‘東北関東大震災’ カテゴリーのアーカイブ

飯舘村へ 向かいながら

2019 年 6 月 25 日 火曜日

清水修二さん放射線量測定マップフレコンバッグまだまだあるこれでも 500万から200万まで減ったのだというが

24日(月) バスでの学び

福島駅で 清水修二さん(福島大学名誉教授)を 拾って

まずは 飯舘村へ

清水修二さんの 専門は 経済学の 一分野である 財政学

今回の 原発周辺の 学びの中で 何故に?というと

原子力発電推進のために 作られた 独特の財政制度に 問題意識を持たれ 研究し続けてこられた…とのこと

放射能問題の 専門家でないとしても

周辺事情の 研究調査で 大抵のことは 把握なさっておられる

YWCAのなかには 放射能問題に ずっと 取り組んでいて

専門的なことやら 最新情報を 熟知しておられるかたも 多くて

専門的なことの質問も 飛び交う

しかも 静岡から 会員外の ただ一人の 男性参加者のかたは

さらに 専門的 数字なども きちんと調査なさってるようで

質問だけでなく 指摘などもあり

清水さんは それについて すぐさま 応えられたり

わからぬことは 正直に おっしゃり

しかも すぐに 調査確認なさる 姿勢

清々しいな

しかも 東京電力の株主でもあるとのこと

それは きちんとした場で「意見できる」ということ

まるで 取引みたいな 寄付と原子炉増築要請の 関連などについて とことん 質問なさったとか

出るとこ 出られるようにしておられるってのが すごいなぁ

震災後の チェルノブイリへの 調査団の一員でもあったというのとで

その辺りの 話

専門用語や 場所の名前や なんにゃらかのパーセンテージとか

こちらが 必死にメモとって目を白黒させてるってのに

知識ある方々は「あぁ スイスの基準につては…」とか

「ベラルーシの…」とか

あぁ すいませんすいません なんもしらず…いや かつてよみききしたはずのことさえ 失ってる 間抜けで…とか

情けなさも 満々

…とほほ

でも あれこれ うかがえただけでも 御の字なのだ

いくつかのことは 残って 活かしてゆけたらいい

フレコンバッグが どどどどど~ん!と そこいらに 積まれてるのも ぬあぁ!と 今でも びびってしまうが

むしろ たくさんのものが どど~ん!と あったほうが むしろ 放射性物質の 漏れは 防げるのだそうだ

積んだ周りに 放射性物質の含まれない ただの土嚢が 積まれているから…とか

「むしろ 単体で 置いてあるものの方が危険ですから」と にこやかにおっしゃる

「フレコンバッグの 耐用年数 三年…でももう八年目ですけどね」…つって

だめぢゃん!

帰還困難区域だから…と 後回しになってる除染

やっとここれから始めるとこもあるって 聞いて

なぁ なにが「コントロールできてる」んだよ?

