2021 年 9 月 12 日 のアーカイブ

育った…のかもしれない

2021 年 9 月 12 日 日曜日

珈琲フィルター狐面パントマイム作品『夕やけこやけ』で 用いている

狐の お面

パントマイムを始める前かな?

福島駅の 土産物屋で

なんとなく 気に入って 買ったものだった

粗く 素朴な紙でできていて

被りやすさ 動きやすさのため 

目と 顎に 切り込みいれてたら

年月重ねて

そこいら始め

あちこち もろもろめりめり と

接ぎ合わせた紙が 剥がれたり 割れたりしてきてた

だましだましが だませなくなり

この度 補修

母が ちぎり絵やってたときに 使っていた糊(和菓子の材料にも用いられる 天然素材のもの)で

戯れに 捨てずにためておいた 珈琲フィルターを ちぎって 貼った 

かなりの まだら

でもまぁ まだらも 徹底して 斑続けると

なんとなく まとまりを生むものだよな

色んなものが重なり合って

更に 愛着 増すってもんだ 

そして 大事に 愛着持って やってきた 作品

今回は『別の顔』

『とある いのちの こと』

『夕やけ こやけ』

…の 3つだったのだけど

今までの 流れと違う いきさつ 場面 感情 が 生まれてしまい 

あれれ…と

本番中に ちと 素に なってしまいそうなとこ あったのだった

ほんの 些細な 部分的なものだったのだけれど

物語の大筋が 変わったわけでもなく

概ね 同じような感じだったのだけれど

おっと そっちへいくのかそれをやるのか…と 

物語に埋没しているようでも

どっかから俯瞰してるような 意識が

一瞬の 戸惑いを やらかしてしまった

結局 それ やったけどね

思えば なぞらない 大雑把だったところの 思いの内側を ちゃんと撫でよう としたような 動きでもあった

そうか 見えてなかったそこは そんな思いもあったのだったか と

改めて気づくような感じ

漠然としていて申し訳ないけど

作品を生きる てのは

出来上がりをなぞるのではなく

その物語を そのとき また 改めて生きるような感じで

今までと同じく予定通りにはいかなかったりする

なまもの というか

育ってゆくものなのだな と 思う

おのれの 記憶力の 不確かさ とか

稚拙さを 誤魔化したいわけではなく(認めてるよ〜!)

なんつうか 自分でも 計り知れない瞬間の数々が あって

自分でやってるはずなのに

自分のものじゃないような気にさえなって

なんだか とても 面白いのだよ

ともに育ってゆけたらいいな て 思う

和田さんからの写真

2021 年 9 月 12 日 日曜日

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顔本でやり取りしてたけど

舞台を見ていただくに至っておらなかった

和田恵秀さん

役者

シャンソン歌手

風刺画家

切り絵作家

…と 色々な顔を お持ちの 和田さん

福島にて「心滋館」というのを 開いておられます(アトリエなのすか?喫茶なのすか?とにかく 鎮魂の作品やらなんやらも みられるという)

パントマイム観に来てくださりました

原発問題を 原発自身の立場になって書かれた『ごめんなさい、ずっと嘘をついていました。福島第一原発ほか原発一同』加藤就一(書肆侃侃房)をもとに

ちょっとした 企みあり(…はっ!これって言っちゃってよかったのすか!?プレッシャかけることになったりして…)

そんな企みやら 社会問題?やら 与太話やら

舞台の後

ちょっと 盛り上がっちゃって

ハンバーガー屋さんにて

「あの あの…お食事のあとは マスクして お話しいただくとありがたいです」て

お店の方が 申し訳無さそうに 言いに来てくださったっけな(食べ終えて だいぶ経ってからかも…)

和田恵秀さん笑顔とかポーズとかさすが役者さん

サシで お話したの 初めてだったのだけど

愉快でありました

ぜひ 企み 実現させましょう!

きょんちゃんからの写真

2021 年 9 月 12 日 日曜日

舞台写真あったらみせて〜て 言われて

自分じゃ撮れない

人にも頼んでいない

そういや 会場内で 写真を 撮っていないこと

気づきましたる

でも 観てくださった方々が

送ってくださりました

まずは きょんちゃん からの お写真

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ちゃんと目でみたくて あまり撮ってないけど…て

その気持ちがまた うれしかった

ありがと〜

そのうち きょんちゃんの フルートと なんにゃらか 楽しいコラボできたらいいなぁ て 野望

ふんわり育ててるとこ

そうならないように

2021 年 9 月 12 日 日曜日

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わたくし 昨日 出演させていただいた「私たちは『買われた』展」

仙台では 本日まで(仙台駅前 イービーンズ九階)

