美術館酔い

自分で そうたやすくできないことを
誰かが 見事にやっているのをみて 
うっとりしたり 息をのんだり・・・。
写実の職人的技術
写実の枠から 抜け出そうと 肥大する思いに 引かれて 生み出されてきた 様々な 技法
組み伏せがたき 石 鉄を 具現化する 技術、意欲
計算したわけではないであろう 色・液体・物体に働きかけて それが 織り成す 偶然の現象の美しさを「作品」という 枠に括る 決断力
思いのたけを 作品にしてきただけの人たちの その時代時代の流れに 方向性を見て 名づける人たち・・・触れる彫刻って嬉しい~ジャコビン・佐藤忠良~
なまじ「〇〇イズムの うんにゃらかんにゃら」なんて 説明書き読んだらば
なにか 高尚なことも わかってみたくなっちまったか
気楽に きれ~とか これ好き~・・・なんて 和むつもりが
ちょいと 絵に 近寄って 
何でこの線、この色を選んだのだ?何でそんな解釈を当てはめられるのだ?なんて 糸口を ひょいと引っ張って
脳内ほぐれるどころか こん絡がったアリスの庭で
わかんないことは わかりたい
人の気持を わかりたい・・・そんな思いで 過剰に歩み寄ろうとするけれど 
作品の 向こう側にある 作者の 思い・脳細胞の内側に もぐりこみ覗こうとするけれど
己の 知識のなさ 言葉に表わす技術の足りなさ 感受性の貧困さに 立ち往生。
もっと 手放しで観て 感極まらないなら 黙ってりゃいいのに
なんだか みっともないなあ・・・なんて うなだれて 外へ
小ぬか雨の アリスの庭で ゆっくり息を吸ったり吐いたり 頭冷やした。
何してんだ 自分

コメントは受け付けていません。