他人事じゃないんだ

顔本にて フォローさせていただいてる 玉井昭彦さんの シェア投稿

身につまされる

介護増々になっても
あんちゃとと二人で 携わっているので
つらくはないし むしろ面白がってる…と 豪語してたけど
頻繁に 呼ばられる という なんてことないようなことが 続くと
自分の中で 苛々とか 
乱暴に ぶちあてたくなる感情が 湧くことにも 気づいていて
こういうものを 発散 消化できないと 危ないぞ と 常々 痛感もしておる

どうか 介護に携わる人達が より 声を出しやすくなるよう
受け止める門戸も つねに たくさん 開かれていますように と 願っている

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老老介護殺人、隣町で起き判決がでました。

「ひとりだ」この思いに苛まれる日はありました。

13年間の日常介護、2年と8ヶ月間の老々寝たきり介護生活、でも私の選択肢として「施設に依頼する」は取れませんでした。骨折し寝たきりになった当初、勧められ何ヶ所もショートステイを試しましたが「帰りたいコール」の抵抗で施設にも匙を投げられ。

追い詰められた末の「心中」「殺人」を犯させない、犯さない。家族と支援による自宅看取り生活ができる「政策」の設計と確立を。

長文ですがぜひお読みください。

老老介護の末に母親を殺害の罪 71歳長女に猶予付き有罪判決

去年、東京・国立市でいわゆる「老老介護」の末、102歳の母親を殺害したとして起訴された71歳の長女に対し、東京地方裁判所立川支部は「12年に渡る介護で疲労を蓄積させる中衝動的に起きた事件で、動機やいきさつに同情の余地が大きい」として、執行猶予の付いた有罪判決を言い渡しました。

東京・国立市の小峰陽子被告(71)は去年7月、2人で暮らしていた母親で当時102歳の小峰フクさんの首を絞めて殺害したとして、殺人の罪に問われました。 これまでの裁判で被告は起訴内容を認め「あの時はああするしかなかった。自分が産んだ娘に殺害された母を思うと申し訳ない」などと述べていました。

17日の判決で東京地方裁判所立川支部の杉山正明裁判長は「被告は12年間の介護を『大変ではなかった』と述べているが、みずからも高齢であることなどを考えれば負担は決して軽いものではない。さらに事件のおよそ1週間前からはトイレの介助を10分に1回の頻度で求められるなど負担は急激に高まり、対応能力を超えていた」と指摘しました。

そのうえで「事件の数日前にはケアマネージャーに相談し、母親の施設への入所がすぐに決まっていたにもかかわらず衝動的に手をかけたことは短絡的というほかないが、自分1人でどうにかしなければならないと思い詰めた末のことで、動機やいきさつに同情の余地は大きい」として懲役3年、執行猶予5年を言い渡しました。

求刑は懲役8年でした。

【トイレの介助 早朝から始まり1日に数十回】

裁判の資料などから、事件に至る直近の経緯をまとめました。 去年7月、事件の1週間ほど前から、母親は部屋に設置していたポータブルトイレまで自力で移動できなくなりました。

被告は母親から頻繁にトイレの介助を求められるようになります。 ケアマネージャーによりますと、トイレの介助は早朝から始まり1日に数十回にのぼっていて、被告がトイレに連れて行っては出ないの繰り返しだったといいます。 被告も「母親が起きている時は10分おきにトイレに座らせて欲しいと手伝いを求められた。

おしめに排せつしてほしいと伝えても理解できていない様子だった」と話します。 そして「握力がなくなってきた、手に力が入らない」と吐露するようになった被告。

さらに母親を繰り返し抱きかかえてトイレに運んでいたため、腰を痛め、事件の5日前、ケアマネ−ジャーに母親を施設に入所させたいと相談しました。

そして事件前日の21日、被告は紹介された介護付きの施設を見学し、7月中に母親が入所できる見通しが立っていたということです。 しかしその翌日22日の早朝、事件が起きました。 午前4時10分ごろ、部屋のベッドから落ちた母親をベッドに戻すことができず警察に通報したところ、消防に連絡するよう言われます。 被告が消防に通報して依頼したところ、電話で応対した職員からは「今回は特別に対応するが、消防の本来の仕事ではないので次からは電話しないように」と伝えられたといいます。 午前4時35分ごろ救急隊が到着し、母親をベッドに戻し、自宅から引き上げました。

