落ち着かない本

落ち着かない本というのがある

いや 本自体は 落ち着いているのだ

わたくしの態度だ

読んだそばから そわそわうずうずするの

特に 本について 述べていたりするもの

…あっ それ 持ってたはずだ

そうだそんな感じ…まてよ 確かめてみたくなるな

あぁ そりゃ是非読みたくなるな

…などなど

出逢いを

出逢い直しをくれる 眼差し 視点に 突き動かされるのだな

そういう刺激を 受けずとも

ただ 出逢って

読んで

深く

より 的確?に 読み込めれば そんな気持ちにもならないですむのかもしれないけれど…

うっかりすっ飛ばしてしまうこと

忘れ去ること 多いものだから

書評的なものは

ありがたく嬉しいことが多い

ただ さらにそこから 本に誘われてしまって

積ん読サグラダ・ファミリアは 増築を続けてしまうのだ

もう一生本買わなくても 読みきれないほどあるはずなのにね

でも 読みきれないとしても

出逢わずに済ませるのが悔しかったりして

なんなんだこの 身の程知らずの貪欲さは!?

まだ読み終えてない須賀敦子さんの『本に読まれて』も

ここから 何冊かに 誘い出されて

まんまと 寄り道しまくりて 今日に至る

今読んでいる『あいまいさを引きうけて』も

すでに「この本あるはず」の 混沌自室探索やら 新たな本 入手へのてはずとか

いやはや

落ち着かない

あと 三十分は この場を動かずに

読み続けなさい と 己に 課してみる

あほう

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