2024 年 3 月 のアーカイブ

昨日の行き帰り

2024 年 3 月 23 日 土曜日

昨日 中新田児童館に「十二時〜十二時半くらいに 入らせていただきます」てなことを 言ってたので

どこかで 昼食とるのではなく

車内食堂だな と 

お握っていった

昨年漬けずじまいだったから 多分 一昨年の?紫蘇の実塩漬け 解凍もの(フリーザーバッグにちゃんと書いとけよ!だ)

現場付近の コンビニエンスストア駐車場にて はむはむして

そこで買った ちょこれいとも 食後のおやつで 食べて 出動した

今回も Rice Fieldは 横目で ちら と 見流して がまん

ぜったい の〜ん と くつろぎたくなるから

急いでいるときは 寄らぬほうが 身のためなのでした

帰りも 寄りたい気持ち 抑え込み

一路 帰路 邁進

…あ でも 再会 かっぱちゃんと お写真は 撮った

何年か前も 黄昏時に かっぱちゃん 撮影したっけな

色麻町は 「かっぱのかっぺい」キャラクターができたばかりの頃

NHKテレビ『小朝が参りました』公開生放送が 色麻町にもきて

その時 お世話になってた イベント会社が 絡んで かっぺいの 中の人になったご縁

ぶあっつい台本いただいて

わたくし出番「上手より カッパ登場(たのしげに)」と 一行

その後は 小朝さんに 絡まれ 地元名産品を 紹介するテイで アドリブで 動く…という 役回り

その頃 車の免許なかったので 送迎していただいたのでしたが

早朝集合 

帰りは ピストン送迎のため 一番最後…で 真夜中

一日の 四分の三くらい 待機時間だったか?

舞台袖片隅で ストレッチしてたら

先代 故 桂三木助にいさんが 声かけてくださって

「かっぱさん 頑張ってるなぁ ぼくもがんばらなくっちゃ〜」て リハーサルでも がっつがっつしぼられる小朝さんに まけずにがんばるぜ〜みたいな感じ

すごく気さくにやさしく 周りを 和ませる 素敵な方だったなぁ と 今もしみじみと思い出す

その後 三木助にいさん 訃報に触れ

お姉さんのブログ通じて 三木助にいさんの 噺のCD 入手したのだったな

色麻町近くを通ると いつも そこいらへんにまつわる思いが 切ない

…とまぁ あれこれ 芋蔓式の 帰り道

あんちゃが カレーをこさえててくれるはず と思いながら

イトーチェーン岩沼玉浦食彩館にて 〆鯖高菜巻を 買ってしまった

一つだけ食べて 後は 翌朝にしたけどね

さてさて 本日は 保育園 卒園式

鍵盤周辺担当

しみじみと 見送ろうと思う

はっさいになりました

2024 年 3 月 22 日 金曜日

確か 生まれたのは 午後2時過ぎだったようなので

まさに 今 生まれてから 五十八年目に突入だよ の 瞬間は

「ぶんぶん」でした

明るいとこで撮った写真が 没してしまい

なんか 怪しい写真ですけど…

なんとも すこやかのびやかまっすぐど〜ん!と 向かってきてくれる お子たちに

観ていただいたり 

共に 動いたり

もみくちゃにされておりました しあわせな パフォーマンスのひととき

本来の在り方から 逆立ちしちゃって 母に 腹切りさせてしまって

それでも 生んでもらえたこと

出会ってくださった方々のおかげで

出合えた ものごとのおかげで

出合わずにいられたからあれやらこれやらのおかげで

…だからこその この 今

身体を 思いを 揺らす すべてのこと 

この世界の中にあること

しみじみと そんなことを 繰り返し繰り返し 

味わって 噛み締めておりました

これからも なるべくいのちたちみんなが ここちよく たのしくいられるといいなぁ てことを 真ん中にして

のろのろ あたふた どさくさ とてぱた 

そして ふぅ なんて やすみやすみ いこうとおもいます

ありがとうございます

これからも 懲りずによろしくお願いいたしまするるる♪

再開しんびじゅーむ

2024 年 3 月 22 日 金曜日

父が ずっと 世話していた しんびじゅーむ(蘭)

倒れる前の 抗がん剤の影響などで 手足痺れて来た頃から

わたくしが 水遣り 請け負うようになったものの

それから あまり 咲かなくなり

父 倒れてからは 葉っぱのみ

植え替えもしたものの

替えた 数株は 息絶えてしまい

なんだか 申し訳ない思いで 

でも 残りの葉っぱちゃんは とりあえず 息づいているので 水遣り 続けていた

確か 父実家の お義母さんから いただいたものだったか?

