定禅寺2✕3 時系列 その5

昨日の 第八回 定禅寺2×3

己の部分

石原恵美さんが タグ付けして

投稿してくださったので

そちら 観てくださったかたには

デジャヴ!?てな感じですが

己の 振り返り として 恵美さん撮影のお写真 まるっと 載せさせていただきますた

己の 覚え書き的に…

今回 やらせていただいた『手を のばす』について

大抵 パントマイム作品は 流れも 落ちの点も 定めて臨む

場所によって

生まれる感情は わずかに揺れたりするので

決めごとを なぞる というよりは

流れる道のりの 点々は 留め置いて

そのなかを 生きゆく…というか

うまく言えないのだけど

その場になって 自分でも 思いがけぬものが 生まれることがあったりして

でも それがその時の 「ほんとう」だったりもして

嘘にならんよう ほんとうを 生きる 感じというか…

「演技」といえるようで 言えないような気がして

「演技が苦手」て よく いってしまってました

…あ でも それは 台詞が覚えられない とか

そんな 脳みそが働かないあたりからもきてるけど

「演技」という 定義が 自分のなかで なんか よくわかってないのですな(中三の時だけ 演劇部だったわたくし)

ま それはさておき

今回は あらかじめ 落ちを つけてゆかなかったという 無謀

自分の中で 流れの点は 見えたのに

どうしていいか 迷ったまんまで

しかも 定禅寺通り という 場所の 吹き抜けるところで

物語を というよりも

音楽のなかで 漂うように 踊りたい気持ちもあった

…とはいえ 己の 快感のためだけに 動くことも 踏ん切れず

では 場所にいって

そこにいる方々と 対しながら 生きて 生まれるものに まかせてみよう と思ったのでした

なんだそれ!?ですけど

即興舞踏でも

即興パントマイムでも

どれとも言い切れない もやもや

でも結局 生まれた思いを 伝えるために 動く…パントマイムなのだよな とも 思う

ベースには「コロナ禍」あり

阻むもの

人目の

己の 思い込みの 縛り

そんな こことこの 日々の

すべてが 怖くなってしまいそうな 鬱屈から

いや でもやっぱり人にあっていきたい

会うために手を伸ばしていきたい

心もからだも もっと

そんな感じに なったのだった

流れてもらった曲は サティの『おまえが欲しい』

「おまえ」 は 誰かだったり なにかだったり

いろいろなんだけど

ラブレターみたいな気持ちだったなぁ

でも やはり 動きの 整理のつかなさは 反省点だったかなぁ

なのに 観てくださったかたが

思いがけぬほどに よく受け取ってくださって

うれしい

でも それらに 甘えんよう

も少し 研磨せねばな

今後も 大事に育ててゆきますわ

途中から マスクしたことに関して

恵美さんの写真をみたかたが

「表情がわからなくて 伝わりにくかったのでは?」というようなことを 言っておられたのにたいして

恵美さんが お返事してくださってた 一文

コピーペーストさせていただきまする

↓↓↓↓↓

○○さん
こんにちは😃
おつかれさまです🤗
私が見惚れてしまい
シャッターチャンスを
逃したのですが…
途中リュックから
マスクと布を取り出して
体につけておられて…
勝手な解釈ですが
コロナ等、窮屈に
しばられている
世界
心と身だけは解き放って
いたいものですね☺️
というメッセージだった
のかなぁ…なんて思いました✨

↑↑↑↑↑

ありがとうございます~♪

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