‘東北関東大震災’ カテゴリーのアーカイブ

おのくんのさとも

2018 年 3 月 21 日 水曜日

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石巻 小野仮設の お母ちゃんたちが 生み出した「おのくん」

わぐやの ナイスガイ

かどぅさんに 繋いでいただいて うちにも お二方 来てもらったのに

さとがえり させてないよなぁ て 思う

今度は おのくんたち 連れてこよう

まんがかんとか

2018 年 3 月 21 日 水曜日

震災の 二ヶ月後に 案内してもらった

石巻の 石ノ森章太郎漫画館周辺

入れないんだ…て

離れたとこから

家だったもの 車だったもの 生き物だったもの…

何かだった…というものものの うず高く 積み上がるなかに

ぽこり と 白く 見えたっけな

「なにもかも流されたんですよ」という方から

やけに 張りのある声で あちこち案内いただいて

むしろ わたくしが 震えていた

でも 震えてるなんて あまっちょろい よそ者感覚なのかもしれないな とも思ったんだ

その場で なにもかもなくなっても生きていくには 

張りのある声で 自分を 突き進ませるのが一番だったんだよね

7年経った今 そのちからが どうしても出せない…という その人のことを 思う

それでも「いきていくんですよ」て あのときのことばのままいてくれたら うれしい

生きていますよ わたくしも…

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石ノ森章太郎漫画館の 撮影スポットで

仮面ライダーに 寄り添う 恋人…てな テーマで 自撮りを 試みたのに

なんぢゃこりゃ セルフタイマーやんけ!てな 怖い顔になっとった!

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んでもって トキワ荘?の 縮小模型

芳賀一洋さん といったら

わたくしの 大好きな ままやさんの お師匠さんではないのっ♪と 嬉しくなって 写真撮ったら

あらまぁ ままやさんの お名前も 製作者のなかに 描いてあった♪

わあぁ

こんなとこで 会えるとは うれしいうれしい♪

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その後 ゆるりと 漫画館 堪能したあと

天使のイラストレーター悠合ちゃんの 作品描かれてる

商店街を 駅まで 歩いた

まだまだ やらなくちゃならないことあるよ と

言ってるみたいな 街角

わたくしも がんばる なんて はげまされるおもいも いただいて

ちょ と 目の前が 滲んだ

またくるね

2018 年 3 月 21 日 水曜日

またくるね南三陸152160275108015870264415216027962231068470568

復興という ことば

あの日から はじまった日々のこと

非日常が 日常になっていて

まだまだ これからなんだよ

済んだと 思うなよ…てこと

改めて 刻みながら

また来るよ て 手を振った

南三陸 三三商店街

2018 年 3 月 21 日 水曜日

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高校の 生徒会役員の合宿は 志津川だった

震災の前の年

「汐風マーケット」に ぶんぶんパフォーマンスで 呼んでいただいたことがあった

震災後すぐに 復幸市場オープンに また ぶんぶんて 呼んでいただいた

それ以後 初めて 純粋観光で 来たよ

南三陸 三三商店街

復幸市場の 場所から 移転していて

周りの景色も まだまだ 変わる途中で

たくさんの 重機や 土盛りがあって

でも 笑顔も いっぱいあった

これから…だね

うきうきしたり

胸が一杯になりながら 

汐風よりも すこし 土ぼこりの匂いの強い風 吸い込んだ

ありがとう

またくるね

七年前

2018 年 3 月 13 日 火曜日

七年前の今日辺りは

まだ 電気 電波が 復活していなかった

毎日 つけていた 日記は

部屋のどこかに 埋もれたまんまだ

そのうち 発掘するだろうか?

ろくなことかいてないだろうけどさ

3月11日は 地震の起きる ちょ と 前に 常備食 蒟蒻茸 こさえた投稿してて

地震の後 連絡とろうと試みた おともだちが

投稿見て「のんきに 蒟蒻煮てるから 大丈夫と思った」と あとから 涙混じりの笑い話で いってくれたっけな

電波も復活して ブログの 投稿できたの 17日でした(二ページあるので「前ページへ」を クリックすると 他の二つも 見られます)