咲くたびに 切り花にして 持っていったり

なくなった後も 命日あたりに 届けていたのではなかったかな

…という 大切なものなのにね

ごしゃめしゃの 応接できない応接間の 片隅

今朝 また 水遣りに…と いったらば

うおおおぉ!

蕾!!

おひさしぶりのつやぴかさん出現!!!

うれしや

父が 逝ってしまう前に みせてあげられたら良かったのにな なんて 言ってもしょうがないことを言って めそったあと

あぁ でも 今は 肉体から解き放たれて そこいらじゅうに 満ちているのだったな と 思い直す

むしろ 贈り物頂いたような気持ちで 眺め直す

今日は 久しぶりに ぶんぶんパフォーマンスさせていただくぜぇ

張り切って 北上

れっつご〜 加美町だぁ

その人である ということ

2024 年 3 月 21 日 木曜日

年末年始あたりだったか

母の 右踝の下のあたりに

「褥瘡のようなものができています」と言われて初めて 気づいた ぼんやり娘 わたくし

そこを密着させたまんま 寝たきり というわけでもないので

なんにゃらかで 傷ついたのが 膿んだか

湯たんぽに 密着させてしまっての 低温火傷か

とにかく 慌てて 消毒して ゲンタマイシンやら アズノールやら 塗布したのだった

今 やっとこ 深めの傷が 盛り上がって 通常の肌に戻ろうとしてくれている…はずだ

長々とすまねぇ…

今朝 処置のとき「いででででぇ…でも おかげさまで よくなってんだおんなぃん」とまで 言ってくれた

おぉ いい調子

傷に気づいて 処置するまで

母としても なんの痛みに訴えもなくて

日頃 母が 集中しているのが 左半身の麻痺に伴う 異常痛覚についてとか

なんでこだごどんなったんだべいつまでつづくんだべこのいたみいっしょういでぇまんまなのがんやどうかいたみなおしてまひなおしてくださいおねがいしますおたすけください○○先生おたすけください父上母上なおしてくださいたすけてください…てなあたり

念仏のように 唱えたり

食後に書く日誌にも えんえんと こんなこと書いている

よく見えないので 目を開けているのが辛くて 目を閉じがち

痛みのために 動けない といって 動く部位さえ 動かしたがらなくて 筋力も衰えてきて 身体をまっすぐに保っていられないことも多い

聴こえもいまいちなので 聴こえない 聴かない

何より 外への興味が 動きにくい

その時によるとはいえ

呼びかけへの応えは いまいち 気乗りしてないことが多い

しっこなのか うんこさんなのか 出そうだ…と 感じるものの すこぅし 危うくなってる

腹ヂカラが 弱まってて 声が低いためか 耳の良いあんちゃに声がとどかず

夜中の しっこ助太刀 間に合わなかったらしいことありあり

内向きになってるとこ 無理矢理 外向かせるのも 酷なのだろうかね と 思う反面

やはり も少し こっちも見てくれや 気持ちも ストレッチしようや と つつく

楽観的 朗らかな おだずもっこであった…と 母のことを 言うとき 少し 過去形

性質 性格や あり方が 変わってゆくことで

その人である ということが 失われるわけではない

では そのひとが そのひとであることって 何に支えられているのだろう?

