生きてる仲間として

今朝の母

お出かけ用事ないけど

9時前には トイレ助太刀要請で 目覚めたので

そのまんま

起きてもらうことにした

しかし あまり 覚醒してない感じのまま

上体も 保てず ぐにゃり

曲がりまくってて

わたくし 洗濯してる間に 転がったら 一大事!と

車椅子の肘掛けのとこやら 腹のあたりやらに 

クッションぐいぐいと 詰めて なんとか 転倒防止

こことこの 寝坊させ過ぎも 血糖値上昇に関係してるかも と

毎日 しっかりと起きててもらおう と 思うものの

起きてても ぐにゃりのまんまで

ついつい 昼寝も 起こさず 長めになりがち(昨日も わたくし帰宅時…ばんげのあたりまで 昼寝継続であった)

やりとりも もやん として

出る言葉は「いでで…」ばかりだとしても

好きなもの食べるときは 能動的なので

今食べでんの んまいべん?と 問いかけたり

しつこく訊けば「痛ぇがら…」と 自分の痛みに いっぱいいっぱいになってると 応えてくれる

それも生きてる証拠さっ♪なんて 言ってみるものの

それがなに?と 問われたとしたら 

きっと うまく応えられない

でも 何億年もの 命の 知恵と工夫に繋いでもらって 今生きているということを 全身で受け止めて喜んで

かなしいつらいこともあるとしても 

つないでいこうぜ という 生きてる仲間としての エールみたいなものかもな と 思う

生きてるうちは 生きようぜ てことなのかなぁ と

逝ってしまった 存在に 思いを馳せたりしながら

死ぬなんてことなけりゃいいのに!なんて 思ったり

おのが利益にのために 誰かを傷つけることをよしとする仕組みなんて なくなればいいのに!!と 悔しくなったり

今日は 心が ざわざわしたまんま

でも 春が巡ってきているという実感を 噛み締めているところ

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