忘れてしまっていること

忘れられないこと

ひとつひとつ

よいことに 結ばれていくように

繋げてゆけるように

…これからだ

あさ

2018 年 3 月 11 日 日曜日

うど

光に のびてゆく

うど

霜

霜纏いて なお 

あおあおする

草ぐさ

あし

かつてを 思い

今を 生きて

これからに つなぎます

独活二点立派ひじき

「いつも」のように ごはんをつくって

「いつも」のように 笑いあって

すべてのところに やすらかな「いつも」がありますように と

祈る思いで

いきてゆきます

その時間に 中新田にいます

2018 年 3 月 10 日 土曜日

その時間に 中新田にいますあの日

とりたてて ひどい目に遭ったわけではないのです

内陸の ぼんやり盆地で

がしゃがしゃと 崩れた 本も 荷物も そのまんまにして

通信が 途絶えていて

何が起こったかも よくわからないまんま

すぐに復活すると思った 電気 

復活しないなら 冷蔵庫の中のもの 腐る前に 食べなくちゃ なんて

のんきなこといって

はじめのうちは 蝋燭のあかり灯してたりもしたけれど

暗くなる前に すべて済ませてしまえばいい と 切り替えて

朝に 射してくる 光を

並んでならんで いただく水を

石油ストーブと プロパンガスを ありがたがり

本屋さんの 袋が 一番 うんこさんゲットにいい♪と 与太言って 笑ったり

からだなんて 洗わなくても平気だったし

10日以上 着替えもせずに おんなじ服着たまんま 寝て起きて

信号のつかない 交差点を 優しく気持ちよく 譲り合って かわりばんこしてくれる 見知らぬ同士に 感動したり

仕事や 約束事へ 連絡とれない 心配を さておいて

縁側で 南瓜の種を剥いたりしていただけなのです

でも あの日々の中で

まだ テレビもつかない 事情も知らない 余震の続く暗闇の中に 満ちてきた 

なんだかよくわからないのだけど せめぎあうような

光はないのに ちかちかするような じゃわめきを 見た気がした

夢だったのかなんなのか

今もわからないのだけど

なにか繋がなければ という 思いだけは

ずっとずっと あるのです

壮大な話でもなく

そして 目の前の命たちとの 向き合いを いとおしみながら

撫でるように 丁寧に生きていこうと

あらためて 思うだけなのです 

毎年 その日の その時間が近づくと

大したこともなかったくせに 震えてしまう自分が なんだか 許せないような気持ちにもなって

だから 何事もなかったふりして 普段通りに ご飯を作ったり

ことほぎの現場で 踊ったり

セレモニー的なところへは 行かずに過ごしてきたのでした

日々 喉元過ぎさせて 忘れてるような瞬間が おおいくせに

この時期になると「普段通りに」の 感覚の再現 というか

改めて 感じ直すような 心持ちになるのでした

今年は 中新田にいます

きっと その時間は 黙祷というよりも

祈る思いで パフォーマンスしてる方々を 

目を開いて 観ているはずです(タップ稽古に参加してくださってるかたが 縄文おどりに 出演なさるのです)

チケットありますよ

誰か 行きませんか?

どさくさ紛れにいうことではないのだけど

日々 すべてが どさくさと めまぐるしい 今日この頃

淡雪なんてん

2018 年 1 月 17 日 水曜日

淡雪なんてん

今日は 雨

その日は どんな天気であったろう?

覚えてはいない

けれど ひとつひとつ 忘れようにも忘れられないまま

23年 日々を重ねてきたかたがたが おられる

あってほしくないことだったけど

あったからこそ 耕された思い

耕さずには 越えられなかった思いがあるのだと思う

東日本大震災で「被災」を 身近に経験して

より その思いに 人に

添うこと を 思う

今でも 立ち止まったり うつむいたり あるだろね

ぐいぐいすすまなくていいからね

手放せない 痛みなら

抱いてていい

活かして

生きていく

生きあってゆく

いろんな人がいるままで

だからこそ 受け渡しあったりもしながら…

一個につき 100円を

2018 年 1 月 12 日 金曜日

一個につき 100円を 福島県へ

生そば冨陽さんは

震災以来

今でもずっと 明治屋さん(並びにある お菓子やさん)の 温泉まんじゅうの 天婦羅を

「一個につき 100円を 福島県に 寄付します」を

やりつづけておられる

お支払すると

目の前で 募金箱的なところに「ありがとうございます」て 代金を入れて 見せてくださる

今も 大変なことが あり続ける…を 忘れがちな人たちにも

思い出してもらえたらいいな

そういう さりげない 支えをし続けてくださる 冨陽さん…江面さんたち

味だけでなく

お人柄の 滋味を

いつも しみじみと 噛み締める(お土産と称して 一個は 電車のなかで 食うてしまう わたくし)

ばらのかほり

2017 年 12 月 15 日 金曜日

ばら

今はもう 営業しておられない まちなかの 寿司やさんの 店先にある 薔薇

すんすん すると

ふわり と 体の奥が 色づいて やわらぐよう

ここには 山梔子もあって

何故か 冬でも咲いていた

今年は咲いてなくて 薔薇だけ

通るたびに どちらかを すんすん 嗅いでしまう

うれしい寄り道のとこ

震災の時 どこのお店も 開けられない状態の時

どこよりも早く すけろく(海苔巻きと お稲荷さん)を つくって 破格の値段で 店の前で 売ってくれた

うわぁ 売ってくれてありがとうございますっ て 思わず 言ったっけな

「こっちこそ 買ってくれて ありがどなぃん 大変だけど がんばっぺね」て 朗らかに 手を振ってくださったんだ

あの日の あたたかさ おいしさ ありがたさに 繋いでいただいて 今生きてますよぅ

そんなこと 思い出しながら いつも 胸のうちで 深く お辞儀する 心持ち

数年前 ご主人 体調崩されて

やむなく 店仕舞いになったらしい

そんないきさつ さっき 父から聞いた

なんだか 切ない

どうしようもないのだけど…