展示の部分は 

性暴力や 虐待 居場所のなさから 性搾取の 被害を受けた 少女たちの 写真と ひとり ひとりの ことば

あまりに つらく 重い 思いを

よくぞ 発してくれた!と 思う

自分のようにならないで の 思いやりさえ 受け取れる

読めば読むほど

無理解 無節操な 成長しきれていない「大人」が お子たちを そこへ行かざるを得ない状況に追い詰めているのだ と 思う

いろんな ケースがあるけれど

少しでも早く 突破口や 逃げ道へと 導いてくれる いい大人に 出会えたら良かったね て 思う

「そんなの 警察や 児童相談所に 任せとけばいい」とか

軽く言えない

夕方時間で締め切る 児童相談所 て もしかしたら 役立たずで 終わってしまってない?(ある程度の 救済はあるのだろうけど…)
 
補導や 逮捕では 解決できないと 改めて思う(「補導しときゃいい」て 言い放った人おったのよ!)

「難民高校生」当事者であった 仁籐さんの 立ち上げた 一般社団法人Colabo

相談窓口 食糧支援 病院紹介 シェルター…

その働きは素晴らしく 具体的で 今 必要な支援だなと思う

責められるべきは 少女たちではない

買おうとする 搾取しようとする 「大人」だ

そんなのみたくない 関係ない と 目をそらすものたちも

被害を 容認していると同じだ

助長させているのだ

加害者と 何か違うか?

もちろんわたくしもだ

ごめんなさい

これからできることしていきます

幼いさんたちが

たがいになかよくにこにことわかちあうのって楽しいよねっ♪て 骨身から思える出会いを

何かあったら 手をのべるって 構えるこっちゃないよね てな 思いが 育まれてゆくように

関わり続けてゆくこと

問題からだいぶ離れているようでも

やはり そういう根っこの健やかさが

搾取の側にも

される側にも なるべくゆかずに生きてゆけるのではないかと思うのよ

私の立ち位置からまず やれること

具体的な 支援の 物資とか 助太刀とか

そういうのも 無理なく できるときにしつつ

物事を 一般論だけで 片付けてしまわぬような 

想像力豊かな

きちんと人と出会ってゆく誠実さに満ちた社会になってくれろ!と

強く強く思う

実は読んでた

2021 年 9 月 12 日 日曜日

雨宮まみさん

パントマイム作品 やるぞ の 前は

日常を 暮らしながらも

ついつい 気が取られる

とられなければいかん とも 思ってる

他のあれこれ 快楽的お楽しみになど 時間をとってはいけない と

律する思いなどありつつ

…しかし だ

実は 結構 とってました

雨宮まみさん 祭り『自信のない部屋へようこそ』(ワニブックス)

『真面目に生きるって損ですか?』(ポット出版)

これまた 染み入る2冊でしたわ

特に『真面目に…』は

悩み相談でなく 解決を求めない「愚痴をどうぞ」と

ココロニプロロという ウェブの「穴の底でお待ちしています」というコーナーを まとめたもの

愚痴を言いに来る お客に

その人に よさそうな 飲み物出しつつ 話を聞き

受け取り 

それについて ひもといてゆくさまは

下手な「解決」引っ張り込むような 悩み相談より

何百倍も 人が救われる力を持ってるだろうなぁ て おもった

災害からの命の守り方

そして 大事に 伝え続けねばならない あの日からのことを ときには 闘いながら 健やかな暮らしを 取り戻そうとしておられる 森松明希子さんの『災害からの命の守り方ー私が避難できたわけー』(文芸社)

470ぺーじはある もんのすごい 重量感

本自体は そう重くないとはいえ

物質的にではなく

森松さんの重ねてこられた 日々 思いの 重さ

重たげには 書いておられない

でも とても大切なことを

わかりやすい言葉で

なんども 語りかけてくださる

「普通」に生きてきて

「普通」に 生き続けたくて

いとも簡単に ないことにされそうな 仕組みに 抗う

「自主避難」について 揶揄する言葉を 聞いたことがある(同じ 原発惨禍に 遭ったはずの福島県民)

偏見や差別の 色眼鏡とって

あのひとにも ぜひ 読んで 聞いてほしいと思うのだが…

いろんなことうずまきながら

書いてくださってありがとうございます!と 思った

あれこれとっちらかった 読み方してますけど

ステージ終えて(次のステージまで ちょいとあくので)

ゆるめて

罪悪感 少なめで

読書の秋…あ…でも 年賀状も 呆れられても 書き続けたりもする

金木犀

季節感台無し(それを 誤魔化そうとするわけではないが 庭の 金木犀の画像なども 貼ってみる)