
仙台駅から 歩いて ピアノ仕事へ…て
これまた 久しぶり
十四年くらい前
寒いから お日さまの 照ってる道をいこう と
「いつも」じゃない 通り道を選んで
たまたま 悲惨な事故(殺人)に 遇わなかったのと 同じ 道のり…なんてことを ふと 浮かべて
今でも 胸の奥が ざわざわする
でも それを 静かな気持ちで 眺めているような自分もいる
助かったこと
助けられたことに
「意味がある」と 慰めてもらえたことに 素直に頷けなかったのは
助からなかった人たちへの 思いが立ち上がってくるからなのだな
そこに どんな意味付けができるというのだ?
意味付けは 自分ら それぞれですればよいことだとしても…
同じような 道のりを選ぶと いつもこの辺りのことで ぐるぐるしてしまう
でも
今 生きてることを
ありがとういきていくよ と 思う
それだけなんだな