その後も母親からベッド脇のポータブルトイレに行きたいと何度も頼まれた被告。 午前6時40分すぎ、ベッドに座っている母親の首をビニールひもで絞めつけて殺害し、包丁で首を刺したということです。 その直後、被告自らが警察に通報し、逮捕されました。

【「自分しか お母さんの面倒を見る人がいない」】

102歳の母親を1人で介護していた小峰被告。 一方で介護サービスを利用し、ケアマネージャーが相談にも乗っていました。 被告が「介護が大変ではなかった」と供述していることなどもあり、検察側は事件について「介護疲れによる事案とは一線を画す」と指摘していました。

ただ周辺への取材をしていくと、母親の面倒を丁寧にみながら愚痴も言わず1人で抱え込むかのような被告の姿も浮かび上がってきました。 裁判資料や証言などによりますと、小峰被告が高齢の両親と同居するため実家に戻ったのは2012年ごろでした。

母親のフクさんに頼まれたためでした。 このとき母親は90歳、被告は58歳。 2021年に父親が亡くなると、母親との2人暮らしが始まりました。 その後、母親は自力で歩くのが難しくなったため部屋にポータブルトイレを設け、被告が排せつ物を処理するようになりました。

一方で月に1度、主治医による訪問診療のほか、週1回の訪問看護や入浴サービスを受けていました。 なぜ、事件は起きてしまったのか。 両親の往診をしていた主治医は「性格的に周囲に助けを求められなかったのかもしれない」と話します。 主治医によりますと、被告は母親に毎日欠かさず薬や栄養剤を飲ませるなど丁寧に面倒をみていて、母親に強くあたることはなく、愚痴も聞いたことがなかったということです。 ただ被告は口数が少なく、近所づきあいもなかったような感じで、何か背負い込んでいるような様子があったといいます。

また裁判に出廷した被告の妹は年にみずから3、4回は実家を訪れていましたが、被告から愚痴が出ることはなく「介護がそこまで大変だと思っていなかった。訪問看護や入浴サービスなどで見守られているから安心だと思った」と証言しました。

ただ事件直前に会った際、被告が自分に気づかない様子でとても疲れているように見えたとしたうえで「もう少し私が気づいてあげればよかったかなと思う」と後悔の念を口にしていました。

周囲にあまりSOSを発することはなかった被告。 しかし裁判の中では「何をやるにも面倒で、憂うつな気持ちになることがあった」とも供述しました。

そして事件については「119番に電話したが、次からは同じ事が起きても電話しないでくださいと言われ、ショックで憂うつな気持ちになった。自宅に来た救急隊から地域包括支援センターのパンフレットをもらったが、以前相談しに行った時に職員が忙しかったのか、話を聞いてもらえなかったことがあり、だめだと思った」としたうえで「誰かに助けてもらわなきゃと思っても、誰のことも思い出せず、自分しかお母さんの面倒を見る人がいない、1人ぼっちになってしまったと心細く感じ、思い詰めてしまった」と話していました。

【もう1歩踏み込んで 聞いてあげたらよかった”】

小峰被告を幼いころから知っている近所の76歳の男性によりますと、被告は昔からおとなしい性格だったといいます。 10年あまり前に被告が実家に戻り両親と暮らし始めてからも、顔を合わせたときにあいさつをする程度で、母親の介護についても詳しくは知らなかったということです。 小峰被告が近所づきあいをする様子はほとんどなかったものの、自宅の前を掃除したり庭木の手入れをこまめに依頼して行うなど、きちんと家の回りを整えていたといいます。 また外出する被告を見かけるのは毎日近くにあるスーパーに買い物に出かけるときぐらいで、事件直前も変わった様子に気づくことはなかったということです。

男性は「自分も介護をした経験があるから、相談してくれたらと思った。相談にこなかったので、自分自身『大丈夫だ』と思ってしまっていたところもあり、『どう?』ともう1歩、踏み込んで聞いてあげたらよかったのかなと後悔している」と話していました。

