‘東北関東大震災’ カテゴリーのアーカイブ

雪を呼ぶ風 野蒜海岸

2018 年 12 月 9 日 日曜日

雪を呼ぶおーい貝殻と海を見る小屋

また ふらふらと 寄った

野蒜海岸

貝殻と

流木と

石を 拾った

声や 気配は 拾えなかった

また なにかあったら 受け取り 渡しますから と

どこへともなく 呟いてみる

もう よし と できることと

できないことと

混在したまま

暮らしてゆくものだ

雪を 呼ぶような風

吹き抜けた

別じゃないよね

2018 年 10 月 7 日 日曜日

工事まだまだ続くあと何年かかるかね?

昨日の帰り道は

海に近い道を通った

まだまだまだまだ かかってる 復興道路

オリンピックなんて ほざいてる場合じゃねえだろうよ

経済効果とか

もう戻れないとか(戻れないとこまで持っていって戻れないと思わせてるだけ)

7年経った今 記憶を薄れさせて それはさておきにして

美しき アスリートたちの物語で 目眩まし

選手たちの志の美しさとか あるでしょうけれど

それを さておきにしたほうが

救われてゆく命は多いと思うのだ

それとこれとは別…じゃないのだよ

その後の災害も まるで 何の問題もなさそうに すすめてゆく

弱気ものに手をのべるふりをして

悔しい

「金回りがよくなくなった」といいながらも ずっと 海沿いの工事を請け負い続けている おともだちがいた

「お互い やってっこど違うげんとも よくなるためだもんな がんばっぺね」なんて 肩を叩きあったの

もう四年ぐらい前か…

今 どうしてるだろか?

また たまらなく 現場の人たちに 会いたい

野蒜で ひといき

2018 年 8 月 18 日 土曜日

あのときのままちょうどおぢちゃんがー

女川 現場入り

目指す時間より すこぅし おそくなっちまうけど

震災遺構 旧野蒜駅で

一息入れる

あの日からの 日々

より良くして行こうと

今も 奮闘なさる方々に 最敬礼しつつ

また ゆくぞ

船に近づく

2018 年 5 月 28 日 月曜日

乗ってみたいなど~ん地震のときのパンフレット

震災前から 何度か 呼んでいただいてる サンファン祭り

震災のあと

うちの電気 電波も 取り戻してから

どんな状態なのか おそるおそる 連絡をとったのだった

サンファンパークが 開園されたとき

結構 長期にわたって イベントが 催されていて

そこに呼ばれていた 芸人大先輩のかたからも「慰問がてら 訪ねて行きたいのだけど」といわれ

繋いだものの

「今は 避難所として ごったがえしているとこで まだまだ 来ていただく余裕がないのですが きっと 立ち上がって整えて行きますから そのとき こちらからお呼びするかたちにしてゆきたいので どうか待っていてください」という

なんとも こころ頼もしくなることばをいただいたのだった

あれから サンファンバウティスタ号の 復元船は 立ち入れなくなったまんまなのだけど

見違える 立ち上がりを見せているところもたくさんある

立ち上がるのって

一人一人の 思いの 熱さ 力強さなのだと思う

決して 政だのみだけではないのだよな

携わる方々 みなさんの まなざしやことばににじみでている

伊達政宗さんが 支倉常長さんを このサンファンバウティスタ号で ヨーロッパに 使節として 送ったのは

東日本大震災と おんなじ規模の 慶長の大地震の 二年後

震災復興への 希望の光を灯す目的であったのかもしれない との 見方もあるとか

今回 震災後はじめて 船の近くまで 降りていってみた

なんか ちょ と こみあげるもの あった

人の思い

力を

信じる力も 湧いてくる

ありがとう

旧 野蒜駅

2018 年 5 月 28 日 月曜日

プレート石巻方面に行くときは

すこぅし 遠回りだけど

野蒜海岸沿いの 道をゆく

変わってゆく

まだまだ 変わらない 震災後の道を…

旧 野蒜駅 震災遺構として 整えられぬままを残しつつ

整えられてゆくよ

遥かに見上げるあたりまで 津波がやって来た 印を見上げ

何かを受け取ろうと 空っぽの手のひらを 広げてみたりする

おのくんのさとも

2018 年 3 月 21 日 水曜日

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石巻 小野仮設の お母ちゃんたちが 生み出した「おのくん」

