなぁ と みて

かんまがしてみたものの 

見つからず

今朝も 残りのカレー温めながら 探したけど 見つからず

工具箱の中に 代用できそうなナットあり…と 思ったものの サイズが合わない

もうこれ もともとついていたのと同じ形のもの(ナットに帽子かぶせたみたいなタイプ)か

同じ口径の ナット 買ってきて 直したほうがいいかな と

把手の 部分を 持って 買い物に行こうと 思ってたら 

あんちゃが 遅めの朝ごはんに 起き出してきて カレーを 食べ始めたところ

「あった!」と 口から ぺれれ と お帽子ナットを 出した

やったぁ!

呑み込まずに 見つけられて よかった

こんだぁ 容易く外れぬよう

ぎっちり しめといた

うれしくて 祝うように 

あんちゃと 二人分の 珈琲など 淹れる

台灣パイナップルの季節?

2024 年 3 月 24 日 日曜日

そろそろ と 台灣パイナップルが 出回り始めましたる

これって 年中見かけないので

今から…が 旬なのかな?

宮城 もしくは 全国でいちばん パイナップルを食べているであろう 一般?家庭 もりんち

パイナップル常備の きっかけは たしか 台灣支援を パイナップルで…というのと

精麻問屋 麻光 ふっちゃんご縁の 沖縄のパイナップル農家さんの 台風被害だったかなんだかの 救済支援的なものだったかな

母も いつでも パイナップルは あると思ってる(食べてなくても 日誌に書いていたりする)

24時間営業スーパーマーケット トライアルで 買うのが 一番安いのだけど

旬になると ほかのところも ちょっと安くなってくる

よろこばしい

芯を切り落とさなくてもいい てのも うれしい(切り落とさねばならぬ芯も 発泡水仕込んだり 鳥手羽と煮込んだりするけどね)

これからまたしばらく よろしくね〜

いてくれてるけどね

2024 年 3 月 23 日 土曜日

未明 3時ちょい過ぎ

母の 呼ばる声 何度目か…のあたりで

眠りの薄膜が 少しずつ剥がされるように わたくしにまで 届いていた

あぁ あんちゃが 起きてこないのだな と

ぬろり と 目を開けて 出動した

「あぁ…あやちゃん おとさん なんぼ呼ばっても 起ぎでこねぇんだどぃん」とな

おとさん?父のこと?富二男さんが?あんちゃでなくて?と 訊いたら 

うなづく

むぅ

今は 呼ばって 来てけんのは あんちゃだよ 

「おとさんは?」

まぁ 来らんないわな

「なんで?いねぇの?」

ん〜 いねぇっつうが こごらさいで 見守ってでけっけんとも しっこ助太刀は でぎねぇっつうが…

「どごさいんの?」

ん〜…と 考えて 上方を指差したら

「あの世?」ときたもんだ

まぁ あの世とかこの世とか 行ったり来たりだべがね?

…と ここまでやり取りしたら 別段 困った風でもなく 思い出した風でもなく すとんと 気持ち おさまったようだ

母の気持ちの立ち位置も 行ったり来たりなのかねぇ

母が 父のことに関して 過剰に 感傷的にもならずにいるのが もどかしいような気持ちにもなるけど

父が いるとかいないとか どういう状態であろうと 変わらず凪なる思いでいる てのは

むしろ いいのかもしれないなぁ とも 思う