‘言の葉’ カテゴリーのアーカイブ

刻まれている

2020 年 5 月 19 日 火曜日

たんぽぽ そして わたくしかかえていた ものを

送り出した 思いを

見送った いのちを

刻んでいる

存在の 名残を いだいて

生きて

還ってゆく

たんぽぽよ

わたくしよ

同じ ぢびたのうえで

ゆこう

桜花

2020 年 4 月 11 日 土曜日

ぢびたにくちづけ散り落ちて

ちびたに 口づけ

桜花

風に巻かれて

塵に 還りぬ

↓↓↓↓↓

落ちた場所が

土でないとしても

風に巻かれて

いつしか塵となり

土へ向かってゆくのだよ

巡りの道は

険しいようで

救いの間口が 広いものなのだな

桜の花の 声を 聴く

「つぴちょ ば ぼっこすた」

2020 年 3 月 27 日 金曜日

つぴちょばぼっこすた注げるけどさ

昨日

帰宅して すぐ

「つぴちょ ば ぼっこすた」のでした

文字にすると なんのこっちゃ!?ですが

急焼(きびしょ)…急須(きゅうす)のことを うちのばあちゃんが「つぴちょ」てな かわゆいいいかたをしていたのですが

それです

それを ぼっこすた(壊した)のでした

たぶん これの前のやつも わたくしだ

壊したの

…とほほ

でも 持つとこだけ 割れたから

なんとかなるわい と 使ってみたものの

やりづらい

急須でなくても お茶は 淹れられるけど

新調せねばならんかな

むむむむむ

不要不急というわけでもないので

ちょっと 保留にしとく

あちち…

惑う ことば

2020 年 2 月 22 日 土曜日

新宿西口交番前より 思いの輪郭に 沿おうと

ことばを 選んで 伝えたら

言い方に あまり 頓着しない人から

「どうしてそんな回りくどい分かりにくいことばを使うの?」と 迷惑そうな顔をされ

勿体ぶりたいわけではないので

もっと いろんな 枝葉を 切り落とした 言い方にしてみたりもするけど

やっぱりなにか 取り溢した気がして

未練がましく

ひとつふたつ 拾い直すように 言ってみるものの

暗闇の川に 枝を 放ったような 気分

もうそういうことは やめてしまおうか と

極力 形容も 比喩も 省いた ことばで 放ってみると

「どうしてそんな 乱暴な言い方になる?」と 困惑されたりもして

人によって

気分によって

受け取られ方は 様々なのだよな と 改めて 痛感する

惑う ことば

一生 修業だなこりゃ

諦めるまい

どうあれ 過ぎゆくものならば

2020 年 1 月 3 日 金曜日

光に呼ばれてどうあれ

過ぎゆく ものならば

自ずの

然りに 乗りながら

おだやかに

うつくしく

ゆけよ

光に 呼ばれて

歩みを すすめる

ことばに撫でられながら

2019 年 12 月 12 日 木曜日

珈琲時間朝から とてぱた

腰かける 暇もなく おり

息も 浅くなり

ささいなる 腰折りに

ささくれだったような ことばを 溜め息と共に 漏らしたりして

嫌な人 わたくし

そんなとき ふと

「会いたい」なんて

まっすぐで まあるい ことばが とどいて

ふ と ゆるむ

たちどまる

撫でられる

今 会えてる 目の前の 存在をも 撫でるように丁寧に生きていきたい…なんていったことさえ

忘れてしまいそうだったな

近くて見えなくなってたもの

遠くの存在に 思い出させてもらう

心持ちも 老眼か!?