わぐやの ナイスガイ

かどぅさんに 繋いでいただいて うちにも お二方 来てもらったのに

さとがえり させてないよなぁ て 思う

今度は おのくんたち 連れてこよう

まんがかんとか

2018 年 3 月 21 日 水曜日

震災の 二ヶ月後に 案内してもらった

石巻の 石ノ森章太郎漫画館周辺

入れないんだ…て

離れたとこから

家だったもの 車だったもの 生き物だったもの…

何かだった…というものものの うず高く 積み上がるなかに

ぽこり と 白く 見えたっけな

「なにもかも流されたんですよ」という方から

やけに 張りのある声で あちこち案内いただいて

むしろ わたくしが 震えていた

でも 震えてるなんて あまっちょろい よそ者感覚なのかもしれないな とも思ったんだ

その場で なにもかもなくなっても生きていくには 

張りのある声で 自分を 突き進ませるのが一番だったんだよね

7年経った今 そのちからが どうしても出せない…という その人のことを 思う

それでも「いきていくんですよ」て あのときのことばのままいてくれたら うれしい

生きていますよ わたくしも…

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石ノ森章太郎漫画館の 撮影スポットで

仮面ライダーに 寄り添う 恋人…てな テーマで 自撮りを 試みたのに

なんぢゃこりゃ セルフタイマーやんけ!てな 怖い顔になっとった!

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んでもって トキワ荘?の 縮小模型

芳賀一洋さん といったら

わたくしの 大好きな ままやさんの お師匠さんではないのっ♪と 嬉しくなって 写真撮ったら

あらまぁ ままやさんの お名前も 製作者のなかに 描いてあった♪

わあぁ

こんなとこで 会えるとは うれしいうれしい♪

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その後 ゆるりと 漫画館 堪能したあと

天使のイラストレーター悠合ちゃんの 作品描かれてる

商店街を 駅まで 歩いた

まだまだ やらなくちゃならないことあるよ と

言ってるみたいな 街角

わたくしも がんばる なんて はげまされるおもいも いただいて

ちょ と 目の前が 滲んだ

またくるね

2018 年 3 月 21 日 水曜日

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復興という ことば

あの日から はじまった日々のこと

非日常が 日常になっていて

まだまだ これからなんだよ

済んだと 思うなよ…てこと

改めて 刻みながら

また来るよ て 手を振った

南三陸 三三商店街

2018 年 3 月 21 日 水曜日

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高校の 生徒会役員の合宿は 志津川だった

震災の前の年

「汐風マーケット」に ぶんぶんパフォーマンスで 呼んでいただいたことがあった

震災後すぐに 復幸市場オープンに また ぶんぶんて 呼んでいただいた

それ以後 初めて 純粋観光で 来たよ

南三陸 三三商店街

復幸市場の 場所から 移転していて

周りの景色も まだまだ 変わる途中で

たくさんの 重機や 土盛りがあって

でも 笑顔も いっぱいあった

これから…だね

うきうきしたり

胸が一杯になりながら 

汐風よりも すこし 土ぼこりの匂いの強い風 吸い込んだ

ありがとう

またくるね

七年前

2018 年 3 月 13 日 火曜日

七年前の今日辺りは

まだ 電気 電波が 復活していなかった

毎日 つけていた 日記は

部屋のどこかに 埋もれたまんまだ

そのうち 発掘するだろうか?

ろくなことかいてないだろうけどさ

3月11日は 地震の起きる ちょ と 前に 常備食 蒟蒻茸 こさえた投稿してて

地震の後 連絡とろうと試みた おともだちが

投稿見て「のんきに 蒟蒻煮てるから 大丈夫と思った」と あとから 涙混じりの笑い話で いってくれたっけな

電波も復活して ブログの 投稿できたの 17日でした(二ページあるので「前ページへ」を クリックすると 他の二つも 見られます)

忘れてしまっていること

忘れられないこと

ひとつひとつ

よいことに 結ばれていくように

繋げてゆけるように

…これからだ