新「奥の細道」…助さんの投稿から

週刊朝日短期連載 そして ネット連載時のものです

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新「奥の細道」(54)
9月8日(土曜日) 〜午後2時 角田市 メル友の道化師と会う 

 震災後どれだけたった頃か、ボクは新聞のコラム欄に「うちの事務所でも三名までなら泊まれます。避難場所がなくて困っている方どうぞ」と記しました。すると宮城県のある女性から「ありがとう」という言葉が送られてきたのです。
 それが道化師の森文子さん。

 まあ、ああいう時はお互い様ですから。それに・・・問い合わせは数件あったものの、「用意できるものは簡易ベッドと寝袋です、シャワーはないのです(隣町に銭湯はあるよ)」と答えると電話口の向こうで皆さんちょっと押し黙ってしまった。実際には被災者でもなんでもない昔の友達が訪ねてくるというオチがついただけで、結果的にこのオンボロ事務所は役に立たなかったのです。

 しかしそれがきっかけになり、幾人かの新しい知り合いができました。森さんとも時折、赤鼻業の苦みを吐露し合う仲に。そしてこの夏は、東京まで鈍行を乗り継ぎ、森さんはボクらアルルカンのライブを観に来てくれたのです。いつも言葉のやさしい人です。

 その森文子さんと初めてじっくり話すために向かったのがここ角田市。駅前はやはり相当にのどかな雰囲気。ところがなぜか、家々の向こうには巨大なアスパラのごとく、白亜のロケットがニョーッとそそり立っているではないですか。角田市にはJAXAの研究施設があります。それで市のシンボルとしてH2ロケットの実物大模型(高さ49メートル)を設置したのだそうです。シュールとはこの光景なり。ドッキング饅頭とか、純米吟醸「大気圏」とか、そういうのもここにはありそう。
 
 森さんは震災の日、自宅にいました。数日前に起きた地震(前震?)によって崩れた本を整理中だったそうです。そこへ突然の激震。長いと感じながら、森さんは電燈の笠とつづらをずっと押さえていました。
 家の崩壊は免れましたが、震源に近い土地とあって、電気や水道、電話などすべてのライフラインが止まりました。情報がまったく入ってこず、どこでどの程度の地震があったのかもわからない有り様。宮城県内でありながら、津波の被害や原発事故のことを知ったのは一週間後だそうです。それまでは給水場所で交わされる会話や、友人からの連絡など、少しずつ入ってくる情報をつなぎ合わせていくしかなかったといいます。食べ物や水の確保がまず問題で、放射性物質が降り注いでいることなど一切知らずに外を歩き続けていたという森さん。

 その後も、宮城は津波被害一色で、原発事故の問題は福島止まりだったと森さんはいいます。
 でも、セシウムやストロンチウムを撒き散らす風に県境は関係ないですよね。当然みなそれを考えます。不安が募るなか、森さんや知人の皆さんは、市長にメールを送るという方法をとったそうです。

 表立って何かをすると浮いてしまうのよね、ここでは・・・と、森さんはおっしゃるのですが、いえいえ、ロケットタウンに限らず、どこにいようと何かを企てれば多少は浮きますし、目の端で睨まれたりもします。それはどこもいっしょですよ。
 とまれ、ここの市長は市民がダイレクトに送れるメールコーナーを設けていたというのだから太っ腹。それであまり表立つこともなく、「現状はどうなっているのか?」「市はどんな対策を考えているのか?」「子供たちは給食を食べて大丈夫なのか?」といった具体的な質問を連発することができたそうです。
 
 さて、その現状ですが、角田駅前の公園で計測したところ、0.33マイクロシーベルトという数値が出ました。福島市内ほどではありませんが、やはりここにも放射性物質を含んだ風が吹いたようです。
 しかし、森文子さんはこの角田から出て行くつもりはないといいます。
 それはどういう心境なのか。
「意地でも今後を見届けてやるってことですヨ。ウホホホッ」

 将来、健康に影響が出るようなことになるのか。あるいは何もなく過ごせるのか。農業はどうなるのか。この土地はどうなるのか。それを見届けたい。だって、生まれ育った場所なんだもの。
 笑顔でそう言われた時、ボクはずいぶんと納得しました。
 そして、そんな故郷を持っている道化師に、H2ロケットよりもまっすぐなものを覚えました。

 森さん曰く、震災三ヶ月後から半年後あたりまでは、パフォーマーや大道芸人にも仕事はあったそうです。復興をテーマにしたイベントが東北各地で催されたから。でもそこから先はぱたっと一気になくなってしまったそうで、道化師はなかなか大変なのです。(どこにいても道化は大変だけどね)

 カエル友の会に入ってらっしゃる森さん。芭蕉もカエル好きだったので、頭に載せてもらいました。「このでかいカエル、お客さんひくんですよねえ」と言いつつ、ポーズ。

 角田駅前 0.33マイクロシーベルト

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