はじめからやりなおし

蝶々さんカップ一日 一枚にしときゃいいのに

調子よかったもんで

二枚目 数独(父に あげた本から 書きうつして やっとる)

あっ 間違い!に すぐ気づけば

やり直しも 簡単なものの

ひとつ間違ったことに気づかずに すすめていくと

とあるところで 八方塞がりが発生する

どこで間違えたのかも もう戻れなくて

うあああぁ!なんて 声をあげ

書き込んだとこをすべて 消した

「何事!?」と 母に 言われ

数独の 間違いに気づかずに しばしすすめてしまった話をし始めたら

母の目の色が 明らかに 興味なさそうに 伏せられたのがわかった

なんでそんなもんに 入れ込んでっか わがんねぇってことか?と 訊いたら

「ご名答♪」とな

わかってますって

うむむむむ と 頭捻りて

ある時 ひとつわかったら ぱたぱたぱた と からくり板が 裏返されて 扉が開いていくような カタルシス…

それだけのための

なんのためにもならないようなことに 時間を費やすことは

母にとっては まるでわからないとのこと

自分でも 時々 呆れてるんだけどさ

ふぅ

珈琲 淹れて 仕切り直し

今日のカップは 小学生くらいの時 うちにやってきたもの

どっしり大振り

この 蝶々柄のと にこちゃんまーく(まるぴーす…て 呼んでた)の あったっけなぁ

珈琲なんて 飲めなかったのに

ふと じいちゃんが 淹れたものを お相伴にあずかり

しかし ぐえぇ 苦い と 思って 砂糖を入れはじめ

なんぼいれても あまくならないなぁ と 入れ続けて

13杯目辺りで

「じいちゃん 甘めぇの好きだげんとも ほだんもいれねえど!珈琲は苦いもんだ なんぼ入れでも 苦げぇどって 飲まんねんだごって 飲んで わがんねぇ」と 叱られたっけな

懐かしい 思い出 というよりも

いつも胸のうちにある 一場面

なんてことなさそうな ひとこまだけど

きっと 生きてきた道の 辻辻で 選びとるとき

重要なこととして 留め置いていたからなのだろうな

今では 砂糖など入れぬ 珈琲の 美味しさに 浸ることができているよ

本でも読むかな

この投稿は 2020 年 5 月 22 日 金曜日 13:26 に たべもの のみもの カテゴリーに公開されました。 この投稿へのコメントは RSS 2.0 フィードで購読することができます。 コメントを残すか、ご自分のサイトからトラックバックすることができます。

コメント / トラックバック 4 件

  1. たみおば より:

    久しぶり!
    いろいろご奮闘ご苦労さまです。
    ところで、このマグカップ、記憶正しければ私たちの結婚記念にみんなに配ったものだと思うよ!柄覚えてます。1971年10月9日。もう48年も前のもの。もううちにはすでになく・・・。ずいぶんと物持ちいいねえ。びっくりです!でもうれしいよ、まだ使ってくれてるなんて・・・。
    当方、「コロナ」休校、保育園自粛で2個口バアバ預かりが続いています。
    もうしばらく楽しんでがんばるぞ!!

    • bunbun より:

      立町にいたときからあって
      顔馴染みで
      頻繁に使わなくても
      手放すのは惜しいので
      時折 たっぷりのみたい時に だしたりしてました
      これからは 改めて 結婚記念のものだ~♪て 思いながら 使わせてもらいます~♪

      じったばーば 保育園 楽しんで くだされ~♪

  2. たみおば より:

    ほんとに大事にしてもらって感激!隆典と2人で長野東急の食器売り場で見つけたものです。
    本日も二個口in桂川ハイツで~す♪

    • bunbun より:

      すっかり忘れていて 申し訳ないというよりも
      改めて へぇ~♪なんて よろこぶ 母でありました
      引き続きお世話になります

      たのしい保育の日々を

コメントをどうぞ