願うことのあり方など

父の 急逝へのあれこれ

できうれば 7月 8月のときみたいに

「これはもうあとがないです」と言われたのに 夢のように 快復した 奇跡の経緯みたいなこと

またあればいいな と 思ったりしてた

「前回より悪い状態で 今日中には 力尽きてしまわれるかとも思います…やれることはやりますけれども…それでいいですか?」

と言われ

ありゃりゃ と 一旦 間抜けな返しをした後

いいですかも何も いいかどうか わたくし決めるつもりもないので やれることやってくださいとお願いするしかないですわね と

やはり ふざけたような 対応するしかなく

濃厚接触者 待機部屋に ぼやんと おり

あ…そういや トイレ行っとこ と 尋ねたら

発熱患者救急対応口のとこのトイレを用いて 寄り道せぬよう 部屋に戻ってください とのことで

よそ見もせず そこへ…まぁ よそ見したって構わんのですけど…

ふと見たら トイレ床に ちと 負傷した 虻なのか 蜂なのか が おり

うろうろぐるぐるしておった

こんなとこいてもねぇ と 紙越しに 手に受け

ひょいと 外へ と 思いきや

みだりに出入りできるような 窓 戸口なし

むむむ と そのまんま やんわり 包んで

念の為持ってきてた 父の携帯酸素ボンベのケースのとこに 収納

「一旦 帰ってください」 と 言われて 外に出た折に

傷はあっても できるだけ 達者にね と 放した

何かそこで 父にまつわる 願掛けをしそうになったものの

引き換えにするのって よくないよな と

思い直して

ただ 手を振った

思えば「○○するから△△してください」みたいな 願掛け…何かを引き換えにする感じが こわいんだ

祈り方や 思い方によって 何かがどうにかなるなんて 烏滸がましいよな と 思うんだ

ただひたすらにあるようにできることを生きて

あったことを受け取るしかないのだな なんて思ったりもして

そんなこと わたくしが ごちゃごちゃ考えなくたって とっくに 眼の前の 虫様は そうして あるのだよね なんてね

でも やっぱり 願いたい思いは 次々と 湧いてきて

もりもりになりそうで

振り払い振り払い

駅までの 約四十分 

受け取った お着替え荷物(シーツにくるんで運んでいただいたので そんなんもあり)くくりつけた 酸素ボンベゴロゴロ引きながら

時折 でもでもでも 奇跡再びプリーズ!と 思わず声に出してしまい

すれ違う人をびびらせた

どんなことがあっても

なくても

覚悟とか 心の準備ってできない

いや むしろ したくなかったんだなと 思う

縁起でもねぇ!てなかんじ?

まぁ そんなこんなして 電車で二駅

槻木について 乗り換え電車に乗ったとこで 電話あって タクシーで戻る…になったわけですが

やたらと朗らかな 運転手さんに 乗るとき がしゃごしゃしたことを「慌てないで〜大丈夫だから〜」と 言っていただいて

すんませんそうですよねなにがあってもなくてもとにかくおちつくってことってだいじですよね…なんて

こじつけていってみた

きっと そんな物言いのどこかにも 願いが貼り付いていたよなぁ

間に合ったのか 間に合わなかったのか…の 微妙な対面の瞬間まで

そんなことを転がしていたのでした

動いてなくても 温かだったよ

濃厚なまでに 触らせてくれて ありがとね

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