ご飯粒 一粒には

結構 みっちり 神様がいらっさるんでしたわね。
「神」という 言葉で縛っちゃうことに ためらいはあるけれど
やおよろず気分は 実感する。
いっこいっこ いちいち 違えずに 
たったひとつの「〇〇による」・・・てすると、一神教と似たようなもんだと 思ったりするけど、あんまり詳しく語ると 問題発生するので
このへんでやめとく。
昼 いそいでたもんで、茶碗にご飯粒 ついたまま 洗い桶に 
ざぶ・・・て入れてしまって 自己嫌悪。
しばし その 米が実って ここへたどり着く道のりに 思い巡らせてしまい ぐるぐる・・・さらに時間過ぎ行く。
すまんすまんと 手を合わせる昼下がりであった。
自分の ひり出したものさえ 何ものにも活かせず
無駄に ただ喰らふ 無力なわたくし 

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