その肉体 身体で 特徴的な趣味嗜好 気持ちの動き方があって 行動の概ねのパターンがあって…だけではないよね

心身の動きあり方が ずっと変わらなくおる…なんて 機械じゃないのだもの

成長は 喜ぶけど

ある程度育った後は「劣化」として 喜ばれない てのは

「最盛期」が 嬉しすぎたゆえの 執着でしかないのかもしれない

どんなふうでも 今も その人でしかなくて

今までのよきことも あまりよくないことも すべてまるっと抱えて越えてきたからこその今

「最盛期」だけでなく

「今」だけでなく

すべてのつながりの関わりの集大成で「その人」を 支えていて

「その人」と 把握する 自分もいて

…あぁ そうすると 定義なんて ちっぽけなことなんてどうでもいいのかもしれないな

世界まるごとあってこその今ここのその人 そして受け取るわたくし

そんなあたりなのだな

そのなかで 揺れたり うなだれたり よろこんだり 色々あるだけ

とにかく そんな どうでもいいことだけど ふたつとない 奇跡的な ひとつひとつの いのちとして

愛おしんで 生き合っていこう と思う

…とか 殊勝なこと 言っといて

珈琲カップじゃないとこに お湯を注いで びたびたこぼし

ぐおああぁ!なんだこりゃなにやってんだこのやろおれさまはよおぉ!とか

にゃんこら びびらす 一人叫びなど繰り出す どたばたどさくさ粗雑な朝

さてと 己の診察に でかけねば

天秤にかける

2024 年 3 月 20 日 水曜日

母を デイサービスへ 送り出し

珈琲 淹れて

あんちゃと 話したり

それぞれで 本読んだり

…の 静かな 雨の休日 と思いきや

「ひとつ 相談があるのだが…」と あんちゃ

以前 母がデイケアで あんちゃとわたくし休みが重なる…という 稀なる日に ノープランで 車走らせて

なんの 前知識もなく たどり着いた 南相馬の こだわりとんかつ「末広亭」に 行きたいのだが 自分本日 お金は持っておらぬ…とな

一度 食べたら 忘れられない あの 衝撃の出会いの後

また 2人で 出かけられるタイミングがあり

しかし その時は あまり時間がなくて 近場の とんかつ屋さんに 行ったものの

「おいしいは おいしいけど この間のところの美味しさが あまりにもすごかったからなぁ…」との 感想だったもんで

んで 今度また 行けそうなときは 早めに 出かけられるようにしなくちゃね て 言い合ってたのでした

本日まさにうってつけではあったものの

べりーすぺしゃる金欠ばかきょうだい わたくしたちだったので

言い出さなかった

…のに

珈琲飲みながら 話したのって 金欠についてだったよね?

