声の力

やはり

和合さんの 声色 というか

声の力加減が 絶妙に 変わるのだ

人は 何を 言葉にするかによって

力加減は 知らず だとしても 変えるもので

それは 当たり前のことなのかもしれないけれど

多和田さんと 開沼さんの お話を ことばを 引き出そうと 時間も気にしつつ 発するときと

最後の 締めに 吉野弘さんの 最近発見された 未発表の詩(雨にも負けず的な?)を 発するときと

うわあぁ 惑いなく このことばを届けようとする 色と 力と 熱なのだな

ぐっ と 届く

てのひらに

こころのひらに

過ごしてきた 時を 土を 人を 

そこに 暮らし続けながら 

生きたことばを紡ぐ 説得力

それは 人の 紡いだ言葉を 伝えるときも 息づくものだな

「未来の祀り」で 和合さんが つくりあげて つないでゆこうという 新しい まつり…ふくしま未来神楽(今年は 8月26日)

素晴らしいなぁ

それに すこぅしだけ通じるような 昨年辺りから わたくしのなかに芽ぶいている 作品の種

まだ かたちには なってないのだけど

その思いの輪郭 そっと 添うように 勇気づけてもらえたような 気持ち

開沼さんと 和合さんとの「ふくしまめがね」?の 企みも 楽しみ

今回のことがきっかけで 出逢えた 多和田さんの作品…震災を受けて 書かれた 本も

会場で購入して 2~3ぺーじ 読んだだけだけれども

なんと 小気味良い 比喩

引き込まれる

ベルリンにおられたからこそ 日本を ふくしまを 問われ続けて

とりあえずでも 言葉にしてゆかなければならなかった 環境から

離れていながらも 自分のこととして 震災を 生きることになり

それから お盆には いつも 福島へ 呼ばれてしまうのだという話

なんだか とても 腑に落ちる

これから 芽吹くであろう思い

これからにも きっと宿る思い

いっぱいいっぱい 満ちた

本に サインをいただくって ちょいと 照れて いたたまれなくなるもんで

あまり 最近 いただかなかったのだけれど

行っちまったよ

しかも 和合さん「あっ♪いつもありがとうございます」て

いや 言葉交わしたの 初めてですし

顔本(Facebook)の コメントなんてものは 何百ものかたが されてるし

わたくしのことなんて 覚えておられないはずだ と 思ってたから

正直 たまげてしまい

なんだか あわわわ…なんてなってしまったのだけど

勢いで 取り繕う 建前など 発したりなさらないのだろな…とも 思うで

素直に ありがたく

覚えてくださって ありがとうございますつつっ!と 思おう(どきどきして 言えなかったが)

ま とにかく あとからも ひたひたと あたたかなものが 満ちてくるような ひとときでした

ありがとうございます

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