アフィリエイトフクシマワーカーズ 立ち上げて
かつての 福島原子力発電所で お仕事なさっていた経験と
いまでもより良き 道を探すために
現場の方々との繋がりを 大切にして
今を伝え
未来を考え続けている 吉川さん
現場を
現状を知り
えらんでゆくこと
それぞれの 思いの違いも みつめてゆくこと
思想だけで 責め立て合うことありませんようにと 願うです
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今月、原子力事故避難区域が続いている福島県双葉郡浪江町は、帰還のための準備宿泊が始まりました。
写真群後半は浪江町役場内に作られた仮設商店街の写真です。
ようやく町内でごはんが食べれるところが出来ました。
原子力事故による避難は6年目に突入し、長らくの空白の期間は戻ることが経済的にも精神的にも苦痛を伴うものとなっています。
避難ではなく移住という本質
新しい場所でようやく生活が落ち着いた今、6年前と形が変わった町に戻るという選択は容易ではありません。
それでも高齢者を中心とした「それでも帰りたい」方々のために町は動いていきます。
それで良いと思っています
ですが、そうした厳しい環境の中帰る方々を勇気づけようと色々と無理がたたっているのも事実です。
仮設商店街は経営的には成り立ちません。それはお金的にも労働者を集めるという意味でも。
ですが町の将来のため、貢献しようとする人達が無理を承知でやっています。
写真群前半は同じ町内、浪江町の沿岸部、請戸地区です。
そこには放射性物質を含む震災瓦礫を処理するための焼却炉があります。
その地に立ち、あたりを見れば、セイタカアワダチソウが黄色の絨毯を作っています。
除染によりはぎ取られた土、それは栄養分を失うということ。
米を作ることは出来ます。でもそのコメは本来の品質にはおよびません。
解除後、営農が再開されても本来の形に戻るにはそれから何年もかかります。
南を向けば、福島第一原発の排気筒が見えます。
壊れた原発と隣り合って暮らす、それは現実のものとなっていきます。
私達は被災された方々を思うがあまり、時に目の前の課題をあえて見ぬふりし、ポジティブ側に振り切ろうとします。
双葉郡のホットな新しいニュースでの映像は、その脇で除染廃棄物が積み上げられた田畑は写されません。
気持ちは分かるし、進まぬ現状は故郷の悪いイメージを社会に伝えるものとなってしまいます。
ですが本当に被災された方の苦しみを軽くするには、今も残り続ける問題を遠ざけず、どうすれば良くなるかを議論し改善に取り組むことです。
戻られた方を支える
残る課題を解決する
振り切れていいのは、前に進むところを後押し、残されている課題を明らかにしつつ改善すること。
これらを丁寧にやることです。
今もそんな危険な場所に人を戻すなと、ふるさとは否定され続けています。
あーまた言ってる、そういう人は関わるな、来るなという雰囲気はおそらく間違っていて、そう見られる現実を受け止め、解消していくことが必要だと思います。
放射線を、見えぬ、感じぬ、影響の出ない日々に対したことではないという風潮、放射線との対峙の仕方(知識)という点で浸透は今もしていません。
特段の変化のない日々に大丈夫なものだろうとなっています。
それは隣り合う原発に対しても
そこで暮らすしかない、寂しい
もう不満を言い続けても疲れるだけ
どうして不便な場所に帰らなくちゃいけないの
私の人生はどうなるの
そうした言葉を吐く被災された方々に明確な答えを私達は持ち得ていません。
客観的視点、主観的視点、そこに十人十色の思いがある
複雑に絡みあった糸をほぐしていくのは、動き出した歯車にいかに順応し上手く回るようになるか、建設的に進めることです。
でもそれは見て見ぬふり、いい言葉だけを振りかざすことではないと私は思っています。
夜の被災地を訪れたことはありますか
イベント以外で行ったことはありますか
そこで暮らす方は24時間365日、訪れた方が心痛める状況の中、大切な人生を暮らしていくのです。
支え合い、心通わせ、本当に起きている課題から目をそらさず誇張せず、解決していく。
地元の人間として。
そして出来うるならば、地元以外の方は理解というところから間違わず入ってきて、支援を続けてほしいと思います。
この飽食で豊かな日本の中で起きている現実
そしてこれはとても長期的に解決されていくものだから。