ふしぎなポケット持ってるわけでもないのに 何を言うとるかね…と ごにょごにょ応えたものの

オイル交換ガソリン代金明日の診察代…の キープを 用いればいいか 明日のことはまた明日でなんとか頼みの綱の貯金箱に幾ばくかのおかねが…とかなんとか

懐江戸っ子 もしくは 懐深く綱渡り芸人の 腕など誰も見せられたくなかろうが

なんというか ふいに 十五年前に あんちゃが 倒れたときのことやら そののちの 奇跡の復活やら これまでのあれやらこれやら

きょうだいででかけられるありがたさえがたさのこととかが 走馬灯のように 巡って

今の 楽しいおいしいにこにこじかんは あとさきのことよりか 大事〜なんて 

脳内天秤 がしゃり!と 決着

よっしゃ いくでぇ と 言ったら

もんのすごく わかりやすく うきうきする あんちゃ

そして 一時間ちょいかけて たどり着いた 末広亭は お昼前だけど 既に 駐車場いっぱいいっぱい 

きっと 停めるためのスペースではない…てなとこに 停めてしまったけど 他の車に支障がなさそうな すまっこだったので よしとした

満席で 待ち人 数名 おられたものの

回転が良いので 程なくして カウンター席へ 案内していただいた

頼んだもの 運ばれてきたとき

気持ちよく 活きのいいお店の方に 食べ物のお写真撮らせていただいてよいですか?と こそっと訊いたら

訊いたときのトーンに 合わせて 声を潜めて「大丈夫ですよ どうぞどうぞ」と 言ってくださって

その ひそひそなかんじのまんま 耳打ちするように

「こちら ソースもいいですけど 塩も合うんですぅ」と いったのが なんとも 愉快だった

わたくしは 予算的なことで

普段あまり選ばない チーズヒレカツにしてみたのだけど

だからこその 思いがけぬ 美味しさとの出会い てなかんじ

そのまんまでも 塩でも ソースでも 全部 いける♪

食べた瞬間も 食べ終えてからも

全部 間違いなく 美味しくて

ずっと その 軽やか朗らかな気持ちが続く

あぁ 美味しくしてくれてありがとう♪と 手を合わせたくなる

本当なら ほろけた フライの 衣すべて 残さず 食べたかったものの 

なかなかそこまでは…皿舐めるわけにいきませんしね

…と 思ってたら

さっきの 気持ちよく 活きのよい方が

「わぁ♪きれいに食べてくださって ありがとうございます〜ぅ」て また とびきりの笑顔で 声かけてくださった

あんちゃも 仲良し同級生との 里帰りご飯会のとき ぜひここを推薦したいものだ と 言いながら にこにこ 満足笑顔になってて

思い切って 来てよかった と 思った

また 行きたいや

こんだぁ 綱渡りじゃなく…ね

7daysbookcoverchallengeSpinoff「2024」その44

2024 年 3 月 20 日 水曜日

晴耕雨読 なんて言葉があるために

晴れてる日に 本なんぞ読むと

ちみっと もったいないような気持ちになったりもする

んだもんで 今日みたいに 雨だと 大手を振って 本が読める

ま 降っても晴れても 読みたいときに 読んでるけどな

わはは

コロナ禍 騒がれ始めた2020年はじめ頃

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

#7daysbookcoverchallenge という流れが始まって

7日間

本の表紙のみ紹介だとか

誰かに 繋いでタグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

そこから 勝手に 派生させた

#7daysbookcoverchallengeSpinoff

飽きずに やっとります

2024年 その44

『人生賭博 横浜ネイバーズ④』岩井圭也(ハルキ文庫)

待ちに待ってしまうのよ このシリーズ

もう本なんて買ってる場合でない…といった舌の根も乾かぬうちに 新刊お知らせきて 注文してる奴…おれ

一作目からの 衝撃の出来事や

そこに 見えていた物事の 裏打ちされた思いの始まりに 光が当てられたりしてゆく

起承転結 激しいあれこれは 毎度あるわけではなくなっている

それがとても 自然

あぁ 元気でやってるんだな あの子

でも 相変わらずのようでいて 実は

ひとつ ひとつの 出来事から 少しずつ 影響を受けて 動いているんだな 

繋がったりもしているんだな

捨て駒ではないんだな と

登場人物 一人一人が 体温を 帯びて 浮かび上がってくる

現代社会の問題など とりあげている エンタテインメントだとしても 

そちこち に 出てくる言葉が あたたかい

「その場にいてはいけない人間なんて、いないんだ。国籍も、性別も、年齢も関係ない。誰がどこにいようと、他人から排除される理由なんかない。他人を排除していい権利もない。」とかね

エピソードそれぞれは 締められていても

関わり 見かけた ひとたちは 息づいている

「5巻に続く」ときたもんだ

くうぅ

みんなの日々を はらはら見守る 近所のおばちゃん気分

…すっかり ネイバーズ(ご近所さん)に 巻き込まれているのでした

7daysbookcoverchallengeSpinoff「2024」その43

2024 年 3 月 19 日 火曜日

連投

すぐ読めてしまうだろうけど 惜しいような気持ちで

手に入れてからしばらく 飾って眺めていた 一冊

…なんなんだ その心持ちはよ…

コロナ禍 騒がれ始めた2020年はじめ頃

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

#7daysbookcoverchallenge という流れが始まって

7日間

本の表紙のみ紹介だとか

誰かに 繋いでタグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

そこから 勝手に 派生させた

#7daysbookcoverchallengeSpinoff

飽きずに やっとります

2024年 その43

『せんねんまんねん』詩 まど・みちお 絵 柚木沙弥郎(理論社)

多分 この詩は 単独で 読んだことがあったと思う

でも こうして 

柚木沙弥郎さんの 絵と 噛み合わされることで

より 膨らみ広がる

同じことの繰り返しではなく

ぐるぐるしているようで 

円ではなく

螺旋よりは

唐草文様 アラベスクのように

どこか別のところへもつながっていく

声に出して 何度も 読んで

洗われてゆくような思い

7daysbookcoverchallengeSpinoff「2024」その42

2024 年 3 月 19 日 火曜日

本の中には すいすい読めないものがあって

それは 難解さによることもあるけれど

一節から 色んな感情 記憶が 湧き出してきて 立ち止まらざるを得なくなる…ということもある

今回のは 湧き出し立ち止まり系であった…

コロナ禍 騒がれ始めた2020年はじめ頃

お家滞在時間を たのしく♪とか

読書文化復活を!とか

#7daysbookcoverchallenge という流れが始まって

7日間

本の表紙のみ紹介だとか

誰かに 繋いでタグ付けするとか 

いろいろ 制約あったのだけど

やはり 読んだ気持ち 言いたくて

制約取っ払い

そこから 勝手に 派生させた

#7daysbookcoverchallengeSpinoff

飽きずに やっとります

2024年 その42

『新版 慶州は母の呼び声』森崎和江(ちくま文庫)

