‘東北関東大震災’ カテゴリーのアーカイブ

さりげなく 希望の足跡

2017 年 8 月 4 日 金曜日

希望の足跡七年 地中にいたのだとしたら

あの 大揺れも

降り注ぐ みえないものも

すべて 耐え抜き

越えて 出てきたのだな

さりげなく「いつも」のようで

奇跡だ

希望だ

そんな思い 手渡された 

よし わたくしも いくぞ と 

改まる

新たなる 朝

見てくれたよ

2017 年 6 月 19 日 月曜日

海岸へゆく前は 七ヶ浜辺りだった

震災後すぐのときも 宮城で ライヴしてもらう 前に

現場を 見てくれたのだった

一昨日のライヴの 翌日

深沼海岸に行った

杖つかない人だって 大変なのに

堤防のとこ のぼって

しばらく 海風に 吹かれていた

延原にいちゃんと…

はじまったけれど 終わっていないよね

また これからも 続けていける限り 続けていくんだよね て

何をかのことも含めたか 含めなかったか

とにかく また うなづきあって 

踏み出す

変えながら変わりながら

2017 年 5 月 30 日 火曜日

形を変えられながらも咲くぞ生きるぞ繋げよう暮れゆく空に

何度も

呑み込まれ

受け止め

流し…

来たりて 行き過ぎるものに

形を変えられながらも

そこにあること

ここにいること

自分であること

そうして

生きて

続けてゆくのだ

次の花を 咲かせたりもしながら

呼ばれたわけでもないが

2017 年 5 月 30 日 火曜日

野蒜海岸砂浜に座る波に触れる砂に触れる暮れゆく

はっきり 声を 聴いたわけではない

そんな感受性も なかろうに

でも ひとり 窓のない部屋で うたた寝していたときに

耳元で ささやく声を聴いたような気がしてた

夢だったのだと思うけど

なにいってるかわからないよ ちかくにいくよ 響かせられないなら このからだをお使いよ…なんて

ゆめうつつの狭間で 応えたりした

そんな夢ともつかぬ ひとときのせいでもないのだけど

帰り道に まとわりつく 眠気を 流しに 野蒜海岸へ寄った

なにするでもなく

暮れゆく 山の端を 眺め

砂に 波に 風に触れて

しばらく なにかを 鳴らしていた

復興途上の 海岸

この間見た 鳥居は

夢のように 消えていた

きっとまた 新しく よろこびがうまれてゆきますように

いったもの

いるもの

くるもの

交差するような 潮風のなか

改めて 繋いでいこうと思う

昼休み ふりかえる

2017 年 5 月 28 日 日曜日

工事中震災のことを伝えていく元駅駅の名残

角田から 石巻への 道々

まだまだ 復旧工事ただ中の 野蒜あたり

いつも 寄る 元 野蒜駅の いこいの広場的なんがある コンビニエンスストアが 震災伝承記念館へと 変貌を遂げてた

まだ 資料展示の 二階は 開館してない時間だったけど

また ゆっくり ここを訪れるつもり

部分的だとしても

すすもう 繋げよう の 思いには

いつも 励まされる

わたくしも がんばる と 思える

受け取ったことを 繋いで行く

2017 年 5 月 7 日 日曜日

潮目にいかねば先日「タムタムと めぐるトワル」で お会いした 

写真家で 芸術家で…なんだか 面白いことあれこれ楽しげに軽やかに やっておられる 中村紋子さんの お誕生日で

ふと

紋子さんが クラウドファウンディング通じて 出版に漕ぎ着けた 震災資料館「潮目」の 写真集

手に入れてから 取り急ぎしか めくっておらなんだ…てことに 気づき

改めて 読んだ

号泣!

越喜来(おきらい)という 場所

そこへ 震災資料館を 作ろう と 思い立った 片山さんのこと

それをめぐり 集う人たち

結ばれたかたち

これからの希望

どんな支援よりも 一番嬉しいのは「潮目に 実際足を運んでもらうこと」という ことば

しかと 受け取りました

繋いでゆきますとも

たどり着かねば

震災周辺のこと

たちあがっていきてゆくひとたちのこと

まだまだ しらぬことばかりだ

東西線で行こう

2017 年 3 月 13 日 月曜日

情報の提示が 素晴らしきみやすい模型もあたたかいみんなの声が集まってる年表がおこたちも頑張る七郷中がんばれ立体地図

仙台地下鉄東西線 

東の はじっこ「荒井駅」

その建物のなかにある「せんだい3.11メモリアル交流館」

実は わたくし 東西線には

開通前のイベント WE 転勤族チーム 大山青年 田代青年とともに

パントマイム転勤族物語…を やるってんで

国際センター駅ステージで 上演したのち

そのご褒美みたいなんで 乗せてもらっただけなのだよな

イベントフィナーレは 荒井駅前広場で 芋煮 食うたっけな

そうやって 関わって

応援するぞ♪て 思ったのに

乗らずにおって 申し訳なし

ま それはさておき

メモリアル交流館は

じっくり 時間かけて みたいものだ

かつて あったこと

あの日 あったこと

その後 あったこと

いまに結んでゆく日々

じっくりと ひもといて

心新たに 次へ受け渡す…というには これ以上ない 情報の充実

最新式の分類分析表示方法?

