不謹慎ちゃん

長嶋有さんの 作品『フキンシンちゃん』てありましたが

己がかなり 不謹慎て 言われるところにおり

それはもう 今に始まったことではないので

言っちゃうけど

コロナ感染のおかげで

父の 弔いまでに 間隔開けねばならなかったり

養生せねば!とか

決め事なんとかせねば!とか

感傷に呑まれる前に 

頭がだいぶ 現実的なことへの思い巡らせへ まわりはじめ

あからさまに言えば お金ないのに(謙遜とかなんとかじゃなく 本当の本当)お金がかかることに着手しておる!という 現状

まぁ 特殊事情ですから

しょうがないこと承知の上

取り消しませんとも

でも これは 多くの方から なんやらかんやら「私たちも大変だった」経験談を寄せられ

そんなに みんなみんな 問題なく クリアできてなかった話なのに なぜやすやすと流れ込んでゆく道筋なのだ?と

ものすごく 不思議な気持ちにもなり

…んんんん

不謹慎だから 縁起でもねぇから…と 前もって伝えない

前もって そんな話 知ろうともしないことも あるよね

父はきっと きちんとさんだったので 蓄えてました

…しかし ぼんくら娘わたくし

伝え聞いていない上に

介護という名のもとに それらを切り崩しました

「罪深き 杣人」…なんて もやっとした 言い方で におわせたの もう 十年も前

…ま それは おいといて

そこいらのこと なんとか「縁起でもねぇ」ぐねぇかたちにして 伝えられまいか?

誰かを敵に回したいわけではない

今回 お世話になった 関わった方々皆さんに ご協力いただいて 

いろんな形のあり方を模索したり 考える 備えるきっかけになるようなものとして

そんなこんなを 本にして しまえないか

簡単じゃないことも 重々 お重37段くらい重ね

そんな話を 朝 起き抜けのあんちゃにしてみる

こいつ何いってんの?の 渋顔

出版業界におった あんちゃ

いくら 高次脳機能障害とか 病を得ても 

その難しさは 忘れていない

そして 今でも 素晴らしき 編集能力

わたくしの 思い駄々漏らしぶっ飛ばしを 調えてももらえるのでは…なんてな

とにかくもう 今やれること考えられることとして伝えてみた

結構これも 喫緊の話

「現実的じゃない」ても言われるだろが

伊達に 霞食って 生き繋いできたわけじゃねぇからな

思考も 飛ぶのよ

くうぅ

みんな平熱の朝

発症 0日として

わたくし 4日目

母あんちゃ 3日目

養生したり

連絡して 決めたり託したり

母の糖尿病外来は電話診察した後 再び発熱外来経由で お薬貰いに行ったり…

やれること やるしかない

ま いままでも やれないことはやってないわけで

相変わらず て ことだ

父が逝ってしまったことは 哀しいけれど

それで 腫れ物になったわけではないのよ

父の飲み残し(口つけた…てわけじゃない) 経管栄養の エンシュアH

これで父は ふくふくめたぼりっくすいかっ腹でもあった

病み上がりに 飲んでみっかな

気づけば 置きっぱなしにしちゃってた 薩摩芋が にょきにょきして 窓に届いちゃうよ

生きているねぇ

生きていくよ

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