とても名の知れた方だというに

多分 初めて

もっと早くに 出会うべきであったろうに と 悔やんでもしょうがないのだけど…

植民二世と 名乗っておられること

決して 特権に甘んじて暮らしていたわけでもなく

その 柔らかしなやかな 幼心で

日々の暮らしの背景を支える 力の成り立ちを

薄っすらとでも 感じ取り

負い目のようなものさえも 感じておられたようなところ

その時代にあって「皇民」などという言葉に 呑まれぬ 確かなる 眼差しを持っておられた 父上の 存在のおかげもあるのだろうけど(国を支えてゆく子らを大切にせねばならぬのだから 教育や医療の無償は当たり前ではないか…なんてな コスタリカのようなことを その時代に考えておられたとか すごすぎる!)

あっさり読めば のどかなる 幼い日々のエッセイのようでもあるけれど

余章にも記されている「他民族を食い物にしてしまう弱肉強食の日本社会の体質」が 自分の中にも流れている と 抱えながら生きて 書かれたということからくるのか

深くも知らずに 安穏と生きてしまっている わたくしにさえ ちり ちり と 刺すような 痛みが 滲み出てくるようで

しばしば うぅ…と 本を閉じて 息を整えねばならなくなった

引き上げてこられた後 程なくして 自ら逝ってしまわれたという弟さんが 書かれた「敗戦の得物」の中の

「自由の根底」とは したい放題なのではなく「人と人との相互の信頼」「他に迷惑をかけない、他人の不幸を脅かさない」とあるのが

罪悪感と共に 迫ってくる

かつてが野蛮だったから戦争が避けられなかったわけではなく 自国のことばかり みつめる「単眼」で生きているからで 敗戦後もその体質は変わっていない ということば(これは『地球村のびっくり子ども』からの 引用)肝に銘じねばな

本の中に出てきた わらべ唄で ばあちゃんが教えてくれたのと 似てるのがあって おお♪と うれしかったのは

「月夜の晩に、火事が出て、水持って来い、木ベエさん、金タマ落として、泥だらけ」てやつ

うちのは

「げづよのばんげ かずだすて すいどのみずばかげだれば もくさん ちんたま どろだらげ…にち!」てなやつです

ま それはさておき

このさき どれだけ読めるか わからんけれども 森崎さんの 著作も たどりたいと 思うのでした

いやはや 読めば読むほど読みたいの増えるって なんだべまず…

咲くね

2024 年 3 月 19 日 火曜日

台所窓辺しげしげさんとこの 一員

ちぢみゆきな

大きい葉っぱは 食べて 真ん中のあたりの ちみっちゃいのを 瓶に挿しておったのだけれど

この度 咲くことにしたようで

にょき と 伸びてきた

ひとつ こうな風になると

他のもつられて

咲くに向かう動き 波及するというか

それぞれなりに 何かしら 受け取っているのだね

長葱は また プランターに行ってもらうかな

根こそぎ抜かないと 何年も そこに生えててくれて すっかり 観葉植物となってる 

春は 愉快だね

つられて愉快に いたいねぇ

ぱりん

2024 年 3 月 18 日 月曜日

先程 母 デイケア帰宅 迎えた時

うっかり 車椅子を 引っ掛けて

花器を 倒してしまった

ぱりん!

香ばしい音がして

割れてしまったのは

花器ではなく

その上に 置いといた 帽子的なやつ

昨年 11月に わたくしの勝手なる「ただいま」の場所の ひとつ 

那須町の「豊穣庵」さんの 収穫祭にて 出会った 武藤農園さんから 買い求めた 冬瓜の 頭のとこ くり抜いて

ジャック・オ・ランタン みたいにして

豊穣庵の かっちゃんが こさえてくださった 竹の 花器の上にの 被せておいたのでした

ずっと被せっぱなしで 今まで

中でちみっと 黴発生してたのは わかってたけど

乾燥してきたし そのまんまにしてても 問題ないかな?て 放置して失念しており

倒れた時 ぱふぉ…と お抹茶の粉みたいな黴さま 少し 飛びました

うわわ

これを きっかけに 拭き掃除しましたる

んで 武藤さんちの トウガンオランタン?は

庭の土に 混ざってもらうことにいたしましたる

粗雑な 扱いで申し訳ない…

今の所 小松菜など 挿してましたが

そろそろ 庭の花々も 開いてくるので

花挿しが 楽しくなる

今日は 雪混じりの 強風だけど

春が あちこちひらかれてるぞ〜