【地区の民生委員 “思いが至らず悔いている どうしたら良かったのか”】

「地区に1人暮らしの高齢者が多く、対応が後回しになってしまった」 そう後悔するのが、小峰被告が暮らしていた地区の民生委員、藤沢行男さん(75)です。 藤沢さんは18年前からこの地区の民生委員を務めていて、見回りや住人の相談に乗るなどの活動を続けています。 藤沢さんによりますと、地区の住民の高齢化が進んでいるうえ、特に1人暮らしの高齢者の対応に追われているといいます。 藤沢さんが見回りをする際は80代以上の1人暮らしの高齢者を優先して回るようにしていて、買い物やゴミ出しが難しいなど事情を抱える人の相談に乗ることが多くなっています。 さらに最近多くなっているのが1人暮らしの高齢者の近所の人からの連絡で、「新聞がたまっている」とか「洗濯物が干したままだ」などの相談を受けて様子を確認しにいくということです。

こうした対応に追われ、小峰被告のように2人以上で住んでいる世帯への対応は後回しにならざるを得ない状況だったといいます。 一方でこの数年、闇バイト事件などの影響で、藤沢さんがインターホンを鳴らしても住民が出てこないケースが増え、見守り活動も難しくなっているということです。 藤沢さんがいま心配するのが、さらなる地区全体の「老い」です。 民生委員のなり手不足も深刻で、市内52の地区のうち10の地区では欠員しています。

75歳の藤沢さんも体力的に限界を感じているものの後任が見つからず、来年からさらに3年間、民生委員を続けることになったということです。 今回の事件について藤沢さんは「あってはならないことが起きてしまい、非常に残念な思いです。地区の担当として、娘である被告が母親の世話をしていて大丈夫だと思ってしまいました。自分の思いが至らず悔いています。ただ自分ができることも限界があり、どうしたら良かったのか、答えは見つかっていません」と話していました。

【専門家「家族の介護を美化しすぎない 社会の仕組みとして大切」】

家族介護の問題に詳しい立命館大学の斎藤真緒教授は、今回の被告が介護に疲れた様子を見せていた一方で「疲れていなかった」などと話したことについて「介護している人は自分のタイミングでは休めず、疲労があっても感覚を麻痺させないと毎日の介護を続けられないので、自分自身への意識が後回しとなり、疲れていなかったという言葉につながっていると思う」と推測します。

そのうえで「真面目な人であればあるほど、家族に対する負の感情や自分が限界だということはなかなか言いづらいところがある」と指摘しました。 また被告が介護サービスなどを利用していたことについて「介護サービスの量やメニューは増えてきているが、今回のような10分おきのトイレの介助など、日常的な在宅での介護を家族に代わってきめ細かに行うサービスはなかなかない。事件は朝4時に被害者がベッドから落ちたことが発端だが、夜中に駆けつけてくれる人がそばに居ること自体今の社会では少なく、結局一緒に暮らす家族だけが抱えざるを得ないという状況はかなり多い」と介護の難しさを指摘します。

そして家族による介護殺人があとをたたないことについて斎藤教授は「まだまだ家族の介護が一番とされがちだが、家族だからこそ抱えこみがちで、外にSOSを出しづらくなる。

最初から家族の介護を美化しすぎないということが社会の仕組みとして大切で、初動期から家族だけで抱えこまないよう社会がメッセージを伝えるとともに、小さなSOSをキャッチして、断らない支援を続けていくことが大事だ」と話していました。

【「老老介護」の割合 63.5%】

ことしは1947年から1949年の第1次ベビーブームに生まれたいわゆる「団塊の世代」が全員75歳以上になり、“超高齢社会”が新たな局面を迎えています。 総務省によりますと、ことし5月時点で、65歳以上の人の数は3620万3000人と、総人口の3人に1人が高齢者となっています。 さらに75歳以上の高齢者の数は2108万8000人と前の年の同じ月から57万人あまり増え、およそ5人に1人の割合に上っています。

こうした中、介護が必要な高齢者の数も増え続けていて、ことし8月末の時点でおよそ732万人と、介護保険制度が始まった2000年4月から3倍あまりに増えました。 また厚生労働省の調査で、介護する側とされる側がいずれも65歳以上のいわゆる「老老介護」の割合は2022年の時点で63.5%と、過去最も高くなりました。 さらに、どちらも75歳以上の割合は全体の35.7%となっていて、互いに身体機能が低下する中で介護をせざるを得ない状況となっています。

NHKニュース11月17日
https://www.nhk.or.jp/shutoken-news/news_all_search.xml?t=146

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