よりよく…を じっくり学んだ方々の手によるのだろか

とても みやすい わかりやすい

震災と 原発事故に関しての 年表が 壁に ず~っと 続いてあるの

この先も増えないでほしいな…地震はしかたないとしてもさ

そんな辺り 年表の 途切れてるその先の空白に

すこぅし 震える思いで

手を握り合わせてしまったりした

素晴らしき 施設

こんだぁ 地下鉄東西線で 行きたいなぁ

改めて 感じを 見つめる

2017 年 3 月 13 日 月曜日

荒井駅周辺地図ワークショップみかささんあっきーだいきっちいいかわっちぴーちゃんみかこみかさっちぶんぶんみんなの絵

せんだい3.11メモリアル交流館

敬愛というか 憧れというか

ダンサーで 演出家でもある 西海石みかささん進行の

震災からの 6年を振り返る ワークショップ 

参加してきましたる

それは みかささんのことなので

お話聞くだけでは 済まないであろうこと 当然 たのしみわくわくだったのですが

はじめましてさんと 開きあう きっかけのやり取り遊びみたいなもの

それはもう 愉快

なんてことなさそうな

さりげない あれやらこれやら

すべて 豊かな知識と 経験とに 裏打ちされてるのだろうな

どこへどう 揺れて転がっても

そうそうそうなのもありだよね と

逸脱もはみ出しもない

すべて 踏み 立ちゆくところが 次への基点になるような 安心感

そして すべてを 受け取りながら 誤魔化すでなく よきところへ 導く 揺さぶりのような 機転やら 瞬発力

開き合い

ほぐし

漠然とした「感じ」を あらためてみつめるゲームの後に

震災後の 自分の「感じ」を 絵にする

色と形…己の描いたものが あまりに 思いがけない 抽象画っぽくて

わけわからんげげげのげ なんて 怯んだものの

改めてみると なんとも 思いの感じの 解釈当てはまるなこりゃ と 思った

敢えて 口にせずにきた

とある 文学周辺のかたの 震災後の 発言への怒りなんて 漏れ出てしまったりもして

あぁ それ 今もあるんだなぁ と 思った

あのときほしかったのは 分析や わけしりがおの解釈や 物書きとしての使命とか 大義名分でなくて

そのものを経験せずとも 

無関係のような経験の中から汲み上げる 想像力と 共感だったのだろうな

ま そんなこんな 己のあれこれ あらためて見つめ

それぞれの それぞれなりの 体験と 感情に

違ってはいても そうかそうかそうなのだねそうだろうね と

ちょ と 触れただけだけども

胸の奥の方から

その人なりで 生きてきてくれて 出逢ってくれて ありがとう これからも よろしくね なんて

いとおしさのようなものが 流れ出してくる

メモリアル交流館の 展示をゆっくり見ることはできなかったのだけれど

また 改めて いかなくちゃ

ただみるのでなく

ここには これまでの流れを 受け止めて

次へと 受け渡してゆくための 

あたたかな 交わりがあるところなのだなぁ と 思う

活かして

生かされてゆく きっかけをくださる場所

光に向かってゆくところだ

素晴らしいな

あるはず ないはず

2017 年 3 月 12 日 日曜日

薙ぎ倒されずに観音様がそのまんまのものも看板堤防脱け殻生きてる足はさみあそぶひと若芽

本日目指していた せんだい3.11メモリアル交流館

わたくしの 愛車 ほびおさんの ナビゲーションシステムさんに 入力しようとしたら

その住所は表示しないもんね と きたもんだ

ま 新しく 整備されたとこだろからね と

その周辺の おおむね で 地点登録したものの

見事に たどり着けず ぐ~るぐる

いや そんな 込み入ったところではなかったのです

ナビゲーションシステムさんが あるはず…といっている建物は 目の前に存在せず

むしろ だだっ広く なってしまったところに 

てん

てん

てん

てんててん と 

建て直され 立ち上がろうとする 新しい町と 

地下鉄東西線 荒井駅があった

のちほど メモリアル交流館が その 駅にあることは 発見いたしましたけど…人の話を ちゃんと きいてないから こういうことになる

ま それはさておき

一応 場所がわかってほっとして

その前に 迷ってぐるぐるした先に 海岸がある てんで 行ってみた

深沼海岸

観音様がたてられ

そこへ手を合わせるかたがおられて

津波に 薙ぎ倒された 木々や鉄骨を あえてそのまんまにしているところもあって

新しく 建てられた ささやかな建物で 食べ物のみものを楽しむかたがおられて

賑やかになってた

真新しい コンクリートの堤防を 越えたら

何事もなかったかのような 海だった

なにも知らない人が 来たら

ただの静かな海なのだ

今は

そうなだめるのに

波立つ胸のうち

なんだろう

よく知りもしないのに

やっぱり涙が出る

そんなん 何にもならんのに…

でも よよよ と 泣き崩れるでなく

何にもならんのが 悔しいなら

なんなんだよちきしょうわたくしってやつぁあよぉ…の 

溜まりゆく 鬱屈みたいな 

弾力みたいなものを バネにして

なにかに結び繋げてやれ!とも 思う

ふなむし?の 脱け殻

伸びゆく 若芽

巡り 廻るものを 撫でて

うん やってみる などと 声に出してみた

波が よせて 返して また よせてゆく 砂の上で

いきてゆくあるいてゆく

2017 年 3 月 12 日 日曜日

あるいていく 事象というのは

ただやってくるのだ

そこにはなんの含みも 意味もない

意味付けを

彩りを

注ぎ込むのは 人なのだ

事象を受け取り

咀嚼して

何かと成す

思いを注いでゆく

活かしてゆく

生きてゆく

そうしてあるいてゆく

震災があったからこそ 結んだこと

たくさんあるけど

震災のお陰で…何て言いたくなくて

あんなの なければよかったけど

でも 受け取った

咀嚼してゆく

あれからの日々を生きてゆく

そういうことだ