言葉にこだわる

その言葉によって不快な思いをする人がいるから
語源が よからぬものだから
いろいろ理由はありましょう。
でも、耳慣れた言葉だし 他に変わる言葉が無いから・・・と
響きだけ残して ひらがな表記にしとく・・・て どうなんだか?
子供→子ども
障害→障がい
・・・いいのか?こんなんで。
何か変わるのかなあ、これで済んだと 受け流す方が 始末におえない気がする。
かつて、社会的差別や無意識の差別に 注目して 問題意識を持って生きている・・・という人と 知り合った時、何気なく使っている言葉に 恐怖を覚えたことがあった。
「おくさん」「ご主人」「子供」・・・たぶん その頃の名残 
今でもその言葉を すんなり使えなくなってしまっている。
差別意識なければ、馬鹿にしているわけじゃないなら 使ってもいい という考えと
知らずに使うことで 人を傷つけたり 差別を助長するという 考えと
どちらにも 着地できずに うろうろしている。
でも、ただ字面をかえりゃいいというのには うなづけないんだ。
いろんな人がいる いろんな表現がある いろいろな扱いを受けた歴史がある
色々あって当たり前を 受け入れながら 折り合っていくいい方法を考えなければ いかんよなあ。
わたくしには何ができるだろうか・・・と いつも考える。
軽度の難聴が しずしずと進んでいる・・・かもしれない わたくしは
人の話をちゃんと聞こうとし過ぎて 「つんぽ」の空耳・・・てな具合に 妙な話の聞き方になっちゃうし(「みみくされ」とか「エロ耳」・・・て 友人から呼ばれてたことある わはは)
聞き間違いとわかると 焦って「吃って」挙句「おし」のように黙ったり「めくら滅法」つじつま合わせようとしたり・・・ 
感情に任せすぎたり 理性だけで物事を進めようとして 脳の使い方のバランスが悪い「頭かたびっこ」とか 言われたことあるし
・・・でも、楽しく生きてますが。
そんな風に、いろいろあっても大丈夫なんだよ 仲良く楽しくやっていこうよ・・・て みんなが思えるように なにかできたらいいな・・・といつも思う。

コメントをどうぞ