いろんな側面 他面形

問題は 簡単ではない…としても

手付かずのこと まだまだあるのに「復興できてる」は ないよぁ て

単純に 思う

そして 飯舘村へと 足を踏み入れる わたくしたちでした

ちょこっと パンかいに

2019 年 6 月 21 日 金曜日

これからだ小学校での おつとめ終了して

夕方 ジャズダンススタジオグァテマラさんのリハーサルまで 時間空き

ちょいと パン買いに 北上

震災後に 道路が開通したあとも 心情的に 通れなくて…てとこを

『線量計と奥の細道』執筆前の 助さんを 石巻のお友だちに会ってもらうに お連れするとき

そんな話をしたら

「なら なおさら その道を通りましょうよ」と せなか押してもらったことを いつも思い出す

海岸沿いの道

まだまだ 整ってないからなっ!と

怒りを含むような口調で 誰かに(大きな流れに)言いたくなる

そんな気持ちを おさめながら

今も 複雑な思いで 通る道

今年なりの

2019 年 3 月 12 日 火曜日

もぐもぐたいむ昨日は 出張タップ&ちょこっとパントマイム稽古 終わりに近づく頃

サイレン

「あれ?火事かな?」

「あっ 8年前の今…」と 口々に言い合い

黙祷に なだれ込んだ

稽古始める前は

14:46に 声かけて あの瞬間のこと 話したり黙祷したりしようか 迷っていたのだけど

稽古はじめたら うっかり その時間が近づいてるの 忘れかけてた

そんな ありかたも またひとつの 重ね

でも 忘れかけてた 丁寧さ

改めて ちゃんとやろう いかしてつないでいこう と 思う

どんなかたちでも こうしていられること 有り難く おしいただきながら

忘れていること

2019 年 3 月 11 日 月曜日

過ぎたものはもどらなくても今朝

ちちはは デイサービスに送り出す前に

八年前の 当日のこと

思い出し 話してみる

大分断片的

忘れてしまう しあわせと

忘れてしまった かなしみと

いろいろあったりなかったりしながら

今を大切に生きていこうね と

照れくさがらずに

敢えて言う

震災後 復活した 電波で 取り急ぎ 投稿したブログを 眺めて

人の心寄せてくださる あたたかさと 光を 思い出す

2019年3月11日 月曜日

2019 年 3 月 11 日 月曜日

烏賊の甘酒味噌煮足を見る

雨足が強くなってきた

温め直した 昨夜の 烏賊の甘酒味噌煮の 匂いが 充満する台所の 換気をする

今日も「いつも」を 暮らす

かけがえのない

今しかない「いつも」を

いつも以上に噛み締めながら

2019年3月11日 月曜日

朝御飯も食べた

踏みしめてゆく 足を見る

生きてゆく 思いを かえりみる

今頃 クリスマスのはなし

2018 年 12 月 31 日 月曜日

みたらし団子味おいしいよ broochケーキかわゆい順子センセ娘さん手作りクッキー

お仕事関係などで

格好きちんと厳かな 礼拝 クリスマスは あったものの

森家でも 一応やりました

どたばたしてたので

あちこち いただきもの 身繕い

まぁ 信仰心とかじゃないので

便乗してごちそう食べる日になってるだけなのですけどね

昔 クリスマスと言えば「とりもも」だったよね てんで

いかにも!な みてくれの できあいのもの買ってきたのでしたが

これがまた なんやら「みたらし団子」味

家族らに「食いづれぇ」と 不評

今後は やはり 見た目よりも 食べやすさだね てことで 総括

クリスマスケーキは 親戚 目黒家「brooch」の もの

あわあわした やさしいあまさで

ぺろっ と 溶け消えるようにいただきましたる

大沼順子先生むすめさまの かわゆい アイシングクッキーも

気分盛り上げてくれて

サンタさんだとか プレゼントとは無縁だったけど

「俺 退院でぎねがったら こうして家族四人で ご飯も食えなかったもんな…やっぱりいいな 家で食うご飯は…」て

父がしみじみ言ったこと

なによりの プレゼントと 思ったんだよ

ずっと めり~♪で いこうね

クリスマスチャリティーおのくん

2018 年 12 月 24 日 月曜日

クリスマスおのくんおのくんハウス

小野駅前 仮設住宅から 空の駅へと 引っ越ししたものの

そこには水道がなくて

おのくん母さんたちが バケツに水くんで運んでいた とか

その不便を 解消すべく

おのくん親バカサロンの 管理人 川村さんが

水道を引こう クリスマスおのくんキャンペーンを 展開(クリスマスキャンペーン受付は 終了)

瞬く間に 定員いっぱいになって締め切りになったものの

別のかたちでもいいから 水道引きに 協力させてもらいたいなぁ と 言ったら

その後すぐに 定員追加してくださり

昨日 無事 クリスマスおのくん 受け取ることができました

おのくんかあさんたち クリスマス 間に合わせてくださって ありがとうございます~♪

小野あたり ちょいちょい 通るのに

まだ「里帰り」実現できてないので

最初に 引き取った おのくん ともども

「里帰り」しなくちゃ

雪を呼ぶ風 野蒜海岸

2018 年 12 月 9 日 日曜日

雪を呼ぶおーい貝殻と海を見る小屋

また ふらふらと 寄った

野蒜海岸

貝殻と

流木と

石を 拾った

声や 気配は 拾えなかった

また なにかあったら 受け取り 渡しますから と

どこへともなく 呟いてみる

もう よし と できることと

できないことと

混在したまま

暮らしてゆくものだ

雪を 呼ぶような風

吹き抜けた

別じゃないよね

2018 年 10 月 7 日 日曜日

工事まだまだ続くあと何年かかるかね?

昨日の帰り道は

海に近い道を通った

まだまだまだまだ かかってる 復興道路

オリンピックなんて ほざいてる場合じゃねえだろうよ

経済効果とか

もう戻れないとか(戻れないとこまで持っていって戻れないと思わせてるだけ)

7年経った今 記憶を薄れさせて それはさておきにして

美しき アスリートたちの物語で 目眩まし

選手たちの志の美しさとか あるでしょうけれど

それを さておきにしたほうが

救われてゆく命は多いと思うのだ

それとこれとは別…じゃないのだよ

その後の災害も まるで 何の問題もなさそうに すすめてゆく

弱気ものに手をのべるふりをして

悔しい

「金回りがよくなくなった」といいながらも ずっと 海沿いの工事を請け負い続けている おともだちがいた

「お互い やってっこど違うげんとも よくなるためだもんな がんばっぺね」なんて 肩を叩きあったの

もう四年ぐらい前か…

今 どうしてるだろか?

また たまらなく 現場の人たちに 会いたい

野蒜で ひといき

2018 年 8 月 18 日 土曜日

あのときのままちょうどおぢちゃんがー

女川 現場入り

目指す時間より すこぅし おそくなっちまうけど

震災遺構 旧野蒜駅で

一息入れる

あの日からの 日々

より良くして行こうと

今も 奮闘なさる方々に 最敬礼しつつ

また ゆくぞ