手が未来を詩う

ホープすずかけさんでの パフォーマンスの後

ピアノ仕事

その後 そこから 早足で歩いて 35分くらい 

福祉プラザふれあいホールでの「手が未来を詩う」公演

行ってまいりましたる

マイム的 手話ポエムと 語りと ダンスと 歌と…

バリアをふりーにしてゆく コンセプトで

いろんな人が 集える舞台

どこかのバリアに括られることなく 

みんな 楽しんでた

多くの 思い

人々の手に 支えられている 温かな 集いだった

そんななか やはり わたくしって どこかに 括られるような 明確な なんにゃらかではなく

いつも 狭間のものだな と 思う

聴こえてるけど はっきりわからないこともあり

手話は 全くわからず

でも 伝えたい わかりたい思いは おっきくて

表情を 思いを読み取ろうとして…し過ぎて 妄想力ばかり 膨らんでしまったり…

だからこそ わからずに 取り残されそうなおもいたちを 繋ぎたいおもいなど 生まれるわけだが…

伝える手段て

ことばである とか

手話である とか

ダンスである とか

どこかに 拠り所求めずにすむ なんにゃらかがあったらいいのかもしれないなぁ なんて 途方もないこと 思う

でも そんな 万能なものがないからこそ

あれこれ 手を変え品を変え

ありとあらゆる 伝達表現方法が 生まれて

喜びともなった 芸とか 芸術と 呼ばれるものになっていったのかなぁ なんてなことまで ぼんやり思う

人形つかい「哲ちゃん」の 舞台での姿は 初めてみることができたし

角田のうぇいく 夏の音楽祭にも来てくださった 水戸真奈美さんにも 再会できて ことば交わせたし

手話通訳の 目黒さんにも 思いがけず 再会できたし

チケット売ってくださった 渡辺さんの 最後の盛り上げのダンスは 愉快だったし

優しい人ばかりで 作り上げられた このひとときの 形やら あたたかみが

じわ~と 効いた

引っ込まず 伝えたいこと 受けとりたいことに 出会っていこう なんてな 勇気が生まれたりしたのでした

ありがとう

帰り際にいただいた 薄紫の くまちゃん

手を繋ぐように 握って 帰った

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