‘東北関東大震災’ カテゴリーのアーカイブ

こころのこりなく

2017 年 11 月 26 日 日曜日

まだたべる

たえさんたら

「このあともうしばらくこんなん 食べられへんから 夕食の分も食べていく♪」と

おやつ時間に もう一度 うっとりおまかせ丼 いっちゃいました

…わかるよ その気持ち

こんなに んまいもの そうそうないよね

こんなに やさしくあたたかく 迎えてくれるところ なかなか 巡り会えないよね

倒れるほど 食え などと 見守る わたくし

しかし 見守るだけのつもりが

まかないの 赤尾の 煮付けなど 出していただいてしまい

んあぁ ばあちゃんが 煮付けてくれた あの 大好きだった味 思い出す~♪と

こそっと 骨の横の ちるちるん♪て 筋みたいな 髄みたいなとこ しゃぶってたら

やま登さんと 目があってしまった

わはははは

「いやすこ」です

でも そんなこんなも うけとってくださって

いつも にこにこ 迎えてくださって

ほんとうに 心安らぐ

やま登さんを めぐる人たちは

みんな ふんわりほんわり あったかい

「やま登さんのことを 紹介してる記事は 無条件で いいね!つけるんだ」て いってた方を 知ってる

震災後の ただならぬ 非日常が 日常であったこと

いまだって 終わったわけではないのだけど

そんなこと おくびにも出さず

気取らせずに

日々の得難さ 愛しさを 

より 大切に 撫でながら

楽しくやっていこうね

やるしかないよね て

歩いておられる

支えあってる

いろいろあったりなかったり

でも美味しくてよかった

たのしくてよかった

たのしもう 

そんな日々を 喜ぼう

いつも そんな思いを改めさせてもらえてる

大好き 大好き

大阪もん たえさんの「宮城よかった♪」の 気持ち 更に色濃くしていただけたひととき

おいしさまつり

やさしさまつりでありました

ありがとうございました~♪

次回は 海鮮とジャズとパントマイム?

企み 形にしてゆきましょふ

よろしくおねがいいたしまするるるのる♪

道のり

2017 年 11 月 17 日 金曜日

349号線そこを通るのはまた今度ね

向かう先は 茨城県の 阿見町

案の定 ナビゲーションシステムさんは

震災前の情報しかないので

早々に 6号線を ゆきなはれ という

うむ

6号線は 今は 通行可能になったけど

とある区間

まだまだ線量が 高いので

窓を開けないなら「車のみ通行可」てな 表示なのだ

日々 そこを通っておられるかたも 多いし

自分一人ならば なんの懸念もなく 通行する

しかし 通行後のことに関して 意見が分かれているところで

車を洗浄した方がいい という意見と

そんなの問題ない という意見

今現在はどうなのですかね?

もし洗わなければならないとしても

洗った水 垂れ流しじゃん とか 思うので

みだりに 洗えるとも思えないし…

最新情報 現場情報を確認しておりませんので

不用意なこと言って

そこにおられる方々やらに かなしい思いをさせたくないのだけど

通行後 幼いお子のおる おうちに 車を停めさせてもらうので

万が一でも リスクが 多いことは 避けたい

十キロプラスアルファになるけど 

前に 試みで行ってみたルート

馴染みの 4号線で まいりまする

6号線問題は 現場の 最新情報を きちんと おうかがいして

また改めて 訪ねてみるつもり

そこいらで ずっと頑張ってる お友だちたちにも 会いに行きたいから

第一回 トイレ休憩 ゆったりして 

さぁて また いくぞ

んまああぁ♪

2017 年 9 月 1 日 金曜日

そばがきコロッケをやさしいおいしいあたたかい

冨陽さん オリジナル そばがきコロッケ

んまい♪と はなっから思い込んで

味わうこともなく ざっくざっく食べてしまってるような気がして

本日は もっとゆっくり 味わおう と 気持ち改めたけど

ざっくざっくでも ちみちみ 味わっても

やっぱり んまいのでした

わはは

たまらん♪

んで 蕎麦は「みちのく蕎麦」という つけそばにしてみました

牡蠣とか 油麩とか ワカメとか

宮城名物?

トマトも 然り気無く入ってる?

ミスマッチどころか その渾然一体さが

盛り蕎麦の 付けだれより やさしい味

そのまんまでも んまんまですが

蕎麦湯も 入れてみて 飲むと

最高のスープではないかっ♪

「東北のみなさん いっしょにがんばっぺ」て こっそり 書いてある

からだだけでなく

胸のうちまで あったまる

冨陽さん 並びの お菓子屋「明治屋」さんの 温泉まんじゅうの天麩羅も

ワンセット買うと 100円は 福島への 復興支援の 募金にまわるの

福島県は 原発問題とか

なにかと 直球まっしぐら復興 取り上げてもらったりするけど(それでも 進まぬところありありだが)

県境からは 放射能ないことに扱われ勝ち 宮城と 栃木と

むしろ 福島県内より 放射性物質 吹き溜まり 線量高いところあったりする…と

共通するところ あるのだよな

そんな状況でおられても

手をさしのべること 喧伝もせずに ずっと続けてなさるの

美味しさだけでなく そういうとこ 素晴らしく 素敵

黒磯名所

よき人ありき

生そば 冨陽さん ばんざい

ご馳走を

やさしさを

ありがとうござります

骨太

2017 年 8 月 21 日 月曜日

新地町の漁師たちトーク

映画『新地町の漁師たち』観ましたる

新地に 親戚がおる とか

ちょこっと いったことがある なんてな わたくしが 語ることばもないのだが

語れなくても 自分なりに思い 伝えて行かねばならないことなのだよな と 改めて思う

原発事故があってしまった今 それでも 暮らして行かねばならぬ日常を受け止めながら 感じ 考え 動く ということ

監督さんは 都会の めんこい 優男風なのに(失礼!)

