







久しぶりに ペットシーツを敷いていない 流し台の前
うししか食べない「しっとりっち」(でも昨日 さばちょびがたべてくれること判明)
もう「うしが 食べてくれるかも」なんて こじつけ理由で 鰤柵 買えないね…自分で食いたいから買う…しかないだろ
うしにまつわる 貼り紙のあれこれ 剥がしたほうがいいかな
どこにおる?て 心配して きょろきょろしなくても 済むんだよね
思えば こことこは 歳を重ねて よろける 牛太郎(うしたろう 享年 17歳)を思ってのこと が 暮らしの隅々まで 満ちていた
だから どこを見ても うしの 気配で
うしを思う 気の持ち方で 過ごしていたんだな
あの時の姿
この時の対応の仕方
思い浮かべては
ここにもう 生身がいない 抜け落ちた 現実に 呆然としたりして
内向きになって 内側ばかり撫でて
泣いて
ぐるぐるぐるぐる 渦に 呑まれてしまいそうになる
外側の世界に対して「そんなこと」扱いして
手も 気持ちも
伸ばさない 向けない…になってしまう
いかん
今までの うしがいた日々から 欠け落ちた日々になったのではなく
いてくれたからこそ 欠け落ちた日々も いきゆけるのだ と
再び 顔をあげてゆく
欠落の物語ではなく
再生の物語を 語れ
明日には うししっこにまみれた シーツや毛布も 洗って 洗濯物サグラダファミリア一部(まだ一部!?)解体するぞ
10年前に 出かけたきり 帰ってこない 当時 二十歳にならんとす だった ぴっちっちっ の 寝ていた ブランケットさえ 洗えずにいた わたくしだが…
亡くすということに うまく向き合えていなかったであろう あれやらこれやらを
うっし〜の おかげで ついでに まとめてなだめておさめてもらっていくのかもしれない
弔いの場所を見に行ったら
さばちょび(去勢済 5歳)が
な〜〜〜〜〜〜う と 足の間に 滑り込んで
あそぶ?あそぶ?あそぶ?な感じになってきた
そうだね 手の触れることのできる いのちたち いてくれる なう!だものね
これからも ぐなぐなしまくるだろうけど
だいじょうぶ
なんとかしていくよ
ぼやけた視界が すこぅし 晴れる