物に頼らず

うれしい気持とか その時の思いを 大切に 持ち続けられたらいいな
ある物を見ると 懐かしく思い出すきっかけにはなるけれど
物にばかり頼ると 自分の気持ちが 軽やかに動けるように・・・とか 柔軟であろうとする・・・てのを 怠けてしまうのかもしれないな なんて 思ったりする。
思い出の・・・と 称して 手を触れることもなく 積み重なり 折り重なるものたちを前に
かえって粗末にしてねえ?と 省みる。
「そこにある」ことに 安心しきってなおざりにするならば いっそ 手放そうか・・・
物を溜め込む わたくしにしては 大きな変化の時期に来てるのかも!
少し話は違うけど、とあるものを とある人に あげたとき
「うれしい!もったいなくて 絶対使えない」・・・といわれ、??と 気持が立ち止まった。
使って欲しくて あげたもの、喜んでくれて嬉しかったけど、使ってくれないって どういうこっちゃ?と。
それじゃ 本末転倒 
使ってもらいたい気持も 置いてけぼり
物自体も 活きないよな。
物にも 思いが宿る・・・て 考え方もあるが
ものばっかみてっと その後ろにあった 人の思いや 生の息遣いを
見逃してしまいやすいかも。
だからといって 全部 捨て去れるわけぢゃないが
いい塩梅で 物や 人との 付き合いができたらいいな・・・て思う。

コメントをどうぞ