なんとも 骨太さを 骨太のまんま 掬い上げてくださったもんだ

むしろ こんな映画を撮りたい…という 思い入れや 目的なく 現地を訪れて

人と出逢い 丁寧に 重ねていくことで その地の 日常 心情が 形結んだのだろうな

安波祭りについて 語る 漁師の 小野さんの

御輿に宿る たま(魂とか 霊とか)の 話

笑いながら「いまそういうのはないけど」と 仰有りつつ

「でも そういうのは なくしちゃだめなんだ」と きっぱり語る

漁師の魂を 持っておられる と しみじみ思う

その場で その生業で いきていくことを 骨身からわかっている人のことばだ

だからこそ 怒りと共に 未来への不安も 懸念も持ちながら しかし 東電の人にたいして(汚染水を 海に流すしかない説明会のいきさつで)「仕方ないのだろうけど」なんてな 思いやりさえ 持ち合わせる

監督さんと 新地町の漁師さんたちと 地元 女川の漁師さんたちとの トークコーナー

漠然としたような質問にも

現場のことばで しかと 伝えてておられる 漁師さんたちにも 惚れ惚れだ

「本格操業準備段階」ということばが

まだまだまだまだ 復興の 終結など 見えてもいないと思う

つい 経済のことも大切だとか 意見もあろうが

「オリンピックとか 受かれてる場合じゃねぇだろ!」てな 毒づきが また 首をもたげる

お金の使いどころ

知恵のだしあいどころ

目の向けどころ

何とかせねばね

野蒜で ひといき

2017 年 8 月 20 日 日曜日

野蒜駅だったとこ高台に新しい駅野蒜石

石巻方面へ向かうとき

いつも よってしまう 野蒜駅だったとこ

工事 頑張り中だ

本日は 海岸にゆくのは我慢して

我慢してた しっこ 出して(ちゃんと トイレてしました)

メモリアルベンチに 座って

ひといき

さあてまた 女川へ 向かう

さりげなく 希望の足跡

2017 年 8 月 4 日 金曜日

希望の足跡七年 地中にいたのだとしたら

あの 大揺れも

降り注ぐ みえないものも

すべて 耐え抜き

越えて 出てきたのだな

さりげなく「いつも」のようで

奇跡だ

希望だ

そんな思い 手渡された 

よし わたくしも いくぞ と 

改まる

新たなる 朝

見てくれたよ

2017 年 6 月 19 日 月曜日

海岸へゆく前は 七ヶ浜辺りだった

震災後すぐのときも 宮城で ライヴしてもらう 前に

現場を 見てくれたのだった

一昨日のライヴの 翌日

深沼海岸に行った

杖つかない人だって 大変なのに

堤防のとこ のぼって

しばらく 海風に 吹かれていた

延原にいちゃんと…

はじまったけれど 終わっていないよね

また これからも 続けていける限り 続けていくんだよね て

何をかのことも含めたか 含めなかったか

とにかく また うなづきあって 

踏み出す

変えながら変わりながら

2017 年 5 月 30 日 火曜日

形を変えられながらも咲くぞ生きるぞ繋げよう暮れゆく空に

何度も

呑み込まれ

受け止め

流し…

来たりて 行き過ぎるものに

形を変えられながらも

そこにあること

ここにいること

自分であること

そうして

生きて

続けてゆくのだ

次の花を 咲かせたりもしながら

呼ばれたわけでもないが

2017 年 5 月 30 日 火曜日

野蒜海岸砂浜に座る波に触れる砂に触れる暮れゆく

はっきり 声を 聴いたわけではない

そんな感受性も なかろうに

でも ひとり 窓のない部屋で うたた寝していたときに

耳元で ささやく声を聴いたような気がしてた

夢だったのだと思うけど

なにいってるかわからないよ ちかくにいくよ 響かせられないなら このからだをお使いよ…なんて

ゆめうつつの狭間で 応えたりした

そんな夢ともつかぬ ひとときのせいでもないのだけど

帰り道に まとわりつく 眠気を 流しに 野蒜海岸へ寄った

なにするでもなく

暮れゆく 山の端を 眺め

砂に 波に 風に触れて

しばらく なにかを 鳴らしていた

復興途上の 海岸

この間見た 鳥居は

夢のように 消えていた

きっとまた 新しく よろこびがうまれてゆきますように

いったもの

いるもの

くるもの

交差するような 潮風のなか

改めて 繋いでいこうと思う

昼休み ふりかえる

2017 年 5 月 28 日 日曜日

工事中震災のことを伝えていく元駅駅の名残

角田から 石巻への 道々

まだまだ 復旧工事ただ中の 野蒜あたり

いつも 寄る 元 野蒜駅の いこいの広場的なんがある コンビニエンスストアが 震災伝承記念館へと 変貌を遂げてた

まだ 資料展示の 二階は 開館してない時間だったけど

また ゆっくり ここを訪れるつもり

部分的だとしても

すすもう 繋げよう の 思いには

いつも 励まされる

わたくしも がんばる と 思える