いかんいかん

たてなおし

気づくと 珈琲を 淹れる 猶予があるではないか

いただいたカップ 温めて

大好きな 珈琲 淹れた

大丈夫だ

悪気ではないであろ

2019 年 12 月 3 日 火曜日

がりごりと共に一昨日の父

お腹の辺り もぞもぞ気になってるような様子

大切な 管 抜いちゃだめだかんな~ なんて言いながら

のっけの 珈琲豆の 香り

今回は 枕元で がりごり 豆 挽いて 嗅いでもらった

「お♪」てな 反応したものの

そののち 胃瘻の お食事タイム 始まり

疲れたような

眠たいような

ちみっと 不機嫌な感じになっていった

もしかして もしかしたらの 気のせいかもしれないのだけど

胃瘻食事 始めるときの

ちょっとした 看護師さんの 言葉とか 態度とかも関係しているのかもしれないななんて思う

お腹の辺り もぞもぞしてる 父に

「はいはい ごはんだからね~ ここ抜いたら大変だからね~ いたずらしないでね~」と

朗らかな感じで 声かけてくださってたものの

何度も 口にしてた「いたずらしないでね~」ですが…

それ「いたずら」とは 言えませんよね?

気になるもの なんだろか?と 手が 探ってるだけでさ

あと 声のトーンも

小さい子に 言い聞かせる感じ

わけわからんちんみたいになってたとしても

父 いいとしの大人ですよ?

子どもがえりする…と言われるけど

記憶や意識の混濁で そうなる人も おられるとしても

やり取りや 態度で

幼い頃に戻ってるとは 到底思えないの…わからんのかな?

ちょっと 呆れて 口が開けっぱなしになりそうだった

でも これ 良くあることなんだろな

わけわからんちん な 感じの 方々が多く 入院しておる 病棟

概ね 声のかけ方が 自尊心とか 考えておられますかね?という 声色なのだ

あぁ はらはらしちゃう

悪気ではないであろ

でも 父も わたくしも

「自尊心踏んづけ」の 類いの 小馬鹿にされた感じって

好きじゃないのよ

「それ『いたずら』って言葉で表現すんの どうかと思うんだけど?」てなことを

怒りでぶつけるのではなく

うまい具合に伝える方法ってないもんかな?とか 思う

身に染みて 板に着いた 善意から生まれたものだろうけれど

どうかそのあたり

疑うことなく 遂行してきてる「わからんちん」にも 伝わるやり方を!と 悩む(かなり嫌味!)

言葉に「細かい」「要らん拘り」と 嫌味を言われてしまう わたくしです

すんまへん

片仮名言葉

2019 年 11 月 22 日 金曜日

近づくまでの 迷い道先日 ふと 半神半獣の 名前って なんだっけ?と

もやっ と 思い出せず

片仮名 四文字か 五文字だったよな と

いくつか 浮かべるものの

なんやら あやしい

車の運転中だったもんで

信号で止まる度に

メモ書きしてみた

あとで見たら

こたえに 近づくまでの 迷い道っぷりが 間抜けだったり

ニアピン♪だったり

ちみっと 愉快

明らかに 違う「プロポリス」まで 書いとる!

片仮名言葉に 弱くなるって

華麗なる 加齢の現象だよなぁ

求めていた答えは「ケンタウロス」でした

他愛もなし

暮らす うみだす

2019 年 11 月 20 日 水曜日

枇杷の花のまた 何をか 語れることなどあるのか?

暮らしに

感情に 呑まれる日々が

寄る辺ない思いが

うみだすことから 遥か 遠くにあるようで

うなだれたりもするけれど

きっと この 日々の 思うことの 一滴 一滴が

また 次の花の

蕊の

花びらの

脈打つものとして

注いでゆくはずなのだろう

何も見えないことに

挫けるな

枇杷の蕾は 凍える日々に

来る実りの 備えをしているのだ

見習えよ

わたくしよ

わたくし という 花の日々

まさに この瞬間も そうなのだ

顔をあげる

注ぐことのためだけではない

ひたすらに

生きてゆく

ひかることばにであう

2019 年 9 月 25 日 水曜日

斎藤恵美子詩集胸のうち

ささくれだちそうな夜

ひかることばにであう

なみだがとまらなくなるので

また 明後日

読もう